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今後、また不意打ちで魔術をかけられてはたまらない。俺は目の前の疫病神と話し合いをすることにした。
「一緒に暮らすというのなら、こちらのルールに従ってもらおう」
「ええ、よろしくてよ」
「まず俺の名前はカルロだ。覚えておけ」
「わたくしが名前を呼ぶ必要などあるのかしら? あなたは、わたくしが名前を覚えるほど重要な人間なの?」
「そう思うなら、この家から出ていくといい。俺は君を姪と同様に扱う。王都の高位貴族の家族がどんなものかは知らんが、ここは俺の家だ。俺のやり方に従ってもらおう。そういう誓約のはずだ」
俺の言葉にすっと少女が目を細めた。まだ幼いと言ってもいい容姿なのに、これだけの威圧感。魔力量の差で押しつぶされてもおかしくないが、俺は正気を保っている。「姪として扱う」という条件から鑑みて、俺の言動が問題ないからこその結果なのだろう。それは彼女もわかったらしい。
「叔父さまではいけませんの?」
「本物の姪でもあるまいし、『おじさん』などと呼ばれてたまるか」
「あら、もしかして年齢を気にしていらっしゃるの? もしかして、ご結婚予定の婚約者さんや恋人はいらっしゃらないということかしら」
「今は関係ないだろう。放っておいてくれ。それで、君の名前は?」
「わたくしは天使です」
「ふざけているのか?」
「まあ、カルロったら。ふざけてなどおりません。わたくし、家ではみんなから我が家の可愛い天使と呼ばれておりますの」
「つまり、本名を名乗る気はない、家名も教える気はないということだな。よくわかった」
「『俺の可愛い天使』と呼んでくださってもよくってよ」
「遠慮しておこう」
急遽、だまし討ちのような形で始まった少女との共同生活。もちろんふたりの暮らしは、穏やかさとはかけ離れているものだった。
「っきゃあ!」
「なんで熱した油に大量の水をそそいだ!」
「だって、料理の本に蒸し焼きのレシピが載っておりましたわ」
「揚げ物の最中に蒸し焼きをする馬鹿がどこにいる。火事で蒸し焼きになるのは俺たちだろうが。仕方がない。そこで、野菜でも洗っていろ」
「えええ、つまらないです」
「ごちゃごちゃ言うな。食事の時間が遅くなるぞ」
いつもより火が通り過ぎたおかずを子どもに食べさせるのも忍びなく、仕方なく俺は自称天使がダメにした食事を食べた。もちろん彼女には、俺が新しく作り直したものを出している。
「カルロ、大変です! 台所に魔法具がありませんわ!」
「一般家庭にそんなものがあるはずなかろうが」
「まあ、では食洗器もないのにどうやってお皿を洗うのです? カルロが言ったのですよ。働かざる者食うべからずと。わたくし、実家の調理場の様子を見学に行ったことがございますけれど、こんな何もない洗い場ではありませんでしたわ」
「手で洗え」
「嫌ですわ。やったことありませんもの」
「料理ができないのだから、皿くらい洗ってもらわねば」
「……わたくし、全部お皿を割ってしまうかもしれませんけれど、よろしくて?」
「最悪だ。ならば食器を拭くことはできるか?」
「魔法具で乾かしませんの?」
「もちろん手作業だ」
その日は、結局皿が数枚割れた。
「おつかいですか?」
「そうだ。一般的なお金の価値や使い方がわからぬままでは困るからな」
「まあ、わたくしに必要なこととは思えませんけれど」
「貴族の生活を支えているのは平民たちだ。高位貴族の世界しか知らないようでは、いつか足元をすくわれるぞ」
「失礼な!」
「だが事実だ。まあ行きたくない、行けないというのであれば強制はしないが」
「大丈夫ですわ、行ってきますとも! それで、どちらまで?」
「危なっかしくて遠くまで行かせられるはずがない。隣の女将のところにいって、このメモの通りを買ってきてくれ」
「ひとを子ども扱いして!」
「実際、子どもだろうが。君は」
一事が万事この調子。朝起きてから夜眠りにつくまで、自称天使はひたすらにかしましかった。まあ何不自由なく育ったご令嬢が、使用人ひとりいない家で暮らしているのだから頑張っている方ではあるのだろう。実際、いつの間にか少女は言われずとも手伝いをするようになった。こちらが帳簿を見ながら頭を悩ませていると、的確な助言をくれることもある。素直に礼を言えば、彼女は驚いたように目を丸くした後、嬉しそうにはにかんでいた。
その姿は年相応に可愛らしいもので、普段からそんな風に笑っていればよいのにと思ってしまった。まあ、高位貴族というものは自分の感情を表に出すべきではないと言われているので、日頃のあのつんとした態度も仕方がないのかもしれないが。そして、今なら聞けるような気がした。どうして彼女が、家出をしてここへやってきたのかを。
