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第1章 『最初の街』編
とあるギルマスの憧憬
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大して珍しくもない黒目黒髪に、ローブの上からでも分かる小柄で華奢な体躯。俺が現役の頃なら、一撫でで吹き飛ばせそうなほどに頼りない見た目の子ども。
そのくせ、瞳に宿る光からは、どこか老練したようで、それでいて無垢で無邪気な──そんな、混沌とした気配が窺えた。
絶対に只者じゃない。
ギルドマスターとして、その前には冒険者として培ってきた勘が、そう訴えてくる。
そして、果たしてそれは当たっていた。
「お父さん。さっきの子、何もしないで行っちゃったけど、いいの?」
「……シグネか。大丈夫だ、お嬢なら」
カウンター裏の私室で少し休んでいると、心配した娘が入ってきた。……この子は妻に似て美人だが、性格はどうも俺に似たらしく、好奇心が強く物怖じしない。
だから、冒険者が集うギルドで受付嬢なんか出来るわけだが。
「お嬢……あ、女の子なのね。あの子」
「あぁ」
……いや、たぶんだが……お嬢──ハルア・キラ嬢は、女の子なんて年ではないと思う。まぁ、妻に女性の年齢の話題に関しては口酸っぱくして言われているから、敢えて言及はしないが。
そう言えば、初めに会ったときも普通に酒を呑んでいた。ギルドの酒用グラスは、未成年者が持つと強烈な静電気が流れる仕組みになっている。なら、少なくとも娘よりは上だろう。
「でも、あの子。普通の子じゃないよね。
……何て言うのかな。雰囲気がちがうの」
さすが俺の娘、鋭いな。
俺も驚いたが、ハルア・キラ嬢は《使命職》持ちだった。しかも、二つ。さらに言えば、世界に一人ずつしか現れないと言われる『勇者』と『聖女』だ。
……もっと言うと、本人に自覚がなかったのが驚きだったが。
元々、初めて見かけたときから高位の魔導師なのだろう、と思っていた。
それらしいローブを着ていたし、なにより彼女からは魔圧を感じていた。抑えてもなお、滲み出ているような魔圧を。
にも拘わらず、彼女は足技だけで小スライムを倒したと言う。冗談か空耳かと思ったが、本人はいたって当たり前のような態度のまま。もちろん、俺は混乱した。
その上、翌日には一人で戦略級魔法を使って、挙げ句ケロリとしてる。魔圧にも、一切の揺らぎもなかった。
俺は、彼女のあまりの潜在能力の高さに、戦慄するよりまず嫉妬を覚えたものだ。
数年前まで、俺はAランク冒険者《水虎》としてそれなりにやっていた。冒険者の多い《アトラスヴィル》でも、名の売れた方だった、と言えるぐらいには。
だが、ある日。
とある護衛依頼の際に、運悪く四天王の一体と出会してしまった。
その場にいた冒険者の中で一番クラスが高かった俺。
護衛対象を一緒に依頼を受けていた奴に任せて、自ら殿を請け負った。時間を稼ぐために、必死に戦い、足留めし──結果、腕を壊して冒険者を続けられなくなった。
一時期は、相当に荒れた。……妻がいなければ、犯罪に走っていたかもしれないほどに。
そんな俺を見かねたのだろう。親代わりのように俺を育ててくれた先代のギルドマスターは、俺にその座を譲った。まだ元気で、常々生涯現役を宣言していたのに、だ。
ギルドマスターの仕事は、想像以上に忙しかった。だが、お陰で俺は冒険者を続けられなくなった悲しみやら恨みやらを、一時的に忘れることができたのだ。……その頃には、仕事にやりがいを覚えるようになっていた。
それでも、時折どうしても冒険者時代を思い出してしまう。
自分の腕一本で妻子を養い、自身の実力だけで生活していたあの頃。危険と隣り合わせだったが、だからこその高揚感もあった。戻れるなら、また戻りたい。
