リポグラム短編集～『あい』を失った女～

『カメレオン』でも許して

条件：「か」「が」「め」「れ」「お」「ん」を使用してはならない



　いくら騒々そうぞうしい教室きょうしつにいても、真まっ先さきに聞きこえてくるのは君きみの優やさしい声こえ。ふわりと甘あまいその声こえにとろけそうになり、昨日きのうよりもまた君きみを好すきになったことを知しる。

「ねえ宿題しゅくだいやった？」

　何気なにげない話題わだいなのに、君きみの紡つむぐ言葉ことばだというだけでどきりとする。一秒いちびょうでも良よい。少すこしでも君きみの側そばにいたい。そう祈いのる弱よわさゆえに、この気持きもちを伝つたえることなどできなくて。君きみの隣となりはあまりに居心地いごこち良よ過すぎて、時ときたま酷ひどく苦くるしくなる。

　君きみにだけは悟さとらせないように、周囲しゅういの様子ようすにあわせて、必死ひっしに擬態ぎたいする。笑わらうのも、泣なくのも、すべては君きみ次第しだい。ここにいるのは、君きみの望のぞむ理想りそうの友達ともだち。

　どうせ好すきだよと伝つたえたところで、君きみは盛大せいだいに笑わらうだけ。わたしもだよ、そう言いって無邪気むじゃきに抱だきついてくることだってありうる。その罪つみの酷むごたらしさも知しらないで。

　君きみの言いう好すきとは、まるで異ことなる恋心こいごころには、絶対ぜったいに気付きづいてもらえない。ねえ、知しってる？　毎年まいとしクラスで友ともチョコを配くばっているのは、君きみの手作てづくりチョコを堂々どうどうともらいたいゆえの苦肉くにくの策さくだってこと。

　決定的けっていてきな言葉ことばさえ言いわないなら、永久えいきゅうに友達ともだちでいることもできるはず。真まっ白しろな衣装いしょうで幸しあわせそうに微笑ほほえむ君きみの前まえで、友達ともだちの代表だいひょうとして祝辞しゅくじを述のべる未来みらいも、きっとそう先さきのことではない。

「次つぎの日曜日にちようびにはね、デートなの！　制服せいふくじゃあいけないし、一緒いっしょに洋服ようふく選えらぶの手伝てつだって」

　君きみの恋こいバナに相槌あいづちをうちつつ、そっと窓まどをみる。大丈夫だいじょうぶ、大丈夫だいじょうぶ。いつものように楽たのしそうに笑わらえているはずだ、きっと。

「やだ、次つぎは体育たいいくだっけ？　早はやく用意よういしないと遅刻ちこくするよ」

　そう言いいつつするりと手てを繋つないでくる君きみ。どこをどう見みても、一緒いっしょに更衣室こういしつへ行いくのは当あたり前まえのごく普通ふつうの友達ともだち同士どうし。

　服ふくを脱ぬぐ君きみの隣となり、あまりに無防備むぼうびな膨ふくらみに頭あたまをくらくらさせた。欲望よくぼうを振ふり払はらいたくてそっと瞼まぶたを閉とじ、ゆっくりと息いきを吸すい込こむ。

　こちらの心こころなどいざ知しらず、空そらは腹立はらだたしいほどに美うつくしく澄すみ渡わたっているのだろう。