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ある日の午後、おやつの準備をしてから俺は自称天使をお茶に誘った。
「まあ、本日はジャムクッキーなのですね!」
「ああ。ちょうど故郷から、店で出す用の品物が届いたのだ。偶然甘いものが入っていたから、試食がてらおやつに出すことにした」
「わたくし、王都のお菓子とは異なるこのお菓子が大好きなのです」
「それはよかった。では早速紅茶と一緒にと言いたいところだが」
「だが?」
「そろそろ、君の話も聞かせてもらおうか。もちろん、話したくなければ話さなくてもかまわない」
「よろしいのですか?」
「その代わり、このクッキーは全部俺のものだ」
「まあ、なんて卑怯な!」
「話したくなったら声をかけてくれ」
涙目になって俺を睨みつけてくる少女には、最初に出会った時の取り澄ましたご令嬢の雰囲気は欠片もなかった。さくさくとした素朴なクッキーは、それだけで十分美味しい。女性や子どもならジャムを載せた方が評判がいいだろうが。いつまで我慢できるだろうか。半分まで先に食べることになってしまうと、さすがに甘さが鼻につくような気がするな。
そう思っていると、なんと二枚目の途中で自称天使が根を上げた。もしかしたら、本人もそろそろ話したかったのかもしれない。子どもが家出をしてしまうほどの悩みごとを、心の中に押し込めておくことなんて無理に決まっている。
「……婚約者に幻滅してしまったのです」
「ほう」
「お前を愛することはないと」
俺は頭を抱えたくなった。目の前の年端も行かない子どもの相手は、一体いくつなのだ?
「すまん、相手はいくつだ? 子どもは範疇外と公言するほど年の差があるのか。それならば、子ども相手に欲情する変態よりマシだと思うよりほかないが」
「残念ですが、わたくしと同い年ですわ」
「相手は一体何を考えてそんなことを言ったんだ? これは、派閥のバランスも考えた政略結婚なのだろう?」
「ええ。事実わたくしも、多くは望んでおりませんでした。お互いに思いやれる夫婦であれば嬉しいですけれど、政略として割り切った婚姻でもお互いの取り決めを守っていただければ問題ありませんの。けれど、わたくしの婚約者はわたくしのことを『中継ぎの婚約者』といったのです」
「中継ぎ? 誰か別の相手がいるのか?」
「ええ。わたくしのように高飛車で高慢ちきな悪役令嬢とはまったく異なる、身分にとらわれない聖女のような女性に出会うことが、運命として決まっているそうです」
「運命? 悪役令嬢? 相手は頭の病気か何か?」
「ふふふ、わたくしも同感ですが、残念ながら正気のようでしてよ」
こんな幼いうちから、相手と信頼関係を育むこともなく、理想の女性像ばかりを追い求めているなんてどうかしている。よしんば理想の女性が目の前に現れたところで、射止めることが可能なのか。この国の王子ともなれば可能かもしれないが、だがしかし……。
「それで、君は甘んじてそれを受け入れると?」
「おじいさまやお父さまに、婚約を解消してくださいとお願いしましたが、できかねると一蹴されてしまいましたわ。日頃はあんなにわたくしのことを可愛がってくださっていたのに、所詮女なんて政治の駒でしかありませんのね」
「まだ幼い君にそうも達観した台詞を吐かれるとは」
「仕方がありませんわ」
「だが納得できなかったから、家出をしてきたんだろう?」
「そうですわ。でも、逃げるだけでは何も解決いたしません」
そう言って、自称天使は寂しそうに微笑んだ。その笑顔が、どうしてだか無性に腹が立つ。当然のように俺に命令をしてきた彼女は、身分社会のことを俺よりもよく理解しているのだろう。だから、家族にどうにもできないと言われて諦めてしまった。今回の家出は、心を落ち着かせるまでの小さな逃避行でしかないということか。
「馬鹿だな。どうして諦めようとするんだ。君らしくもない」
「え?」
「戦え。欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れろ」
「戦う?」
「君の家族は今すぐの婚約解消には反対したかもしれない。だがそれは、機を見ろと言っていたのではないか。俺たちだって、やみくもに商品は売らない。物にはちゃんと売り時というものがある。何も知らずにいれば、買い叩かれるだけだ」
「時機を待っている……」
「君が欲しいものは何だ。そんなくだらないことを言ってくる婚約者なのか? 君の将来の夢は? そんな屑のお嫁さんか? 違うだろう?」
「わたくしが欲しい物、それは……」
そこまで言ったところで、店の外が急に騒がしくなった。まったく忌々しい。どうやら招かれざる客のお出ましのようだ。自称天使は、クッキーに手を伸ばすこともなく深く考え込んでいる。
「君はここにいるように。一緒に来たところで、君に手伝ってもらうことはない」
あんな奴らに会ったところで、不愉快になるだけだ。目を丸くする自称天使に部屋から出てこないように言い含めて、一階に向かう。俺はできるだけ愛想よく見える笑顔を張り付けて、店の扉を開けた。
