2 / 5
(2)
しおりを挟む
騎士訓練校内で料理音痴の名を欲しいままにしているわたしだけれど、実家は王都でも有名なレストランだったりする。
祖父母が開いた店は、各地の郷土料理を手軽に食べることができる珍しい場所として人気を博しているのだ。祖父母の働きで、偏見をもたれがちな各地の食文化も王都で受け入れられやすくなったのだとか。
フィリップ先生は、そんなわたしの家の常連さんだった。年が離れているせいでわたしは知らないけれど、小さいときからその美少年っぷりと博学さで有名だったらしい。わたしにとってフィリップ先生は、優しくて素敵な憧れのお兄さまだった。
「大きくなったら、フィリップ兄さまのお嫁さんになる!」
そう言ってまとわりついていたわたしの相手を、嫌な顔ひとつせずにしてくれたっけ。関係が変わってしまったのは、フィリップ先生が騎士を目指すようになってから。てっきりわたしはフィリップ先生は学者さんになるものだとばかり思っていたのだけれど、突然騎士訓練校への入校を決めてしまったのだ。
寮住まいになったせいで、うちに来ることは少なくなった。たまに外出許可を取ってお店に来たところで、元騎士のおじいさまや現役騎士のお父さまと剣の練習ばかりするようになる始末。声をかけても、迷惑なのかすぐにそっぽを向かれてしまう。昔はお膝の上で絵本だって読んでくれたのに。
悔しくて近所の年上のお姉さんにお願いして、ちょっと大人びた服装でフィリップ先生の周りをうろついてみたけれど、薄着だと風邪を引くと上着をかけられただけだった。はあ、何それ。
それでも諦められなかったわたしは、フィリップ兄さまを追いかけるために騎士を目指すことにした。うんわかってる、相手にされてないのにバカだよねわたし。でも諦められないんだもん。
おじいさまとお父さまは、わたしが騎士を目指すと話したらびっくりするくらい渋っていた。普通は、子どもや孫が自分たちと同じ職業を目指していると知ったら、喜ぶものなんじゃないの?
なんとか入校許可をもぎとることができたのは、おばあさまとお母さまが味方をしてくれたから。
けれど、おじいさまたちが譲歩してくれたのもここまで。わたしが騎士の資格を取ったら、婚約者と結婚することを約束させられてしまった。わたしが成人するまで待ってくれた相手を、さらに何年もお待たせしてはいけないからと。
知らなかったよ。一体いつの間に婚約者ができたの。いや、いるならいるで、もっと交流とかするべきなんじゃない? どこの誰からお願いされた政略結婚か知らないけれど、コミュニケーション不足で結婚したところですぐに破綻しちゃうんじゃないの?
そもそもわたしはフィリップ先生と結婚できないなら、独身の行き遅れとして笑われるほうがマシなのに。
それからわたしは、意図的に卒業試験に失敗するようにしてきた。剣術も魔法も下手に手を抜けば大事故に繋がる。だから料理音痴の汚名を被ってまで、トンチキ料理を作ってきた。
学校にいる間だけは、昔みたいにたくさんフィリップ先生とお話ができる。そのためなら、卒業試験を合格できない落ちこぼれだと思われていたって構わない。けれど、もう卒業試験でわざと失敗することもできなくなってしまった。
追試では、合格以外取るつもりはない。不合格になったら、顔も知らない婚約者と結婚することになる。こうなれば、フィリップ先生に会うことはほぼできなくなるだろう。
だったら、少しでも会うチャンスがある騎士になろう。崇高な騎士職をなんだと思っているなんて言わないで。わたしにとってすべては、フィリップ先生の隣にいるための手段でしかないのだ。
普通に料理をする。それだけで新しい道が開かれるはず。そして、結婚後も騎士を続けさせてもらう許可を未来の旦那さまからもぎ取るのだ! 実力で!
