汗の恋

富士なごや

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 黒々としたアスファルトの上に一匹の蝉の死体が仰向けに転がっていて、いつの間にか蝉時雨も聞こえなくなってしまったなと思ったら、もう夏も終わるのだと実感した。
 だからだろう、今朝読んだネットメディアに書いてあった、冷夏という文字を思い出したのは。記事には、冷夏という文字と共に、八月中の日本各地の平均気温と最高気温が載っていた。今年は日本各地で日照不足が嘆かれるほど降雨が多く、各地の最高気温も平均気温も例年より低かったらしい。

「冷夏」と呟いてみたら、なんだか忌々しくて、反射的に舌打ちをしていた。
 そんな実感、全然ない。
 今年の夏も、どこかへ出掛けるたびに、噴き出る汗と闘って過ごした。ハンカチで拭いても拭いても、一向に落ち着く気配がなく噴き出る汗。一人で買い物をしている時にも、男友達と街中を歩いている時にも、常にハンカチを左手に持って顔や首を拭っていた。
 覚えている。
 そして思い出した。
 そういえば出掛けている間、常にハンカチを手にしている人なんて、周りにはほとんどいなかったことを。常に額や首を拭っていたのは俺だけで、皆、涼しげに街中を歩いていたことを。
 とすると、今年の夏は本当に涼しかったのだろうか。
 それなのに、冷夏なのに、颯爽としている群衆の中、オレが常に湿り気を帯びていたような状態でいたのは、暑がりで汗掻きだからなのか。
 現に今も、身体中が濡れているように思えるほど、汗を搔いている。

「ああー、汗、うぜぇ」
 コンプレックスなんて自分で言うと、なんだか自意識過剰というか、嫌いな部分をわざわざ自分で探してしまうくらい自分が大好きで仕方ないと言っているみたいで嫌だが、人よりも多く汗を搔くことはコンプレックスだ。
 皆も汗を搔いている時に、自分だけいつも少しだけ量が多いとか、止まるまでに時間が掛かるとか、その程度ならコンプレックスにも思わなかっただろう。
 でも、俺は違う。
 友達と一緒にいる時、誰一人汗なんて搔いていないのに、自分だけハンカチで額や顔を拭ったりしていることが、多々ある。
 そういう時には、どうして自分だけ汗を搔いているのか、考えてしまう。そして一度考えてしまうと、周りの視線が気になるようになってしまう。

「アイツ、なんであんな汗掻いてる。ぷぷぷ」

 そう、笑われているように思えてきて、さらに酷くなると、赤の他人だけでなく友達にさえ「なんでコイツ汗掻いてるんだよ」みたいに気持ち悪がっているんじゃないかと思えてしまって、とても恥ずかしくなる。

 どこかへ行くたびに、俺だけが汗を搔いているという状態は、たびたび起きる。
 冬でも起きる。
 一人でいる時にも起きる。
 だからコンプレックスになった。
汗っかきという体質が、オレは嫌で嫌で仕方ない。
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