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クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねぇセカンド(?)ライフ(10)

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 “フェルシュルグ”を終わらせたからか、それとも『俺』が産まれた時の祝福の言葉のせいか。
 理由は分かんねぇが、こうやって子供の豹になった俺は意外にもこの世界を受けれていた。
 ホント、あんだけ『日本』に帰る事だけを考えてたってのに、どーいう事だか分かんねぇけど今、俺は別に帰れない事に絶望感を感じてねぇんだ。
 もしかしたら……俺が『日本』に拘っていたのは唯一の故郷としての意識ってよりも、世界を受け入れる事は出来ねぇっていう意識が先だったのかもしんねぇ。
 そりゃ今でも帰れるなら帰りたいと思わなくもない。
 ただ前みてぇにぜってぇに帰りたいとはならなくなった。
 だからか、死にてぇとも考えなくなった。
 いや、これは結局死んでも帰れる訳じゃねぇと証明されたせいかもしんねぇけど。
 
 どんな理由だろうと『俺』は黒豹の姿でこの世界に生きる事を受け入れた。
 瑠璃の――アイツが俺を『黒いの』と言うから俺も名前を呼ばず『瑠璃の』と呼ぶ事にした。最初は紺色とか銀色と言ったが「紺色じゃなくて瑠璃色だし、銀色はアンタもじゃん」と言われてこれに落ち着いた――に拾われた俺は一応そのまんま瑠璃のの所に身を寄せている。
 今の俺は【魔獣】って言えば良いのか? 何てぇか知性を持つ魔物みてぇな存在なんだが、本来は主従契約を結んで【使い魔】になる事で人と共に生きていく事が許される存在だ。
 とは言え、俺は『地球』の記憶と知識を持つから少しちげぇんだよなぁ、と思っている。
 瑠璃のも同じ意見なのか、俺に契約を迫って来なかった。
 今の俺と瑠璃の関係は魔力を供給する代わりに困りごとに対して手を貸す程度の関係だ。
 別に俺が他の奴と契約を結ぶ事は可能だし、瑠璃のが俺を屋敷から放り出す事だって問題無い。
 その場合俺がどうなるかはわかんねぇけど、それを気に病むような神経はしてねぇだろ。
 俺と瑠璃のは決して仲間じゃねぇ。
 瑠璃のは俺が嫌いだし、俺だって瑠璃のが気に食わねぇ。
 『同胞』として、更に言えば魔力を供給する関係だからか、俺等は前以上に互いを理解している。
 御蔭で気に食わねぇ部分も見えてくるって訳だ。
 瑠璃のは例え違う出逢い方をしても深い交流関係を築けるかどうかは分からない、と言ったが、全くもってそうだと思った。
 完全に繋がりを途切れさせる事は無くても、互いを理解するためには乗り越えないといけねぇ壁が幾つもある、って感じだった。
 壁を乗り越えるのが先か、それとも関係を断つのが先か……後者の可能性も低くねぇと思った。

 今は此処を去る理由がないから一緒に居るって奴だ。
 一面を見ただけで全部を嫌いになる程餓鬼でもねぇが、幾つかを妥協してまで共に居たいと思うかは今後の行動次第だ……お互いに、な。
 
 とは言え、俺はこのつかず離れずの関係も悪くねぇと思ってんけど。

 俺が黒豹となり、瑠璃の影に居候し、ラーズシュタイン家に出没し馴染んだ頃、タンゲツェッテがやって来た。
 ってかまだ弁解にも来てなかったのかよ、と思わず突っ込んじまった。
 瑠璃のもマリナートラヒェツェの行動の遅さに呆れている感じだった。
 もう雰囲気が完全に「いまさら?」って言ってたぜ、アレ。
 それにも気づかねぇタンゲツェッテは貴族社会ではとってもじゃねぇが生きてけねぇと思う。
 今回の事が無くてもタンゲツェッテが継いだら早々にとんでもねぇ事しでかして家ごと潰れてたんじゃねぇか?
 早いか遅いかって奴だったと思うぜ。

 タンゲツェッテに対応したのは瑠璃のとオニーサマだった。
 ダンナサマが出しゃばらねぇのは信頼か、出る程じゃねぇという奴か。
 どっちでもいいんだけどよぉ……全くもって問題なかった訳だし。

 これは俺の想像だが、タンゲツェッテは瑠璃のに関して言えば本気だったのかもしれねぇと思っている。
 家を乗っ取るためだけに自分に惚れさせたのではなく、心を欲していたように見えたんだ。
 ただし一目惚れっぽいからな、正確に言えば瑠璃の、というよりも記憶が蘇っていねぇ令嬢サマに、だと思うんだ。
 瑠璃のにしてみれば綺麗に混ざり合ったみてぇだから、別として分ける事は出来ねぇ、んだが。
 傍から見れば豹変レベルでちげぇんじゃねぇかと思う。
 俺は瑠璃のしか知らねぇけど。
 
 我が儘令嬢サマの演技すらしなくなった素の瑠璃のにタンゲツェッテは翻弄されていた。
 ってか完全に気迫負けしてやんの。
 表情は強張るは青ざめるは、最後には言葉も出なくなって弁解すら出来なくなってやがった。
 ざまぁみろ、と思う程度には俺もタンゲツェッテには手を焼いた訳だが。