「見てなさい、フィリップ先生! わたしは絶対、合格してやるんだから!」
「わかりましたから、さっさと部屋に戻りなさい」
「フィリップ先生、もしかして私のことが心配で追いかけてきてくれたんですか!」
「通り道だっただけです」
うわーん、冷たいよー。
大声で一人言を言うわたしを道端で見つけても、顔色ひとつ変えないフィリップ先生は、やっぱり氷の騎士という異名がふさわしいと思う。
祖父母が開いた店は、各地の郷土料理を手軽に食べることができる珍しい場所として人気を博しているのだ。祖父母の働きで、偏見をもたれがちな各地の食文化も王都で受け入れられやすくなったのだとか。
フィリップ先生は、そんなわたしの家の常連さんだった。年が離れているせいでわたしは知らないけれど、小さいときからその美少年っぷりと博学さで有名だったらしい。わたしにとってフィリップ先生は、優しくて素敵な憧れのお兄さまだった。
「大きくなったら、フィリップ兄さまのお嫁さんになる!」
そう言ってまとわりついていたわたしの相手を、嫌な顔ひとつせずにしてくれたっけ。関係が変わってしまったのは、フィリップ先生が騎士を目指すようになってから。てっきりわたしはフィリップ先生は学者さんになるものだとばかり思っていたのだけれど、突然騎士訓練校への入校を決めてしまったのだ。
寮住まいになったせいで、うちに来ることは少なくなった。たまに外出許可を取ってお店に来たところで、元騎士のおじいさまや現役騎士のお父さまと剣の練習ばかりするようになる始末。声をかけても、迷惑なのかすぐにそっぽを向かれてしまう。昔はお膝の上で絵本だって読んでくれたのに。
悔しくて近所の年上のお姉さんにお願いして、ちょっと大人びた服装でフィリップ先生の周りをうろついてみたけれど、薄着だと風邪を引くと上着をかけられただけだった。はあ、何それ。
それでも諦められなかったわたしは、フィリップ兄さまを追いかけるために騎士を目指すことにした。うんわかってる、相手にされてないのにバカだよねわたし。でも諦められないんだもん。
おじいさまとお父さまは、わたしが騎士を目指すと話したらびっくりするくらい渋っていた。普通は、子どもや孫が自分たちと同じ職業を目指していると知ったら、喜ぶものなんじゃないの?
なんとか入校許可をもぎとることができたのは、おばあさまとお母さまが味方をしてくれたから。
けれど、おじいさまたちが譲歩してくれたのもここまで。わたしが騎士の資格を取ったら、婚約者と結婚することを約束させられてしまった。わたしが成人するまで待ってくれた相手を、さらに何年もお待たせしてはいけないからと。
知らなかったよ。一体いつの間に婚約者ができたの。いや、いるならいるで、もっと交流とかするべきなんじゃない? どこの誰からお願いされた政略結婚か知らないけれど、コミュニケーション不足で結婚したところですぐに破綻しちゃうんじゃないの?
そもそもわたしはフィリップ先生と結婚できないなら、独身の行き遅れとして笑われるほうがマシなのに。
それからわたしは、意図的に卒業試験に失敗するようにしてきた。剣術も魔法も下手に手を抜けば大事故に繋がる。だから料理音痴の汚名を被ってまで、トンチキ料理を作ってきた。
学校にいる間だけは、昔みたいにたくさんフィリップ先生とお話ができる。そのためなら、卒業試験を合格できない落ちこぼれだと思われていたって構わない。けれど、もう卒業試験でわざと失敗することもできなくなってしまった。
追試では、合格以外取るつもりはない。不合格になったら、顔も知らない婚約者と結婚することになる。こうなれば、フィリップ先生に会うことはほぼできなくなるだろう。
だったら、少しでも会うチャンスがある騎士になろう。崇高な騎士職をなんだと思っているなんて言わないで。わたしにとってすべては、フィリップ先生の隣にいるための手段でしかないのだ。
普通に料理をする。それだけで新しい道が開かれるはず。そして、結婚後も騎士を続けさせてもらう許可を未来の旦那さまからもぎ取るのだ! 実力で!
「見てなさい、フィリップ先生! わたしは絶対、合格してやるんだから!」
「わかりましたから、さっさと部屋に戻りなさい」
「フィリップ先生、もしかして私のことが心配で追いかけてきてくれたんですか!」
「通り道だっただけです」
うわーん、冷たいよー。
大声で一人言を言うわたしを道端で見つけても、顔色ひとつ変えないフィリップ先生は、やっぱり氷の騎士という異名がふさわしいと思う。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる