魔界カフェへようこそ

☆王子☆

文字の大きさ
8 / 8

帰省

しおりを挟む
 突然、聖夜は腕を強くひかれた。何事かと閉じていたまぶたを開くと、汽笛と警報器の音とともに、電車が勢いよく通りすぎた。
「お前、何やってるんだ !」
 中年の男が聖夜の腕を力強くつかみ声をあげた。四十歳ほどの黒縁メガネをかけたさえない男だ。
 聖夜は状況がのみこめず、目だけを動かしあたりを見渡した。空には数えきれないほどの星が輝き、黄ばんだ街灯がついたり消えたりしながら夜の暗闇を照らしている。ここは飛び込み自殺をしようとした踏切の前だ。
 蒸し暑い空気の中、なま暖かい風が吹いた。体の熱が上がっていくのを感じる。どうやら元の世界に戻ってきたようだ。
 聖夜はとたんに魔界が恋しく思え、お地蔵様へ目を向けた。ところがそこにお地蔵様の姿はなかった。聖夜は男の手を振り切り、踏切の前へと駆けよったが、どこを探しても見つからない。確かに踏み切りの隣に設置されていたはずだ。
「ここにあったはずなのに … …。あの、ここにお地蔵様ってありましたよね ?」
「お地蔵様 ?  知らないな。ところで、お前、どこの生徒だ? 名前は ?」
 聖夜の行動を不思議そうに見ている男の前でこれ以上、魔界のことを散策することはできない。頭がおかしいと思われるだけだ。仕方なく聖夜は男に向き直った。
「東中央中学の望月聖夜です」
「東中央か … …。俺は西沼中学校の教師、柳だ」
 西沼中学校といえば隣町の学校だ。しかし目の前にいる男はどう見ても教師には見えなかった。上下、黒のスウェットにサンダル履き。髪はぼさぼさで少しヒゲも生えている。教師というより不審者にしか見えない。
 一歩身を引き警戒する聖夜をよそに柳と名乗る教師は伸びた前髪を手で払うと、瞳をぎらつかせ近づいてきた。
「こんな時間に電車に飛び込もうとして、一体何があったんだ」
 電車に飛び込んだつもりはない。むしろ魔界から戻ってきただけだ。しかしそれを言っても信じてもらえないだろう。
 そこで聖夜は時間と日付を柳に聞くと、あと十分程度で深夜十二時になろうとしていることがわかった。それに日付は電車に飛び込んだ日と同じということも判明した。多少の時間のずれはあったものの、電車に飛び込んだ日にさかのぼっているようだ。
「それで、一体何があったんだ ?」
 柳は刺すような眼差しで聖夜を見ている。
「もしかして、いじめ … …か ?」
 柳の一言に聖夜は無言で小さくうなずいた。
「そうか。いつもと違う道を通ってきてよかった。あと少し遅かったら、本当に電車にひかれていたぞ。とにかく家族に連絡しよう」  
 そう言われ聖夜はポケットに手を入れ、携帯電話を取り出した。しかし画面が割れていて使いものにならない。そこで柳は乗ってきた自転車を押しながら聖夜を家まで送ってくれることになった。
 その帰り道、聖夜はどんな風にいじめられていたのか、すべてを柳に話した。いざ話し始めると、とめどなく言葉があふれ出てきた。それでも聖夜は話すことをやめなかった。ここで話さなければ何も変わらないと感じたからだ。柳は唸り声を上げながら真剣に聖夜の話しに耳を傾けているようだった。
 家に着くと心配した家族が全員玄関に集まっていた。柳は玄関先で聖夜がいじめられていることや電車に飛び込もうとしていたことをつぶさに話し始めたのだ。そのことに両親はひどく驚いたようで、その場で柳と話し合いが始まった。
 聖夜は夜も遅いことから、寝室に入って休むように言われた。祖母につきそわれ家の奥に入ろうとしたとき、聖夜は柳に声をかけられた。
「何かあったらここに連絡をしなさい。学校は違うけど、いつでも相談にのるからな」
 聖夜は柳から連絡先が書いてある紙を渡された。それから聖夜は寝室に入ると、持っていたこんぺいとうを口に入れベッドに寝ころんだ。
 湿り気のあるじっとりとした暑さが漂っていたが、Tシャツは不思議と汗くさくない。むしろ優しい石鹸の香りがしていた。何とも心地のいい香りの中、聖夜は布団もかぶらず眠りについた。

