[異世界恋愛短編集]私のせいではありません。諦めて、本音トークごと私を受け入れてください

石河 翠

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5.そんなことをおっしゃられても。侯爵夫人、すべてあなたが望んだことでしょう?

(5)

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 用意されたふたつのパイ。それは作り手の名前を明かされぬまま、侯爵家の面々の前に並べられた。予想通り宝石箱のようなパイは、喝采を浴びている。それはそうだろう、あれほどの材料を使って、おそらくはプロの料理人が作っているのだ。それでおいしくなければ、その方が問題である。

 口を引き結んだままのシャーロットに対し、アイリスはご機嫌そのもの。名前以外、詳しい説明のないアップルパイを前にして、にこにこしている。内心、笑い出したくてたまらないのだろう。

「それで、これが偽アップルパイであると」
「偽とはどういう意味なんだ?」

 現当主と侯爵家嫡男のネイトが首を傾げているのを口角を上げて見つめるアイリス。自分からシャーロットを追い込んでおきながら、なぜこうも堂々としていられるのかがシャーロットにも義兄にも理解できない。

「なんとも地味な見た目だな」

 そう呟きながらパイを口に入れた瞬間、先代当主は食べる手を止めた。そして車椅子に乗ってこの場に参加していた奥方のもとに駆け寄った。食事のマナーにうるさい彼ががらにもなく、料理を取り分け、躊躇することなくてずから食べさせてやろうとしている。

「あなた」
「いいから、ほら、口を開けてごらん」

 困ったような顔をした老婦人だったが、夫の誘いに根負けしたらしい。困ったような顔をしながら口に含み、そしてぽろぽろと涙を流し始めてしまったのである。

「ああ、懐かしい。懐かしいわ。そう、あなたと出会った頃、あたくしはよくこのアップルパイを作ったものだったわ」
「そうだ。あの苦難の時期を乗り越えられたのは、どんな時でも明るさを忘れない君のおかげだったのだよ」
「不思議だこと。もう食べるのも億劫だと思っていたはずなのに、このアップルパイを食べていると若い頃を思い出したような気分になるの」

 先代当主の奥方は、すっかり体調を崩し、余命いくばくもないと言われていたはずだった。ところがなんということだろう。今、彼女の頬は薔薇色に染まり、生き生きと瞳を輝かせている。

「今なら、車椅子がなくても動けるような気がするわ」

 そう言って老婦人が震える足に力を込める。慌てて制止しようとした先代当主の前で、今にも天に召されそうだった奥方はしっかりと自身の足で立ち上がってみせた。にこりと、穏やかに微笑み、ふたりして見つめ合う。

 それは、シャーロットの偽アップルパイが起こした奇跡だった。まあ、その手柄は、なぜかシャーロットではなく、たちまちアイリスのものとなってしまったのだけれど。

「まあ、わたくしのアップルパイにこのような力があったなんて」

 声をあげかけた義兄を制し、シャーロットはあくまで神妙な顔で黙って座り続けた。アイリスがシャーロットにした嫌がらせも、自分がアイリスにした嫌がらせだと認識されてもまったく訂正などしないままで。さらには、散々馬鹿にされた偽アップルパイのレシピまで、シャーロットは言われるままにアイリスに差し出したのだった。
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