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扉の向こうには、予想通りにやけた顔の王子が、下着のようなドレスを身に着けた下品な女とともにふんぞり返っていた。騎士はどうした。なぜにこの国の人間は、高位貴族も王族も身軽に出歩くのか。もう少し危機感を持ってもらいたい。そもそもこんな風に気軽に街歩きをしていなければ、王子にいちゃもんをつけられることもなかったというのに。
「このような場所まで、足をお運びいただきありがとうございます」
「まったくだ。気が利かない人間が多いせいで、我々が自ら出向かなくてはならぬとは。それで、準備はできたのだろうな」
「準備とは、さてなんのことでしょう」
「貴様、忘れたのか。貴様の店で取り扱っている商品を、我が未来の花嫁が気に入ったと言っているのだ。結婚祝いに製法ごと王家に差し出すのが筋であろうが!」
「我が故郷の品を気に入ってくださったことは、嬉しく存じます。何かご希望のものがございましたら、献上品としてお納めすることもできましょう。ですが、土地の産業を領主の承認もなしに、製法ごと献上するなどありえません」
「田舎貴族とそのお抱え商人ごときがなめた口を叩きおって」
もちろん領主に尋ねたところで、結果は同じだろうが。口に出さずとも相手に伝わっていたらしい。堪え性のないらしい王子が剣を抜いた。まずい、こちらが何か行動を起こせば攻撃したとみなされる。つい小さく舌打ちをした。
目の前の男は王族とは思えないほど魔力が低い。結界を張れば問題ないだろうが、防御したことについて難癖をつけられかねない。いっそ軽く斬られておくか。これくらいの斬り合いで死なないことは経験済みだし、倒れたあとにこっそり治癒をかけるのもありか? 逡巡していたその時。
「カルロ!」
甲高い声が響いた。まったく、自称天使め。二階でじっとしていろと言っただろうが。実家の身分を表に出せなければ、何をされても文句は言えんのだぞ。見た目だけなら完璧な美少女なのをもっと自覚してもらわねばなるまい。少女を庇うように後ろに下がると、予想通り王子が、面白そうなものを見つけたようににやりと笑った。
「なんだ、そのガキは」
「申し訳ありません。わたしの姪でございます。邪魔になるから、部屋の中にいるように言っていただろう。今すぐ戻りなさい」
「……はい」
奥に引っ込んだ自称天使の後姿を、王子は舐め回すように見つめている。
「ふん。平民にしてはまあまあ見られる顔をしている。もう少し育っていれば下働きとして召し上げてやらんでもない。そうだな、成人の儀を迎えたらこちらでもらってやる。それまで他の男の目につかないように、しっかり育てておけ」
「殿下、あたしの前で浮気ですかあ。ひどいですう」
「愛しているのはお前だとも。あの娘は下働きと言っただろう? 心配するな。あのいけ好かない婚約者は婚約を解消したら手元に残しておくことはできないから、その代わりだ。お前も好きに扱うといい」
「ええ~、公爵令嬢さま、殿下のそばにいてくれないんですかあ。殿下のことが大切なら、お嫁さんになれなくても、他のひとに貸し出されても、頑張って働いてくれると思ったのにい」
「愛情を知らない冷酷な女なのだ。だが、父上に反対されては致し方ない」
「そうですかあ。じゃあ、仕方がないですねえ。さっきの子が大きくなるのが楽しみですう。魔力もたくさんあるみたいですし、きっと役に立ってくれますよお。そうだあ、あたし、お腹が空きました。近くのカフェに行きたいですう。貸し切りにしてください~」
「よし、わかった」
自分たちの都合のよいことを好き勝手に並べ立てて、騒々しく彼らは帰っていった。扉を閉めると同時に、ひょっこりと自称天使が顔をのぞかせる。
「なんですか、あの理解不可能な生き物たちは。殿下は下働きと言って、わたくしに下の世話をさせる気でしょうし、下品女はわたくしを魔力の高い子どもを産むための道具として、貴族たちに貸し出すつもりのようですわね。貴族が平民に対して横暴に振舞うとは聞き及んでおりましたが、これほどとは思いませんでしたわ」
「おい、どこまで聞いていた。二階に行けと言っただろう!」
「高位貴族の子女にとっては、閨教育など当たり前のことですもの。政略結婚の相手に執務を押し付け、ご自分は愛妾とただれた生活という方も珍しくはございません。それでも、さすがにああも不躾で下衆では驚いてしまいましたわ。服をはぎ取られたような心持ちでしたもの」
「怖い思いをさせた。済まない」
大袈裟に両腕をさすってみせながら、自称天使は考え込む。
「あれは確かにこの国の王子殿下なのですか?」
「ああ。もしや、初対面か? 君は王子殿下に目通りが叶う家柄だと思っていたが。女癖の悪さにご家族が警戒していたのか?」
「いいえ、そういうわけではありませんが……。ちなみに王子殿下は成人の儀を済ませていらっしゃいましたか?」
「ああ、かなり盛大な祝いだったはずだが。あの時も、さんざん店の中のものを持っていかれたな。まったく、忌々しい」
「そう、ですか……」
「どうかしたのか」
「少し、考えさせてください」
