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4.紫水晶の誓い
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眠ってしまった白狼を残し、リリィはそっと森の番人の元へ向かった。肩掛けをかけておいたが、やはり手足がいつもより冷たいのが気にかかる。暖炉の側の特等席は白狼のものだが、できるだけその近くで温まらせてあげたほうがよいだろう。
揺り椅子を魔術で補助しながら動かし、乱れた髪を整えておく。番人の長い髪を撫でつけていると、その髪の長さから黒の魔女のことをついつい連想してしまった。ゆっくりと深呼吸をしながら、リリィは先ほど見た光景を振り返ってみる。
バイオレットが紫水晶の指輪の記憶を覗いていた時、術者であるリリィもまたその記憶を眺めていた。そしてリリィは確かに黒の魔女の姿を見た。柔らかくも厳かな彼女の声も聞いていたし、彼女が身にまとっている爽やかな、けれどどこか甘さのある香りもしっかり嗅いでいたのだ。リリィはぎゅっと一度だけ強く目をつぶる。
(あれは確かに大聖女さまだったわ)
他人の空似だとか、大聖女のご先祖さまであるだとか、そんな可能性もないことはない。けれど、目に見える姿形だけでなく声だって同じ。大聖女のまとう不思議な香りに至っては、神殿の中で日々リリィが嗅いでいたものと完全に一致する。
何せ、憧れの大聖女が身にまとう香りなのだ。神殿の育てる薬草園で手に入るものならば何としてでも再現したいと願うほどには、リリィは大聖女に憧れていた。もちろん、彼女がまとう香りは結局のところリリィが手にすることなどできなかったのだけれども。
(聖獣さまは、腐れ縁のようなものとおっしゃっていたけれど。教えてくださらないということは、やっぱり何か理由があるのでしょうね)
ゆっくりと上下する白狼の腹をぼんやりと眺めていたせいか、リリィもまた眠気に襲われる。白狼の補助があったとはいえ、思った以上に力を使いすぎてしまったのかもしれない。ああ、だから白狼もまた眠ることで身体を回復させているのかと気が付き、白狼の横に身体を横たえた。
柔らかく温かい毛皮にくっついていると、とても安心する。起こさないように気を付けていたはずなのに、いつの間にかリリィは白狼の身体にしがみついていた。優しいお日さまのような匂いに包まれる。
(どうしてかしら。昔、こんな風に誰かと一緒に眠ったような気がするわ)
実母は優しかったが、非常に忙しい女性だった。リリィが眠りにつくとき、実母は書斎で書類整理をしているか、緊急の現場で魔術を行使しているかのどちらかだった。実母が健在の頃リリィの世話をしてくれた使用人たちは、主人と使用人との区別をきっちりと行うひとたちだったから、リリィと一緒に眠ってくれたことなどない。それなのに、リリィの隣で眠る白狼の温もりに懐かしさを覚えるのはなぜなのだろう。
何もわからないまま、それでもこの知らずの森の家の中ではひとりぼっちではないという事実がなぜだか無性に嬉しくて、リリィはそのまま心地よいまどろみに身をゆだねた。
揺り椅子を魔術で補助しながら動かし、乱れた髪を整えておく。番人の長い髪を撫でつけていると、その髪の長さから黒の魔女のことをついつい連想してしまった。ゆっくりと深呼吸をしながら、リリィは先ほど見た光景を振り返ってみる。
バイオレットが紫水晶の指輪の記憶を覗いていた時、術者であるリリィもまたその記憶を眺めていた。そしてリリィは確かに黒の魔女の姿を見た。柔らかくも厳かな彼女の声も聞いていたし、彼女が身にまとっている爽やかな、けれどどこか甘さのある香りもしっかり嗅いでいたのだ。リリィはぎゅっと一度だけ強く目をつぶる。
(あれは確かに大聖女さまだったわ)
他人の空似だとか、大聖女のご先祖さまであるだとか、そんな可能性もないことはない。けれど、目に見える姿形だけでなく声だって同じ。大聖女のまとう不思議な香りに至っては、神殿の中で日々リリィが嗅いでいたものと完全に一致する。
何せ、憧れの大聖女が身にまとう香りなのだ。神殿の育てる薬草園で手に入るものならば何としてでも再現したいと願うほどには、リリィは大聖女に憧れていた。もちろん、彼女がまとう香りは結局のところリリィが手にすることなどできなかったのだけれども。
(聖獣さまは、腐れ縁のようなものとおっしゃっていたけれど。教えてくださらないということは、やっぱり何か理由があるのでしょうね)
ゆっくりと上下する白狼の腹をぼんやりと眺めていたせいか、リリィもまた眠気に襲われる。白狼の補助があったとはいえ、思った以上に力を使いすぎてしまったのかもしれない。ああ、だから白狼もまた眠ることで身体を回復させているのかと気が付き、白狼の横に身体を横たえた。
柔らかく温かい毛皮にくっついていると、とても安心する。起こさないように気を付けていたはずなのに、いつの間にかリリィは白狼の身体にしがみついていた。優しいお日さまのような匂いに包まれる。
(どうしてかしら。昔、こんな風に誰かと一緒に眠ったような気がするわ)
実母は優しかったが、非常に忙しい女性だった。リリィが眠りにつくとき、実母は書斎で書類整理をしているか、緊急の現場で魔術を行使しているかのどちらかだった。実母が健在の頃リリィの世話をしてくれた使用人たちは、主人と使用人との区別をきっちりと行うひとたちだったから、リリィと一緒に眠ってくれたことなどない。それなのに、リリィの隣で眠る白狼の温もりに懐かしさを覚えるのはなぜなのだろう。
何もわからないまま、それでもこの知らずの森の家の中ではひとりぼっちではないという事実がなぜだか無性に嬉しくて、リリィはそのまま心地よいまどろみに身をゆだねた。
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