家路を飾るは竜胆の花

石河 翠

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 私は足を引きずるようにして歩いていた。道は多少舗装されているとはいえ、もともと夜会用の靴というのは長い距離を歩くのには適していない。かといって裸足で歩けば、すぐに足を切ってしまうだろう。

 よほど私に痛い目を見せたかったのか、馬車はいつの間にか旧道に入り込んでいたようだ。こんなところで女がひとり死んでいれば、逆に怪しまれそうなものだけれど、そんなことにも気がつかないのが夫たちらしいと言えば夫たちらしい。

 周囲には民家はおろか、ひとっこひとり見えない。まあ、こんな場所で出会う相手などまともな人間ではないのだろうが。こわばった足をほぐすために立ち止まると、ふと不思議な音が耳に入った。

 ――ちゃっちゃっちゃっちゃ――

 何か硬いものを地面にこすりつけるような、そんな音。それは私のすぐそばまで来ると、ぱたりと聞こえなくなってしまった。

 これが先ほど夫たちが話していた野犬なのだろうか。こうしてはいられない。慌てて振り返るものの、そこには何もいない。目に入るのは、ところどころに咲いている竜胆の花だけ。けれど歩き始めるとやはり後ろから聞こえて来るのだ。

 ――ちゃっちゃっちゃっちゃ――

 追われているような恐ろしさはない。その足音は、私を気遣うように歩調を合わせてくれている。足の痛みで徐々に歩く速度が落ちているが、不思議な足音は決して私を追い抜かない。少しだけ後ろの方をついて来ているらしい。

 その時、私は「送り犬」という伝承を思い出した。老齢の乳母から遠い昔に聞いたものだ。

 夜中にひとりで人通りのない道を歩いていると、後をついてくるのだという。途中の道で転べば食い殺されてしまうが、丁重に扱えば周囲の危険から守ってくれるのだとか。妖でありながら、神の遣いのようなどことなく不思議な存在だ。

「ねえ、送り犬さん。あなた、私を家まで届けてくれるの?」

 わふっと、見えない犬が笑った。
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