転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

文字の大きさ
6 / 35
1部 1章

親友の名はネル=エネス

しおりを挟む
 二羽の鶏という大切な資産から生まれた、卵という大切な利益と大量の羽毛の回収を終えたオレたちマークベンチ兄妹は、グレンさんとロットマン邸の出入り口で別れた。
「たまごっ、たまごっ、たまごがにこぉ~♪」
 妹のシルキアが、隣でご機嫌に歌っている。
 落とすなよ? なんて注意はしない。せっかくのご機嫌気分に水を差したくはないから。とはいえ、お椀にした手に載せたままの持ち方に、不安がないかといえば嘘だが。

 町の中心部が近づいてくるにつれ、賑わいはどんどんと増していく。
 もう、怠け者以外は、朝の仕事に取り掛かっている時間だ。景色に漂っていた、夜の終わりと朝の始まりの中間の独特な青さも、今はどこにもない。
 見上げれば、青空。雨が降る気配なんて微塵もない。気温も快適だ。この時間でこの心地よさだと、お昼ごろには少し暑さを覚えるくらいになるかもしれないな。
 両親が作ってくれているであろう朝食を摂りに家へ帰るまでの道を行く。

「アクセルぅ! シルキアぁ!」

 この町唯一の井戸がある広場を通過していると、知った声に名前を呼ばれた。
 立ち止まり、顔を向ける。
 井戸傍に設けられている洗い場――洗濯物をしたり、食器を洗ったり、水を大量に使う作業をするための、公的な施設だ。幾つもの椅子が並んでいて、人々は洗濯板と石鹸を無料で使える。ただし、大勢が集まるため、いつも激混みだ。さらに、後がつっかえている場合、ちんたらやっていると怒鳴られるし、喧嘩も珍しくない。だから、自分のやり方で、丁寧に洗いたい人が使うには不向きではある。そういった人は、ここには水汲みにしか来ない。そして、身体を洗うことは、誰であろうと禁じられている――に、親友がいた。

「ネルちゃん! おはよぉ~! わあっ⁉」
 よく懐いている年上の幼馴染に向かって嬉しそうに走り出したシルキアが、爪先が引っ掛かったらしく前のめりに体勢を崩した。
「危ないっ」思わずオレの口から出たのは、悲鳴のようなちょっと裏返った声。
 倒れていく妹の身体に、両手を、上半身を伸ばす。
「……ふぅ、よかったぁ~」
 なんとか、抱き留めることができた。
 キュッと目を瞑っていた妹が、オレの顔を見上げてくる。瞼を上げてすぐはきょとんとした表情だったが、転ぶことがなかった、オレが助けてくれたことを理解してか、笑った。
「気を付けような?」
「ありがとっ、お兄ちゃん!」
 妹をしっかり立たせる。

「お~い、なぁにやってんのぉ~」
 改めて洗い場に顔を向けると、親友が右手を頭上で振りながら近づいてきていた。その手は、泡まみれ。左右に振られるのに合わせて、小さなしゃぼんが散っている。
「おはよう、ネル」
 傍まで来た親友に、オレから挨拶をした。
「ん、おはよ、アクセル。シルキアもおはよっ」
「おはよぉ、ネルちゃん!」

 ニカッと笑う、ネル=エネス。
 オレと同い年の少女。
 この町にいる子どもたちの中で、一番仲がイイ……仲がイイと思っている。

「アンタ、寒くないの? 今日は暑くなりそうだけど、今はまだ冷えるじゃん」
 オレが上半身裸だからこその発言だろう。
 そんなカノジョは、厚地の上着を羽織っている。武骨な造形に、なめし皮という素材のものだ。元は父親が着ていたものだと、初めてこれを着てオレの前に来たときに言っていた。背はオレより少し低く、オレよりも華奢な身には、ぶかぶかだ。
 でも、ぶかぶかだからこそ、あったかそうというか、上着としては相応しいのだろう。
 とはいえ、カノジョの膝下くらいまで丈があるから、動きづらそうではあるが。

「寒いか? オレはそうでもないけどな」
「えぇ~、強がってんじゃないのぉ~」
「強がるかよ、暑いか寒いかなんかで」
「男の子ってすぅ~ぐ、大丈夫っ大丈夫っオレは大丈夫ぅ~って言うからなぁ~。で、失敗して痛い目見るのよねぇ~」
「男の子で一括りにするなよ。オレはそんなダサい格好つけ、したりしねぇし」
「本当かしらぁ~」
「ネルちゃん! お兄ちゃんはカッコイイよ!」
 と、いつもの他愛無い茶化し合いをしていたら、妹が割って入ってきた。
 ネルが不意を食らったように目を丸くし、すぐに、柔らかく笑った。

「ごめんごめん。そうだね。わかってるよ。お兄ちゃんはカッコイイ」
 本心かどうか知らないが、そうでなくても、そう言われると照れ臭い。
「そうだよ!」と、頭をくしゃくしゃ撫でられているシルキアが笑う。
「でも、真面目な話、油断すると風邪引くわよ? 今の時期がいっちばん怖いんだから~」
 季節の変わり目は、体調を崩しやすい。とくに冬から春に変わるときは。常識だ。
「ああ、気を付けるさ。それでも、もし引いちゃったときは、薬、格安で売ってくれ」
「ぅんなことするわけないでしょ。むしろ自業自得なおバカさんには上乗せするわ」

