8 / 23
第一章
(8)巫女見習い、始めました。
しおりを挟む
「わ、また神社に来ちゃった。どうして、物置や体育館倉庫から神社に行けるの?」
「神社への扉はどこにでもある。今一番近かったのが、ここだったというだけのこと」
「扉、勝手に繋がるの? お手洗いとかお風呂場の扉が神社に繋がったりしたら嫌だよ」
切羽詰まった時に扉の向こうが神社だったとか、脱衣所で洋服を脱いでからお風呂場の扉を開けたら神社だったとか、もう絶望しかないと思う。そんなわたしの心配をよそに、ペンギンはよちよちと歩みを進める。鳥居のそばにある例の白い角――鯨の骨――の近くを通るときに、ぶわっと全身の毛を逆立てていたけれど、一体何だったのかな。
おそるおそる鳥居をくぐると、なんだか空気が変わったような気がした。もともと冬の海の近くだから空気は冷たいのだけれど、何となく凛としていて、透明感が高くなった感じがする。ちりんと、澄んだ鈴の音が聞こえた。
ゆっくりと一度瞬きをすると、先ほどまでいなかったはずなのに目の前にあの男の子が現れた。今日は前回、前々回と違い、一歩引いた場所に立ち止まっている。彼はわたしに見せつけるように、ゆっくりと右手を伸ばしてきた。彼のてのひらにあるもの、それは。
「キーホルダー! 見つけてくれたの?」
友だちが作ってくれたキーホルダーだ。落としたときの衝撃だろう、金属の枠が少しだけこすれていたけれど、そんなことは気にならないくらい嬉しい。男の子の手に飛びつくようにして、キーホルダーを受け取る。ちょっとはしたなかったかもしれないけれど、身体が勝手に動いちゃったんだ。
「これ、どうやって見つけてきたの?」
「海の中に落ちたものなら、時間をかければ見つけられる。本来なら、もっと早く届けられるはずだったんだ。それなのに、拾い主が自分の物にするんだと言い張っていたせいで、取り返すのに時間がかかった」
「そうなの? 大変だったんじゃない?」
「まあな。さすがに河童を説得するのは疲れた」
はあ? 河童? わたしの聞き間違いだろうか。今、男の子の口から河童と聞こえたような? 同じ水辺の生き物とはいえ、池や川に住む河童が海に落ちたキーホルダーを見つけられるものなのだろうか。そもそも河童は伝説上の生き物だったはずなのに、妙なことが気になって首を傾げた。
「吾輩が少しばかり力を貸してやったのだ」
えへんと胸を張るペンギン。謎のしゃべるペンギンが、存在そのものがあやふやな河童を説得? もうわけがわからない。
***
「それで、あなたはわたしに何を頼みたいの?」
「巫女見習いには、巫女見習いをやってほしい」
「わたしは、美優っていう名前があるの。巫女見習いって呼ばないで」
「……ごめん。美優、って呼んでいいか?」
「いいよ。わたしは、あなたのことなんて呼べばいいの?」
「……なんでもいい」
「なんでもいいっていうのは逆に難しいよ。あだ名でもいいから教えて」
「じゃあ、凪」
「じゃあって何よ、じゃあって」
ぷりぷりと怒って見せながら、わたしは腕を組んだ。
「そもそも、どうして島にゆかりのないわたしに、巫女見習いをさせたいの? 別にわたしが巫女見習いをしなくても、他に候補はいっぱいいるでしょう?」
「美優にしかできないことだ」
「それ、単純に面倒くさいからみんなに断られたりしていない?」
「断られたりなんてしていないさ」
「でも押し付けられている雰囲気をひしひしと感じる」
この島の子どもの数は少ないけれど、いないわけじゃない。それなのに、どうしてわたしなの?
「押し付けたりなんかしない。巫女見習いは、誰にでもできるお役目じゃないんだ。それに、美優は引き受けてもいいって言ったじゃないか」
「え、そんなこと言っていないよ」
「いいや、言った。キーホルダーを探して持ってこれたら、やってもいいって」
「それは、話を聞いて『やってもいい』って言ったんだよ」
「……そうなのか? それじゃあ俺の勘違いなのか。でも悪いが、もう遅い」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「鳥居をくぐった時点で、巫女見習いを引き受けたとみなされている。よく見てみろ。格好だって、既に白衣と緋袴になっているじゃないか」
「え?」
自分の服装を確認してみると、お正月によく見る神社の巫女さんみたいな格好になっていた。そんなのおかしい。だってわたしはさっきまで学校にいて、いつも通りの普段着を着ていたはずなのに……。
「美優、そんなに難しいことを頼みたいんじゃないんだ。この島にいる間だけでいい。巫女見習いとして、海に祈りを捧げてほしい」
「だからなんで勝手に話を進めちゃうの? だいたいわたしが巫女見習いをやらなかったら、何が起きるっていうのよ」
唇とがらせて文句を言うと、凪は困ったように私に頭を下げてくる。
「巫女見習いがいなくなってしまったら、この島と、この島に住んでいるひとたちが、家族じゃなくなる」
なんだそれ。島と島の住人が家族ってどういうこと? 島の住人同士が家族みたいなものって言うのはわかるけれど。島が家族? まったくもって意味が変わらない。
巫女がいないと島が沈むとか、魚が取れなくなるとか、海が干上がるとか、そういうわけじゃないなら、別に死なないし、無視してもいいんじゃないの?