いや、そもそも。
───俺が、『勇者』だったら……。
もし、『勇者』だったなら。四天王を相手に戦ったとしても、俺は今でも冒険者を続けられていたかもしれなかった。
それだけではない。もし《魔圧》討伐を成し得れば、一生働かずとも、妻を娘を幸せに出来たかもしれないのだ。それだけの栄誉はある。
だが、現実は非情だ。
俺は何の《使命職》も持っていない、ただ腕っぷしが強いだけの男。それゆえに、望みは絶たれたのだ。
だから、彼女が《使命職》持ち──それも『勇者』であることに、嫉妬した。
望んでも手に入らないものを、気づかぬうちに持っていた、ハルア・キラ嬢。……きっと、誰だってそうだろう。
でも、その気持ちを直接ぶつけることなく、彼女に向き合えたのは、やはりあの不思議な双眸のお陰だろう。
色味は、よくあるような……限りなく黒に近い、焦げ茶。しかし、その中には強い『自由』への渇望が窺えた。同時に、『死』への恐怖も。
ふと、それに気づいたときに思ったのだ。
───あぁ、こんなヒトでも。
───当然のように、『生』への執着があるのか。
いつか物語に謳われるような英雄だって、きっと人間には変わりなかったのだ。
俺は、彼女のその人間臭さに、妙な親近感を覚えた。
そして、諦念と憧憬を知ったのだ。
《使命職》は生来のもので、俺がこの先手にいれることは叶わない。また、身体を壊しているので、冒険者にも戻れやしない。
だからこそ、どうかと願う。
俺のように、焦がれても叶わないと諦めた先達に代わって。
どうか『勇者』としての使命を、果たしてほしい。
それが、このどうしようもない憧れを昇華させる、唯一の方法だと思うのだ。
──だが、ギュミルは気づいていなかった。
口封じに足を踏んだことを詫びた、ハルア・キラこと勇谷 清明が、彼にかけた【水】の回復魔法。
それが、彼女が慌てていたせいで、勢いがつきすぎて、ギュミルの怪我を全て治してしまったことを。
つまり、彼の腕は……既に、何の問題もなく動かせることを、ギュミルはまだ知らない──。
そのくせ、瞳に宿る光からは、どこか老練したようで、それでいて無垢で無邪気な──そんな、混沌とした気配が窺えた。
絶対に只者じゃない。
ギルドマスターとして、その前には冒険者として培ってきた勘が、そう訴えてくる。
そして、果たしてそれは当たっていた。
「お父さん。さっきの子、何もしないで行っちゃったけど、いいの?」
「……シグネか。大丈夫だ、お嬢なら」
カウンター裏の私室で少し休んでいると、心配した娘が入ってきた。……この子は妻に似て美人だが、性格はどうも俺に似たらしく、好奇心が強く物怖じしない。
だから、冒険者が集うギルドで受付嬢なんか出来るわけだが。
「お嬢……あ、女の子なのね。あの子」
「あぁ」
……いや、たぶんだが……お嬢──ハルア・キラ嬢は、女の子なんて年ではないと思う。まぁ、妻に女性の年齢の話題に関しては口酸っぱくして言われているから、敢えて言及はしないが。
そう言えば、初めに会ったときも普通に酒を呑んでいた。ギルドの酒用グラスは、未成年者が持つと強烈な静電気が流れる仕組みになっている。なら、少なくとも娘よりは上だろう。
「でも、あの子。普通の子じゃないよね。
……何て言うのかな。雰囲気がちがうの」
さすが俺の娘、鋭いな。
俺も驚いたが、ハルア・キラ嬢は《使命職》持ちだった。しかも、二つ。さらに言えば、世界に一人ずつしか現れないと言われる『勇者』と『聖女』だ。
……もっと言うと、本人に自覚がなかったのが驚きだったが。
元々、初めて見かけたときから高位の魔導師なのだろう、と思っていた。
それらしいローブを着ていたし、なにより彼女からは魔圧を感じていた。抑えてもなお、滲み出ているような魔圧を。
