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嵐の前の賑やかな日常(2)

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 苦無を試作だとしても流石に直ぐに作る事は出来ないから私は再び課題の練習と言う事でナイフを錬成する事に。
 一騒動の御蔭で気晴らしも出来たし……御蔭、だよ?

 材料の面で問題ない時「私は貴族令嬢なんだなぁ」と改めて思う。
 後自由にさせてくれる家族に感謝の念も沸く。
 自由と放置は似てるけど、実際別物だもんねぇ。

 数度の練習を経て私は一番出来の良かったモノを隠し武器として持ち込む事にした。
 ナイフをおさめるホルダーのつける場所を考えつつナイフを持っていると黒いのが何ともいえない視線を感じた。
 
「そういやよー。すっげー今更だけど、城に武器なんぞ持ち込んで大丈夫なのか?」
「ん?」
「普通王城ってのは警備が頑丈で武器の持ち込みなんぞ禁止とかじゃねーの? オマエの場合オージサマと会うんだし、余計に」
「あ、そういう事か」

 黒いのの疑問は最もだった。
 登城するだけならば武器の持ち込みは問題ないかもしれない。
 けど私やお兄様の場合王族に会うのだ。
 武器の携帯を咎められる可能性は無くも無い。

「私も少しは思ったけど、実際問題ないみたいだよ? 魔法に関しても移動系の魔法以外は基本的に使えるし、スキルも自由に使えるみたいだし」
「結構てきとーなんだな」
「と言うよりも城の敷地内に訓練場もあるし魔法の修練場も研究所もあるから禁止に出来なかったんじゃないかな?」

 魔法を使っての訓練もあるし、レベルを上げるために回数を熟す必要があるし、スキルを習得するための条件である可能性もある。
 騎士達が訓練する訓練場の他に魔法の訓練をするための訓練場もあるし、敷地内に魔法やスキルの研究所も存在する。
 魔法を全て無効にしたらそれらを使用している施設な場所が困るという事だった。
 一部無効の魔道具や魔法は繊細なコントロールや複雑な魔法陣、付加錬金を施さないといけないから難しいじゃないかな?

「武器に関しては『罰ゲーム』レベルを我慢すれば武器を出し放題だし、身を守るために武器を携行してる貴族って結構多いから」
「武器携行を反対すればそいつ等が反発するって事か」
「代わりに万全で守れとか言われても騎士の数だって限度がある訳だし。王族に対しての不敬とは言っても数の暴力に負ける可能性も充分にあるしね」

 よっぽどの事でも無い限り禁止にはならないと思う。
 何処か落としどころを見つけても結局不和の元というか溝は出来るだろうし、それが分かっていて強行する程の理由は存在しない。
 だから結局隠し武器の一つや二つは責任を問わないって事になってるんじゃいかな?
 騎士とか王族とかは公然と武器を携帯していても大丈夫とか差別化はしている気もするけどね。

「ふーん。ま、持ってる事を咎められねーならいいんじゃね?」
「心配してくれてありがとう」
「ばっ?! ――そんなんじゃねーよ」

 黒いの、黒猫なのに照れてるのが丸わかりだよ?
 ほら、リアも微笑ましい感じで見てるじゃん。
 見た目は子猫だからねぇ、黒いのの場合。
 
 そういえば黒いのは今後何処まで成長するんだろうか?
 今の所子猫サイズだけど、将来的には大型動物ぐらいになるのかな?
 それとも普通の猫程度の大きさになるのかな?
 大きくなった黒いのかぁ。
 ちょっとお腹をモフってから枕にしてみたいなぁ。
 安眠効果ありそう。
 別に動物モフって癒される事は無かったけど、ちょっと気持ちよさそうかも。

「おい。何か不穏な事考えてねぇか、オマエ?」
「んー。黒いのの今後の成長度合いの事かな?」

 ――嘘は言っていない、嘘は。
 大真面目に話を誤魔化した私に黒いのは少しばかり訝し気だったが心を読むスキルがある訳じゃないから騙されてくれた。
 大丈夫だって、一度ぐらいしか試さないから。
 あと私と契約した場合の話だしね。

 黒いのが共に居る将来を極当たり前のように思い描いてしまった事に私は苦笑するしかなかった。
 しばらく顔を背けていた黒いのだったけど、何かまだ思う所があったのかこっちに向き直った。