「一緒に暮らすというのなら、こちらのルールに従ってもらおう」
「ええ、よろしくてよ」
「まず俺の名前はカルロだ。覚えておけ」
「わたくしが名前を呼ぶ必要などあるのかしら? あなたは、わたくしが名前を覚えるほど重要な人間なの?」
「そう思うなら、この家から出ていくといい。俺は君を姪と同様に扱う。王都の高位貴族の家族がどんなものかは知らんが、ここは俺の家だ。俺のやり方に従ってもらおう。そういう誓約のはずだ」
俺の言葉にすっと少女が目を細めた。まだ幼いと言ってもいい容姿なのに、これだけの威圧感。魔力量の差で押しつぶされてもおかしくないが、俺は正気を保っている。「姪として扱う」という条件から鑑みて、俺の言動が問題ないからこその結果なのだろう。それは彼女もわかったらしい。
「叔父さまではいけませんの?」
「本物の姪でもあるまいし、『おじさん』などと呼ばれてたまるか」
「あら、もしかして年齢を気にしていらっしゃるの? もしかして、ご結婚予定の婚約者さんや恋人はいらっしゃらないということかしら」
「今は関係ないだろう。放っておいてくれ。それで、君の名前は?」
「わたくしは天使です」
「ふざけているのか?」
「まあ、カルロったら。ふざけてなどおりません。わたくし、家ではみんなから我が家の可愛い天使と呼ばれておりますの」
「つまり、本名を名乗る気はない、家名も教える気はないということだな。よくわかった」
「『俺の可愛い天使』と呼んでくださってもよくってよ」
「遠慮しておこう」
急遽、だまし討ちのような形で始まった少女との共同生活。もちろんふたりの暮らしは、穏やかさとはかけ離れているものだった。
「っきゃあ!」
「なんで熱した油に大量の水をそそいだ!」
「だって、料理の本に蒸し焼きのレシピが載っておりましたわ」
「揚げ物の最中に蒸し焼きをする馬鹿がどこにいる。火事で蒸し焼きになるのは俺たちだろうが。仕方がない。そこで、野菜でも洗っていろ」
「えええ、つまらないです」
「ごちゃごちゃ言うな。食事の時間が遅くなるぞ」
いつもより火が通り過ぎたおかずを子どもに食べさせるのも忍びなく、仕方なく俺は自称天使がダメにした食事を食べた。もちろん彼女には、俺が新しく作り直したものを出している。
「カルロ、大変です! 台所に魔法具がありませんわ!」
「一般家庭にそんなものがあるはずなかろうが」
「まあ、では食洗器もないのにどうやってお皿を洗うのです? カルロが言ったのですよ。働かざる者食うべからずと。わたくし、実家の調理場の様子を見学に行ったことがございますけれど、こんな何もない洗い場ではありませんでしたわ」
「手で洗え」
「嫌ですわ。やったことありませんもの」
「料理ができないのだから、皿くらい洗ってもらわねば」
「……わたくし、全部お皿を割ってしまうかもしれませんけれど、よろしくて?」
「最悪だ。ならば食器を拭くことはできるか?」
「魔法具で乾かしませんの?」
「もちろん手作業だ」
その日は、結局皿が数枚割れた。
「おつかいですか?」
「そうだ。一般的なお金の価値や使い方がわからぬままでは困るからな」
「まあ、わたくしに必要なこととは思えませんけれど」
「貴族の生活を支えているのは平民たちだ。高位貴族の世界しか知らないようでは、いつか足元をすくわれるぞ」
「失礼な!」
「だが事実だ。まあ行きたくない、行けないというのであれば強制はしないが」
「大丈夫ですわ、行ってきますとも! それで、どちらまで?」
「危なっかしくて遠くまで行かせられるはずがない。隣の女将のところにいって、このメモの通りを買ってきてくれ」
「ひとを子ども扱いして!」
「実際、子どもだろうが。君は」
一事が万事この調子。朝起きてから夜眠りにつくまで、自称天使はひたすらにかしましかった。まあ何不自由なく育ったご令嬢が、使用人ひとりいない家で暮らしているのだから頑張っている方ではあるのだろう。実際、いつの間にか少女は言われずとも手伝いをするようになった。こちらが帳簿を見ながら頭を悩ませていると、的確な助言をくれることもある。素直に礼を言えば、彼女は驚いたように目を丸くした後、嬉しそうにはにかんでいた。
その姿は年相応に可愛らしいもので、普段からそんな風に笑っていればよいのにと思ってしまった。まあ、高位貴族というものは自分の感情を表に出すべきではないと言われているので、日頃のあのつんとした態度も仕方がないのかもしれないが。そして、今なら聞けるような気がした。どうして彼女が、家出をしてここへやってきたのかを。
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