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「お腹が空きました。朝食を準備していただけるかしら?」
まだ朝の早い時間に、呼び鈴が鳴った。首を傾げつつ店の扉を開けると、気位の高そうな美少女がひとりでこちらを見上げている。どう考えても平民ではない。その上、服装が妙だ。ドレスではなく、夜着を着ている。仕立ては上等だが、外を歩くのにふさわしい格好とは到底言えない。
「申し訳ありませんが、ここは食事を提供する店ではないのです」
「わたくしが、お腹が空いたと話しているのですよ?」
俺の言葉に、少女は不思議そうに頬に手をあてた。自分の願いは聞き入れられて当然だと思っているらしく、頭が痛くなる。丁重にお帰りいただきたいが、これはなかなかに難しそうだ。お付きの人間に回収を頼みたくても、彼女の周囲に関係者の姿は見当たらない。厄介なことになった。
「失礼ですが、そもそもお支払いはどうなさるご予定なのでしょうか」
「まあ、お金の話が先にきますの? わたくし、普段から値段を聞いたこともありませんのに」
「さようでございますか。それならば、なおさらお食事の用意は難しいかと」
「なんてこと。わたくしを満足させることはあなたにとっても名誉なことなのですよ?」
小首を傾げてうっすらと微笑んでみせる彼女は、命令することに慣れきった根っからのお嬢さまらしい。取り乱す必要も、大声をあげる必要もない生活。だが、それならば余計にわからない。どうして彼女は貴族街にあるとはいえ、高位貴族御用達とは言い難い自分の店にやってきたというのか。
「それではお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。お屋敷の方に遣いを出しましょう」
「……それは、困りますわ。わたくし、おじいさまたちと喧嘩をして、家出をしてきているのです」
「……最悪だ」
「まあ、何かおっしゃいまして?」
「いいえ、何でもございません」
真面目に商売をしているだけなのに、どうしてこうも厄介事ばかりが飛び込んでくるのか。先日から自分を悩ませている人物が頭をよぎる。俺はこんな家出令嬢に関わっている暇はないのだ。早く対策をとらなければ、店どころか故郷が潰されかねないというのに。困ったと口にしながら決して引こうとはしない少女が憎たらしい。どうすべきか思案していると、背後から陽気な声が聞こえてきた。
「カルロ、こんな時間に珍しいわね。おやまあ、この娘っこは誰だい。えらいべっぴんさんじゃないか」
「ああ、この子は」
「わたくし、お腹が空いたのですけれど、どんなにお願いしてもお食事を用意していただけないのです」
事実だが、大事な要素をいくつも削った状態で隣の店の女将に告げ口される。これでは、「見ず知らずの人間に、代金もなしに食事の用意をするように命令した高飛車な貴族令嬢」とは絶対に思うまい。案の定、ふくよかな身体を揺らしながら、女将が俺を叱りつけてきた。
「カルロ! あんたって男は。このお嬢ちゃんが何をやったのかは知らないが、小さい子に食事抜きの罰を与えるのは感心しないね」
「それは誤解だ。そもそも彼女は俺と無関係で」
「いいかい、カルロ。小さい子がひもじい思いをするようなことはあっちゃならないんだよ。可哀そうに、寝間着のまま外に放り出すなんて。レディをなんだと思っているんだい」
「いや、この子は自分が望んでその格好をしていて」
「カルロ、子どもは教え導くもの。好きにさせることだけが愛情ではないし、かといって厳しくしつけることだけが正しいわけでもない。あんたは実の子どもでなければ、子どもが苦しんでいても知ったこっちゃないっていうのかい」
「そんなお人好しだと、尻の毛まで抜かれるぞ」
「カルロ!」
「わかった、わかったから。頼む、落ち着いてくれ。この子に食事を与えて着替えさせる。それでいいだろう?」
慌てて女将に頭を下げる。彼女はこうと決めたら絶対に譲らない性格だ。このまま店の前で押し問答を続けていても仕方がない。おまけに女将の声で辺りの店の人間が何事かと集まり始めた。
これ以上この場にとどまっては、話がさらにややこしくなる。どんな高位貴族が彼女の後ろに控えているのかわからない以上、目立つのは得策ではない。本人が実家との連絡を拒否していて、警らにも頼れないのであればなおさらだ。俺は見知らぬ少女の手を取り、大急ぎで店の中に戻った。
