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最悪な「騎士」との最初で最後の邂逅(3)

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 青い髪に緑の眸を持った端正な顔立ち。
 騎士の服を品よく纏ったその人はビルーケリッシュさんにそっくりだった。
 もしもビルーケリッシュさんに親戚……いや兄弟だと紹介されても納得したくらいに。
 むしろこれで赤の他人と言われた方が疑ってしまい程に似ていた。
 そう、姿形だけならば目の前の騎士は何の疑いを抱く事無くビルーケリッシュさんとそっくりなのだ。

「<だけど違う。……彼はビルーケリッシュさんとは全然違う>」

 頭の中に警戒音が鳴り響く。
 視覚は彼を知り合いの親類だと思い警戒心を解きたいと言っている。
 頭の中で鳴り響く警戒しろという警告と視覚から来る安心感が鬩ぎ合って気持ち悪い。
 
「<違う。この人はビルーケリッシュさんじゃない。彼はただの帝国の騎士でしかない。……たとえビルーケリッシュさんに似ていたとしても“ただそれだけでしかない!”>」

 私は視覚から来る安心感をねじ伏せる。
 心からくる警戒心に心を傾け、ゆっくりと腰を下ろす。
 相手がどれだけの腕前かは分からないけど、少なくとも私よりは強い。
 なら何があってもすぐに逃げられるようにしないといけない。
 王宮内で、しかもあんな事があって直ぐに襲われる事なんて無いと思っていても。
 しっかりとした理由があったとしても警戒してしまう程に目の前の騎士は異質な存在だった。

「<気持ち悪い>」
「<見た目があの優男だからこそよけーきみわりぃな>」

 クロイツも私と同じ状態なのか表向きは警戒を解いた風だけど、心の底では警戒したままだ。
 私達のそんな姿を見て目の前の騎士は少しだけ首を傾げて、だが再び微笑んだ。
 嫌なモノが背筋を走る。
 気を付けないと「ビルーケリッシュさんと似ている顔でそんな風に笑わないで!」と叫んでしまいそうだ。
 それほどまでに目の前の騎士は異質であり気持ちが悪いのだ。

「キースダーリエ様。こんな夜更けに外に出るのは不用心だと思いますよ?」
「……それは、申し訳ございません。少しだけ気になる事がございましたので」
「気になる事?」
「ええ。ですが、解決致しましたしもう部屋に戻ろうと思っていた所ですわ」

 勿論解決なんてしていない。
 だけど、口実をでっちあげたとしてもこの場から、この騎士から離れたい。
 彼から感じる不気味さはあの琥珀の狂人を彷彿とさせる。
 
「(……いや、違う? どちらかと言えば元王妃? いやそれも違う気がする)」

 分からない。
 誰かを彷彿とさせる気がするのに、次の瞬間にはその人とは違うのだと思わされる。
 異質で異様で。
 だと言うのに、此処に騎士である彼がいる事は全くおかしな事ではない……言っている事も正論なのだ。 
 何者にも当てはまって何者にも当てはまらないのに此処にいる事自体はおかしくはないという矛盾を抱えているからか目の前の騎士は私の生理的な嫌悪をこれでもかっていう程掻き立てる。
 吐き気すら浮かんできそうだ。――人に此処までの異質さを感じ恐れにも似た嫌悪を抱くのは初めてだった。
 失礼だと分かっていても彼と会話する事無く部屋に駆け戻ってしまいたかった。

「その方がよいでしょう。王宮とは言え危険が無いとは言い切れないのですから」
「あら? 帝国の騎士様からそのようなお言葉が出るとは思いませんでしたわ」

 話を続けるなんて馬鹿な行為だと分かっていても、今の時点では彼には何ら非が無い。
 話を切って部屋を戻るには分が悪い。
 精神的には振り切って部屋に駆け戻りたいのに、それをねじ伏せてでも穏便に戻れるように考えを巡らせるしかない。
 流れのままに彼に部屋まで送ってもらうなんて事態になってもらっては困るのだ。