「あ、後もう一個。あのオーヒサマはどうすんだ?」
「どうと言われてもねぇ」

 令嬢サマの起こした騒動の後初めての邂逅を果たした王妃様。
 入手した情報を精査した限り最悪令嬢サマの同類かと思ってたんだけど……。
 あの一度の邂逅だけでそんな簡単な話ではないんじゃないかと思い知らされた。
 私自体は会うのは初めてだったはずだ。
 だと言うのに、私に向けられた憎悪は何処までも深くて。
 「わたくし」になってから恨み辛みをぶつけられた事はそう多くはないけど、その中でも段違いに強い感情だった。
 フェルシュルグにも相当恨まれていたけど、密度が桁違いだったように思う。

 何かの出来事により憎しみという火種を抱き、何かが憎しみを煽り憎悪と呼べる程強烈なモノへと変わっていった。
 何かを憎しみ続ける事は難しい。
 復讐を成し遂げるためには強靭な精神力が無ければいけない。
 最後まで何かを成し遂げる強い心。
 それは本来成功者に必要なモノだと言うのに、憎悪がそれを支えているとなると厄介でしかない。
 憎悪の炎は昇華するか元凶を消すかでしか鎮める事は出来ないのではないかと思う。

 あの暗い緑の双眸が脳裏に浮かぶ。
 あの静かなのに怖いくらい強い炎はそう簡単に昇華される事はないだろう。
 だからきっと王妃が憎悪を手放すのは元凶を排除するという方法をとり、存在が消失した時だけだ。
 そして王妃にとっての元凶は多分……。
 
「この場合消されるのは私なんだよね。全くもって冗談じゃない」
「お嬢様と王妃は会った事もないはずですが」
「私も記憶にないかな」

 後、あれだけ先生方が警戒していた相手だしお父様もお母様も警戒していただろうから、そんな危険人物に幼い私を近づけないと思う。
 
「黒いの、あの憎悪は私だけに向けられていたんだと思う?」
「あの場にはオニーサマも第二オージも居たじゃねーか。その上で睨まれていたのはオマエだろ?」
「その後兄殿下も睨まれていたけどね」
「あー。ちぃと憎しみの種類がちげぇみてーだったけどな」

 黒いのの言いたい事は分かる。
 私に対しては静かでいて何処か無機質な憎しみだった。
 人形という印象を私が受ける程に。
 けれど殿下に向けている憎しみはどちらかと言えば女の情のようなモノに裏付けされたような印象を受けたのだ。
 少なくとも人形では無かった。
 女の私には無機質に何処までも硬質な憎悪を向け男の殿下には女の情を孕んだ憎悪を向ける。
 何となくちぐはぐな印象を見ていて抱いた事を覚えている。

「一度たりとも会った事のない存在に対してあそこまでの憎しみってどういう事なんだろう?」
「年季が入ってる感じではあったな」
「生まれて一桁の子供へ向ける憎悪に年季って」
「それこそ生まれた時から憎まれてたんじゃねーの?」
「ありえないわぁ」

 本当に有り得ない。
 産まれたばっかりの赤子を憎むってどういう事さ。
 私は王の側室から産まれた子供じゃないんだけど。
 ……それともお母様と陛下の間に何かあったとでも思ってるんだろうか?
 お父様一筋で他なんて目にも入らないお母様が?
 そうだとしたら相当失礼な話だ。……色々な人に対して。

「オマエは【愛し子】だからなぁ。纏う色が似てるって話にはならねーだろうにな」

 黒いのも私と同じような推測をしているらしく皮肉気な声音でそんな事を言った。
 情報を知る方法が豊富にあった私達にとってはそこに思いつくのは結構簡単なのだろう。
 実際私も理由はそこらへんなのだと思って不快に思った訳だし。
 空想の愛憎劇のせいで存在を消失させられかねない程恨まれるなんてごめんです。

「ただ憎悪の種類を考えるとちょっとしっくりこないんだよね」
「嫉妬に狂ってるならもっと『鬼』みてーな感じだろうしな」

 嫉妬に狂い相手すら殺してしまう鬼女伝説は『地球』では結構知られているはずだ。
 情に狂った女の憐れな末路、愛情の行きつく場所の一つ。
 そこに一種の美を見出す存在は一定数いるのだろう。
 私にしてみれば恋狂いなんて恐ろしいとしか思えないし、そこに美しさを見出す事は難しいけど。

「殿下と私に向ける憎悪が同じ種類なら理由はそこらへんだと言う推測も成り立つんだけど」
「別種となると難しい所だな」
「だよねー。リアはどう……リア?」

 私はさっきから話に混ざらないリアに意見を求めたんだけど、リアは俯き私達の話を聞いていないようだった。
 これは結構珍しい。
 リアは自らに優秀なメイドである事を課している。
 主にひっそりと付き添い、時に助言を時に手助けをさり気なくする。
 高位貴族付きのメイドの最高位を常に目指しているのだ。
 そんなリアが雑談とは言え私の話を聞いていない?
 具合でも悪くなったとか?

 少しばかり心配になった私を他所に黒いのがリアの下へ行き見上げた。

「……おい」
「黒いの?」

 黒いのの顔が明らかに引き攣っている。
 え? 一体何事? リアは具合が悪いの? 悪く無いの?
 いよいよ自分で確かめようと思った時リアが顔を上げた。

「りあ、さん?」

 リアは無表情だった。
 何時も通りと言えば何時も通りの表情ではあった……表情、は。
 
「(目と立ち上るオーラが全然何時も通りじゃないけどね!)」

 普段は冷静な黄色な双眸が爛々と輝き光の加減か琥珀のように硬度と透明度を湛えている。

 私達魔力持ちは感情に眸の色が左右される事がある。
 怒りが一番分かりやすいけど、強く感情を揺さぶられた時眸の色が透明度を上げ、まるで宝石のように輝くのだ。
 ただこれに関しては得意な属性によって感じ方が違うらしいから個人差があるらしいけど。
 少なくとも私は感情を強く揺さぶられた人の眸を宝石に例えてしまう。
 光度と透明度の増した眼球はまるで見るだけで魅了される宝石のようだと思っているから。

 うん、だから感情昂るリアの眸も美しい事は美しいんだけどね?
 それ以上に何の感情が高ぶっているかが問題でして。
 立ち上るオーラを鑑みるにリアは……完全に怒りが振り切れてるんじゃないかと!

「<え?! 何で!? 何に其処まで怒ってるの!?>」
「<俺が知るか!>」

 いつの間にかリアから逃げて来た黒いのが私の横にいる。
 一瞬黒いのを抱き上げて逃げる算段をつけそうになるんだけど、リアの親友として、そして主として逃げちゃダメだと何とか踏みとどまる。

「<何か怒らせる事話していた……いやまぁ王妃様に怒りを感じているなら私は嬉しいけど>」
「<その部分でオマエのメイドが怒るのは当たり前だろうな。コイツオマエに心酔しきってるし>」
「<私的には親友なんだけどね。けど此処まで鮮烈に怒る程の事では……前にも話しているは……あ>」

 其処まで考えて私はリアが此処まで怒り狂っている理由が分かった気がした。

「<そういや此処まで話したのは今が初か>」

 つまりそういう事じゃないかと。
 令嬢サマの顛末に関してはそれなりに詳しく話したし今後の展開もある程度推測を交えて話した。
 けど王妃様の事に対してはお兄様にも詳しくは話をしていない。
 だからまぁお兄様と一緒に話したリアにも詳しい所は殆ど説明していなかったのだ。
 どうしても感覚の話になっちゃうから報告となるとどうしても話ずらくて。
 隠すつもりがあった訳じゃないんだけど、ね。

 リアの怒りが黙っていた私に対してではないのなら、その怒りの矛先は王妃様なんだろう。
 
「(そうだったらちょっと嬉しいなぁって思うのは流石に微妙かな?)」

 どれだけ激しい感情だろうと「私のために」抱いて発露している感情なら、それは私にとっては僅かな喜びを齎す。
 それが良いモノでも悪いモノでも、って所が私が手放しで喜びを表す事が出来ない理由なんだけどね。

 なんて余裕でいられたのもこの時までだった。
 だってリアが口を開いたかと思ったら……――

「お嬢様。お暇を頂きとう御座います。少し――要らない人形を処分してこなければいけなくなりましたので」

 ――……なんて恐ろしい事を言いだしたのだから。

 この後黒いのと必死に止て宥めて、騒ぎに気づいたお兄様も来て下さって一緒に止めて下さって何とかリアに思いなおしてもらう事に成功した頃には私の感傷? みたいなモノは吹っ飛んでいた。
 ある意味で私みたいな主にはリアみたいな従者がお似合いなのかもね。
 他からみたらはた迷惑が主従である事は否定できない訳だけど。
 
「取りあえずナイフは常に持ち込むし大丈夫だと思う。そうそう王城で危険な目には合わないだろうし、ね」
「……それって『フラグ』って言うんじゃねーか?」

 否定はしない。
 否定はしないんだどね、黒いの。
 アンタの台詞もしっかり『フラグ』だと思うのは私だけかな?
 
 騒がしくも暖かい幕間での戯言が嵐の前の静けさである事が分かるのは、直ぐだったのだが、出来れば騒動の前には予告して欲しいモノである――嵐がご丁寧に予告なんてしてくれないのは分かっているのだけれど、ね。


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