まだ朝の早い時間に、呼び鈴が鳴った。首を傾げつつ店の扉を開けると、気位の高そうな美少女がひとりでこちらを見上げている。どう考えても平民ではない。その上、服装が妙だ。ドレスではなく、夜着を着ている。仕立ては上等だが、外を歩くのにふさわしい格好とは到底言えない。
「申し訳ありませんが、ここは食事を提供する店ではないのです」
「わたくしが、お腹が空いたと話しているのですよ?」
俺の言葉に、少女は不思議そうに頬に手をあてた。自分の願いは聞き入れられて当然だと思っているらしく、頭が痛くなる。丁重にお帰りいただきたいが、これはなかなかに難しそうだ。お付きの人間に回収を頼みたくても、彼女の周囲に関係者の姿は見当たらない。厄介なことになった。
「失礼ですが、そもそもお支払いはどうなさるご予定なのでしょうか」
「まあ、お金の話が先にきますの? わたくし、普段から値段を聞いたこともありませんのに」
「さようでございますか。それならば、なおさらお食事の用意は難しいかと」
「なんてこと。わたくしを満足させることはあなたにとっても名誉なことなのですよ?」
小首を傾げてうっすらと微笑んでみせる彼女は、命令することに慣れきった根っからのお嬢さまらしい。取り乱す必要も、大声をあげる必要もない生活。だが、それならば余計にわからない。どうして彼女は貴族街にあるとはいえ、高位貴族御用達とは言い難い自分の店にやってきたというのか。
「それではお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。お屋敷の方に遣いを出しましょう」
「……それは、困りますわ。わたくし、おじいさまたちと喧嘩をして、家出をしてきているのです」
「……最悪だ」
「まあ、何かおっしゃいまして?」
「いいえ、何でもございません」
真面目に商売をしているだけなのに、どうしてこうも厄介事ばかりが飛び込んでくるのか。先日から自分を悩ませている人物が頭をよぎる。俺はこんな家出令嬢に関わっている暇はないのだ。早く対策をとらなければ、店どころか故郷が潰されかねないというのに。困ったと口にしながら決して引こうとはしない少女が憎たらしい。どうすべきか思案していると、背後から陽気な声が聞こえてきた。
「カルロ、こんな時間に珍しいわね。おやまあ、この娘っこは誰だい。えらいべっぴんさんじゃないか」
「ああ、この子は」
「わたくし、お腹が空いたのですけれど、どんなにお願いしてもお食事を用意していただけないのです」
事実だが、大事な要素をいくつも削った状態で隣の店の女将に告げ口される。これでは、「見ず知らずの人間に、代金もなしに食事の用意をするように命令した高飛車な貴族令嬢」とは絶対に思うまい。案の定、ふくよかな身体を揺らしながら、女将が俺を叱りつけてきた。
「カルロ! あんたって男は。このお嬢ちゃんが何をやったのかは知らないが、小さい子に食事抜きの罰を与えるのは感心しないね」
「それは誤解だ。そもそも彼女は俺と無関係で」
「いいかい、カルロ。小さい子がひもじい思いをするようなことはあっちゃならないんだよ。可哀そうに、寝間着のまま外に放り出すなんて。レディをなんだと思っているんだい」
「いや、この子は自分が望んでその格好をしていて」
「カルロ、子どもは教え導くもの。好きにさせることだけが愛情ではないし、かといって厳しくしつけることだけが正しいわけでもない。あんたは実の子どもでなければ、子どもが苦しんでいても知ったこっちゃないっていうのかい」
「そんなお人好しだと、尻の毛まで抜かれるぞ」
「カルロ!」
「わかった、わかったから。頼む、落ち着いてくれ。この子に食事を与えて着替えさせる。それでいいだろう?」
慌てて女将に頭を下げる。彼女はこうと決めたら絶対に譲らない性格だ。このまま店の前で押し問答を続けていても仕方がない。おまけに女将の声で辺りの店の人間が何事かと集まり始めた。
これ以上この場にとどまっては、話がさらにややこしくなる。どんな高位貴族が彼女の後ろに控えているのかわからない以上、目立つのは得策ではない。本人が実家との連絡を拒否していて、警らにも頼れないのであればなおさらだ。俺は見知らぬ少女の手を取り、大急ぎで店の中に戻った。
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