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「はあ、まったく朝食までに時間がかかりますこと。早く用意していただけるかしら?」
「一体どうしてこうなった?」
「店構えのわりに、まあまあの内装ではありませんか。これならば、食事も食べられないということはないでしょう」
この状況に何の疑問も抱いていないらしい小さなご令嬢は勝手に奥のテーブルに我が物顔で陣取り、やれやれと仕方なさそうに肩をすくめている。胃の痛みが空腹ゆえのものなのか、それとも彼女によるものなのか、今だけは考えたくない。
不躾にならないように、けれど物珍しさを隠せない様子で部屋の中を観察する少女。いきなり部屋を荒らすことはないだろうと放置することにして、急いで食事の準備をする。メニューはいつも通り、俺が実家で食べていたものが中心だ。王都から出たことのない彼女にとっては異質なものだろうが仕方がない。そもそも王都の食事を用意しろと言われたところで、辺境育ちの自分には作れやしないのだから。
スープの残りを温め直し、卵とベーコンを焼く。このベーコンは自家製だ。王都のお上品なものとは違って野性味あふれる味だが、力強い旨味が自慢だ。彼女が残すようなら、俺が美味しくいただいてやろう。王都の高位貴族は白パンを好んでいるが、俺は故郷の黒パンが好きだ。一般的な黒パンとは異なる酸味が抑えられた黒パンは、風味が豊かで食べ応えがある。
「どうぞお待たせいたしました。お口に合うとよいのですが」
目の前に出された料理を前に、片眉を上げた少女だったが、さすがに面と向かって文句をつけてくることはなかった。これ以上駄々をこねたところで、別のものが出てくることはないとわかっていたのだろう。あるいは、どんなものでも口に入れるしかないくらいには空腹だったかもしれない。どう見ても渋々といった状態で料理を口に運ぶ彼女だったが、一口食べるなり、大きく目を見開いた。みるみるうちに頬が薔薇色に染まっていく。
「これは」
「その様子では大丈夫だったようですね」
「まあまあですわ! ところでこちらは、王都の料理ではありませんね?」
「故郷の料理でございます。王都の料理は甘いものが多いですが、故郷の料理は塩と香辛料が多いので、だいぶ趣が異なるかと」
まあまあと評価されたが、それはあくまで「王都が一番」という高位貴族らしい反応だ。彼女がこの料理を気に入ったらしいことは、一心不乱に食べている様子を見ればよくわかる。しばらく黙々と食べていた少女だったが、腹が満ちたのか満足げににこりと微笑んだ。やれやれ。不味い料理を出したということでお咎めをもらうことはなさそうだ。
「ご満足いただけたようで何よりでございます」
「最初はどうなることかと思いましたが、これならばしばらく滞在しても、食事に困るということはなさそうです」
「大変申し訳ありません。まるで、我が家での滞在が決定されたかのような言い方でしたが?」
「ええ、そのつもりですが」
ふざけるのもいい加減にしろよ?
そう怒鳴りたくなるのを、ぐっとこらえる。高位のお貴族さまとのやりとりは厄介だ。ことを仕損じれば、彼らは虫けらのように簡単に自分たちを踏み潰してくる。腹立たしいことだったが、彼らの気まぐれひとつで、自分たちの人生は左右されてしまうのだ。ため息をつきたくなるのを堪えていると、彼女がいいことを思いついたと言わんばかりに手を叩いた。
「ねえ、もっと気さくにお話ししてはくださらないの?」
「どういう意味でしょうか」
「先ほどの女性を相手にしている時には、今のような嘘くさい笑顔と気持ちの悪い敬語ではなかったでしょう?」
「……おやおや、ずいぶんとお口が悪いようで」
「だって、遠回しにお願いしてもあなたにはわたくしの気持ちがちっとも伝わらないんですもの」
つまり俺が気が利かない対応をするから、自分が歩み寄ってやっているのだということらしい。まったく不必要な心配りだ。辺境育ちの俺には、王都の貴族の迂遠な物言いはまどろっこしいだけだ。そもそもそこまでわかっているのであれば、これ以上俺を巻き込む前に家に戻ってもらいたい。いっそこのまま不貞寝できたら、どれだけ幸せだろう。
「申し訳ありませんが、言葉遣いを後から咎められる恐れもございます。その命令は承諾いたしかねます」
「もう、わたくしが気にしなくてよいと言っているのです」
「ですが、口約束では畏れ多い。特に貴族の皆さまとのお約束では、口約束ほど形を変えやすいものはございません」
言った言わないから始まり、都合の良いように解釈したり、言葉尻をとらえて貶めたり、勝手に噂として膨らませたり。王都の貴族のやり方に慣れるまでの間に、散々煮え湯を飲まされてきたのだ。警戒しすぎることはない。小さな女の子の戯れだと思ってなめてかかればきっと自分は破滅する。俺の言葉に彼女は意外そうに目を瞬かせた。
「わかりました。それならば、これでいかがかしら?」
ぐんと身体から魔力が引っ張りだされるのがわかった。こいつ、こちらの同意も得ずに勝手に誓約魔術を使ってくるなんて。相手の意志を確認することなく魔術を行使できるのは、魔力が非常に相性が良いか、魔力差が極端にあるときだけだ。それだけの魔力量があるというのなら……。彼女の実家候補がいくつか思い浮かんで、さらに胃が痛くなった。
「これであなたは、わたくしをあなたの姪として扱っても問題ありませんわ」
「なるほど」
「ついでにわたくしの実家について詮索しないこと、わたくしに三食を与えることについても誓約として加えておきました。しばらくご厄介になりますわ、叔父さま」
「なんだこの誓約は。ふざけるなよ」
