狼憑きと妖精

嘉藤 静狗

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5話

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 ロビンは慌てて尋問室を飛び出すと、探索の風魔法を放った。
 これは大気に混ざった魔力をつてに、対象者の魔力波─魔力を持つ全てのモノが有する、固有の波動─を割り出す魔法だ。ロビンは皇子付きの近衛なので、皇子の魔力波をよく知っていた。
 とは言え、この城はバカみたいに広いし、内部構造は複雑だ。その上、何かとプライドの高い皇子が会場内で倒れる──などと、弱味を晒すとも思えない。つまり、皇子は見つかりにくいところにいる可能性が高いだろう。
 今頃、どこで倒れているかと思うと、ロビンはますます気が急いた。

(上手く医療室まで辿り着けているといいが───)

 だが、先ほど捕らえた男の告げた毒物が、もし本当に使われていたとしたら、それは難しいだろう。
 なにせ氷茸毒は、マイナーな毒だ。
 原料の氷茸の性質上長期保存は望めないし、遅効性。無味無臭の液状ではあるものの、致死量に達するには多量に摂取する必要がある。おまけに加熱すると毒性が消えてしまうので、飲料に混ぜられることが多いのだが、致死量を入れると元の飲み物の味が薄くなり、バレてしまう。なお、水に混ぜると凍る性質がある。
 ゆえに、毒殺には向かないのだ。
 おそらく、城の資料室にある毒物事典には載っているだろうが、解毒薬はすぐには手に入らないだろう。もっとも、なくても量によっては対症療法で改善できる。その程度の毒だ。
 しかし、氷茸毒には一つだけ利点があった。

 それは──暗殺には向いている、と言う点。

 氷茸毒の基本は神経毒。身体の自由を奪い、思考力を鈍らせる。つまり、相手の行動力を制限できるのだ。
 また、氷茸毒の効能で、毒を受けた者は体温が低くなる。それは、氷茸毒の毒素と反応した血液が凝固し、重くなった血流がゆっくりになるからだ。それを上手く利用すれば、殺害時間を誤魔化すことができる。
 そう、氷茸毒は、暗殺の前段階に使用されるのだ。

 もし、暗殺対象が周りに常に人がいる者なら、たとえこの毒をくらっても、後から来た刺客にも対処できる。なので、通常は皇族や高位貴族には使用されない。大抵、皇族は近衛が、高位貴族は専属騎士が付いているからだ。

 しかし、ロビンの主である皇子は違う。

 普段は上手く隠しているが、あの皇子はゆえに、人間不信の気があり、必要以上に人を寄せ付けない。
 ロビンが重んじられているのは、偶然と努力の結果─と、おそらく脳筋思考─のお陰だが、裏を返せばロビン以外の騎士は、たとえ己の近衛だとしても、信はしているらしいが信されていない。
 そんな皇子のことだ。毒を受けた今は、絶対一人に違いない。夜会に伴った騎士なんぞ、撒いてしまっているだろう。



(───っ、見つけた!)

 反応があったのは、高位貴族用の客室のある区画。夜会の会場から医務室まで最短のルートの途中だった。すでに毒が回って動けなくなったのか、移動している様子はない。
 間に合ってくれ!その一心で、ロビンは駆け出す。全力を出したため、特注のスーツがギシギシと悲鳴を上げるが、そんなことは気にしている暇はない。
 近づくにつれ、居場所がより鮮明に判明する。……どうやら、室内にいるようだ。そして、近くには人がいる。

(あの、部屋か───っ!)

 ロビンは走ってきた勢いそのままに、ドアを蹴破り魔法を構える。……この時、音がしないことに気づかなかったのがいけなかった。

「殿下!ご無事でs「ぅるっさいわ!ロビンのあほ!変態っ!」───んぶほぉ!?」

 入ると同時に顔面に飛んできたのは柔い枕であった。
 殺傷能力も害意も無いそれに気づかず、クリティカルヒットを食らったロビンは、一瞬よろめき──少し冷静になる。それから、再び顔を上げると、そこにはあり得ない光景があった。

 それは、完全無防備になったアルエットと、その太腿を枕に眠る皇子の姿。

 憐れ脳筋ロビンの頭は、瞬時にショートし、思考放棄しそうになった。

「ア、アルエット……?おまっ一体、何を」
「はぁ~?『何を』じゃないわよ、あほロビン!なんも言わないで、会場に私を放置して!未婚女子が夜会でボッチとか、私じゃなきゃ危険しかないっての!お ま け に !この人、あなたの部下だか友人だか知らないけど、ノロマ過ぎ!ついでに、私とあなたを間違えてくれやがったんだけど!?何?普段は女装でもしてるの?仕事中に女騎士ごっこでもしてるっての!?だとしたら引くわー、女装好きは否定しないけど、身も心も脳筋男の兄貴には似合わん!せめて腕と脛その他諸々の無駄毛を処理してから出直せ!バカヤローッ!!」

 アルエットに事情説明を願ったら、何故か一気に罵倒されたロビン。
 ふと時計を見れば、すでに十一時半近く。どうやらこの妹は、すでに眠気が限界まできているようだ。……あと、もしかしたら珍しく酒に酔ったのかもしれない。普段は酒に強いアルエットだが、眠くなると酔いが来ると言う癖があるのだ。

 何にせよ、運が良かった。
 アルエットが触れたのなら、皇子はもう大丈夫だ。おそらく、お人好しな彼女のことだから、解毒まで済んでいるのだろう。ロビンは安堵した。
 ……ただ、この誤解だけは解かねばならない。

「アルエット、落ち着いてよく聞け。……取り乱してくれるなよ?」
「……はぁ、何よ。別に、私が二十人騒ごうと、防音結界で周りには聞こえないけど?」

 それは丁度いい──そう思いつつも、ロビンは、少し憐憫を込めた視線をアルエットに送る。知らなければよかった、なんて言うだろうな、とも。

「お前の膝枕で眠るそのお方は、私の主───つまり、皇子殿下だ」
「……は、いぃ?」

 訪れる沈黙。圧倒的静寂が漂う、空間。壊れたドアから、僅かに冷たい風が入る。
 それがたっぷり一分続いた後、状況を理解したらしいアルエットの口から、甲高い悲鳴が上がった。
 さすがの魔法で外に音が漏れることは無かったが、至近距離で浴びたロビンは遠い目をしていた。
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