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帝国の信仰と波乱の予感

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「全く以て意味が分からない」

 帝国にて滞在して幾日、私は宛がわれた部屋の机の上で何とも言えない現状に頭を抱えていた。
 言っておくが、別に部屋に文句があるわけじゃない。
 帝国らしいと言えるであろう豪華だが品の良い部屋に添えられるように置かれている家具や調度品。
 遊学名目なのに王城に一室を貰っている事に思う所がないわけじゃないけど、それは仕方ない。
 私もお兄様も帝国に頼れる親類が居ないのだ。
 お母様は帝国の血を引いてはいらっしゃるけど、結構前に帝国から王国に移住した一族の子孫なので、お母様も帝国ではなく王国でお生まれになり育っている。
 探せば同じ血を引く人はいるだろうけど、親戚ともいえない遠さである。
 だからいたとしてもお世話になるわけにはいかない。
 これが王国なら王国が誇る学園に一時的に見学? というか下見? と言った感じで学園の寮生活を経験してみたりなど方法がないわけじゃない。
 勿論帝国にも学校は存在しているけど、どちらかと言えば芸能学校? といった感じと言えば良いのか、なんと言えば良いのか、と言った所なので微妙な所なのだ。

「(しいて言えば『専門学校』っぽいかもしれない)」

 一般的な基礎知識と共に芸能に力を入れている学校ばっかりで魔法科と錬金術科、そして騎士科が存在する王国の学園とは全くの別物と言って良い。
 なにより寮はあっても、殿下達を受け入れるだけのキャパのある学校は存在していない。
 そういう意味では次期公爵家の跡継ぎであるお兄様も似たような扱いだろう。
 そこで私だけ寮にはいりますか? とはならないという話である。
 結局あっちを立てればこちらが立たずと言った感じで私達もなし崩し的に王城にお世話になる事なったのだ。

「(だからまぁ、王城で滞在するのは仕方ないとは言えば仕方ないんだよねぇ)」

 だからそこを別に特別に問題にしているわけじゃない。
 何より私は帝国の生活に大きな問題を感じているわけじゃないのだ。
 問題はそれよりも些細でありながらも私にとっては大変ストレスのたまる現象に晒されている事だった。

「最初っからかっ飛ばしてんな―とは思ったけど、すげーもんな。あのコウジョサマ」

 そう謁見の間で皇帝と謁見している時から私に警戒心混じりの探りの視線を向けて、尚且つ宣戦布告の様に「仲良くなりましょう」と言ってきた皇女殿下……アーリュルリス=カイーザ=アレサンクドリート姫殿下。
 彼女からの攻撃ともいえる言動にちょっとばかしストレスを感じてるのだ、今の私は。

「もう私を見る目が笑ってないんだよね! 初対面ですよね貴女? と何度問いかけたくなったか」
「オージサマ達に擦り寄ってる時は「コイツも同じタイプかよ」とか思ったんだけどなー」
「あれ、きっと違うと思うよ」
「わーってるよ。ありゃどっちかと言えばお前の反応を待ってる感じだったもんな」

 そう、最初に滞在するための部屋へ案内される時皇女サマはロアベーツィア様に対して擦り寄るような、親しくなりたいと言うような感じで接していた。
 だから私もその時はロアベーツィア様に一目惚れでもした皇女サマが一緒に来た私を目の仇にでもしているのか? と思ったんだよね。
 けど、実際はもっと面倒な事だったらしく、その後の皇女サマは私が何かしらの反応がしないかどうか、探りを入れて来た。
 その後の会話でもロアベーツィア様やヴァイディーウス様の事を話題に出して、時に煽る様に時に私の機嫌をうかがうように探りを入れてきている。
 つまり皇女サマのターゲットは殿下達では無く私という事なのだろう。
 理由はさっぱりだけど。
 
「一体皇女サマは何を知りたいんだろうね? もういっその事ロアベーツィア様やヴァイディーウス様を婚約相手として狙ってるから、手を出すな的な事でも言われた方が気分的には楽なんだけど」
「そんな直接的な事はぜってー言わねーだろうけどな」
「分かってるって」

 相手は皇族だし、教育はもう始まってるのだろう。
 私やロアベーツィア様と同じ年頃であるという事を考えれば帝国の方が帝王学の教育は早く始まるのかもしれない。
 まさか私達のような状態でもない皇女サマがあそこまで駆け引き上手だとは。
 恐るべし帝国という奴である。
 口数少ない令嬢の猫を被っている以上口で勝つ訳にもいかず、負けずとも嫌味の言い合いをするわけにもいかず、現状、どうにも私の方が分が悪い。

「あのオージもとめねーしな」
「そう。そこも問題なんだよね」

 もう一人の案内役として同行している皇子サマは絶対に皇女サマが私に探りを入れている事を知っているし、その上で皇女サマの行動を黙認している。
 ただ積極的か? と問われると「違うかもしれない」と答える事になるんだけどね。

「何と言うか……暴走する妹である皇女サマを止められない兄の皇子サマ?」
「ああ。つまりオマエとオニーサマみたいなやつなんだな」
「失敬な! 私は其処まで暴走は……あんな遠まわしな暴走はしないから!」
「おい。どうしてそこで云い直したんだ、オマエ?」

 いや、今までの事を思い返すと暴走していないとは口が裂けても言えなくて。
 ただ遠まわしに貴族らしい言い回しでの嫌味合戦も情報戦は流石にやった事ないんだけどね……一応?
 
「たださぁ、皇子サマも皇女サマがしている事に意味があると考えていると思うんだよね。じゃなければ流石に他国の私にしている事を苦笑一つで見逃したりはしないでしょ」
「話逸らしたなオマエ。まーいいけどよ。……となると、だ。結局コウジョサマは一体何を考えてオマエに突っかかってるんだ? って話に戻るぜ?」
「そーなるよねぇ」

 全く以てそれが理解できないんだよね。
 話を広げすぎかもしれないけど下手すると皇帝まで見て見ぬふりをしている可能性すらあると疑ってしまう。
 一応おまけだとしても私も賓客扱いなんだよ?
 だってのに、そんな私に対してああもあからさまな態度とられるとね。
 今回は王国側にも色々無理を押し通した引け目があるし、私自身もめごとの火種になってお父様に迷惑をかけたくないから黙認状態だけど。
 本来ならとっくに抗議していてもおかしくはない状態ではあると思う。
 実際、私が気にしないという風を貫いているからお兄様もヴァイディーウス様もマクシノーエさんも帝国側に何かしらの行動に出ていない訳だし。
 ただこのまま滞在中ずっととなると流石に外交問題に発展しかねないと思うけど。

「最悪第三皇女と第四皇子だから、切り捨てる事が出来る……とかじゃないよね?」
「おい。一体何処からそんな物騒な発言になりやがった?」
「いやぁ。周囲の黙認状態から派生して?」
「あー。確かにオージだけじゃなく周囲の護衛も止めねーもんな。何? オマエ国単位の謀に巻き込まれてんの?」
「そんなわけあるわけないでしょ!」

 冗談じゃない。
 私は何事も無く、普通に過ごして普通に王国に戻って家族の所に帰りたいんですけど?!

「あの護衛共も微妙だしなー」
「んー。帝国の基準が分からないから微妙だけど、確かにね」

 何と言うか統率的に問題がある気がするんだよね。
 二つぐらいの派閥に分かれている感じ?
 片方は皇女サマと皇子サマに好意的で護る事に異存はないと言った感じ。
 けどもう片方は義務感だけでお二人に接しているように見えるのだ。
 別にね? 仕事と割り切って接するのは問題ないんだけどね?
 あれだと緊急事態の時真っ二つに分かれて結局共倒れ、ってオチになりかねないなぁと思わなくもない。

「短期滞在予定の上別国の私達に悟らせるくらいあからさまだしねぇ」
「ありゃデンカ達も気づいてるぞ?」
「だろうね。気付かないはずがないよ」
「と、なるとコウジョサマ達も気づいてないはずがねーって事だよな?」
「だよねぇ。その上で護衛を変える訳にはいかない理由でもあるのかねぇ? ――まぁ帝国の事情に首突っ込む気は無いからこれ以上考える気はないけど」
「他に考える事があるしなー」
「そういう事」

 本当に、皇女サマ単独の暴走だろうとなんだろうとどうでも良いけど、理由ぐらい知りたいもんだわ。
 流石に滞在中ずっとは勘弁してほしい。
 
 折角休養もかねて帝国に来ているのだから私は平穏が欲しい。

「切り捨てられるかもしれねーオーゾクサマねぇ。……そーいやさ。オーコクには二人しかオージサマが居ないのは何でだ? あとコクオーには兄弟姉妹はいないのか?」
「んん? クロイツも結構急に話題変えるよね? ……んで? 殿下達の御兄弟? あーまー、多分殿下達しかいらっしゃらないのは元になっているであろう王妃様のせいだと思うけど。今現在の御側室の方が王妃になれば御子が増える可能性はあるんじゃない?」

 御側室が元王妃の派閥じゃなければ他の方を王妃に据えるよりも側室の方が王妃になる可能性が高いだろう。
 現在の御側室の方の実家の爵位は知らないけど、側妃になれる程度の地位はあるんだろうし。
 
「確かにさ、王族男子がお二人ってのは少ないと私も思うよ? けどこればっかりは今後の国王陛下とその周囲の大人達が考える事だし、私には一切関係ない話だからねぇ」
「あーまーデンカ達の方は分からなくもねーけど。んじゃオーサマの方はどうなんだ?」
「国王陛下の兄弟姉妹かぁ。……そう言えば現公爵家に降嫁した王女様っていう話は聞かないなぁ。軍部の方に王弟殿下がいらっしゃる可能性も……多分ないだろうし」
「何でだ?」
「殿下達の年から考えていっらしゃれば継承権一位はその方になるはずだからね」

 後々どちらかが立太子した際には継承権も変わるだろうけど、現時点で殿下達はまだ幼い。
 だから継承権も放棄していない限り一位は国王陛下の兄弟になるはずだ。
 
「だからいない、んじゃないかな?」
「歯切れわりーな」
「いや、考えてみれば国王陛下に兄弟姉妹が居ないのは不自然だなぁと思って」

 王族の血筋を残すために側室を持つ事を許されているどころか推奨すらされているはずなのに、御子が現国王しかいらっしゃらないのは確かにおかしいかもしれない。
 『ゲーム』ではそこらへん語られていなかったはずなんだけど――いや、もしかしたら第二王子ルートとかファンブックで語られていたかもしれないけど、興味なかったからなぁ。
 ただまぁ王族男子が一人しかいないって、よくよく考えると深淵に覗き込む事になりそうな気がしなくも無いんだけど。

「機会があればお父様に聞いてみても良いけど……知りたい?」
「いや、遠慮しとく。話聞く限り生臭そうだしな」
「だよねぇ」

 下手すると現国王が若くして即位した事にも関わってるかもしれないしねぇ。

「「触らぬ神に祟りなし」だね/だな」

 私達は深淵の闇を覗き込む事になりそうな話題を終わらせると改めて目の前の問題に着目する。
 とは言っても此方から何かしらのアクションはとれないんだけどねぇ。

「そして振りだしに戻る話題」
「『人生ゲーム』かよ」
「気分的にはそうかも」

 多分私は今サイコロ振って出た目に打ちひしがれる状態だと思うよ。
 結局目の前の問題も私からリアクションが取れる問題じゃないし。
 いくら考えても結局「相手の出方次第」って結論に落ち着くしねぇ。

「こりゃあの魔道具が発動するのが良いんだか悪いんだかわかんねー状態だな」
「いや、そこまでのもめ事に発展するのは頂けないんですけど」

 クロイツの言った「あの魔道具」こと【巡り人の休憩所】は帝国でも発動して私達を受け入れてくれた。
 一体どういう原理か分からないけど、便利だなぁと思った。
 と言うよりも研究次第では移動のショートカットに使えるかもしれないと目論んでいたりする。
 
「(いやまぁ、現代の移動魔法の燃費の悪さを考えれば一生の研究テーマにでもしない限り無理かもしれないけど)」

 そもそもあの魔道具は発動した場所に存在しているのか、それとも空間を捻じ曲げてあの森に繋がったのかを調べないといけないしねぇ。
 作り出したのは錬金術師じゃなくて魔術師だし。
 中途半端になりかねない私が手を出すには壮大過ぎるテーマだ。

「(ま、やってみたいと願うくらいはしても良いと思ってるけどね)」

 中途半端になろうと出来るのならば研究してみたいテーマである事には変わりない。
 今の所、精々どんな機能があるのかを徹底的に調べる程度でやめておこうと思っているけど。
 
「あれを発動させるのは本当に最終手段だから! 下手すれば帝国と王国間で緊迫状態、開戦寸前って話になるから!」
「おー冗談が冗談じゃなくなるってことかー」
「ならないから! そこまでの権限はあの皇女サマには無いし、私にも無いから」
「オマエが物凄い我が儘でコウジョサマを傷つけたりしない限りは問題ないだろーけどな」
「しかも過失が完全に私にある場合ね? 今の時点じゃそこで躓くから」

 現時点で迷惑が掛かっているのは私だ。
 それはお兄様は勿論の事ヴァイディーウス様も何となく気づいていらっしゃるし、ロアベーツィア様も何かおかしいとは思っていらっしゃる。
 外交能力を持つマクシノーエさんは言わずもがな、である。
 皇女サマの暴走は私が「気にしていない」事と「殿下達がターゲットではない」ために見逃されているに過ぎない。
 
「このままだと事態が悪化していくだけなんだけどねぇ」
「今の時点でオージサマ達の心象はわりぃしな。頭悪くなさそうなのに、何かんがえてんだろうなー?」
「本当にそこに収束するよね。そして堂々巡り過ぎて泣ける」

 せめて何か突破出来る切欠が欲しいです。
 そんな事を考えて大きく溜息をついた時、控えめなノックが部屋に響いた。
 私とクロイツは顔を見合わせると立ち上がる。
 クロイツは何時ものように私の影に入り、私も微笑み扉を開ける。
 するとそこには殿下達、お兄様、第四皇子サマ……そしてさっきまで話していた第三皇女サマが常態となっている目が笑ってない笑みを浮かべて立っていた。

「これから城内にあるとある場所に案内するつもりですの。キースダーリエ様もいかが?」
「(それ私に拒否権ありませんよね?)」

 と口に出せるはずもなく、私は頬が引きつらないように微笑みながら同行に同意するのだった。


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