俺の嘆きに、少女は楽しそうに口角を上げるばかりだった。
「一体どうしてこうなった?」
「店構えのわりに、まあまあの内装ではありませんか。これならば、食事も食べられないということはないでしょう」
この状況に何の疑問も抱いていないらしい小さなご令嬢は勝手に奥のテーブルに我が物顔で陣取り、やれやれと仕方なさそうに肩をすくめている。胃の痛みが空腹ゆえのものなのか、それとも彼女によるものなのか、今だけは考えたくない。
不躾にならないように、けれど物珍しさを隠せない様子で部屋の中を観察する少女。いきなり部屋を荒らすことはないだろうと放置することにして、急いで食事の準備をする。メニューはいつも通り、俺が実家で食べていたものが中心だ。王都から出たことのない彼女にとっては異質なものだろうが仕方がない。そもそも王都の食事を用意しろと言われたところで、辺境育ちの自分には作れやしないのだから。
スープの残りを温め直し、卵とベーコンを焼く。このベーコンは自家製だ。王都のお上品なものとは違って野性味あふれる味だが、力強い旨味が自慢だ。彼女が残すようなら、俺が美味しくいただいてやろう。王都の高位貴族は白パンを好んでいるが、俺は故郷の黒パンが好きだ。一般的な黒パンとは異なる酸味が抑えられた黒パンは、風味が豊かで食べ応えがある。
「どうぞお待たせいたしました。お口に合うとよいのですが」
目の前に出された料理を前に、片眉を上げた少女だったが、さすがに面と向かって文句をつけてくることはなかった。これ以上駄々をこねたところで、別のものが出てくることはないとわかっていたのだろう。あるいは、どんなものでも口に入れるしかないくらいには空腹だったかもしれない。どう見ても渋々といった状態で料理を口に運ぶ彼女だったが、一口食べるなり、大きく目を見開いた。みるみるうちに頬が薔薇色に染まっていく。
「これは」
「その様子では大丈夫だったようですね」
「まあまあですわ! ところでこちらは、王都の料理ではありませんね?」
「故郷の料理でございます。王都の料理は甘いものが多いですが、故郷の料理は塩と香辛料が多いので、だいぶ趣が異なるかと」
まあまあと評価されたが、それはあくまで「王都が一番」という高位貴族らしい反応だ。彼女がこの料理を気に入ったらしいことは、一心不乱に食べている様子を見ればよくわかる。しばらく黙々と食べていた少女だったが、腹が満ちたのか満足げににこりと微笑んだ。やれやれ。不味い料理を出したということでお咎めをもらうことはなさそうだ。
「ご満足いただけたようで何よりでございます」
「最初はどうなることかと思いましたが、これならばしばらく滞在しても、食事に困るということはなさそうです」
「大変申し訳ありません。まるで、我が家での滞在が決定されたかのような言い方でしたが?」
「ええ、そのつもりですが」
ふざけるのもいい加減にしろよ?
そう怒鳴りたくなるのを、ぐっとこらえる。高位のお貴族さまとのやりとりは厄介だ。ことを仕損じれば、彼らは虫けらのように簡単に自分たちを踏み潰してくる。腹立たしいことだったが、彼らの気まぐれひとつで、自分たちの人生は左右されてしまうのだ。ため息をつきたくなるのを堪えていると、彼女がいいことを思いついたと言わんばかりに手を叩いた。
「ねえ、もっと気さくにお話ししてはくださらないの?」
「どういう意味でしょうか」
「先ほどの女性を相手にしている時には、今のような嘘くさい笑顔と気持ちの悪い敬語ではなかったでしょう?」
「……おやおや、ずいぶんとお口が悪いようで」
「だって、遠回しにお願いしてもあなたにはわたくしの気持ちがちっとも伝わらないんですもの」
つまり俺が気が利かない対応をするから、自分が歩み寄ってやっているのだということらしい。まったく不必要な心配りだ。辺境育ちの俺には、王都の貴族の迂遠な物言いはまどろっこしいだけだ。そもそもそこまでわかっているのであれば、これ以上俺を巻き込む前に家に戻ってもらいたい。いっそこのまま不貞寝できたら、どれだけ幸せだろう。
「申し訳ありませんが、言葉遣いを後から咎められる恐れもございます。その命令は承諾いたしかねます」
「もう、わたくしが気にしなくてよいと言っているのです」
「ですが、口約束では畏れ多い。特に貴族の皆さまとのお約束では、口約束ほど形を変えやすいものはございません」
言った言わないから始まり、都合の良いように解釈したり、言葉尻をとらえて貶めたり、勝手に噂として膨らませたり。王都の貴族のやり方に慣れるまでの間に、散々煮え湯を飲まされてきたのだ。警戒しすぎることはない。小さな女の子の戯れだと思ってなめてかかればきっと自分は破滅する。俺の言葉に彼女は意外そうに目を瞬かせた。
「わかりました。それならば、これでいかがかしら?」
ぐんと身体から魔力が引っ張りだされるのがわかった。こいつ、こちらの同意も得ずに勝手に誓約魔術を使ってくるなんて。相手の意志を確認することなく魔術を行使できるのは、魔力が非常に相性が良いか、魔力差が極端にあるときだけだ。それだけの魔力量があるというのなら……。彼女の実家候補がいくつか思い浮かんで、さらに胃が痛くなった。
「これであなたは、わたくしをあなたの姪として扱っても問題ありませんわ」
「なるほど」
「ついでにわたくしの実家について詮索しないこと、わたくしに三食を与えることについても誓約として加えておきました。しばらくご厄介になりますわ、叔父さま」
「なんだこの誓約は。ふざけるなよ」
俺の嘆きに、少女は楽しそうに口角を上げるばかりだった。
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