リポグラム短編集~『あい』を失った女~

石河 翠

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『ゆき』の思い出はただ赤く

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条件「ゆ」「ゅ」「き」「ぎ」を使ってはならない。


 あのひとに出会であったのは、とあるなつ昼下ひるさがりだった。食事しょくじをするためにかけたはずが、うっかりかわちたのだ。

 なつとはいえ、かわみずはやはりつめたい。徐々じょじょ体温たいおんうばわれていく。必死ひっし身体からだをばたつかせ、かわからようとこころみるものの、なかなかおもうようにはいかない。コンクリートこんくりいとおおわれたかわべりは想像そうぞうよりもはるかにたかく、もがけばもがくほど体力たいりょくうばわれていく。もはやこれまでか。

 やっとひとちしたところだったのに。こいらず、どももめないままでななければならないのか。自分じぶんのうかつさをくやしくおもっていると、不意ふい身体からだらくになった。なんと、わたし身体からだかせるようにながぼうまれているではないか。

大丈夫だいじょうぶ?」

 わたしたすけてくれたあのひとは、おびえさせまいとおもったのかやわららかくやさしいかおでこちらをていた。ありがとうとこたえたつもりだったけれど、のどからたのは可愛かわいらしさとは程遠ほどとおいだみごえだったようにおもう。それでも彼女かのじょは、ほっとしたようによかったとつぶやいていた。

「とりあえず、日向ひなた身体からだかわかそうか」

 初対面しょたいめんのはずなのに、彼女かのじょはごく自然しぜんはなしかけてくる。そのまま公園こうえんベンチべんちまでれてってくれた彼女かのじょは、わたし身体からだかわくまでそばにいてくれた。何時間なんじかんもかかるというのに、ただじっととなりすわっていてくれたのだ。

 こんなにやさしいひとを、わたし彼女以外かのじょいがいらない。はじめて彼女かのじょいだいた感情かんじょうをなんと表現ひょうげんすればいいのか。

 それからわたしは、そとるたびに彼女かのじょさがした。そもそも彼女かのじょはあまりそとることがない。そとてもくのは固定こていされたすうしょのみ。どうやら彼女かのじょ配偶者はいぐうしゃとやらは、彼女かのじょ自分じぶんらない場所ばしょかけることをよくおもっていないらしい。

 まったくいやおとこだとおもう。自分じぶん彼女以外かのじょいがいおんなあるいているくせに、つがいであるはずの彼女かのじょのことはかくし、めてしまう。

 わたしおとこのようにたくましければ、彼女かのじょまもってみせるのに。けれど、わたし彼女かのじょからればちいさくよわ存在そんざいで、まもるどころかまもられてしまう。その事実じじつなさけなくて、わたしはひとり歯噛はがみした。

 時間じかんはあっというっていく。

 ずっと彼女かのじょそばにいたいのに、さむさがこたえる。このままはるつことはむずかしいだろう。

 そろそろ移動いどうしなければならないことはわかっていた。それでもこのまちはなれられなかったのは、ごとに彼女かのじょ表情ひょうじょうくらくなっていっていたからだ。原因げんいんわずもがな、彼女かのじょおっとだ。彼女かのじょえればえるほど、女遊おんなあそびはひどくなるばかり。

 そして、わすれもしない運命うんめい。あたり一面いちめんしろとなったあの彼女かのじょとお場所ばしょへと旅立たびだってしまったのだ。あんなおとこなんてほうっておけばよかったのに。あのあざやかなあかわたしけっしてわすれない。

 階段かいだんからちていく彼女かのじょてしまった私は、まえ事実じじつれられずたださけつづけた。そして混乱こんらんしたまま窓ガラスまとがらすにぶつかって、あえなくみじか一生いっしょうえたのである。そして、なん因果いんがわたし彼女かのじょとともにまれわった。今度こんどは、とりではなく彼女かのじょおな人間にんげんとして。

 うしなったはずのひかりにもう一度出会いちどであえたことを、感謝かんしゃしている。運命うんめいあかいとは、今回こんかいわたし彼女かのじょむすんではくれなかったけれど、彼女かのじょしあわせを一番近いちばんちかくで見守みまも位置いちれた。

 恋人こいびとおっとにはなれなくても、堂々どうどう彼女かのじょのそばにいられることがなによりうれしい。このあたらしい世界せかいで、わたし彼女かのじょしあわせのためにすすんでいく。
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