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第一章
(1)離島に引っ越しました。
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初めての船旅は、最悪の一言だった。
そもそも目的地まで飛行機や電車で行けないというのがまずありえない。しかも、行ったこともない小さな島に、自分ひとりで行かなければならないなんて。
小学生に堂々と一人旅させる両親への腹立たしさと寂しさ、そしてこれからどうなるのかわからない不安感で、お腹がちくちく痛くなる。その上予想とはずいぶん異なる船の揺れに、わたしはすっかり気持ち悪くなっていた。
気持ちを落ち着けるために、ランドセルに付けているキーホルダーをぎゅっと握りしめる。きらきらと薄桃色に光る猫が、大丈夫だよとわたしを慰めてくれた。
目的の島に到着した頃には、これからの生活への緊張感よりも、やっと着いたことに対する安心感しか残っていなかったくらいだ。なんとか無事に船から降りることができたことにほっとしていると、突然知らない男の子に手を振られた。人違いかなと思って、首を傾げそうになるのを慌てて止めた。あの子も、間違いに気が付いたら恥ずかしいだろう。だったら、気づかなかったふりでいいはずだ。
日に焼けた背の高い男の子。顔立ちは結構整っているほうだと思う。もしも街ですれ違ったなら、カッコいいなと見惚れたかもしれない。こんな風にいきなり、腕をつかんでこなければの話だけれど。
「おい、無視すんなよ。ようやっと帰ってきたのか、巫女見習い」
そのまま男の子は、いきなりわたしの腕を引っ張った。ぐらりとよろけて転げそうになるのを必死でこらえる。さっきまで長いこと船に乗っていたせいか、足元がぐらぐらと揺れているような気がした。おまけに男の子の力は、遠慮がないせいか痛いくらい強い。
「わ、ちょっとやめてよ」
そもそも船から降りたばかりの港、真横は海という場所で危ないことはやめてほしい。自慢じゃないけれど、小学校の低学年の時からスイミングスクールに通っていたのに、まったく泳ぎが上達しなかった。そんなわたしが服のまま冬の海に落ちたらどうなるのか。怖すぎて考えたくもない。
「人違いです。離して!」
「人違いなわけないだろ!」
「きゃっ」
男の子の腕を振りほどこうとして、足がもつれる。ふたり同時に、態勢が崩れて地面に倒れ込んだ。ランドセルがあったおかげで痛い思いをすることはなかったけれど、思いきりランドセルが擦れた音がした。お母さんがここにいたなら、ランドセルに傷が入ったと悲鳴をあげたかもしれない。
見られなくてよかったと思いながら身体を起こして、ふと気が付いた。ちりんちりんと普段なら鳴るはずの鈴の音がしない。キーホルダーには小さな鈴がついていて、船に乗っている間は、ちょっとうるさいかなと思うくらいに鳴っていたのに。嫌な予感がして慌ててランドセルを確認すると、キーホルダーのチェーンだけが寂しくぶら下がっていた。慌てて地面にはいつくばる。ただ単に千切れただけなら、すぐに直せる!
けれど、どれだけ探してもキーホルダーの猫ちゃん部分は見つからない。船から降りてすぐの場所だから、目の前は即海だ。落ちてしまったのかもしれない。考えたくなくて、それでもあきらめきれなくて港の端から海をのぞき込む。きらきらと光る魚の腹が見えるばかりで、キーホルダーは影も形もない。
あのキーホルダーは、転校することが決まり落ち込んでいたわたしに、大好きなお友だちがプレゼントしてくれたものだ。手先が器用な友だちが、レジンで作ってくれた世界でたったひとつの宝物。それを、見ず知らずの男の子の勘違いのせいで失くしてしまうなんて。
「おい、大丈夫か? どこかぶつけたか?」
「大丈夫なわけないでしょ!」
男の子の顔をにらみつけて、大声を出した。普段はどんなことがあっても、ぐっとこらえているのに、今日はどうしてもお腹の中のもやもやが抑えきれない。不思議なほど自然に、大きな声が自分の口から飛び出してきた。
「ひどい! 大事なものだったのに!」
ぽろぽろと勝手に涙が出てくる。ずっと我慢していた船酔いの気持ち悪さがまた込み上げてきて、座り込みたくなった。
仕方がない。仕方がない。この子もわざとわたしと誰かを間違えた訳じゃない。キーホルダーが海の中に落ちたこともたまたまだ。泣きそうなわたしに気が付いて、心配してくれているのだから、もともとは優しい子なのだと思う。
でも、この島に来るまでの間の理不尽なことが積み重なってしまったせいで、わたしはどうしても男の子が許せそうにない。
――あんたなんか大嫌い。あんたさえ、いなければ――
口を開きかけて、慌ててその言葉を飲み込む。これだけは言っちゃいけない言葉だ。隣で男の子がおろおろしている気配には気が付いていたけれど、わたしは構わずに前へ進んだ。
都会のひとは冷たいって言うけれど、島のひとだって冷たいじゃない。わたしが知らない男の子に絡まれていても、誰ひとり声をかけたりしてこないもの。それとも、男の子はこれくらい元気なのが普通だと思われているのかしら。それなら、本当に最悪だ。
