「僕」と「彼女」の、夏休み~おんぼろアパートの隣人妖怪たちによるよくある日常~

石河 翠

文字の大きさ
11 / 30

11.「僕」とお化けひまわりのおはなし

しおりを挟む
 とある昼下がり。きんきんに冷やしたラムネをきゅぽんとあけて寛いでいたら、彼女がどこからか小さな缶を取り出した。相当古いのだろう、端が錆び付いている。

 せっかくだから、アパートの花壇に植えようよ。そう言いながら彼女が渡してきたのは、花の種。しましまじゃないし、全体的にちょっと黒っぽいけれど、たぶんこれはひまわりの種だ。一応、これなあにって聞いてみたら、彼女はにっこり笑って「お化けひまわりの種だよ」って教えくれた。

 ぶふううううっ。

 僕の口からラムネが飛び出し、きれいな弧を描く。うわあ、虹が生まれそう。もう、正直焦るよね。雪女の彼女から、「お化け」なんて名前が出ると、なんかヤバいものが出てきちゃうのかなって本気で思っちゃうよね。こっそりスマホでググったら、「お化けひまわり」という名前のジャンボひまわりがたくさんヒットして、僕はほっと胸を撫で下ろした。

 それにしても世界には色々と大きいひまわりがあるんだねえ。僕の顔やフライパン、洗面器よりもずっと大きいひまわり。木の実が大好物のりすやハムスター、小鳥なんかが見たら、狂喜乱舞するかもしれない。なになに、モンスターひまわり「ヘリアンタス サンジラ」に、世界最大のひまわりの直行品種「ヘリアンタス クレイバン ストレイン」だって。ヘリアンタス、すごいなあ。茎の太さが缶ジュース並みって、一体どういうことなの。高さは最大で7.5メートル超え! 下手をしたら、ひまわりが凶器になる事件だって起きているのかもしれない。

 しかもアメリカやイギリスでは、このお化けひまわりの大きさを競うコンテストまであるらしい。そういやあの国は、ハロウィーンの時期にお化けかぼちゃコンテストとかもやってたっけ。重量を競うとかなんだよ、大きけりゃいいってもんじゃないと思うんだけど。特にかぼちゃとかはさ、やっぱり味が大切じゃない? ……食用のジャンボひまわり「タイタン」もあるのか。どれだけ、大きく作ることにこだわりがあるのさ。

 まったく、こんなとんでもない外来種を日本で植えていいものか謎だけれど、手元に種があるのだからまあ良いとするか。とりあえず僕は、管理人さんからスコップを借りて、花壇の土をふかふかにすることにした。

 せっせ、せっせ。ここ掘れわんわんっ。いや、裏の畑で鳴いたポチもすごいけど、おじいさんもかなり強者じゃない? 全然掘り進められないんですけど。固すぎるでしょ、この土。桜の下には死体が埋まってるとか聞くけど、ひまわり畑(予定)の下には何が埋まってるっていうわけ? もしかしたら僕は土じゃなくって、コンクリートに無謀な戦いを挑んでいるんじゃないだろうか。ちなみに彼女は、外は暑いという理由で2階の部屋の中から僕を応援してくれている。なぜ?! こういうのって、カップルなら一緒に植えるんじゃないの?!

 土と必死で格闘していたら、宇座敷さんちのお子さんがやってきた。まあ確かに自分ちの前でざくざくやってたら気になるよね。どう? 一緒にやってみる? 小学校に上がったら、たぶんひまわりとか朝顔の観察をやると思うから、それの予行練習だね。あ、でも汚れてもいい格好でやろうね。こくんとうなずいたお子さんを眺めていたら、いつの間にか子どもの数がわらわら増えていた。何だか学校の先生の気分だよ。

 え、このお花? お化けひまわりって言うんだって。ねえ、変な名前だよねえ。そうそう、知ってる? 世界にはねえ、これ以外にも不思議なお花がいっぱいあるんだよ。たとえば、ラフレシアとかね。すっごく臭いんだって。トイレとか腐ったお肉の臭いがするみたいだよ。

 さすがに子ども相手に、動物の死体の臭いをさせて、虫をおびき寄せるだなんて解説できなかった僕なのに、子どもたちは嬉々として食虫植物の話を始めた。そうだよね、子どもたちって結構そういうの好きだよね。そういや、ハエトリ草とかウツボカズラって好事家に人気が高いんだっけ? みんな怪しい生き物が結構好きなんだなあ。

 僕と、宇座敷さんちの子どもたち。みんなでせっせと土いじり。いやあ、実に平和だねえ。あ、彼女が目をつぶってる。ねえ、今ちょっとうたた寝してたよね?!

 うだうだ言いつつ、がんばって作業をしたら、管理人さんがおやつに麦茶と葛切りを出してくれた。ありがとうございます! みんな、ちゃんと手を洗ってから食べるんだよ。こういうときのために、このアパートには昔ながらの井戸がつぶされずに残っているんだからね。

 本当は、春から初夏までに植えた方が良かったらしいお化けひまわり。どうなるか心配していたけれど、あっという間に双葉が出て、すくすくと大きくなっている。これならトレードマークの真っ黄色の花を咲かせるものもう少しだろう。さすが、お化けという名前に恥じない、驚異的なスピードだ。毎日お水をあげていると、なんだか愛着も湧くよね。花壇はちょうどアパートの門から近い場所にあるし、何だか門番さんを育てているみたいだよ。

 お勤めご苦労さまです! いやあ、朝からいい天気ですね。僕は今日もひまわりに話しかけつつ、ラジオ体操をしている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...