「(このままだとそうなってしまう可能性が高いんだけどね)」

 どうにか話を穏便に切り上げて、一人で部屋に戻る方法は無いだろうか?
 何とか作った微笑みを浮かべながら私は目の前の騎士から逃げ出す方法をひたすら考えていた。

「帝国側の不手際は事実ですから。――キースダーリエ様」
「……何ですか?」

 名を呼ばれるたびに背筋に嫌なモノが走る。
 同時に警戒心も高まっていく。
 流石に露骨だったのだろう。
 「貴方を警戒しています」と全身で示している私の態度に目の前の騎士が目を細めた。

「(ああ、なんて暗い色なんだろう)」

 ビルーケリッシュさんと同じ色の眸だというのに、ここまで違うなんて。
 ビルーケリッシュさんは確かに冒険者として企み事もするし、どちらかと言えば策を弄するタイプだ。
 「キース」のことだって「キースダーリエ」の事だって最初は信用すらしていなかった。
 それが貴族というモノ全体に対しての忌避感だったと分かっていたから、特に気にならなかったし、冒険者として警戒心が強い事はむしろ良い事なのだろうと思っているからそれについて何か文句を言う気はない。
 それこそ最初の頃は良く探られるような目で見られていた。
 何時の頃か無くなったとはいえ、あの時のビルーケリッシュさんの眼差しを忘れたわけじゃない。
 けれど理由が分かっていたからか、探られようとも企もうとも、それが幾ら表に出ていようとも私は今の様な気分にはならなかった。
 そんなビルーケリッシュさんと似ている目の前にいる騎士。
 似ていると分かっていても目の前のこの騎士に微笑まれると嫌悪が込みあがる。
 その口元は笑みを象っているのに。
 心から心配し、帝国の不手際を悔いていると分かるのに。
 その奥に得体のしれない何かが潜んでいるような、空虚な何かを身の内潜ませているような、そんな矛盾した感じがするのだ。

 私は暗く無機質な人形のような眸を見た事がある。
 心からの愉悦も恍惚の眸も見た事がある。
 魂すら歓喜のままに捧げる狂人の眸もつい最近間近で見た。
 
 けどそのどれにも当てはまらない、中途半端で、それでいてこれで完成形なのだと言わんばかりの雰囲気を醸し出している矛盾だからけの目の前の騎士の眸がただ只管気持ち悪かった。
 だからかその騎士が言った事の意味が最初分からなかった。――いや、多分、意識を傾けていたとしても分からなかったんじゃないかと思うけど。

「有難う御座います」
「……何に、ついてか分かりかねますわ」

 初対面の彼にお礼を言われる理由など私には無い。
 これが罵詈雑言ならばまだ納得した。
 私の態度は決して褒められたモノではないのだから。

「(それに私は帝国側を信用していないと態度で語っている。それに気づいていないはずがない)」

 言葉にしていないだけだ。
 帝国の人間にしてみればさぞかし腹が立つ対応だと分かっている。
 けれど、言葉にさえしなければ表立って抗議など出来ないし、此方も対応する必要がない。
 今の私は個人の良し悪しで態度を変えるわけにはいかない。……現時点で唯一の被害者と言える存在だからこそ。

「(お礼を言われる筋合いはもっとないんだけどね)」

 目の前の騎士の思惑が分からない。
 嫌な汗が背筋を通る中、私は笑みを崩さず目の前の騎士と真っ向から対峙する。
 出来ればしたくない。
 真っ向から対峙すればするほど目の前の騎士の異様さを直に感じる事になり、気持ちが悪いのだ。
 けれど、そんな相手に背を向ける程私もぼけてはいない。

「そうですね。何に、と言われれば……主にとって最良の結果が訪れる切欠を作って下さって、という事になりますかね」
「主にとって最良の結果、ですか」

 帝国の人間にとって今回の件で利を得た存在はいるのだろうか?
 皇太子派ならば皇女サマと皇子サマの失態は利益につながるかもしれない。
 けど、皇太子という事は既に次期皇帝と定められているという事だ。

「(ついでに言えば、あの二人には野心のようなモノは感じられなかったけど)」

 それとも私の知らない所で今回の事で利益を得た存在が何処かに居たのだろうか? 

