偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

文字の大きさ
48 / 61
6.黒き魔女の待ちびと

(5)

しおりを挟む
「それで、その初代国王陛下はいまだお戻りにならないと」
「ええ、その通りよ」

 影絵を食い入るように見つめていたリリィとは対照的に、大聖女は黙々と食事を食べ進めていた。あんなに細い身体のどこにこれだけの料理が入るのだろう。首を傾げるリリィに大聖女は当然のような顔をして、「わたくしが一番最初に知った感情は、『美味しい』だったわ」とうそぶいた。

「あの、大聖女さま。大聖女さまの願い事は、『探してほしい』でも『連れてきてほしい』でもないのですよね。初代国王陛下とお会いになりたくないのでしょうか?」
「会いたいだとか、会いたくないだとかの話ではないの」
「ええと、それはどういう意味でしょう?」
「なぜ会いに来ないのかが理解できないのよ」

 心の底からわからないと言いたげに、美女はこてんと小首を傾げてみせる。大聖女として見慣れた彼女よりも、さらに蠱惑的な姿。きっと今の彼女は、大聖女よりも黒の魔女という名の方がしっくりくる。それでも、リリィはあえて大聖女と呼び続けたかった。彼女にとっては、幼い頃からの心の支えだったから。そんなリリィの心など気にすることもなく、大聖女は手にしたフォークを指揮棒のように振りながらこともなげに言い放った。

「あの男、わたくしが好きで好きでたまらないのよ。地獄に落ちても意地でも這い上がってきそうなものなのに、どこをほっつき歩いているのかしら?」
「大聖女さま、先ほど影絵で紡がれた物語では初代国王陛下の恋情を理解されていらっしゃらなかったようでしたが」
「ええ。でも今は違うわ。わたくし、それなりに学んだのよ。それなのに、あの男ときたらいつまで経っても会いに来ないではないの。待ち合わせに遅れるにしても限度というものがあるのではないかしら」

 大聖女は頬に手を当てつつ、指折り数え始めた。そういえば、黒の魔女は恋物語を集めるのが好きだと聞いたことがある。歌劇や小説だけではなく、恋愛にまつわる願い事を多く叶えているのも黒の魔女だったはずだ。それにまつわる対価もかなり不可思議なものだったはずだ。そして大聖女として神殿で活動を行えば、おのずと人間の感情を学ぶ機会は多く訪れたのだろう。神殿ほど生と死に触れる場所もないのだから。

「大聖女さま。もしかしたらなのですが」
「何かしら」
「お相手の方の転生先が、人間ではない可能性もあるのではありませんか?」
「虫とかね。まあ、人間に転生する可能性よりもそれ以外の生き物に転生する可能性の方が高いのは事実だわ」

 そこで、リリィは思い出す。かつて知らずの森を訪れた客人であるバイオレットのことを。彼女が持つ指輪の記憶を覗いた時に出てきた生き物はとても印象的だった。黒の魔女の命を受けて、前世のモラドの手伝いをしていたのは見惚れるほどに美しい黒鹿毛の馬。モラドと一緒に崖の下に落ちていったあの馬はもしや……。

「わたくし、人間でなければ、会いに来るなと言った覚えはないのだけれど」
「大聖女さまの元をお訪ねしているからこそ、大聖女さまの愛馬となっていたのではありませんか?」
「愛馬ねえ。懐いたような懐いていなかったような微妙な距離感だったわ。そもそもの出会いもなんとも残念なものでね。ちょうど水浴びをしている最中に見つけたから、そのまま抱き着いてみたのだけれど。悲鳴を上げて逃げられてしまったの」
「大聖女さま、それはさすがに名乗り出ないかと」
「美女の裸体なんてご褒美でしょうに。きゃあなんて言うのよ、笑ってしまうわ。その後も乗馬するだけで妙に喜ぶし」
「なんと申し上げてよいかわかりません……」

 唐突に暴露される情けない実態に、リリィは少しばかり相手の男が可哀想になった。そう、例え大聖女に愛を誓ったにもかかわらず、側妃を召し抱え、子どもを産ませるような男だったとしても。大聖女の感覚は、どうしても人間とはズレている。言葉数の少ない聖獣の方が、よほどリリィの感覚に近いくらいだ。

「そもそもわたくしに名を捧げたくせに、両の指では足りないほどの側妃を娶った男よ。何人も子どもを産ませているのだもの、今さら女の裸を見て逃げるなんてどうかしているわ」
「おそらく、その点についても思うところがあるはずです。だからこそ、自ら名乗り出ず、大聖女さまの手で見つけてほしいのではないでしょうか?」
「なぜ?」
「今でも自分が必要とされているか、確証が持てないからでしょう」

 食べようか食べるまいか悩んでいたフォークが、うっかりと皿の端にぶつかる。きんと耳障りな高い音が響いて、そういえば実家で珍しく一緒に食事をした際に、かちゃかちゃと聞こえる小さな金属音から自身が異物だと責められたような気がしていたことをリリィは思い出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~

星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。 しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。 これで私の人生も終わり…かと思いきや。 「ちょっと待った!!」 剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。 え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか? 国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。 虐げられた日々はもう終わり! 私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...