婚約者から悪役令嬢と呼ばれた自称天使に、いつの間にか外堀を埋められた。

石河 翠

文字の大きさ
6 / 7

(6)

しおりを挟む
「カルロ、あなたはあの馬鹿王子に脅されている。そうですね?」
「恥ずかしながらその通りだ。品物を欲しがるだけならまだしも、製法から技術者まで全部取り上げられてしまったら、故郷の人々の暮らしは立ち行かなくなる。今でさえ、王都の商人に買いたたかれている状態で、それを改善するために俺がやってきたというのに」
「この店にあなた以外の使用人がいないのは、王子のせいですか?」
「王子のせいというよりも、安全のために実家に帰したんだ。俺だけなら、多少剣で斬られようが、魔術で攻撃されようが死にはしないが、下働きや職人たちはそうもいかないからな」
「……なるほど、わかりました」
「何がわかったんだ?」
「わたくし、婚約者と戦う覚悟ができましたわ」

 きらりと少女の目が光った。燃えるような激しさを持つその瞳は、思わず目が離せなくなるほど美しい。自称天使の美しさは、この意志の強さにこそある気がした。

「そうかい。そりゃあ、よかったな」
「あら、カルロも頑張るのでしょう?」
「ああん? 何を言っている」
「だって、先ほどから瞳がきらきらしていらっしゃいますもの。戦うの、お好きなのでしょう?」
「はっ、まあ嫌いじゃないさ」
「大好きだというお顔をしていらっしゃいますのに。素直ではないのですから」

 故郷の人間は脳筋ばかりだ。俺の剣の腕はそこそこ、魔術だってそこそこだが、金銭のやり取りに関しては家族よりはまあまあできる。だからこそ、自ら手を挙げて王都へやってきたのだ。このまま負けっぱなしというのは、俺の誇りが許さない。

「それで、今後の方針は決まったのか」
「ええ。まずは、一度家に戻らなくてはなりません。今回のお礼を差し上げるのは、少し……いいえだいぶ先になりそうですが」
「心配する必要はない。こちらは、俺が誘拐犯に仕立て上げられなければそれでいい」
「そこは大丈夫でしょう。ここに来た時と同じように、きっと簡単に家まで帰れますわ」
「どういうことだ?」
「その時が来れば、きっとわかります」

 そこで、自称天使は俺の手を握りしめた。婚約者との戦いを想像しているのだろうか、その手が小さく震えている。俺は安心させるように、ゆっくりと握り返してやった。彼女がなぜか驚いたような顔でこちらを見上げてくる。

「勝算はありそうか?」
「細かいことは、お教えできませんけれど。でも、きっと面白い結果になりますわ。ですがもしもわたくしが……」

 少女は口ごもる。「もしもわたくしが失敗したら」、聞きたいことはそういうことだろう。口に出せば真実になるような気がして、言葉にできないのなら、俺が安心させてやるしかあるまい。

「どうしようもなくなったら、俺のところに来い。都落ちで悪いが、故郷まで連れて行ってやる」
「本当、ですか?」
「急になんだ」
「わたくしのこと、面倒を見てくださるのですか!」
「なんだ、失敗前提で動くのか」
「答えてください」
「君ひとりくらい養ってやるさ。一族全体となるとお手上げだから、その辺りは先に相談しろよ」

 王族相手の喧嘩なら、そう簡単にことは運ばないだろう。それでもいろいろなことを諦めていた少女が自分の足で立ち上がるのを見て、協力しないほど落ちぶれてはいないつもりだ。

「約束ですよ?」
「わかった、わかった」
「神に誓えますか?」
「君は天使なんだろう? 神と君の名に誓って、約束してやる。何かあったら、俺が面倒をみてやる。安心して、喧嘩してこい」
「絶対ですよ。破ったら、承知しませんからね!」
「わかった。俺は、約束は守る。男に二言はない」
「わかりました!」

 俺の答えを聞くと、天使は嬉しそうに笑う。がくんと、身体から魔力が吸われるのがわかった。

「おい、いきなり魔力を吸うなと言っただろうが」
「ごめんあそばせ。ついうっかり、嬉しくて力を押さえることができませんでしたの」
「おい、待て。今の言い方では、また何か誓約を結んだな?」
「大したことではありません。約束を守ってくださるのなら、命に別状はありません」
「おい!」
「また逢う日まで。どうぞ、いい夢を」

 そのまま頬にキスを落とされた。子ども扱いは嫌じゃなかったのか? 寝かしつけの際に、子ども向けのおやすみの挨拶をしようとして、へそを曲げられたのはまだ記憶に新しい。まったくもって、子どもというのはよくわからない。

 思った以上に魔力を抜かれていたのか、気が付いた時には翌日だった。どうやったのか、寝台まできちんと運ばれている。ここまでできるのなら、どの家に帰るのかまできちんと教えやがれ。そして自称天使の姿は、予想通り影も形もなくなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」 新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。 「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

毒と薬は使いよう〜辺境の毒りんご姫は側室候補となりました

和島逆
恋愛
辺境の令嬢シャノンには、毒りんごを生み出す異能があった。 「辺境の毒りんご姫」と呼ばれる彼女を警戒し、国王ランベルトは側室候補としてシャノンを王都に召喚する。初対面から彼女を威圧し、本音を探ろうとするランベルトだったが── 「この毒りんごに、他者を殺める力はございません」 「わたくしは決して毒好きなわけではなく、わたくしが愛でているのはあくまで毒りんごなのです」 ランベルトの予想はことごとく外れ、いつの間にかマイペースな彼女にすっかり振り回されていくのであった。

旦那様に「君を愛する気はない」と言い放たれたので、「逃げるのですね?」と言い返したら甘い溺愛が始まりました。

海咲雪
恋愛
結婚式当日、私レシール・リディーアとその夫となるセルト・クルーシアは初めて顔を合わせた。 「君を愛する気はない」 そう旦那様に言い放たれても涙もこぼれなければ、悲しくもなかった。 だからハッキリと私は述べた。たった一文を。 「逃げるのですね?」 誰がどう見ても不敬だが、今は夫と二人きり。 「レシールと向き合って私に何の得がある?」 「可愛い妻がなびくかもしれませんわよ?」 「レシール・リディーア、覚悟していろ」 それは甘い溺愛生活の始まりの言葉。 [登場人物] レシール・リディーア・・・リディーア公爵家長女。  × セルト・クルーシア・・・クルーシア公爵家長男。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴
恋愛
 彼は結婚するときこう言った。 「わしはお前を愛することはないだろう」  八十を越えた彼が最期を迎える。五番目の妻としてその死を見届けたイザベラは十六歳。二人はもともと、契約結婚だった。  左目のまぶたが蜂に刺されたように腫れあがった彼女は左右非対称で、美しい右側と比較して「美醜令嬢」と侮蔑され、聖女候補の優秀な双子の妹ジェシカと、常に比較されて虐げられる日々。  だがある時、女神がその身に降臨したはイザベラは、さまざまな奇跡を起こせるようになる。  けれども、妹の成功を願う優しい姉は、誰にもそのことを知らせないできた。  彼女の秘めた実力に気づいた北の辺境伯ブレイクは、経営が破綻した神殿の借金を肩代わりする条件として、イザベラを求め嫁ぐことに。  結界を巡る魔族との戦いや幾つもの試練をくぐり抜け、その身に宿した女神の力に導かれて、やがてイザベラは本当の自分を解放する。  その陰には、どんなことでも無言のうちに認めてくれる、老いた辺境伯の優しさに満ちた環境があった。  イザベラは亡き夫の前で、女神にとある願いを捧げる。  他の投稿サイトでも掲載しています。

処理中です...