 それから週間がたち、もうすぐ夏休みが終わろうとしていた。ところが聖夜はすがすがしい気持ちでいっぱいだった。次の学期から隣町の西沼中学校に転校することが決まったからだ。
 新しい学校に入学する、ということに戸惑いと緊張もあったが、ひとまずこれでいじめられずにすむと思うと心が軽かった。それに担任が柳ということも聖夜を安心させた。柳なら何でも相談ができたからだ。
 それにこの夏で聖夜に大きな変化があった。柳が剣道教室を開いているということを知り、そこへ通うようになったのだ。
 以前は暇ができれば携帯電話をいじっていたが、今では竹刀を握りたくて仕方なかった。剣道教室へ通っている間に西沼中学校の生徒の友人もできたし、何より体を動かし汗を流すことが楽しかったのだ。

 夏休みも残り数日。夕方の四時を過ぎているというのに、強い陽ざしが照りつけている。聖夜は剣道教室に通うためのスポーツバッグを担ぎ、板の間にやってきた。
 祖父がうちわを仰ぎながらスイカを食べている。そこに猫が三匹ほど、床や石の冷たい上で横になっていた。
 まだ剣道教室に行くまでに時間がある。聖夜は祖父の隣に座った。
「僕もスイカ、食べてもいい ?」
「はい、どうぞ」
 祖父はスイカがたくさん乗った皿を差し出してきた。聖夜は一番大きなスイカを手に取り赤く熟れた果肉にかぶりついた。口の中に豊富な水分と甘みで満たされ、のどの奥に消えていく。とても美味しいスイカだ。
 スイカに夢中になっているとやけに熱い何かが足にまとわりついてくるのを感じた。スイカの種を吐きながら、足を見てみると黒猫が頭をこすりつけていたのだ。右に折れた小さなしっぽを震わせている。見なれない四匹目の猫だ。
 聖夜はやけに甘えてくる黒猫の頭をなでると、のどを鳴らしひざの上に飛び乗ってきた。
「この猫、赤い首輪ついてる。和柄だ ……」
「じいちゃんが買ってきたんだ。似合ってるだろ」
「でも、こんな猫、うちにいた?」
「最近、転がりこんできた野良なんだ。それが可愛くて。でもお母さんとおばあちゃんには内緒だぞ。怒られちゃうから」
「うん、わかった。内緒にしておくよ」
 黒猫の背中をなでると、喉を鳴らし目を閉じた。
「黒助は特別なんだ。こいつは頭がいいし、じいちゃんの言葉がわかるんだぞ」
「そうなの ?」
「ちょっと見てなさい」
 そう言って祖父は黒助の前に手を出した。
「おて、ほら、おて」
 祖父の言葉に黒助は薄ら目を開くだけだ。
「おかしいな、いつもやるのに」
 何度もやってみせる祖父に聖夜は笑っていた。
「そういえば、どうして黒助って名前なの ?」
「黒いから」
「そんな理由なの ?  男の子だったらもっと格好いい名前の方がいいよ」
「いや、こいつはメスだ」
 聖夜は思わず食べていたスイカを吐き出しそうになった。
「なにそれ、変なの。僕の名前も人のこと言えないけど」
 そう言いながら黒助を見るときらきら光る目で聖夜を見上げている。
「君は黒助っていうんだね」
 話しかけると黒助は満足そうな顔をしながら一声鳴いた。本当に人の言葉がわかっているかのようだ。
 のんびり過ごしている聖夜だったが壁に掛けてある時計を見た瞬間、血相を変えた。いつの間にか時計の針が五時を指そうとしていたからだ。
「うわ、やばい ! 練習に遅れちゃう」
 聖夜はあわてて立ち上ると、準備しておいたスポーツバッグを持って廊下を駆けだした。
「じいちゃん、行ってきます」
「気をつけて行っておいで」
「うん、わかった」
 聖夜はとめてある自転車にまたがり、まだ強く照りつける陽ざしの中、力強くペダルをこいだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です* 最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

処理中です...