「<そもそも切欠?>」
「<しかもこれから最良の結果が訪れる、ってことは今はちげーって事だよな? なのに訪れる事は決定してんのか?>」
「<変よね? 明日には状況が変わっているかもしれないのに>」

 私の言動の何かが切欠となり、最良の結果が訪れる事が確定している人を主としている、と言った目の前の騎士。
 彼は意味の分からないと隠さない私に対しても決してその笑みを崩す事は無かった。
 その対応が彼を更に得体のしれないモノにしていく事に彼は気づいているのだろうか? ――気づいていても気にもしていないのかもしれない。
 彼にとって私はその程度の存在なのだろうから。

「後はそうですね。……貴女が帝国に産まれなかった事を、でしょうか」
「とりようには失礼な御言葉ですわね」

 というよりもどう考えても失礼な言葉な気がする。
 私自身帝国は合わないだろうと思ってはいるけど、赤の他人にお礼まで言われる筋合いはない。

「失礼しました。ですが申し訳ございません。私の本心からですので」

 本心だから言っていい訳じゃない、と言いそうになったが、その前に初めて騎士が笑みを消したためにその言葉は音になる事無く消えていった。

「もし貴女様が帝国に居たら、どのような生まれだったとしても主と敵対していたでしょうから」
「……随分物騒なお話をなさいますね。ワタクシは別に所かまわず喧嘩を売る程野蛮では御座いませんが?」
「ええ。貴女様は理知的でいらっしゃる。そして大切なものとそうでないものとの割り切りがはっきりしていらっしゃる。……だからこそ主とは何時か敵対していた事でしょう」

 “IF”でしかない話のはずなのに、騎士はそれが絶対的な事実であるがの如く言い切る。
 そんな騎士の言葉に私は何故か脳裏に赤髪の女性……琥珀の狂人の主の姿が浮かんだ。

「<まさか……そんなはずは……>」
「<リーノ?>」

 もし目の前の騎士の主が赤髪の皇族女性だとしたら?
 けど、それは有り得ないはずだ。
 だってかの女性は今までの全ての罪を償うために死罪になる可能性が高いのだから。
 主が死す事が最良の結果と言い切る忠臣はいないだろう。
 主にうんざりしているならまだしも目の前の騎士は「主」に対して敬愛を抱いている。
 それは「主」と呼ぶ時の声音だけで充分分かる。
 
 ありえない。
 有り得ないのに、何処かでありえない話じゃないと言っている自分が居る。
 もし私が琥珀の狂人に海に放り込まれた、危害を加える事が騎士の言う「切欠」だったしたら?
 「最良の結果」が死罪の可能性も高い処罰だとしたら?
 私と必ず敵対する理由が「国を巻き込んで盛大な自殺が主の望み」だとしたら?

「<いや、有り得ない。だって彼等が私がそういう性格だと知らないはずなんだから>」
「<おい。リーノ。大丈夫か?>」
「<え? うん。……一応大丈夫だけど>」

 今、此処にクロイツが居て良かったと心から思う。
 私一人で対峙していたら混乱から抜け出す事も出来ず、何かやらかしていたかもしれない。
 一人ではない事に心から安心している。
 一人ではない事がとても心強かった。
 心が少し落ち着いた状態で再び目の前の騎士と対峙する。
 違和感と異様さに説明が付かず嫌悪が込み上げてくる。
 だと言うのに、そんな相手に「礼を言われている」
 はっきり言って気持ち悪くて仕方ない。

