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6.黒き魔女の待ちびと
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アッシュを追い返して以来、白狼は目を覚まさなくなった。柔らかな身体は、冬眠中の動物と同様に体温が下がってしまっている。それでも生きていると主張するように、白狼はわずかに胸を上下に動かしていた。いまだ目覚めることのない番人に、長い眠りに落ちてしまった聖獣をそっとなでると、リリィは部屋の中を見渡した。
話し相手のいない家は、なぜだか妙に広く感じる。ひとりで過ごすことには、慣れているつもりだった。むしろ実家の家族や、神殿の高位貴族の令嬢など、かかわりあいになれば面倒なだけの相手も多くて、ひとりでいることは心穏やかに暮らすために必要な方法でもあったはずなのに。
「おはようございます。森の番人さま、聖獣さま。今日は雨のようですよ」
リリィは知らずの森に来てから何かにつけて番人に声をかけるようにしている。眠り続ける対象に白狼が加わってからもそれはかわらない。もちろん番人からも、白狼からも返事はない。それでもリリィは、朝になれば寝台から番人と聖獣を居間に連れてくるようにしている。白狼といた頃は番人のためだったけれど、今はリリィ自身のためだ。番人を乗せた揺り椅子が少しばかりきしんだ。
(さびしがりやもここに極まれりね)
腕輪を外したせいだろうか、ここしばらくは妙に魔力が身体にみなぎり、疲れにくくなっていることだけは幸いだった。何せ普通に過ごしていても、魔力があふれ出すほど。多少身体強化を使ったところで何の影響もないので、女の細腕でも意識のない森の番人や聖獣を抱えることが可能なのだ。
(これだけの魔力があれば、聖女としての能力が頭打ちだと悩む必要はなかったのでしょうね)
試しにてのひらに力を込めてみれば、神殿にいた頃の感覚では魔術の規模が大きくなりすぎるだろうことに気が付く。思っていた以上に、あの腕輪はリリィの魔力を吸い上げていたようだ。
確かに白狼いわく、リリィ本人を生贄として捧げるのと同じ効果が腕輪にはあったらしい。見習い聖女と同等の魔力を溜め込んだ魔導具。一体いつから自分はあの腕輪をしていたのか。
(お母さまの形見? でも、お母さまがあの腕輪をつけていた記憶はないし……)
何も思い出せないまま、リリィは小さくかぶりを振った。ここしばらく晴れ間が続いていた知らずの森だったが、今日はずっと雨が降っている。雨音に交じって、つんざくような雷鳴がとどろき始めた。窓の外を確認してみたかったが、激しい雨のせいで何も見えないままだ。濡れることを厭うたのか、窓の隙間から入り込んだ小さな黒い蜘蛛が慌てて天井へと登っていく。
白狼が教えてくれなかった腕輪の秘密。白狼と神殿の関係。大聖女と黒の魔女の繋がり。大聖女に会えたなら、直接尋ねることもできるのだろうか。
「もしも、大聖女さまが黒の魔女だったとして。私が願いを叶えてほしいと祈りを捧げたら、すべてを教えていただけるのかしら」
迷子のようななんとも心細い気持ちになり、白狼のお腹に顔を埋めてみる。大丈夫だと、心配いらないと白狼に言って欲しかった。かたんと小さな音がしてはっと顔をあげる。テーブルの上の陶器を落としかけているのだろうか。けれど、リリィの目に入ったのはテーブルから落ちかける陶器ではなかった。
「このまま思い出してくれないかと思っていたのだけれど。ようやっと頼る気になったようね?」
にこりと微笑みながらお行儀悪くテーブルに頬杖をついていたのは、黒髪の美女。神殿で見慣れた服装ではなく、なんとも艶やかな黒いドレスを身に着けている大聖女だった。
話し相手のいない家は、なぜだか妙に広く感じる。ひとりで過ごすことには、慣れているつもりだった。むしろ実家の家族や、神殿の高位貴族の令嬢など、かかわりあいになれば面倒なだけの相手も多くて、ひとりでいることは心穏やかに暮らすために必要な方法でもあったはずなのに。
「おはようございます。森の番人さま、聖獣さま。今日は雨のようですよ」
リリィは知らずの森に来てから何かにつけて番人に声をかけるようにしている。眠り続ける対象に白狼が加わってからもそれはかわらない。もちろん番人からも、白狼からも返事はない。それでもリリィは、朝になれば寝台から番人と聖獣を居間に連れてくるようにしている。白狼といた頃は番人のためだったけれど、今はリリィ自身のためだ。番人を乗せた揺り椅子が少しばかりきしんだ。
(さびしがりやもここに極まれりね)
腕輪を外したせいだろうか、ここしばらくは妙に魔力が身体にみなぎり、疲れにくくなっていることだけは幸いだった。何せ普通に過ごしていても、魔力があふれ出すほど。多少身体強化を使ったところで何の影響もないので、女の細腕でも意識のない森の番人や聖獣を抱えることが可能なのだ。
(これだけの魔力があれば、聖女としての能力が頭打ちだと悩む必要はなかったのでしょうね)
試しにてのひらに力を込めてみれば、神殿にいた頃の感覚では魔術の規模が大きくなりすぎるだろうことに気が付く。思っていた以上に、あの腕輪はリリィの魔力を吸い上げていたようだ。
確かに白狼いわく、リリィ本人を生贄として捧げるのと同じ効果が腕輪にはあったらしい。見習い聖女と同等の魔力を溜め込んだ魔導具。一体いつから自分はあの腕輪をしていたのか。
(お母さまの形見? でも、お母さまがあの腕輪をつけていた記憶はないし……)
何も思い出せないまま、リリィは小さくかぶりを振った。ここしばらく晴れ間が続いていた知らずの森だったが、今日はずっと雨が降っている。雨音に交じって、つんざくような雷鳴がとどろき始めた。窓の外を確認してみたかったが、激しい雨のせいで何も見えないままだ。濡れることを厭うたのか、窓の隙間から入り込んだ小さな黒い蜘蛛が慌てて天井へと登っていく。
白狼が教えてくれなかった腕輪の秘密。白狼と神殿の関係。大聖女と黒の魔女の繋がり。大聖女に会えたなら、直接尋ねることもできるのだろうか。
「もしも、大聖女さまが黒の魔女だったとして。私が願いを叶えてほしいと祈りを捧げたら、すべてを教えていただけるのかしら」
迷子のようななんとも心細い気持ちになり、白狼のお腹に顔を埋めてみる。大丈夫だと、心配いらないと白狼に言って欲しかった。かたんと小さな音がしてはっと顔をあげる。テーブルの上の陶器を落としかけているのだろうか。けれど、リリィの目に入ったのはテーブルから落ちかける陶器ではなかった。
「このまま思い出してくれないかと思っていたのだけれど。ようやっと頼る気になったようね?」
にこりと微笑みながらお行儀悪くテーブルに頬杖をついていたのは、黒髪の美女。神殿で見慣れた服装ではなく、なんとも艶やかな黒いドレスを身に着けている大聖女だった。
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