関東からいきなり九州の離島に引っ越す羽目になったわたしは、離島上陸直後から、早速引っ越してきたことを後悔していた。
そもそも目的地まで飛行機や電車で行けないというのがまずありえない。しかも、行ったこともない小さな島に、自分ひとりで行かなければならないなんて。
小学生に堂々と一人旅させる両親への腹立たしさと寂しさ、そしてこれからどうなるのかわからない不安感で、お腹がちくちく痛くなる。その上予想とはずいぶん異なる船の揺れに、わたしはすっかり気持ち悪くなっていた。
気持ちを落ち着けるために、ランドセルに付けているキーホルダーをぎゅっと握りしめる。きらきらと薄桃色に光る猫が、大丈夫だよとわたしを慰めてくれた。
目的の島に到着した頃には、これからの生活への緊張感よりも、やっと着いたことに対する安心感しか残っていなかったくらいだ。なんとか無事に船から降りることができたことにほっとしていると、突然知らない男の子に手を振られた。人違いかなと思って、首を傾げそうになるのを慌てて止めた。あの子も、間違いに気が付いたら恥ずかしいだろう。だったら、気づかなかったふりでいいはずだ。
日に焼けた背の高い男の子。顔立ちは結構整っているほうだと思う。もしも街ですれ違ったなら、カッコいいなと見惚れたかもしれない。こんな風にいきなり、腕をつかんでこなければの話だけれど。
「おい、無視すんなよ。ようやっと帰ってきたのか、巫女見習い」
そのまま男の子は、いきなりわたしの腕を引っ張った。ぐらりとよろけて転げそうになるのを必死でこらえる。さっきまで長いこと船に乗っていたせいか、足元がぐらぐらと揺れているような気がした。おまけに男の子の力は、遠慮がないせいか痛いくらい強い。
「わ、ちょっとやめてよ」
そもそも船から降りたばかりの港、真横は海という場所で危ないことはやめてほしい。自慢じゃないけれど、小学校の低学年の時からスイミングスクールに通っていたのに、まったく泳ぎが上達しなかった。そんなわたしが服のまま冬の海に落ちたらどうなるのか。怖すぎて考えたくもない。
「人違いです。離して!」
「人違いなわけないだろ!」
「きゃっ」
男の子の腕を振りほどこうとして、足がもつれる。ふたり同時に、態勢が崩れて地面に倒れ込んだ。ランドセルがあったおかげで痛い思いをすることはなかったけれど、思いきりランドセルが擦れた音がした。お母さんがここにいたなら、ランドセルに傷が入ったと悲鳴をあげたかもしれない。
見られなくてよかったと思いながら身体を起こして、ふと気が付いた。ちりんちりんと普段なら鳴るはずの鈴の音がしない。キーホルダーには小さな鈴がついていて、船に乗っている間は、ちょっとうるさいかなと思うくらいに鳴っていたのに。嫌な予感がして慌ててランドセルを確認すると、キーホルダーのチェーンだけが寂しくぶら下がっていた。慌てて地面にはいつくばる。ただ単に千切れただけなら、すぐに直せる!
けれど、どれだけ探してもキーホルダーの猫ちゃん部分は見つからない。船から降りてすぐの場所だから、目の前は即海だ。落ちてしまったのかもしれない。考えたくなくて、それでもあきらめきれなくて港の端から海をのぞき込む。きらきらと光る魚の腹が見えるばかりで、キーホルダーは影も形もない。
あのキーホルダーは、転校することが決まり落ち込んでいたわたしに、大好きなお友だちがプレゼントしてくれたものだ。手先が器用な友だちが、レジンで作ってくれた世界でたったひとつの宝物。それを、見ず知らずの男の子の勘違いのせいで失くしてしまうなんて。
「おい、大丈夫か? どこかぶつけたか?」
「大丈夫なわけないでしょ!」
男の子の顔をにらみつけて、大声を出した。普段はどんなことがあっても、ぐっとこらえているのに、今日はどうしてもお腹の中のもやもやが抑えきれない。不思議なほど自然に、大きな声が自分の口から飛び出してきた。
「ひどい! 大事なものだったのに!」
ぽろぽろと勝手に涙が出てくる。ずっと我慢していた船酔いの気持ち悪さがまた込み上げてきて、座り込みたくなった。
仕方がない。仕方がない。この子もわざとわたしと誰かを間違えた訳じゃない。キーホルダーが海の中に落ちたこともたまたまだ。泣きそうなわたしに気が付いて、心配してくれているのだから、もともとは優しい子なのだと思う。
でも、この島に来るまでの間の理不尽なことが積み重なってしまったせいで、わたしはどうしても男の子が許せそうにない。
――あんたなんか大嫌い。あんたさえ、いなければ――
口を開きかけて、慌ててその言葉を飲み込む。これだけは言っちゃいけない言葉だ。隣で男の子がおろおろしている気配には気が付いていたけれど、わたしは構わずに前へ進んだ。
都会のひとは冷たいって言うけれど、島のひとだって冷たいじゃない。わたしが知らない男の子に絡まれていても、誰ひとり声をかけたりしてこないもの。それとも、男の子はこれくらい元気なのが普通だと思われているのかしら。それなら、本当に最悪だ。
関東からいきなり九州の離島に引っ越す羽目になったわたしは、離島上陸直後から、早速引っ越してきたことを後悔していた。
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