巫女見習い、始めました。

石河 翠

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第一章

(6)ペンギンを見つけました。

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 用意してもらってたお部屋にお布団を敷き、潜り込む。今までベッドに寝ていたから、お布団はなんだか不思議な感じ。一言でいうと、ちょっと背中側が硬い。椿さんはすぐに慣れるわよって話していたけれど本当かな。ベッドと違って床――畳だけれど――と高さが一緒だから、夜中にうっかりベッドから落ちる心配がないところはいいところだよね。

 今日はいろんなことがあって疲れているはずなのに、全然眠れない。うつらうつらしたと思ったら、遠くの海の音が耳に入ってきて気になっちゃう。家の近くを通っていた電車や飛行機の音は気にならないのに、どうして海の音くらいで寝れなくなるのかな。

 ぴぴっ。すぐそばで電子音が聞こえた。なんだろう? 携帯の目覚ましアラームには早いし、タイマーはかけていない。うーん、この音、聞いたことがあるような。首を傾げていると、またぴぴっと鳴った。わたしが寝ている部屋の隣は、台所だ。ふすまに仕切られているだけだから、音が筒抜けみたい。もしかして、冷蔵庫が開けっ放し? そうじゃなかったら、電子レンジの中に物が入りっぱなしなのかも。

 電子レンジなら、明日の朝に、「この温めたまま忘れていたおかずは、もう食べられないよね?」って椿さんに聞くだけでいいけれど、冷蔵庫が開けっ放しになっているのはよくないよね。特に冷蔵庫じゃなくって、冷凍庫だと大変なことになる。氷も溶けちゃうし、この島だと冷凍食品を買うのも一苦労みたいだし……。もぞもぞと布団から出て、ゆっくりとふすまをあける。

 電気をつけていない台所は真っ暗なはずなのに、予想通り冷蔵庫付近がぼんやりと明るかった。やっぱり冷蔵庫がちゃんと閉まっていなかったんだな。ドアを閉めようと台所に入って気が付いた。冷蔵庫の前に何かいる? それは思ったよりも大きな黒い影で……。

「ひっ」

 思わず出かかった悲鳴を必死で抑え込む。こういうとき、怖い話ではお化けに見つかっちゃいけないっていうのが鉄板だ。静かにお布団に帰らなくっちゃ。ううん、いっそ、椿さんを起こして……。必死で後ずさろうとするわたしを逃がしはしないとでもいうかのように、黒い影がゆっくりと振り返った。その口は鋭くとがり、なんだかもふっとしていて……。え、もふっとしている?

 ゆっくりと全身を確認する。このずんぐりむっくりとした形、てちてちと動くオールのような小さな手。水の中では素早いけれど、陸上ではよちよちと歩く可愛い生き物の名前は……。

「ペンギン?」

 なんでペンギンが家の中にいるの? 沖縄なんかだと部屋や車の中にヤシガニが侵入したっていう話がニュースになったりするし、海外では野生のペンギンが家の中に巣を作ったって話題になったりもするけれど。この島、さすがに野生のペンギンはいないよね? ペンギンが答えてくれるはずもないのに、ぶつぶつと疑問が口をつく。ペンギンはじっとわたしを見つめてきた。


 ***


「悪いがの。手が届かぬのじゃ。あの皿をとってはくれぬかの?」
「しゃ、しゃべった!」
「当然じゃ。話せねば、ひとのこには伝わらぬことも多かろうて。それで、あの皿はとってはくれるのかの?」

 ペンギンがオールのような手で指し示したのは、冷蔵庫の上段に置かれた夕食の残りのアジフライだった。お腹、空いているのかな? そっと背伸びをして、指定されたお皿をとる。

「これ?」
「おお、そうじゃそうじゃ。もらってもよいか」
「椿さんが、お腹が空いたらお夜食を食べてもいいよって言っていたから、大丈夫だと思う。温めたほうがいいよね?」
「うーむ。猫舌なので、このままで頼む」
「ペンギンも猫舌なんだ」

 鳥なのに猫ってどういうことだろう。とりあえずわたしは、ラップを外してテーブルに皿を置いてやる。使うかどうかわからないけれど、お醤油もちゃんと準備した。ペンギンに塩分は良くないような気もするけれど、普通のペンギンはまずしゃべらないし、大丈夫だよね?

「必要なら、白ご飯もあるよ」
「いや、今宵はアジフライだけにしておこう。寝る前の食事は美味であるが、身体に響いてしまうのでな」

 もともと流線形のペンギンのお腹は、食べ過ぎるとさらにぽっこり丸くなるのだろうか。可愛いなあと思いつつ、皿に盛られたアジフライを見て肩をすくめた。二人暮らしには多すぎる残り物のアジフライをペンギンは、笑顔でつるりと吸い込んでいく。あ、これ、見たことある。水族館のペンギンがアジやイワシを頭から飲み込んでいく姿と同じだ。アジフライは生のお魚と比べて横にとっても大きいんだけれど、ペンギンはお構いなしだ。もぐもぐとアジフライを美味しそうに食べるペンギンに、ちょっと疑問をぶつけてみる。

「ところで、あなたはだあれ?」
「吾輩は、神社からやってきた」
「ええと、あの白い角みたいなものがあった神社から来たの?」
「そうじゃ。ちなみに鳥居の横にあったのは、鯨の顎の骨よ」

 その通りだと重々しくうなずくペンギン。でも、神社のあの白い角が鯨のあごの骨なら、神社に祀られているのは鯨じゃないのかな。どうして、ここにいるのはペンギンなんだろう。するとペンギンはぱたぱたと両手をばたつかせた。

「この島は、鯨との繋がりが深いのである」
「じゃあなんで鯨の姿で出てこなかったの?」
「それは、鯨の格好で出てきたら家がつぶれてしまうからの。怒られるのはまっぴらごめんじゃて」

 ああ、それはそうかもしれない。一番大きな鯨はシロナガスクジラで三十メートルを超えちゃうはずだし、一番小さい鯨の大きさは知らないけれど、それでもまあきっと猫サイズとかではないだろうからね。ペンギンの重さがちょっとだけ気になって抱っこしようとしてみたら、意外と素早く逃げられてしまった。あとからスマホでペンギンの体重をググってみよう。

「だから、吾輩は時代に合わせて姿を変えたのである」
「鯨からペンギンは南極繋がり?」
「それはこの県には、日本でも有数のペンギンの飼育施設があるからである」
「……思っていたより、意外とテキトーな理由だった」
「テキトーではない。適当なのだ。あまり馴染みのない動物に変化しようとしても、うまく姿形をとれぬのでな。やはり馴染みのあるものが望ましい」

 まあ確かにわたしも急に、マニアックな動物を思い浮かべろと言われてもあやふやでうろ覚えになってしまうと思う。神社から来る神さまや神さまの遣いが、子どもの落書きとかキメラみたいな動物だと困っちゃうもんね。

「じゃあ、なんでここにいるの? 神社の祟り?」
「こんなに可愛らしい吾輩を見て、『祟り』扱いとは許せぬ。そなたが、べそべそ泣いているのが聞こえたからわざわざやってきてやっというのに」

 ペンギンの怒った仕草なんて知らないけれど、この小首の傾げかたは睨まれているような気がする。それでも可愛いし、怖くないけれど。

「わざわざやってきたということは、あの男の子のことについても教えてくれるの?」
「腹がくちくなったせいか、目が開かぬ。布団に運んでくれ」
「えええ。聞きたいことがあるのに、ちょっと、ペンギンさん、起きてよ」
「ぐううう」
「ちょっと、勝手に寝ないで。重い、自分で動いて~」

 勝手にひとの家に上がり込んで、アジフライをむさぼった挙句、手も口も洗わずにお布団に入ろうとしている。もう。慌ててお皿を流しに置いて、部屋に戻った。

 ペンギンは当たり前のように横になって寝ている。これはわたしの布団なのだけれど。それにペンギンって立ったまま寝るんじゃないの。あまりにも自由過ぎるペンギンに振り回されっぱなしだけれど、夜中にひとりじゃないことはやっぱり嬉しい。隣ですやすやと眠るペンギンを撫でていると、なんだかうつらうつらしてきた。

 明日の朝ごはんは、今日の残り物のアジフライになる予定だったけれど、ペンギンが全部食べちゃったんだよね。朝起きたら、ちゃんと椿さんに伝えなくっちゃ。朝になったら全部夢になっているのかな。アジフライは寝ぼけたわたしが食べたことになっちゃうのかななんて思っていたけれど、ペンギンは目覚ましがなってもまだぐうすか隣で眠っていた。
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