 ネルは、守備隊に勤める父親と、薬草店の経営をしている母親との間に生まれた娘だ。
 薬草店の娘としては、たとえ親友相手でも、大事な商品を軽んじることはできない。
「だったら、これと薬草を交換してくれ」
 肌着で作った袋を軽く掲げてみせる。
「なによそれ……羽?」
 覗き見たネルが顔を顰めた。
「ああ。珍しい鳥の羽なんだぜ? 滅多に手に入らない代物だ」
 嘘と真実を混ぜ合わせた言葉に、ネルが興味を持った。

「へぇ、なんて鳥の羽なの?」
「鶏だ」
「……は?」
 オレを見詰める深緑色の瞳が、攻撃的なものに変わった。
 ふざけてんの? と視線で主張している。

「でも、ただの鶏じゃないぞ。オレが飼ってる鶏だ」
「……はぁ」
 怪訝な、というよりは呆れたように、ネルは溜息を吐いた。
 バカにしている感じが強い。
 オレも、カノジョの立場だったら、同様の態度になっていたことだろう。
 しかし、オレの主張は間違っているわけではない。
 だから堂々と言葉を続ける。
「オレが飼ってる鶏は、この世に二羽しかいない。雄鶏一羽、雌鶏一羽の、二羽だ。その鶏たちからしか採れない羽なんだ、これは。ほかで採れるものではない」

 鳥の種類という意味では、ただの鶏だから、珍しいものでもなんでもない。この町で飼育している人は、ほかにもいる。『アクシク畜産』なんて数十羽も飼っている。
 鳥類の中でも、種として珍しいアオバキジとは、存在としての希少性が違う。
 けれど、このオレ、アクセル=マークベンチが育成している鶏は、二羽しかいない。
 極めて数が少ない、という意味だけで考えれば、間違いなく希少性はある。
 嘘は吐いていない。

「なるほどねぇ。言ってることはわかったわ。でも、私にとっては、鶏は鶏よ」
「オレが育ててるっていうのは、お前にとっては付加価値にならないってことだ」
「そ。一番仲良しの男の子が育ててるってだけの、ただの鶏の羽ってこぉ~と」
 一番仲良しの男の子が育てている。
 それは、人によっては、とんでもない付加価値をもたらすことのはずだ。
 オレだって、大好きなあの人がくれた物だったら、その辺の石ころですら握り締める。
 でも、ネルにとっては、大事な商品と交換できるほどの価値はないようだ。
 っていうかコイツ、好きな異性とかいるのかな。
 いや、今考えることではないか。いてもいなくても、本人の自由だし。

「そうか。残念だ。価値あると思ったのにな」
「アンタ、最近ほんっっっと、商売人っぽくなってきたわよね。今のやり取りだって、くだらないっちゃくだらなかったけど、商売人っぽかったわよ」
 付加価値を見出す。
 それもまた、商売人の基本。
「ありがとう、褒めてくれて」
「いやらしくなったって言ってるんですけどね~」
「それもまた、商人としては誉め言葉だろ」
「……まあ、そうね」
 ムスッと薄い唇をへの字にした、嫌なものでも食べたような表情になった親友。

「――ネルぅ~う! 遊ぶのは終わらせてからにしなさぁ~い!」

 野太い声が響いた。
 洗い場の一角で、大人の男がこっちに右手を挙げている。
 ネルの父親だ。
 オレは深く頭を下げて挨拶をする。向こうもオレだとわかっているはずだから。そんなに礼儀に厳格な人ではないが、親友の家族に無礼な態度をとりたくない。

「今日も学舎行くわよね?」
「ああ。やることもないしな。シルキアも行くよ」
「行くぅ~!」
「そっか。じゃあ、またあとでね」
 再会の約束をして、オレたちは別れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺のスキル、説明すると大体笑われるが、そんな他人からの評価なんてどうでもいいわ

ささみやき
ファンタジー
平凡に生きてたはずの俺は、ある日なぜか死んだ。 気づけば真っ白な空間で、美人のお姉さんとご対面。 「転生します? 特典はAかBね」 A:チート付き、記憶なし B:スキルはガチャ、記憶あり そんな博打みたいな転生があるかよ……と思いつつ、 記憶を失うのは嫌なのでBを選択。 どうやら行き先の《生界世界》と《冥界世界》は、 魂の循環でつながってるらしいが、 そのバランスが魔王たちのせいでグチャグチャに。 で、なぜか俺がその修復に駆り出されることに。 転生先では仲間ができて、 なんやかんやで魔王の幹部と戦う日々。 でも旅を続けるうちに、 「この世界、なんか裏があるぞ……?」 と気づき始める。 謎の転生、調停者のお姉さんの妙な微笑み、 そして思わせぶりな“世界の秘密”。 死んでからの人生(?)、 どうしてこうなった。 ガチャスキル、変な魔王、怪しい美人。 そんな異世界で右往左往しつつも、 世界の謎に迫っていく、ゆるコメディ転生ファンタジー!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...