汗の恋

富士なごや

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 多汗症という病気かもしれない。
 そう考えて、ネットで調べてみたこともあるし、一度病院で診察してもらいたいと親に相談したこともあった。
 でも、一蹴された。
 男のくせに汗っかきとか気にするな、と。
 そういう『男のくせに』とかいう表現は前時代的だからやめた方がいいと反論してやりたいとも思ったが、言ったところでどうせ聞き入れてもらえるわけがないと諦めた。
 オレは物心ついたときから汗っかきがコンプレックスで、それからずっとず~っと、汗っかきと闘い続けている。

                      ※

「汗臭くねぇよな?」
 シャツの胸元を右手で摘まみ上げ、できた空間に鼻先を近付ける。
 嗅いでみると、少し汗臭かった。
 最悪だ。
 今日はこれから、告白するつもりでいるのに。

 坂道の下に着いて、足を止める。
 この坂道を上っていくと、待ち合わせ場所の新出来公園が見えてくる。
 オレはもう一度、さっきのはきっと気のせいだったと願いながら、胸元を嗅いだ。気のせいではなかった。
 汗臭い。

 ボディシートや制汗スプレーを持って来ればよかった。
 でも今朝、支度している時は、緊張でほとんど頭は回っていなかったんだ。
 昨晩【大事な話があるから、明日、新出来公園で会いたい】とLINEを送って、十分後くらいに了承の返事が来たときは、「ひゃっほぉ~~~お!」と思わず自室で叫んでしまったくらい舞い上がった。
 それからは興奮しっ放しで、待ち合わせ時間を決めたりしたあと、面白い動画の話やゲームの話、学校でのこと 等々、学生らしい他愛ないやり取りをしている間も、ドキドキして熱かった。
 もちろん汗もぶわっと出て、部屋の中は普通の人ならきっと汗なんて一滴もかかないだろう適温に保たれていたのに、顎から落ちた雫がポタポタとスマホを濡らすくらいに、オレは汗だくだくのダァダァ状態だった。
 それくらい、興奮していた。
 眠れるわけもなく、徹夜してしまったくらいに。

 ようやく落ち着き始めたのは、朝、日課のランニングを終えた頃だった。
 そして、喜びに浮かれていた心は、今度、緊張でドキドキし始めた。
 ヤバイヤバイヤバイ。告白だってさ。オレ、告白するんだってさ。
 そんな独り言をボソボソ言いながら、自室でグルグルと落ち着きなく歩き回ったりして、とにかくソワソワしっ放しだった。
 だから、しょうがなかった。
 そんな状態では、ボディシートや制汗スプレーを持っていったほうがいいだなんて、考え付けなくたって。
 とにかく丁寧に髭を剃り、顔を洗い、鏡にキスするほど顔を近付けて目ヤニや鼻毛のチェックをして、いつもやっている最低限の身支度を最大限に熟すことで精いっぱいだったんだ。

「……とはいえ、シートとかスプレー使ってたら、告白どころじゃなくなってたから、もう仕方ねぇか。汗ダラダラでやるっきゃない」
 汗っかきのパートナーである、多種多様の制汗アイテム。
 本当ならオレだって使いたい。
 それでこの汗の滝が少しでも鎮まるのなら、最高だ。
 でも、ダメなんだ。
 肌に合わないから。
 市販されているものは一通り試してみたが、どれを使っても肌は痒いどころか痛くなった。
 女性用にも挑戦してみたがダメだった。
 皮膚科に行こうかと悩みもした。何か合うものを処方してくれるかもしれないと考えて。でも、これに関しても、親に一蹴されて、行く気は失せてしまった。「男のくせに肌荒れがどうのこうの悩むんじゃない!」と、親父に怒鳴られた。小中とサッカー、高校大学とラグビー、そして建築会社に勤め、気合や根性で役員にまで上り詰めた親父らしい主張だった。

 通院すれば、何か変わるかもしれない。
 その思いは、今でもある。
 とはいえ、まだ自分は高校生の身分でしかなく、所持金もすべて小遣いで賄っている。そんなに行きたきゃ自腹で行けと言われたら、そりゃあ行くのや~めよってなるさ。だって病院に金払うくらいなら、欲しいもの、あるから。
 もし今日の告白に成功したら、それこそ、デート代やプレゼント代とかでお金は必要になるわけだし……。

 とにもかくにも、オレは制汗アイテムを諦めた。
 これからも、ダラダラ流れる汗を、制御することもできず、生きていく。
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