リポグラム短編集~『あい』を失った女~

石河 翠

文字の大きさ
31 / 55

去り行く『へいせい』に哀惜を

しおりを挟む
条件:「へ」「い」「せ」「べ」「ぜ」を使用してはならない



「ヤバっ、え、マジっすか。つまりおれたち、五月ごがつからはおっさんってことっすか?」

 町役場まちやくばのフロアには、なんとも能天気のうてんきこえひびく。わたしは無駄話むだばなしきょうじるかれ尻目しりめに、上司じょうしとともに資料しりょうそろえることに集中しゅうちゅうした。こうしておけばはらそこでどんなどくこうともだけは完璧かんぺきOLオーエル出来上できあがりだ。

 あんたがおっさんなら、さしずめわたしはおばあさんってところかしらね。そんなふうにちくりとやりたくなるのをぐっとこらえる。だってわたしはお局様つぼねさまだもの。わざわざ自分じぶんから何か行動こうどうして、ドSエスだの、年下とししたをなぶってよろこ女王様じょおうさまだのからかわれる羽目はめになるのはごめんこうむる。

 それにだれからもかれる大型犬おおがたけんもどきなかれかかわると面倒めんどうなことになる。あんな役所勤やくしょづとめらしからぬ言葉ことばでさえ、上司じょうしからのおしかりも利用者りようしゃからのクレームもけずにのうのうとごすかれ。それがまた無性むしょうはらつのだ。

 としだって本当ほんとうはほとんどおなじ。それなのにこんなにもかれとの距離きょりかんじてしまうのはわたしのひがみなのかしら。それとも、元号げんごうマジックとやらの効果こうかがこんなところにもあるのかも。

「じゃあよろしくたのむよ。このりはかならかえすから!」

 上司じょうし言葉ことばに、あわてて思考しこうもどす。フルムーン旅行りょこうにでかけるつもりだったのに、休出きゅうしゅつなんてしたらさすがに離婚りこん危機ききだとあおざめる上司じょうしつけたのは数時間前すうじかんまえ。そのわりとしてわたしはみずか名乗なのりをげた。本当ほんとうたすかったとあたまげる上司じょうし姿すがたに、わたしかたをすくめほんのり苦笑くしょうする。

 じつのところ、連休れんきゅうをもらえたところで、寝正月ねしょうがつならぬ寝黄金週間ねおうごんしゅうかんになるだけだ。家族かぞくちの上司じょうしにこそやすみが必要ひつようだろう。ここ数日すうじつでさらにすすけた上司じょうし頭部とうぶみょうにわたしのにしみる。

 それにしても元号げんごう初日しょにちが、まさかこうなるとは。カレンダーを確認かくにんしつつげんなりする。仏滅ぶつめつ友引ともびきならばかったのになんておもうのは、不謹慎ふきんしんだろうか。おもったよりも六曜りくよう左右さゆうされるわたしの仕事しごと。なんだかんだで縁起えんぎをかつぐ日本人にほんじん律儀りちぎさにみがれる。

「そうそう、ひとりだとアレだろうしすけんでるから」

 なんとも上司じょうしは、ともに休出きゅうしゅつしてくれる人間にんげんまでつけてきてくれたようだ。感謝かんしゃ言葉ことばおくろうとして、おもわずからだがかたまる。

 ちょっとちょっと、正直しょうじきこれはナシでしょ。にっこりとわらかれまえにして、わたしは密かにあたまかかえた。

 さもうれしそうにわたしのまわりにまとわりつくかれ。ちくちくとした無言むごん圧力あつりょく四方八方しほうはっぽうからさる。わたしだって、きでこのひとと休出きゅうしゅつになってるわけじゃあなくってよ。むしろ、結構けっこう頻度ひんど用事ようじをずらしてたりもするのに。こちらの気持きもちなどがつくはずもなく、かれはのんびりとわたしにはなしかける。

新元号しんげんごう初日しょにち結婚けっこんとかマジヤバっすよね」

 窓口まどぐち様子ようすたしかめてから、そっとうなずく。かれかんがえもわかるが、さすがにおおっぴらにはなすのはアウトだ。それに、もともとおまつきの日本人にほんじんなのだ。とど記念日きねんびにとかんがえるのもわかる。クリスマスや新年しんねんだって混雑こんざつするのだ。元号げんごうあらたまるとなれば、相当数そうとうすうもうみが予想よそうされる。思わず頭痛ずつうかんじ、わたしはかぶりをふった。

 はやめに頭痛薬ずつうやくんでおこうか。すこしだけなやんだわたしのまえに、常備薬じょうびやくかみコップにつがれたおみずがおかれた。

「しんどくなるまえんどきましょーよ」

 たりまえのようにわらってケアしてくれるかれほほあかくなったのをかくすように、正面しょうめんのパソコン画面がめんをチェックする。すると、かれ何気なにげなくメモ用紙ようし手渡てわたしてた。

「でも、俺的おれてきにはこっちのほうがオススメなんすよね」

 どこか見慣みなれた数字すうじは、わたしの誕生日たんじょうび元号げんごうあらたまったから、数日後すうじつご日付ひづけだ。

おくさんの誕生日たんじょうびとどとか超基本ちょうきほんっしょ」

 おもわずみずしたわたしにタオルをわたしながら、かれはにこにこと言葉ことばつづける。こちらの様子ようすうかが上司じょうしは、なにやらにやけかおだ。フリーズするわたしをりにして、外堀そとぼりめられてゆく。結婚けっこんまでのカウントダウンは、がつけばすでにわりぎわだったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...