にも拘わらず、彼女は足技だけで小スライムを倒したと言う。冗談か空耳かと思ったが、本人はいたって当たり前のような態度のまま。もちろん、俺は混乱した。
その上、翌日には一人で戦略級魔法を使って、挙げ句ケロリとしてる。魔圧にも、一切の揺らぎもなかった。
俺は、彼女のあまりの潜在能力の高さに、戦慄するよりまず嫉妬を覚えたものだ。
数年前まで、俺はAランク冒険者《水虎》としてそれなりにやっていた。冒険者の多い《アトラスヴィル》でも、名の売れた方だった、と言えるぐらいには。
だが、ある日。
とある護衛依頼の際に、運悪く四天王の一体と出会してしまった。
その場にいた冒険者の中で一番クラスが高かった俺。
護衛対象を一緒に依頼を受けていた奴に任せて、自ら殿を請け負った。時間を稼ぐために、必死に戦い、足留めし──結果、腕を壊して冒険者を続けられなくなった。
一時期は、相当に荒れた。……妻がいなければ、犯罪に走っていたかもしれないほどに。
そんな俺を見かねたのだろう。親代わりのように俺を育ててくれた先代のギルドマスターは、俺にその座を譲った。まだ元気で、常々生涯現役を宣言していたのに、だ。
ギルドマスターの仕事は、想像以上に忙しかった。だが、お陰で俺は冒険者を続けられなくなった悲しみやら恨みやらを、一時的に忘れることができたのだ。……その頃には、仕事にやりがいを覚えるようになっていた。
それでも、時折どうしても冒険者時代を思い出してしまう。
自分の腕一本で妻子を養い、自身の実力だけで生活していたあの頃。危険と隣り合わせだったが、だからこその高揚感もあった。戻れるなら、また戻りたい。
いや、そもそも。
───俺が、『勇者』だったら……。
もし、『勇者』だったなら。四天王を相手に戦ったとしても、俺は今でも冒険者を続けられていたかもしれなかった。
それだけではない。もし《魔圧》討伐を成し得れば、一生働かずとも、妻を娘を幸せに出来たかもしれないのだ。それだけの栄誉はある。
だが、現実は非情だ。
俺は何の《使命職》も持っていない、ただ腕っぷしが強いだけの男。それゆえに、望みは絶たれたのだ。
だから、彼女が《使命職》持ち──それも『勇者』であることに、嫉妬した。
望んでも手に入らないものを、気づかぬうちに持っていた、ハルア・キラ嬢。……きっと、誰だってそうだろう。
でも、その気持ちを直接ぶつけることなく、彼女に向き合えたのは、やはりあの不思議な双眸のお陰だろう。
色味は、よくあるような……限りなく黒に近い、焦げ茶。しかし、その中には強い『自由』への渇望が窺えた。同時に、『死』への恐怖も。
ふと、それに気づいたときに思ったのだ。
───あぁ、こんなヒトでも。
───当然のように、『生』への執着があるのか。
いつか物語に謳われるような英雄だって、きっと人間には変わりなかったのだ。
俺は、彼女のその人間臭さに、妙な親近感を覚えた。
そして、諦念と憧憬を知ったのだ。
《使命職》は生来のもので、俺がこの先手にいれることは叶わない。また、身体を壊しているので、冒険者にも戻れやしない。
だからこそ、どうかと願う。
俺のように、焦がれても叶わないと諦めた先達に代わって。
どうか『勇者』としての使命を、果たしてほしい。
それが、このどうしようもない憧れを昇華させる、唯一の方法だと思うのだ。
──だが、ギュミルは気づいていなかった。
口封じに足を踏んだことを詫びた、ハルア・キラこと勇谷 清明が、彼にかけた【水】の回復魔法。
それが、彼女が慌てていたせいで、勢いがつきすぎて、ギュミルの怪我を全て治してしまったことを。
つまり、彼の腕は……既に、何の問題もなく動かせることを、ギュミルはまだ知らない──。
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