汗の恋

富士なごや

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 やっぱり自転車で来た。
 でも、学校で何度も見てきたものとは違う。通学用のはシンプルなステンレス色のスクールバイクだけど、今、彼女が乗っているのは深緑色で小ぶりなタイヤのオシャレなヤツだ。休日! プライベート!って感じが強い。
「ふぅぅぅぅう」
 細く、長く、オレは息を吐いた。
 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。
 来ちゃった。とうとう来ちゃったよ。
 めっちゃ緊張してきたぁ~~~~。
 ソワソワする。足元から頭のてっぺんまで、全部の細胞が、隣同士でくすぐり合ってるみたいだ。肌がなんかこそばゆい。落ち着かない。
 汗が一気に噴出する。
 ハンカチで顔や首を拭う。

 道林どうばやしは、正面出入口のところで、自転車から降りた。
 車体を押して園内に入った彼女が歩くたび、左肩から提げている青空色のポシェットが揺れる。
 オレに気付いたらしく、彼女は左手を挙げ、頭上で左右に振った。晒された腋の下が白く光って見えて、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
 汗がドッと湧き出す。
 ハンカチで忙しなく拭うも、まったく追いつかない。

 ノースリーブの白い服に細身のデニムを着ている彼女は、やっぱりオレなんかとは正反対の人間に見えた。汗とは無縁そうで、とても涼しげだ。
 そう思っていたせいか、すぐ目の前まで来た彼女の頬を透明な雫が伝っているのを見て、白い首筋が濡れてるのを見て、不意を突かれた気分になった。
 汗だ。
 汗だ。
 汗だ。
 間違いない。
 道林花緒は汗をかいている。

「こんにちは、藤宮ふじみやくん。待たせちゃった? ゴメンね」
 東屋の、桜の樹の一番近くにある石柱の傍に自転車を停めた彼女は、オレの隣に躊躇することなく腰掛けた。汗ダクダクで、シャツだって間違いなくシミで変色してるだろうし、汗臭くもあるだろうオレの、すぐ隣に。しかも、距離が近い。教室の、隣の席までの距離よりも、近い。こんな距離じゃ、絶対に臭うだろうし、自分が発してるだろう熱気みたいなものを伝わっちゃうかもしれない。

 嫌だ。
 ああ、嫌だな。
 汗臭いって思われてないかな。
 なんかコイツ熱くね?とか思われてないかな。
 嫌な気持ちにさせてないかな。
 汗の勢いがさらに増す。
 もう、ハンカチなんか使ったって、意味ない。

 道林は、きっちり揃えた膝の上にポシェットを置くと、右手でハンカチを取り出した。僅かに左へ傾けた首の筋に、それをトントンと宛がう。
「あっついよねぇ~。汗っかきだから、この時期、きっついんだよ~。もぉ~汗ダラダラで嫌になっちゃう」
「え?」
 思わず、声が出ていた。
 聞き間違いか? いや、でも。
 汗っかきって言った? 道林が? あの道林が?
 信じられない。
 でも、確かに、彼女の顔では、首筋では、雫が光っている。
「ん? なぁに?」
 ジッと見ていたこともあって、彼女に笑いながらそう尋ねられて、ドキッとした。いや、もうドキドキはしてる。ドキドキがさらに高まったというか、さっきからしっ放しでツライ。

 改めて、思う。
 道林のことが本当に好きなんだって。

「藤宮くんも、汗、すっごいね。もしかして汗っかき?」
 汗、すっごいね。
 その言葉は、自分にとってコンプレックスにぶっ刺さるというか、今までは言われたくないことランキングでトップ3に入るくらい、嫌なものだった。
 自分に向けられる汗関連の言葉は、いつだってその語尾に、(笑)みたいな嫌な感情が含まれているようにしか思えなかったから。
 嘲笑が、常に付きまとっているようにしか感じられなかったから。
 でも、今は違った。
 嫌な気持ちにならなかった。
 不思議だ。
 いや、不思議なんてことないか。

 彼女の流しているたくさんの汗が、彼女に悪意がないことを証明している。

「うん。見てのとおりっていうか、オレも汗っかきなんだ」
「そっか。じゃあ、仲間だねっ!」
 仲間。
 嬉しくて、ヤバイ。
 顔、ニヤけそう。
 いや、もうニヤけてるだろうな、絶対。
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