俺の言葉に自称天使の瞳の色がゆっくりと濃くなった気がした。深く息を吐き、瞳を閉じる。次にこちらを見上げてきた彼女の顔は、最初に出会った時の高慢な少女とも、一緒に暮らしている中で目にしたあどけない少女とも違う、理知的で何かを決意したものに変わっていた。
「このような場所まで、足をお運びいただきありがとうございます」
「まったくだ。気が利かない人間が多いせいで、我々が自ら出向かなくてはならぬとは。それで、準備はできたのだろうな」
「準備とは、さてなんのことでしょう」
「貴様、忘れたのか。貴様の店で取り扱っている商品を、我が未来の花嫁が気に入ったと言っているのだ。結婚祝いに製法ごと王家に差し出すのが筋であろうが!」
「我が故郷の品を気に入ってくださったことは、嬉しく存じます。何かご希望のものがございましたら、献上品としてお納めすることもできましょう。ですが、土地の産業を領主の承認もなしに、製法ごと献上するなどありえません」
「田舎貴族とそのお抱え商人ごときがなめた口を叩きおって」
もちろん領主に尋ねたところで、結果は同じだろうが。口に出さずとも相手に伝わっていたらしい。堪え性のないらしい王子が剣を抜いた。まずい、こちらが何か行動を起こせば攻撃したとみなされる。つい小さく舌打ちをした。
目の前の男は王族とは思えないほど魔力が低い。結界を張れば問題ないだろうが、防御したことについて難癖をつけられかねない。いっそ軽く斬られておくか。これくらいの斬り合いで死なないことは経験済みだし、倒れたあとにこっそり治癒をかけるのもありか? 逡巡していたその時。
「カルロ!」
甲高い声が響いた。まったく、自称天使め。二階でじっとしていろと言っただろうが。実家の身分を表に出せなければ、何をされても文句は言えんのだぞ。見た目だけなら完璧な美少女なのをもっと自覚してもらわねばなるまい。少女を庇うように後ろに下がると、予想通り王子が、面白そうなものを見つけたようににやりと笑った。
「なんだ、そのガキは」
「申し訳ありません。わたしの姪でございます。邪魔になるから、部屋の中にいるように言っていただろう。今すぐ戻りなさい」
「……はい」
奥に引っ込んだ自称天使の後姿を、王子は舐め回すように見つめている。
「ふん。平民にしてはまあまあ見られる顔をしている。もう少し育っていれば下働きとして召し上げてやらんでもない。そうだな、成人の儀を迎えたらこちらでもらってやる。それまで他の男の目につかないように、しっかり育てておけ」
「殿下、あたしの前で浮気ですかあ。ひどいですう」
「愛しているのはお前だとも。あの娘は下働きと言っただろう? 心配するな。あのいけ好かない婚約者は婚約を解消したら手元に残しておくことはできないから、その代わりだ。お前も好きに扱うといい」
「ええ~、公爵令嬢さま、殿下のそばにいてくれないんですかあ。殿下のことが大切なら、お嫁さんになれなくても、他のひとに貸し出されても、頑張って働いてくれると思ったのにい」
「愛情を知らない冷酷な女なのだ。だが、父上に反対されては致し方ない」
「そうですかあ。じゃあ、仕方がないですねえ。さっきの子が大きくなるのが楽しみですう。魔力もたくさんあるみたいですし、きっと役に立ってくれますよお。そうだあ、あたし、お腹が空きました。近くのカフェに行きたいですう。貸し切りにしてください~」
「よし、わかった」
自分たちの都合のよいことを好き勝手に並べ立てて、騒々しく彼らは帰っていった。扉を閉めると同時に、ひょっこりと自称天使が顔をのぞかせる。
「なんですか、あの理解不可能な生き物たちは。殿下は下働きと言って、わたくしに下の世話をさせる気でしょうし、下品女はわたくしを魔力の高い子どもを産むための道具として、貴族たちに貸し出すつもりのようですわね。貴族が平民に対して横暴に振舞うとは聞き及んでおりましたが、これほどとは思いませんでしたわ」
「おい、どこまで聞いていた。二階に行けと言っただろう!」
「高位貴族の子女にとっては、閨教育など当たり前のことですもの。政略結婚の相手に執務を押し付け、ご自分は愛妾とただれた生活という方も珍しくはございません。それでも、さすがにああも不躾で下衆では驚いてしまいましたわ。服をはぎ取られたような心持ちでしたもの」
「怖い思いをさせた。済まない」
大袈裟に両腕をさすってみせながら、自称天使は考え込む。
「あれは確かにこの国の王子殿下なのですか?」
「ああ。もしや、初対面か? 君は王子殿下に目通りが叶う家柄だと思っていたが。女癖の悪さにご家族が警戒していたのか?」
「いいえ、そういうわけではありませんが……。ちなみに王子殿下は成人の儀を済ませていらっしゃいましたか?」
「ああ、かなり盛大な祝いだったはずだが。あの時も、さんざん店の中のものを持っていかれたな。まったく、忌々しい」
「そう、ですか……」
「どうかしたのか」
「少し、考えさせてください」
俺の言葉に自称天使の瞳の色がゆっくりと濃くなった気がした。深く息を吐き、瞳を閉じる。次にこちらを見上げてきた彼女の顔は、最初に出会った時の高慢な少女とも、一緒に暮らしている中で目にしたあどけない少女とも違う、理知的で何かを決意したものに変わっていた。
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