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ヘビは意外と怖がりの臆病者でした(2)
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わたくしが教会に身を寄せるようになったのは、わたくしとこの国の第二王子殿下との婚約が解消されたことによるものでした。政治的な背景で結ばれた婚約が解消されたのは、殿下の「運命の恋」とやらが、異類婚であったためです。もともと王家の成り立ちも、異類婚姻譚として語り継がれています。通常ならば許されない婚約の解消も、神の御心とあらば祝福されてしまうのです。
本当に悪趣味な神さまですこと。政治的なバランスや貴族の男女比を考えずに行われる異類婚によって、一体幾人が涙を流してきたことでしょう。そもそも種族が異なる相手に対して、恋心など抱けるものなのか不思議でなりません。例えば昆虫などは人間とは異なり、骨格が一番外側にあるわけです。柔らかい皮膚を晒してうろついている人間なんて、奇妙極まりない生き物に見えるのではないでしょうか。まあ、こんな夢のないことばかり考える女ですから、殿下の心を繋ぎ止めることもできなかったのでしょう。
殿下の隣で微笑むお相手のような可愛らしさがわたくしにあれば。どこかきつく見えがちなわたくしとは正反対の容姿が憎たらしい。ええ、わかっておりますとも、男性はみなあのように庇護欲をそそる女性がお好きなのです。一体彼女はどんな種族だったのでしょうか。いっそ、カマキリかクモだったらよろしいのに。殿下など頭から食われてしまえば良いのです。
幼少期から受けていたお妃教育もすべて水の泡。王家はしっかりと慰謝料と次の結婚相手を見繕ってくださいましたが、わたくしは慰謝料のみを受け取り、新しいお相手についてはつつしんでお断りさせていただきました。こちらが頑張ったところで、またも「運命の恋」とやらが生まれてしまっては勝ち目がありません。これ以上、当て馬になどなりたくないのです。
異類婚姻譚は嫌いですし、それを賛美するこの国も、教会が祀る神様も大嫌いです。それでもわたくしが心穏やかに暮らせる場所は、皮肉なことに教会しかなかったのでした。
「殿下の大馬鹿者! 自分だけ幸せを見つけるだなんて、さっさとはげ散らかしてしまえば良いのですわ!」
優雅な貴族暮らしから堅苦しい教会暮らし。どうなることかと心配していたものの、わたくしは静かな生活を意外なほど心地よく感じておりました。特に気に入っていたのは、教会の敷地内にあった清めの泉です。こちらで殿下への怒りを叫ぶと心が洗われるようでした。今までの人生で使ったことのないような言葉のお陰ですっきりしたのもつかの間。この日課が修行だと見なされて、聖女のような力を授かってしまうことになるなんて。
ひっそりと教会内に引きこもって余生を過ごす予定がまったくもって台無しです。何かあるたびに、王族と同じ場所に立ち続けることが苦痛でした。何が悲しくて、元婚約者たちが仲睦まじげに過ごす姿を見なくてはならないのでしょう。
聖女などなりたくもない。ともすれば腫れ物のように扱われるわたくしを、アルメルは特別扱いすることはありませんでした。わたくしが何か失敗をすれば、片眉をあげて少しだけ嫌そうに頬をひくつかせてはいましたけれど。けれど、他の神官たちのように、わたくしのことを憐れんだり、あるいは媚へつらわれるよりもよっぽどましだったのです。
わたくしは、さっさと聖女を罷免されたいという思いから、あえて他者にはきつく当たっておりました。嫌われればそれだけ早く、聖女にふさわしくないと判断してもらえると思ったからです。教会の掟は率先して破りました。見ず知らずのご令嬢に難癖をつけたこともあります。それでも教会は見て見ぬふりをするばかり。扱いやすい馬鹿な娘だと思われたのか、わたくしの周りには教会で甘い汁を吸う狸爺ばかりが集まる始末。