 ……ただ、少し気になったのはアイツが俺の事――フェルシュルグ――を尋ねた事だった。
 タンゲツェッテはフェルシュルグが死んだ事は把握していた。
 が、フェルシュルグの墓の場所は知らなかったらしく聞いてきた。
 あんだけ平民風情と蔑み、能力を搾取していたアイツが、死んでなお俺を利用して身を守ろうとしたアイツが、フェルシュルグに欠片でも気をやる。
 有り得ねぇ質問に瑠璃のすら訝し気な様子だった。
 俺は「骨も入ってねぇ墓に何の用事なんだか」と思った。
 別にフェルシュルグはタンゲツェッテから何も貰ってねぇし、死んだ時はほぼ身一つだった。
 着ていたモンなんかは一緒に焼き尽くされて灰すら残らなかった訳だし、残った勾玉風の球体は俺の核になったっぽいし。
 名前すらマトモに覚える気が無かった奴の唐突とも言える質問に俺も瑠璃のもオニーサマも意味が分からなかった。
 一応瑠璃のが適当にあしらっていたが……ほんとーに何だったんだ?
 後で瑠璃のに「アンタ、地味に交流でもあったの?」とか聞かれたくれぇだし。
 いや、全くねぇよ。
 主従関係もねぇし、交流と言えば、アイツの一方的な自慢話とか平民こけおろしとか、そんな事を聞いただけだぜ?
 俺の方からは個人情報の欠片も話してねぇし。
 
 タンゲツェッテについて意味が分からなかったのはそれくれぇだった。
 まぁ大した事じゃねぇし、フェルシュルグが死んだ事には違いねぇから問題はねぇだろ。
 俺も含めて誰も全く気にしてねぇしな。

 マリナートラヒェツェ家はお取り潰しを免れた。
 が、これはどっちかと言えば慈悲じゃねぇ。
 見せしめにちけぇ。
 今すぐ当主を交代するにはタンゲツェッテが若すぎるからって理由で当主の座に未だに座ってる当主と今後茨の道が確定していてもそれ相応の歳になったら家を継がねぇといけねぇタンゲツェッテ。
 憐れと思うよりもざまぁとしか思わねぇけどな。
 
 貴族サマらしくねぇと思っちまうラーズシュタイン家の奴等だが、そーいう面を見ると、コイツ等も貴族だよなぁ、と思う。
 むしろギャップで怖さが増しそうだ。
 
 貴族サマも大変だねぇ、と考えるのは、今の俺が黒豹であり、そーいう事に全く関わらず生きていけるせいかもしれねぇ。
 ま、他人事って奴だ。
 黒豹の俺は気ままに瑠璃の影に潜み、時にラーズシュタイン家の何処かで昼寝でもして過ごしている……時折瑠璃のに恨めしそうに見られてっけど、仕方ねぇよな。
 人間であるフェルシュルグの死を止められなかったんだから諦めろって奴だ。
 言ったら、良い笑顔でモフられたからもー言わねぇけど。
 黒豹『黒いの』の俺はこうして気ままな黒豹ライフを楽しんでいた。
 




 眼を開けると、瑠璃のが相変わらず俺に背を向けて何かをやっていた。
 時間は……んなにたってねぇみてぇだな、多分。
 瑠璃のは俺が目を覚ましても相変わらず振り返る事は無かった。
 
 今の所他所に行く気もねぇ俺は瑠璃の事を見極めてやるって名目で行動を共にしている。
 別に瑠璃のを害するつもりは今の所ねぇけど。
 前みてぇにひねくれた執着心はほぼ満たされて、残滓が漂っているだけだ。
 フェルシュルグと一緒にアレは燃え尽きた。
 今の俺は『同胞』の行く末が気になる傍観者的な位置付けだ。
 主従契約は今の所の結ぶつもりはねぇし。
 嫌いっちゃ嫌いだが、別に不幸なれ、とか、どうにかなっちまえ、とは思ってねぇ。
 コイツムカつくとかは、まぁ思うけど、その程度だ。
 ダチって言うには気に食わない事が多い気もすんだけどよ。
 
 何時か……何時か、気に食わねぇけど仕方ねぇか、と思う日が来るのかもしれねぇ。
 その可能性を今の俺は否定出来ない。
 俺が愛想つかして出ていくか、瑠璃のが嫌気がさして放り出すか……何だかんだで悪友みてぇな位置付けになるか。
 そんな選択肢が出来た時点で驚きだよな。
 フェルシュルグであった時代には思いもよらねぇ結末だった。
 が、案外悪くねぇと思ってる自分に一番驚きなんだよなぁ。
 
 俺は仮名『黒いの』
 黒豹で瑠璃のとはビジネスライクな関係だ。
 それ以上の関係の構築をするかは今後不明。
 互いに気に食わない、ムカつくと言いながら、何だかんだで共に行動する、この距離感を取りあえず継続中。
 案外この世界も悪くねぇとチラっと思う所、我が事ながらチョロイと思わなくもねぇ。
 けど、これが俺の異世界生活って奴なのかもな。

 変わらない体勢の瑠璃のの背を見てたらまた眠気が襲って来やがった。
 俺は「今日は何処かに行く予定もねぇしいっか」と思いつつ再び寝る体勢になる。

「(何時か、名前呼ぶような関係になるのも悪くねぇかもなぁ――ま、何時かの話なんだけどな)」

 俺は微睡みに落ちていく中、そんな事を考えた。

 下らねぇ事を言いながら、それでも『同胞』の行く末を見守りつつ、ダチみてぇな関係で共に歩んでいく。
 まぁ瑠璃のが俺を受け入れるかは分かんねぇけど、それは俺だって同じだしな。
 そうやって喧々諤々やりつつ関係を築いていくのも悪くねぇよな。

 そんな日が案外すぐ来るかもしんねぇなと思いつつ、俺は再び眠りの中に落ちていった。

 意識が完全に落ちる直前「案外この距離感も悪くないかも、ね。我ながらチョロイ気がするけど」という瑠璃のの声が聞こえた気がしたが、それを確認する前に俺の意識は完全に落ちたのだった。

 俺の黒豹ライフは何だかんだで上手く進んでいくようである。


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