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7.白花との約束
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「ここは、一体?」
気が付いた時には、何もない、ただ真っ白な場所にいた。
あまりにも何もないので、一度ここを離れてしまったら自分が今立っている場所さえ見失ってしまいそうだ。目印を探そうにもあるのは一面の白。リリィは思わずぎゅっと拳を握りしめた。
大聖女に呼びかけようとして、ふと考え込む。大聖女は、リリィにあるべき場所に還れと言っていた。リリィにとってのあるべき場所というのはどこなのだろう。初めは、神殿かと思っていたが、わざわざ神殿からリリィを追い出したのは大聖女だ。もちろんリリィを父や継母たちの手から逃がす意味もあったのだろうが、そのためだけに知らずの森を選んだとは思えない。遠くに逃がすという意味であれば、いっそ他国に追放することだって選べたのだから。
(まあ、無防備に他国へ追放したら、人買いにさらわれて娼館に売り飛ばされるのが関の山だったのでしょうけれど)
知らずの森は、大聖女――黒の魔女――にとって特別な場所であるらしい。彼女と森の番人は、ともにこの世界のために天から降りてきた家族や仲間とも言える存在。大聖女にとって特別な相手のお膝元にわざわざリリィを送り出したということは、単なる偶然ではなかったはずだ。
何よりリリィが白狼たちと共に過ごしたあの日々は、実母が生きていた頃ですら感じたことのない穏やかなものだった。それならばリリィが帰るべき場所は。呼びかけるべき相手はきっと。
「聖獣さま! どちらにいらっしゃいますか!」
柔らかく温かいあのふわふわの毛皮をした生き物に呼びかける。知らずの森に辿り着いてから、片時も離れず隣にいてくれた優しい白狼。聖獣には、不思議なほどの安心感がある。それはいつの間にか、リリィにとって白狼の隣が自分の場所だと認識してしまっていたほど。
眠り続ける森の番人にだって、他人という感覚はわかなかった。白狼の主人だからという理由ではない。出会った時から、リリィは森の番人のことが他人とはとても思えなかった。白狼を大切にすることと、森の番人を大切にすることは同じことだったのだ。
神殿で暮らしていた時でさえ、大聖女の役に立ちたい、恩返しをしたいという気持ちばかりが先走っていた。聖女見習いという立場には確かにやりがいがあったけれど、それはそうしなければ自分の居場所を失ってしまうというどこか強迫観念めいた身の捧げ方だった。誰かのために力を奮い続けるために生きていたと言ってもいい。日々の暮らしの中に自分自身の幸せというものは織り込まれてはいなかったような気がするのだ。
考えないようにしていたけれど、リリィの胸の奥底には、眠っている間に世界が終わってしまったらいいのに、なんて物騒な願いが眠っている。そんな思いがあることが恐ろしくて、認めたくなくて、リリィは余計に聖女見習いとして正しい生き方を貫き続けようとしていた。
そうしなければ「普通」ではいられなくなってしまうから。この世界にあるべきではない、「おかしい」「変わった」人間としてみなされてしまうから。
どこにいても余所者として浮いていたリリィに、憧れだった普通の家族を、普通の生活を与えてくれた白狼。ただそこにいることを許される安心感を、リリィは白狼の隣で初めて知ったのだ。
他者の愛し方と他者からの愛され方。それは、継母と一緒になってリリィを邪魔者扱いしてきた実の父にも、あまりに早く亡くなってしまった実の母にも教わりそこねた。喜びを教えてくれた存在を、リリィはもう二度と失いたくなどない。
だから必死に呼びかけるのだ。ようやっと見つけた大切な存在が、てのひらから零れ落ちてしまわないように。けれど返事はない。聖獣を探す自身の声は、白い世界に吸い込まれていく。どんな音も雪が吸収してしまうように。
気が付いた時には、何もない、ただ真っ白な場所にいた。
あまりにも何もないので、一度ここを離れてしまったら自分が今立っている場所さえ見失ってしまいそうだ。目印を探そうにもあるのは一面の白。リリィは思わずぎゅっと拳を握りしめた。
大聖女に呼びかけようとして、ふと考え込む。大聖女は、リリィにあるべき場所に還れと言っていた。リリィにとってのあるべき場所というのはどこなのだろう。初めは、神殿かと思っていたが、わざわざ神殿からリリィを追い出したのは大聖女だ。もちろんリリィを父や継母たちの手から逃がす意味もあったのだろうが、そのためだけに知らずの森を選んだとは思えない。遠くに逃がすという意味であれば、いっそ他国に追放することだって選べたのだから。
(まあ、無防備に他国へ追放したら、人買いにさらわれて娼館に売り飛ばされるのが関の山だったのでしょうけれど)
知らずの森は、大聖女――黒の魔女――にとって特別な場所であるらしい。彼女と森の番人は、ともにこの世界のために天から降りてきた家族や仲間とも言える存在。大聖女にとって特別な相手のお膝元にわざわざリリィを送り出したということは、単なる偶然ではなかったはずだ。
何よりリリィが白狼たちと共に過ごしたあの日々は、実母が生きていた頃ですら感じたことのない穏やかなものだった。それならばリリィが帰るべき場所は。呼びかけるべき相手はきっと。
「聖獣さま! どちらにいらっしゃいますか!」
柔らかく温かいあのふわふわの毛皮をした生き物に呼びかける。知らずの森に辿り着いてから、片時も離れず隣にいてくれた優しい白狼。聖獣には、不思議なほどの安心感がある。それはいつの間にか、リリィにとって白狼の隣が自分の場所だと認識してしまっていたほど。
眠り続ける森の番人にだって、他人という感覚はわかなかった。白狼の主人だからという理由ではない。出会った時から、リリィは森の番人のことが他人とはとても思えなかった。白狼を大切にすることと、森の番人を大切にすることは同じことだったのだ。
神殿で暮らしていた時でさえ、大聖女の役に立ちたい、恩返しをしたいという気持ちばかりが先走っていた。聖女見習いという立場には確かにやりがいがあったけれど、それはそうしなければ自分の居場所を失ってしまうというどこか強迫観念めいた身の捧げ方だった。誰かのために力を奮い続けるために生きていたと言ってもいい。日々の暮らしの中に自分自身の幸せというものは織り込まれてはいなかったような気がするのだ。
考えないようにしていたけれど、リリィの胸の奥底には、眠っている間に世界が終わってしまったらいいのに、なんて物騒な願いが眠っている。そんな思いがあることが恐ろしくて、認めたくなくて、リリィは余計に聖女見習いとして正しい生き方を貫き続けようとしていた。
そうしなければ「普通」ではいられなくなってしまうから。この世界にあるべきではない、「おかしい」「変わった」人間としてみなされてしまうから。
どこにいても余所者として浮いていたリリィに、憧れだった普通の家族を、普通の生活を与えてくれた白狼。ただそこにいることを許される安心感を、リリィは白狼の隣で初めて知ったのだ。
他者の愛し方と他者からの愛され方。それは、継母と一緒になってリリィを邪魔者扱いしてきた実の父にも、あまりに早く亡くなってしまった実の母にも教わりそこねた。喜びを教えてくれた存在を、リリィはもう二度と失いたくなどない。
だから必死に呼びかけるのだ。ようやっと見つけた大切な存在が、てのひらから零れ落ちてしまわないように。けれど返事はない。聖獣を探す自身の声は、白い世界に吸い込まれていく。どんな音も雪が吸収してしまうように。
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