「<うん。大丈夫。ちょっと混乱しただけだから。……ねぇクロイツ>」
「<なんだ?>」
「<あの騎士の主が、あの赤髪の皇族である可能性ってあると思う?>」

 私は心のどこかでその事に納得してしまっている。
 けど、騎士の態度がその納得に対して有り得ないと言っている。
 鬩ぎ合ったままで私の心は混乱から抜け出せないのだ。
 だからこそどんな意見だろうと「他人」の言葉が欲しかった。
 
 私の突然の言葉に彼は驚いたようだったけど、少し悩んだ後「<ない、とはいいきれねーな>」と言った。

「<目の前の野郎がアルジサマとやらを疎んではいねーとは思う。ってかそれはオマエの方が分かるだろ? “フェルシュルグ”を知っているオマエなら>」

 確かにフェルシュルグは私の自称婚約者に心を許しておらず、むしろ疎んでいた。
 それをある程度隠していたようだけど、本当にある程度だった。
 よくあれだけ拒絶されている事に気づかない、と呆れていたのだから。

「<赤髪の奴って事は処刑される可能性が高いんだよな?>」
「<多分、ね>」
「<だから普通ならありえねー。けど、もしあのワンコロ野郎共と同類だったしたらどうだ? アルジサマが死ぬなら自分も死ぬって覚悟してんなら……まーだとしてもお礼ってのは意味がわからねーけど>」

 クロイツもそこが引っかかるらしい。
 けどクロイツの言っている事も一理あると思った。
 もし、彼がクロイツの言う通り主様に付き従うタイプの忠臣だったら?
 確かに、お礼は意味が分からないが、私を敵視しない理由は分からなくもない。
 全ては終わった事だからだ。
 今更私に八つ当たりするなどプライドの高い騎士が出来るはずがない。……私達の考える『騎士』ならば、だけど。
 けど、どうしても目の前の騎士を見ていると違う気がするのだ。
 私は生きる事を簡単に諦めて自殺しようとする存在が大嫌いだ。
 それは何も出来ない無力な自分も含めてだけど、それ以上に足掻いて足掻いて、最期まで足掻こうともしない存在が大嫌いだ。
 だから私は“フェルシュルグ”が嫌いだし、そういった存在を私は何となくかぎ分ける事が出来る。
 勘だけど、案外勘も馬鹿には出来ない。
 そして勘とはいえ、目の前の騎士からはそういった緩慢な自殺を引き起こしそうな排他的な雰囲気を感じないのだ。
 本人じゃないからだとしても、それならば感じるはずの死すら覚悟した悲愴なモノや覚悟といったものも感じない。
 一体彼の真意は……より正確に言うならば彼の主の真意は何処にあるのだろうか?

「<少しだけ踏み込んでみるしかないかな>」
「<いいのか?>」
「<出来れば勘弁してほしいけど。このままにしておくとビルーケリッシュさんの事を真っすぐ見れなくなる気がするから>」

 せめて彼とビルーケリッシュさんが似ていなければ此処まで悩まないものを。
 忌々しいと感じながらも私は小さく呼吸を整えると再び出来るだけ、優雅に、それでいて威圧的に微笑む。
 気迫負けしていては聞けるものも聞けない。
 ここは貴族の私にとって戦場だと思って挑むしかない。

「あら? もしかして気づかないうちに敵対でもしていたのかしら?」
「敵対とまではいきませんが、そうですね。間接的にでしたら」
「そうですの。……もしかしてワタクシ貴方の主様の盛大な自殺劇にでも巻き込まれてしまったのかしら?」

 有り得ない、とは思いたい。
 彼以外には言えば「何を言っているんだ」と思われる事は分かっている。
 けれど、私達にとって一番引っかかっているのはそこなのだ。
 もし主様の目的とやらが、誰を巻き込んだとしても自死する事ならば、一応の筋は通る……と思っている。
 事実ならばはっきり言って巻き込むなと言いたいし、認めたら軽蔑するだろうけど。
 ただ、あり得ないと鼻で笑って欲しい気持ちが大きい。
 まさか国を巻き込み、他国を巻き込み自滅する事が望みなど、そんな人間がいるとは思いたくはない。
 ただ私達では「お礼」を言われる理由がそれぐらいしか思いつかなかった。
 愚か者と思いこの場を去るも良し、事実を教えてくれるも良し。
 どれにしろ私に不利益は無いと思っての言葉でもあった。……彼に愚かと思われようとも私は痛くもかゆくも無いのだから。