でもどうしてだか、「島と家族じゃなくなっても別によくない? たぶん何にも困らないよ?」とは言えなかった。『家族』という言葉がちくちく痛い。頭の中を、またあの言葉がよぎっていく。
――あんたなんか大嫌い。あんたさえ、いなければ――
口の中が砂だらけになったような気がして、気持ちが悪くなる。一瞬えずきそうになって、ペンギンにつんつんと突かれた。はっと現実に引き戻される。家族か。家族って、一体なんなのだろう?
「お願いだ。もしも、君が頑張っても無理だったなら、俺も諦めがつくと思うんだ」
巫女見習いが何をどうやってお役目を果たすべきなのか、結局今の私にはさっぱりわからない。それでもこの男の子に何度もお願いされていると、なんとなく頑張った方がよいような気がした。
そういうわけで、わたしはなし崩し的に巫女見習いとして働くことになってしまったのである。
「神社への扉はどこにでもある。今一番近かったのが、ここだったというだけのこと」
「扉、勝手に繋がるの? お手洗いとかお風呂場の扉が神社に繋がったりしたら嫌だよ」
切羽詰まった時に扉の向こうが神社だったとか、脱衣所で洋服を脱いでからお風呂場の扉を開けたら神社だったとか、もう絶望しかないと思う。そんなわたしの心配をよそに、ペンギンはよちよちと歩みを進める。鳥居のそばにある例の白い角――鯨の骨――の近くを通るときに、ぶわっと全身の毛を逆立てていたけれど、一体何だったのかな。
おそるおそる鳥居をくぐると、なんだか空気が変わったような気がした。もともと冬の海の近くだから空気は冷たいのだけれど、何となく凛としていて、透明感が高くなった感じがする。ちりんと、澄んだ鈴の音が聞こえた。
ゆっくりと一度瞬きをすると、先ほどまでいなかったはずなのに目の前にあの男の子が現れた。今日は前回、前々回と違い、一歩引いた場所に立ち止まっている。彼はわたしに見せつけるように、ゆっくりと右手を伸ばしてきた。彼のてのひらにあるもの、それは。
「キーホルダー! 見つけてくれたの?」
友だちが作ってくれたキーホルダーだ。落としたときの衝撃だろう、金属の枠が少しだけこすれていたけれど、そんなことは気にならないくらい嬉しい。男の子の手に飛びつくようにして、キーホルダーを受け取る。ちょっとはしたなかったかもしれないけれど、身体が勝手に動いちゃったんだ。
「これ、どうやって見つけてきたの?」
「海の中に落ちたものなら、時間をかければ見つけられる。本来なら、もっと早く届けられるはずだったんだ。それなのに、拾い主が自分の物にするんだと言い張っていたせいで、取り返すのに時間がかかった」
「そうなの? 大変だったんじゃない?」
「まあな。さすがに河童を説得するのは疲れた」
はあ? 河童? わたしの聞き間違いだろうか。今、男の子の口から河童と聞こえたような? 同じ水辺の生き物とはいえ、池や川に住む河童が海に落ちたキーホルダーを見つけられるものなのだろうか。そもそも河童は伝説上の生き物だったはずなのに、妙なことが気になって首を傾げた。
「吾輩が少しばかり力を貸してやったのだ」
えへんと胸を張るペンギン。謎のしゃべるペンギンが、存在そのものがあやふやな河童を説得? もうわけがわからない。
***
「それで、あなたはわたしに何を頼みたいの?」
「巫女見習いには、巫女見習いをやってほしい」
「わたしは、美優っていう名前があるの。巫女見習いって呼ばないで」
「……ごめん。美優、って呼んでいいか?」
「いいよ。わたしは、あなたのことなんて呼べばいいの?」
「……なんでもいい」
「なんでもいいっていうのは逆に難しいよ。あだ名でもいいから教えて」
「じゃあ、凪」
「じゃあって何よ、じゃあって」
ぷりぷりと怒って見せながら、わたしは腕を組んだ。
「そもそも、どうして島にゆかりのないわたしに、巫女見習いをさせたいの? 別にわたしが巫女見習いをしなくても、他に候補はいっぱいいるでしょう?」
「美優にしかできないことだ」
「それ、単純に面倒くさいからみんなに断られたりしていない?」
「断られたりなんてしていないさ」
「でも押し付けられている雰囲気をひしひしと感じる」
この島の子どもの数は少ないけれど、いないわけじゃない。それなのに、どうしてわたしなの?