「まあ、本日はジャムクッキーなのですね!」
「ああ。ちょうど故郷から、店で出す用の品物が届いたのだ。偶然甘いものが入っていたから、試食がてらおやつに出すことにした」
「わたくし、王都のお菓子とは異なるこのお菓子が大好きなのです」
「それはよかった。では早速紅茶と一緒にと言いたいところだが」
「だが?」
「そろそろ、君の話も聞かせてもらおうか。もちろん、話したくなければ話さなくてもかまわない」
「よろしいのですか?」
「その代わり、このクッキーは全部俺のものだ」
「まあ、なんて卑怯な!」
「話したくなったら声をかけてくれ」
涙目になって俺を睨みつけてくる少女には、最初に出会った時の取り澄ましたご令嬢の雰囲気は欠片もなかった。さくさくとした素朴なクッキーは、それだけで十分美味しい。女性や子どもならジャムを載せた方が評判がいいだろうが。いつまで我慢できるだろうか。半分まで先に食べることになってしまうと、さすがに甘さが鼻につくような気がするな。
そう思っていると、なんと二枚目の途中で自称天使が根を上げた。もしかしたら、本人もそろそろ話したかったのかもしれない。子どもが家出をしてしまうほどの悩みごとを、心の中に押し込めておくことなんて無理に決まっている。
「……婚約者に幻滅してしまったのです」
「ほう」
「お前を愛することはないと」
俺は頭を抱えたくなった。目の前の年端も行かない子どもの相手は、一体いくつなのだ?
「すまん、相手はいくつだ? 子どもは範疇外と公言するほど年の差があるのか。それならば、子ども相手に欲情する変態よりマシだと思うよりほかないが」
「残念ですが、わたくしと同い年ですわ」
「相手は一体何を考えてそんなことを言ったんだ? これは、派閥のバランスも考えた政略結婚なのだろう?」
「ええ。事実わたくしも、多くは望んでおりませんでした。お互いに思いやれる夫婦であれば嬉しいですけれど、政略として割り切った婚姻でもお互いの取り決めを守っていただければ問題ありませんの。けれど、わたくしの婚約者はわたくしのことを『中継ぎの婚約者』といったのです」
「中継ぎ? 誰か別の相手がいるのか?」
「ええ。わたくしのように高飛車で高慢ちきな悪役令嬢とはまったく異なる、身分にとらわれない聖女のような女性に出会うことが、運命として決まっているそうです」
「運命? 悪役令嬢? 相手は頭の病気か何か?」
「ふふふ、わたくしも同感ですが、残念ながら正気のようでしてよ」
こんな幼いうちから、相手と信頼関係を育むこともなく、理想の女性像ばかりを追い求めているなんてどうかしている。よしんば理想の女性が目の前に現れたところで、射止めることが可能なのか。この国の王子ともなれば可能かもしれないが、だがしかし……。
「それで、君は甘んじてそれを受け入れると?」
「おじいさまやお父さまに、婚約を解消してくださいとお願いしましたが、できかねると一蹴されてしまいましたわ。日頃はあんなにわたくしのことを可愛がってくださっていたのに、所詮女なんて政治の駒でしかありませんのね」
「まだ幼い君にそうも達観した台詞を吐かれるとは」
「仕方がありませんわ」
「だが納得できなかったから、家出をしてきたんだろう?」
「そうですわ。でも、逃げるだけでは何も解決いたしません」
そう言って、自称天使は寂しそうに微笑んだ。その笑顔が、どうしてだか無性に腹が立つ。当然のように俺に命令をしてきた彼女は、身分社会のことを俺よりもよく理解しているのだろう。だから、家族にどうにもできないと言われて諦めてしまった。今回の家出は、心を落ち着かせるまでの小さな逃避行でしかないということか。
「馬鹿だな。どうして諦めようとするんだ。君らしくもない」
「え?」
「戦え。欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れろ」
「戦う?」
「君の家族は今すぐの婚約解消には反対したかもしれない。だがそれは、機を見ろと言っていたのではないか。俺たちだって、やみくもに商品は売らない。物にはちゃんと売り時というものがある。何も知らずにいれば、買い叩かれるだけだ」
「時機を待っている……」
「君が欲しいものは何だ。そんなくだらないことを言ってくる婚約者なのか? 君の将来の夢は? そんな屑のお嫁さんか? 違うだろう?」
「わたくしが欲しい物、それは……」
そこまで言ったところで、店の外が急に騒がしくなった。まったく忌々しい。どうやら招かれざる客のお出ましのようだ。自称天使は、クッキーに手を伸ばすこともなく深く考え込んでいる。
「君はここにいるように。一緒に来たところで、君に手伝ってもらうことはない」
あんな奴らに会ったところで、不愉快になるだけだ。目を丸くする自称天使に部屋から出てこないように言い含めて、一階に向かう。俺はできるだけ愛想よく見える笑顔を張り付けて、店の扉を開けた。
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