 けれど、私の言葉に目の前の騎士は思いもよらない変化をもたらした。
 騎士は驚き相好を崩したのだ。
 鉄壁で見る事はないと思っていた騎士の素に驚きを隠せず、思わず隠す事もせず凝視してしまった。
 騎士はしばらく驚いた様子だったが、自分の中で整理がついたのか結論が出たのかクスクスと笑いだす。
 特に馬鹿にされている感じはしない事から、驚いてはいるけれど私を侮ってはいないらしい。
 そんな事よりも問題は素の彼からも異様さが消えていない事だった。
 彼は素でこれなのだと分かり余計嫌悪を抱いてしまう。
 出来るだけ表情に出ない様にはしているけど、少しばかり自信が無かった。

「確かに、結果だけを見ればそう思われても仕方ないかもしれませんね。あの方がこの先どうなるかを知っているのならば、余計に」
「という事は違うと?」
「ええ。あの方は積極的に死を願ってはおりません。少々生きる事に飽きている事は否定できませんがね」

 穏やかに微笑みながら、主の死という結末を受け入れる騎士。
 そこに一切の負の感情は感じない。
 覆そうとする意志すらも。

「あの方は毒杯を賜る可能性が高いでしょう。ですが、そこに至るまでの過程においてあの方は今までで一番幸福な時間をお過ごしになる事が出来るのです。ですから結果的には最良の道を選ぶ事になった切欠となって頂きお礼を申し上げました。貴女様が理知的であったからこそ事は荒立てる事は無く、そしてあの方は最高の幸福を得る可能性が高い。ですから私達は貴女様に感謝しか御座いません」
「最期が死だとしても……それでも貴方の主様は構わない、と?」
「ええ。最高の状態で死する事に主様も感謝するかもしれませんね。地の底への旅路前の良き土産となりましょう。そのような主をお迎えできる事が出来ますので私もまた貴女様には感謝しておりますし、恨みなどございません」

 「私が貴女様に恨みを抱いていない事に疑問をお持ちでしたでしょう?」と騎士が微笑んだ時、私は目の前の騎士が恐ろしい、異様だと感じた理由が分かった気がした。
 彼は、もうこの世に心が無いのだ。
 毒杯をを賜る……死罪となるであろう主に沿う事を決めた彼は、もはや心が既に彼岸に行ってしまっている。
 この世界では人が死ぬ時「天の世界へと旅立つ」と表現する。
 同じように罪深き者のは「地の底へ旅立つ」とも言われている。
 彼の魂はその「地の底」へと旅立ってしまっているのだ。
 直ぐに来るであろう主様を迎えるために魂がこの世に存在しない。
 だと言うのに、魂という自身の根幹を失ったまま普通にこうして私と話している。
 言っている事に不自然さは無く、知性すら感じられる会話を平然としている。
 その違和感が異様さを呼び人の嫌悪を引き出すのだ。

 人形のような彼女は、それでもこの世に執着する人間が居た。
 眸の奥にその人物への執着の焔を燃やし続け、それを邪魔する人間に対して強い敵意を持っていた。
 過去に囚われていたが、この世に強い執着を持っていたともいえる。
 だから目の前の騎士と彼女は全く別物だと感じた。
 似ているとすればこの世界を夢幻だと信じたがっていた彼だろうか?
 この世界を疎んでいた彼は、この世界を現だと認めていなかった。
 死する事で『地球』に帰る事すら望んでいた。
 けど、彼にとってそれはこの世界での死はイコールで元の世界での生だった。
 だから違う。
 この世界を認めないからこそ死にたがっていた、積極的に生を放棄していた彼を私は嫌った。
 夢幻と思いながらも彼はこの世界が現実であると何処かで認識していたのだ。
 矛盾だらけだったけど、だからこそ彼は魂だけがこの世に無い、なんて状態には無かった。
 彼と目の前の騎士は何かが決定的に違う。
 魂だけが先に地の底に旅立ち直に来る主を待つ、身体と理性を持ったアンデットのような存在。
 それが目の前の騎士の正体だったのだ。

「<彼は……あの琥珀の狂人とは違う意味で狂っている>」
「<正直におぞましいな>」
「<ええ>」

 目の前の騎士をビルーケリッシュさんと似ていると思っていたなんて私はなんて馬鹿な事を考えていたのか。
 似ているはずがない。
 嫌悪の正体が分かれば、ビルーケリッシュさんと似ているなんて欠片も思わない。
 幾ら顔立ちが似ていようが色彩が同じだろうが、似ていると考える事すらビルーケリッシュさんに対する侮辱だ。
 彼は……そして彼等の主は皆狂っている。

「<確かに。私が帝国に産まれていたら、敵対していたでしょうね。私は彼女等の在り方を許容出来ない>」
「<お互い許容できず戦争が起こっていただろうな>」

 クロイツの台詞に内心頷く。
 確かに全面戦争になっていただろう。
 私が帝国に転生しなかった事は誰にとっても僥倖だったに違いない。

「よく……分かりましたわ。――貴方方とワタクシは永劫分かり合う事はないという事が」
「そうですか」

 何時の間にか鉄壁の微笑みに戻った騎士に私は顔を顰める。
 もはや隠す必要もない。
 隠そうが隠すまいが彼には関係ないのだから。

「ええ。あまり有益な時間とは思いませんでしたけれど。いえ? 確かめる事が出来て良かったのかしら? これでワタクシは心置きなく貴方や貴方の主様の末路を切り捨てる事ができますもの」
「それはお役に立てて光栄です」
「ですが、困りましたわ。そんな素直に応えられてしまったからかしら? 一つ疑問が出来てしまいましたの」
「疑問ですか? 私でお答えできる事ならばお答えしますが?」
「あら、それは嬉しいですわ。ならば遠慮なく――どうしてそこまで貴方は親切に教えてくれたのかしら?」

 出逢う事すらイレギュラーである目の前の騎士。
 けど本当にイレギュラーだったのだろうか?
 彼は今回会わずとも、私が帝国を出る前一度は姿を現したように感じるのだ。
 そして今と同じような事を言ったのではないかと。
 何故か私はそう思ったのだ。
 そして強ち間違っていないのではないかとも思う。
 だからこそ疑問だった。
 幾ら主が最高の時間を得られる切欠が私だったとしても、そこまで親切に教えてくれる理由にはならない。
 私の心からの疑問に目の前の騎士は少しだけ驚いたようだったかが、先程よりも感情の起伏は少なく直ぐに微笑みに戻ってしまった。

「<あの狂人と良い彼と良い……赤髪の皇女サマは余程変わり者だったんだろうね>」
「<オマエとは違う意味でな。ま、方向性が違うとはいえ、オマエも相当の変わり者だけどな>」
「<失礼な。……否定しないけどさ>」

 心の安定のためにもクロイツとくだらない事を言いあいつつ答えを待っていたためか私達は突然の乱入者に本気で驚く羽目になってしまった。
 私達と騎士を隔てるように間に入って来た鮮やかな水色。
 何と、間に入り込んできたのは皇女サマ……しかも今回の当事者の一人である彼女だったのだ。
 驚き固まる私を見て皇女サマは何故か私に微笑みかけ、目の前の騎士にキツイ眼差しを送った。
 
「これは姫殿下。このような夜更けにこのような場所に何か御用でもおありですか?」
「寝付けなくて外を見たら貴方がキースダーリエ様といたので。……彼女に何か用があるのですか? ――お姉様の騎士である貴方が」