多くの神官たちが日毎に陰口を叩くようになる中で、アルメルだけが我関せずと言わんばかりに、無言を貫き通しておりました。それをわたくしは、わたくしのことなど眼中にないからだと思っていたのです。もともと聖女の資格などないと思われていたがゆえに、諌められることも蔑まれることもないのだと。王子への憎しみから力を得るなんて、確かにありえないことですから。アルメルの中に、これほど強い感情があるなんて想像することもできなかったのです。
本当に悪趣味な神さまですこと。政治的なバランスや貴族の男女比を考えずに行われる異類婚によって、一体幾人が涙を流してきたことでしょう。そもそも種族が異なる相手に対して、恋心など抱けるものなのか不思議でなりません。例えば昆虫などは人間とは異なり、骨格が一番外側にあるわけです。柔らかい皮膚を晒してうろついている人間なんて、奇妙極まりない生き物に見えるのではないでしょうか。まあ、こんな夢のないことばかり考える女ですから、殿下の心を繋ぎ止めることもできなかったのでしょう。
殿下の隣で微笑むお相手のような可愛らしさがわたくしにあれば。どこかきつく見えがちなわたくしとは正反対の容姿が憎たらしい。ええ、わかっておりますとも、男性はみなあのように庇護欲をそそる女性がお好きなのです。一体彼女はどんな種族だったのでしょうか。いっそ、カマキリかクモだったらよろしいのに。殿下など頭から食われてしまえば良いのです。
幼少期から受けていたお妃教育もすべて水の泡。王家はしっかりと慰謝料と次の結婚相手を見繕ってくださいましたが、わたくしは慰謝料のみを受け取り、新しいお相手についてはつつしんでお断りさせていただきました。こちらが頑張ったところで、またも「運命の恋」とやらが生まれてしまっては勝ち目がありません。これ以上、当て馬になどなりたくないのです。
異類婚姻譚は嫌いですし、それを賛美するこの国も、教会が祀る神様も大嫌いです。それでもわたくしが心穏やかに暮らせる場所は、皮肉なことに教会しかなかったのでした。
「殿下の大馬鹿者! 自分だけ幸せを見つけるだなんて、さっさとはげ散らかしてしまえば良いのですわ!」
優雅な貴族暮らしから堅苦しい教会暮らし。どうなることかと心配していたものの、わたくしは静かな生活を意外なほど心地よく感じておりました。特に気に入っていたのは、教会の敷地内にあった清めの泉です。こちらで殿下への怒りを叫ぶと心が洗われるようでした。今までの人生で使ったことのないような言葉のお陰ですっきりしたのもつかの間。この日課が修行だと見なされて、聖女のような力を授かってしまうことになるなんて。
ひっそりと教会内に引きこもって余生を過ごす予定がまったくもって台無しです。何かあるたびに、王族と同じ場所に立ち続けることが苦痛でした。何が悲しくて、元婚約者たちが仲睦まじげに過ごす姿を見なくてはならないのでしょう。
聖女などなりたくもない。ともすれば腫れ物のように扱われるわたくしを、アルメルは特別扱いすることはありませんでした。わたくしが何か失敗をすれば、片眉をあげて少しだけ嫌そうに頬をひくつかせてはいましたけれど。けれど、他の神官たちのように、わたくしのことを憐れんだり、あるいは媚へつらわれるよりもよっぽどましだったのです。
わたくしは、さっさと聖女を罷免されたいという思いから、あえて他者にはきつく当たっておりました。嫌われればそれだけ早く、聖女にふさわしくないと判断してもらえると思ったからです。教会の掟は率先して破りました。見ず知らずのご令嬢に難癖をつけたこともあります。それでも教会は見て見ぬふりをするばかり。扱いやすい馬鹿な娘だと思われたのか、わたくしの周りには教会で甘い汁を吸う狸爺ばかりが集まる始末。
多くの神官たちが日毎に陰口を叩くようになる中で、アルメルだけが我関せずと言わんばかりに、無言を貫き通しておりました。それをわたくしは、わたくしのことなど眼中にないからだと思っていたのです。もともと聖女の資格などないと思われていたがゆえに、諌められることも蔑まれることもないのだと。王子への憎しみから力を得るなんて、確かにありえないことですから。アルメルの中に、これほど強い感情があるなんて想像することもできなかったのです。
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