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「仕方ないっていうのは、わかってるのよ。でも、もうちょっとやり方ってもんがあるじゃないの」
えぐえぐとしゃくりあげながら、私はいつもの酒場で串焼きにかぶりついた。こんがりと焼かれた肉に、スパイシーな香辛料がたまらない。口の中に広がる辛みにエールの苦味が調和する。辛い時こそ、栄養をとって体力をつけなくてはならないのだ。
「忙しいやつだな。食べるか、飲むか。どっちかにしておけ」
「私、めちゃくちゃ頑張ってるのにいいいいい」
「ケイト、泣くな」
「びえええええええん」
アルヴィンには悪いことをしていると思う。せめて私がおっさんなら、飲み屋のお姉ちゃんにお金を払って話を聞いてもらうのに。それが叶わない以上、こんな風に泣けるのは彼の前だけなのだ。
「まさかドレスがパツパツだなんて思わないし!」
「仕立て屋もお前の良さを活かそうとしたんだろう」
「後輩のこと、可愛がっていたのに!」
「土壇場で裏切られるのは辛いものだ」
「あのひとも、エスコート相手の情報くらい知っておいてよ。文官は情報収集得意でしょ。そりゃあ、急に呼び出しがあるかもしれないって伝えていなかった私も悪かったけどさ!」
「……泣くほど好きだったのか」
なみなみと注がれたお酒を一気飲みしていると、彼に尋ねられた。
「あのね、かばってもらったことがあるのよ」
「戦闘でか?」
「まさか。ほら、私、見た目がごついじゃない?」
「急になんだ」
「背も高いし、剣を振り回すから腕も足も太いし。そのくせ、可愛いものが好きでしょ。だから、前に可愛らしい雑貨を詰所に持ち込んでいたら、騎士団員たちに馬鹿にされたのよ。『似合わない。鏡を見てみろよ』って。そうしたらたまたま書類を持ってきていた彼がね、『可愛いですね。素敵だと思いますよ』って言ってくれたの」
「それだけ? それくらいならお」
「そうよ、それだけよ。でもそれがめちゃくちゃ嬉しかったのよ。モテない女はイチコロで落ちちゃったのよおおおお」
呆れたような彼の言葉に耐えられず、被せ気味に絶叫してしまった。とはいえ、ここは場末の酒場。酔っ払った女が何を泣き喚こうが誰も気にはしない。怪しげなローブ男から目をそらしている可能性も高いが。
「もしも、昨日の夜に戻れるとしたらどうする?」
「やり直すにきまってるじゃない」
薄汚れたテーブルにひじをつき、ふてくされる。スタートラインにさえ立てないなんてあんまりじゃないか。でもありえない「もしも」を考えるなんて不毛すぎる。だから飲む。今夜は飲み続けるのだ。
「えええええい、親父さん、お酒どんどん持ってきて!」
「わかった。わかったから、今日はもう休め」
「眠れるわけないじゃない! ううう、眠いよおおおお」
「もう半分寝ているじゃないか」
目が開かないだけで、ちゃんと耳は聞こえてるんだからね! 私の反論はうまく言葉にならないまま、むにゃむにゃと口の中で消えていった。
えぐえぐとしゃくりあげながら、私はいつもの酒場で串焼きにかぶりついた。こんがりと焼かれた肉に、スパイシーな香辛料がたまらない。口の中に広がる辛みにエールの苦味が調和する。辛い時こそ、栄養をとって体力をつけなくてはならないのだ。
「忙しいやつだな。食べるか、飲むか。どっちかにしておけ」
「私、めちゃくちゃ頑張ってるのにいいいいい」
「ケイト、泣くな」
「びえええええええん」
アルヴィンには悪いことをしていると思う。せめて私がおっさんなら、飲み屋のお姉ちゃんにお金を払って話を聞いてもらうのに。それが叶わない以上、こんな風に泣けるのは彼の前だけなのだ。
「まさかドレスがパツパツだなんて思わないし!」
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「後輩のこと、可愛がっていたのに!」
「土壇場で裏切られるのは辛いものだ」
「あのひとも、エスコート相手の情報くらい知っておいてよ。文官は情報収集得意でしょ。そりゃあ、急に呼び出しがあるかもしれないって伝えていなかった私も悪かったけどさ!」
「……泣くほど好きだったのか」
なみなみと注がれたお酒を一気飲みしていると、彼に尋ねられた。
「あのね、かばってもらったことがあるのよ」
「戦闘でか?」
「まさか。ほら、私、見た目がごついじゃない?」
「急になんだ」
「背も高いし、剣を振り回すから腕も足も太いし。そのくせ、可愛いものが好きでしょ。だから、前に可愛らしい雑貨を詰所に持ち込んでいたら、騎士団員たちに馬鹿にされたのよ。『似合わない。鏡を見てみろよ』って。そうしたらたまたま書類を持ってきていた彼がね、『可愛いですね。素敵だと思いますよ』って言ってくれたの」
「それだけ? それくらいならお」
「そうよ、それだけよ。でもそれがめちゃくちゃ嬉しかったのよ。モテない女はイチコロで落ちちゃったのよおおおお」
呆れたような彼の言葉に耐えられず、被せ気味に絶叫してしまった。とはいえ、ここは場末の酒場。酔っ払った女が何を泣き喚こうが誰も気にはしない。怪しげなローブ男から目をそらしている可能性も高いが。
「もしも、昨日の夜に戻れるとしたらどうする?」
「やり直すにきまってるじゃない」
薄汚れたテーブルにひじをつき、ふてくされる。スタートラインにさえ立てないなんてあんまりじゃないか。でもありえない「もしも」を考えるなんて不毛すぎる。だから飲む。今夜は飲み続けるのだ。
「えええええい、親父さん、お酒どんどん持ってきて!」
「わかった。わかったから、今日はもう休め」
「眠れるわけないじゃない! ううう、眠いよおおおお」
「もう半分寝ているじゃないか」
目が開かないだけで、ちゃんと耳は聞こえてるんだからね! 私の反論はうまく言葉にならないまま、むにゃむにゃと口の中で消えていった。
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