 穏やかに、全く変わらない騎士と焦りや怯えや様々な感情を抱き声が震えている皇女サマ。
 先程渦中にたはずの私は何故か完全に置いてけぼりになってしまったのだった。

「<えーと。……まずこの構図の意味が>」
「<えー。このコージョサマ、変わり過ぎじゃね? え? 別人?>」
「<いや、流石にそれは無いから。……ないよね?>」
「<しらねーよ>」

 困惑中の私達を置いてけぼりにして騎士と皇女サマの話はヒートアップ? していく。
 その内容によると、処罰される姉上――赤髪の女性であっているようである――の騎士である彼が処罰される切欠である私に確執が無い訳がない。
 だと言うのに、こんな助けも直ぐに呼べないような場所で会うなんて見過ごす事は出来ない。
 一体何を考えているんだ?

 ――って事らしい。
 
「<いやまぁ。皇女サマが正論を言っているのは分かるんだけどねぇ?>」
「<オマエが言っているのか、それ? と言いたくなるような、ならないような>」

 本当にあの海での一件以降皇女サマの変わりようについていけません。

「<後まぁ、やっぱりあの騎士は外面が良いって事かねぇ。もうアンデット騎士って感じなんだけどバレてないみたいだし>」
「<アンデットって……あー。気持ちわりーのはそういう事か。ある意味で性質わりぃな、それ>」
「<本当にねぇ。だけどまぁ。だからこそ私を恨んでいないのは信じられるんだけどね>」

 クロイツも騎士の気持ち悪さの理由に行き当たったらしく、緊張が少しばかり解れる。
 と言っても気味の悪さは消えないならしく、警戒はやめていないけど。

 殆ど一方的な皇女サマの言葉に騎士はあえてはっきりと答えなかった。
 それがさらに皇女サマの不審を呼ぶ。
 蚊帳の外の私から見れば皇女サマが騎士に翻弄されているようにしか見えないけどね。
 それから数回のやり取りの後、疑いがピークに達したらしい。
 皇女サマは突然私の手を掴むと「お部屋に戻りましょう」と言い出した。

「キースダーリエ様。貴女が私を信用していない事は承知しています。ですが、この場所に長居してはいけません。……今だけは私を拒絶しないでください」
「(これ。皇女サマに言われて断れると思ってるのかなぁ? 皇女サマって結構良い意味でも悪い意味でも自分の地位って奴に鈍感だよねぇ)」

 私も『地球』での一生で培われたモノがあるから人のことは言えないけど。
 私はチラっと騎士の方を見る。
 彼はいまだに微笑みを崩さず、此方を見ていた。

「(まぁ聞きたい事が一つ聞けなかったけど。此処を離れる目的は達する事が出来るし、いっか)――分かりましたわ。部屋に戻りたいと思います」

 私の答えに皇女サマは安堵の表情を浮かべて私の手を引く。
 どうやら余程この場から離れたい……彼の騎士から離れたいらしい。
 私は皇女サマに手を引いてもらうってのも結構あり得ない状況だよなぁとお気楽に考えつつ彼女の後に続く。

「キースダーリエ様」

 後ろからかけられた声に私の手を握っている力が強くなる。
 私はそれに気づきながらも歩みを止める事無く、顔だけ振り向く。
 騎士は微笑みを崩す事なくあの異様な雰囲気を纏ったまま佇んでいる。

「先程の答えですが……――」

 彼からはそれなりに離れていたけれど、その声は不自然なほどはっきりと聞こえて来た。

「――……些細な事ではありますが、疑問に思っていた事を解消して頂いたからですよ。……あの子の生死を知る機会を与えて下さって有難うございました」

 その言葉の真意を私が知る事は一生無い。
 声に込められた感情の軽さを考えれば一生知る必要もないだろう。
 私はそう考え前を向くと二度と振り返る事はなかった。

 ――これが私にとって一番印象に残る、それでいて忘れてしまいたいとも思う最悪の「騎士」との最初で最後の邂逅だった。


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