「押し付けたりなんかしない。巫女見習いは、誰にでもできるお役目じゃないんだ。それに、美優は引き受けてもいいって言ったじゃないか」
「え、そんなこと言っていないよ」
「いいや、言った。キーホルダーを探して持ってこれたら、やってもいいって」
「それは、話を聞いて『やってもいい』って言ったんだよ」
「……そうなのか? それじゃあ俺の勘違いなのか。でも悪いが、もう遅い」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「鳥居をくぐった時点で、巫女見習いを引き受けたとみなされている。よく見てみろ。格好だって、既に白衣と緋袴になっているじゃないか」
「え?」
自分の服装を確認してみると、お正月によく見る神社の巫女さんみたいな格好になっていた。そんなのおかしい。だってわたしはさっきまで学校にいて、いつも通りの普段着を着ていたはずなのに……。
「美優、そんなに難しいことを頼みたいんじゃないんだ。この島にいる間だけでいい。巫女見習いとして、海に祈りを捧げてほしい」
「だからなんで勝手に話を進めちゃうの? だいたいわたしが巫女見習いをやらなかったら、何が起きるっていうのよ」
唇とがらせて文句を言うと、凪は困ったように私に頭を下げてくる。
「巫女見習いがいなくなってしまったら、この島と、この島に住んでいるひとたちが、家族じゃなくなる」
なんだそれ。島と島の住人が家族ってどういうこと? 島の住人同士が家族みたいなものって言うのはわかるけれど。島が家族? まったくもって意味が変わらない。
巫女がいないと島が沈むとか、魚が取れなくなるとか、海が干上がるとか、そういうわけじゃないなら、別に死なないし、無視してもいいんじゃないの?
でもどうしてだか、「島と家族じゃなくなっても別によくない? たぶん何にも困らないよ?」とは言えなかった。『家族』という言葉がちくちく痛い。頭の中を、またあの言葉がよぎっていく。
――あんたなんか大嫌い。あんたさえ、いなければ――
口の中が砂だらけになったような気がして、気持ちが悪くなる。一瞬えずきそうになって、ペンギンにつんつんと突かれた。はっと現実に引き戻される。家族か。家族って、一体なんなのだろう?
「お願いだ。もしも、君が頑張っても無理だったなら、俺も諦めがつくと思うんだ」
巫女見習いが何をどうやってお役目を果たすべきなのか、結局今の私にはさっぱりわからない。それでもこの男の子に何度もお願いされていると、なんとなく頑張った方がよいような気がした。
そういうわけで、わたしはなし崩し的に巫女見習いとして働くことになってしまったのである。
21
あなたにおすすめの小説
レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか
宮崎世絆
児童書・童話
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。
公爵家の長男レイルーク・アームストロングとして。
あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「僕って何かの主人公なのかな?」と困惑するレイルーク。
溺愛してくる両親や義姉に見守られ、心身ともに成長していくレイルーク。
アームストロング公爵の他に三つの公爵家があり、それぞれ才色兼備なご令嬢三人も素直で温厚篤実なレイルークに心奪われ、三人共々婚約を申し出る始末。
十五歳になり、高い魔力を持つ者のみが通える魔術学園に入学する事になったレイルーク。
しかし、その学園はかなり特殊な学園だった。
全員見た目を変えて通わなければならず、性格まで変わって入学する生徒もいるというのだ。
「みんな全然見た目が違うし、性格まで変えてるからもう誰が誰だか分からないな。……でも、学園生活にそんなの関係ないよね? せっかく転生してここまで頑張って来たんだし。正体がバレないように気をつけつつ、学園生活を思いっきり楽しむぞ!!」
果たしてレイルークは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?
そしてレイルークは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか?
レイルークは誰の手(恋)をとるのか。
これはレイルークの半生を描いた成長物語。兼、恋愛物語である(多分)
⚠︎ この物語は『レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか』の主人公の性別を逆転した作品です。
物語進行は同じなのに、主人公が違うとどれ程内容が変わるのか? を検証したくて執筆しました。
『アラサーと高校生』の年齢差や性別による『性格のギャップ』を楽しんで頂けたらと思っております。
ただし、この作品は中高生向けに執筆しており、高学年向け児童書扱いです。なのでレティシアと違いまともな主人公です。
一部の登場人物も性別が逆転していますので、全く同じに物語が進行するか正直分かりません。
もしかしたら学園編からは全く違う内容になる……のか、ならない?(そもそも学園編まで書ける?!)のか……。
かなり見切り発車ですが、宜しくお願いします。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる