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放棄された集落

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 二人の生まれた集落は森深くに存在していた。
 ルビーン達の案内無しにたどり着けただろうか? と思わず言いたくなったぐらいだ。
 獣人達は皆、小さな集落を作り大陸の彼方此方に点在しているらしいが、もしかしたら隠れ里のような形なのかもしれない。

 獣人が多く住む国とかこの世界には存在しないもんなぁ。エルフも現在は存在を確認されていないし、思ったよりもこの世界って人間贔屓なのかねぇ?

 国家を形成している種族と言えばドワーフくらいだ。
 『ゲーム』をプレイしている時は気にならなかったけど、こう生きていると意図があるように感じてしまう。
 とはいっても、たとえ神々に何かしらの意図があったとしても、それを知る日は来ないわけだけど。
 集落は放棄されてから時間が立っているのか、もはや集落跡と言って良い風情だった。
 ルビーン達の生まれた地は獣人狩りにより襲撃され、放棄されたらしい。
 壊れた建物と、争った後が未だに残っている。
 物悲しくなる光景に私は心の中で手を合わせる。
 横では護衛としてきていた騎士達が祈りの言葉を上げていた。
 誰もがこの集落に起こった悲劇に思う所があるらしい。

 そりゃそうだよね。この集落の平和を壊し、この光景を生み出したのは人なんだから。きっと死者も出ただろうし。

 ルビーン達もきっと獣人狩りによって攫われ裏組織に売られたのだろう。
 そこでのし上がってしまう所、二人の素養について思う所がでてしまうわけだが。
 
「この集落のヒト達のその後は分かっていますの?」
「いヤ? 生きてるのもいれバ、死んでのもいるんじゃねーカ?」
「それでいいんですの?」

 双子の片割れは共にいるから気にせずにしなくて良いとはいえ両親は居ただろうに。
 自分達の経歴を恥じて逢わない事を決めているならば、別に口を出す気は無いのだけれど。……そうは見えないのがねぇ。
 生死すら気にならないのだろうか?
 じっと見ていると、何を言いたいのか分かったのかルビーンがクッと笑った。

「悪い親ではなかっタ。ガ、あえて生死を確かめる程の情はネェ」
「そう」

 親が子、子が親に対する感情など千差万別だ。
 私だって今の家族が家族だからこそ懐に入っているだけで、『前』のような人達ならば血の繋がった他人としか思わなかっただろう。
 ルビーン達が他者に強要されてではなく、本心からそう思っているのならば、何も言う事は無い。

「俺達は早々に捕まって売られちまったガ、生き残った奴等が埋葬して、この集落を放棄しタ、らしイ」
「らしい、とは?」
「家捜しをしたラ、そんな感じのどこぞの誰かの日記が残ってタ」
「家捜しって」

 何故生まれ故郷で盗賊まがいの事をしているのでしょうか? この二人は。
 あっけからんと言っているルビーンに騎士達がどん引きしている。

「多分、自分の家ダ。だから問題ねぇヨ」
「あると思いますけど。いえ、その前に多分って何ですの? 自分の家と確信がもてませんの?」

 そして、自分の家ならば、その日記とは親が残した物では?
 後、どうして自宅なのに家捜しなんて言ってるのでしょうね?

「皆似たような家だからナァ。俺達のもんが置いてある訳でもねぇのニ、見分けんのは無理だってノ」

 ケラケラと笑うルビーンに否定しないザフィーア。
 つくづく二人と私では家族に対する考え方が違うのだと思い知らされる。
 それとも獣人とは皆、こうなのだろうか?

「<獣人ってのは皆、頭ぶっとんでんのか?>」
「<違う……と思いたい>」

 過去に読んだ本に書かれていた獣人の話は特殊な例だと思いたい。
 けど、会った事がある獣人を二人しか知らない私には判断材料が無い。
 後、他がまともなら私の運がなさ過ぎる。……類友では絶対無い。認めない。
 何だかどっと疲れた気分になりつつ私達は集落跡に足を踏み入れる。
 集落の建物は欠けていたり、壊れていたりと争いの痕が見られたが、思ったよりも片づいている印象を受ける。
 多分生き残ったヒト達が亡くなったヒトを埋葬し、瓦礫などを片付けた上で放棄したのだろう。
 残った財産を探すためなのか、この地に対する愛着などによる情によりなのかは分からないが。
 寂れていたが、考えていたよりも恐ろしい印象を受けない集落の中を歩いていると一際大きな建物の前につく。

「ここに日記がおいてあったんダ」
「さらっという事では……貴方方、もしかして村長とか一族の長の血筋とか、そういった纏め役の一族の子だったのでは?」
「さぁナァ」

 本気で興味の無さそうな雰囲気のルビーンと首を傾げているザフィーアに私は内心頭を抱える。
 確かに、血が繋がっているだけの存在に情が沸かないのは仕方ない。
 その事で責めるつもりはない。
 が、攫われた時の年齢を知りはしないが、分別の付かない子供ではなかったはずだ。
 だと言うのに、自分達のルーツに対して此処までの無関心とは。
 思い出したくはないという自己防衛反応かとも考えたが、この様子では本気で興味が無いとしか思えない。
 これは人間と獣人との違いなのだろうか?
 それとも二人が特別変わっているのだろうか?
 此処までくると追求するのが怖くなってくる。

「この建物の中ニ、ある条件を持った存在しか開けられねぇ箱があっタ」
「箱?」

 何事も無かったかのように話し出すルビーンに頭痛を感じつつ私は先を促す。

「あア。その箱の開ける方法は分かってるけどナ」
「その箱を開けるのにワタクシが必要という事かしら?」

 ルビーンは無言で笑った。
 この期に及んで答えないルビーンに私は盛大にため息をついた。

「まぁ言いたくないなら良いわ。それで? その箱はどこなのかしら?」
「こっちダ」

 無造作に建物に入っていく二人にもう一度溜息をつくと護衛の方々に周囲の警戒を頼み私は先生方と共に建物へと足を踏み入れる。
 此処で制止が入らない所先生方は信頼されているのだなぁ? と、ふと思った。
 実際問題ルビーンとザフィーアが先生方と敵対した場合勝つのは先生方だと思う。
 だが本気の殺し合いならばどうなんだろうか?
 
 先生方が負ける所は想像できない、とは思うんだけどねぇ。けどなぁ、対人戦に特化した暗殺者として育てられた身体能力の高いルビーン達が相手だと先生方も少々分が悪い気がする。いや、その前に私が止めるんだけどね。

 そもそも敵対する事はない。
 浮かんだ想像をかき消すと、ルビーン達の後に続く。
 放棄されてから大分たつからだろうか?
 損傷が激しいし埃も積もっている。
 心無い人々により数多の獣人が殺され、攫われ、最終的には放棄された集落。
 耳を澄ますと人への怨嗟が聞こえてきそう。
 
 この集落の生き残りは今でも人を憎んでいる。これは確信に近い推測だ。ルビーン達が例外と考えておいた方が良い。

 周囲に分からない程度に眉を顰める。
 せめてこの集落を襲った組織は調べ上げて捕縛しよう。
 他人に興味の無い私とて最低限の道徳観と法を順守する気持ちくらいはある。
 人さらいも人身売買も罰せられるべき犯罪なのだから。
 とは言え、帝国に遊学に行く際、ルビーン達に「ラーズシュタイン家に迷惑が掛からない様にしなさい」と言ったから、既に壊滅しているかもしれないが。
 色々な事に思いを馳せている内に目的の場所にたどり着いたらしい。
 ルビーンにある一室内に案内された。

「この部屋に資料がおいてあっタ」

 この建物の中で一等広いであろう部屋に入り足を止めたルビーン達に続き部屋を入ると、そこは執務室と言った雰囲気の部屋だった。
 棚には大量の本などがおさめられている。
 一冊手に取ってみたが思ったよりも劣化していない事に首を傾げる。
 
「保存の魔法でもかかっているのでしょうか?」
「いや。魔力の気配はないな」
「では、これほど損傷が少ないのは運が良かったのですね」
「……少々納得はいかないが、そうなるか」

 紙は羊皮紙と違い劣化しやすい。
 そんな紙の本が保存の魔法もかけられる事無く此処まで長い間損傷無く残っているのだから運が良かったとしか言いようがないと思う。
 雨風に晒されなかったというのも理由の一つだとは思うけど。
 執務室っぽい部屋の割に窓一つ無い部屋を見回す。
 少しばかり閉塞感がするのは多分そのせいだろう。
 
「集落の成り立ちモ、ここを放棄するまでの経緯モ、全部ここに残されてタ。マァ、本当に大切なもんは奥に隠してあったがナ」
「本当に大切なもの?」

 首を傾げる私を他所にルビーン達は本棚の間にある大きな柱時計に向かっていった。
 何となく嫌な予感がするのだが気のせいだろうか?
 止めようかと悩んでいると、うっすら笑みすら浮かべた二人が時計を前にするとおもむろに片足を上げた。

 ドン! ガラ! ガシャン!

「「「……は?」」」

 ルビーンとザフィーアの蹴りが一閃。
 あれだけ大きく頑丈そうな柱時計が一撃で粉砕されてしまった。
 言葉を失う私達三人が見えているのかいないのか。
 二人は粉砕された時計の破片を蹴り飛ばしどけると今度は壁に向かって足を向ける。

「ちょ、ちょっとまちな……」

 止める間も無く轟音が再び部屋に響き渡る。
 蹴り一つで壁を蹴り破った二人は、ようやく振り向いた。

「隠し部屋ダ。本当に大切なもんはここに置いていったみてぇだゾ?」
「……いやいやいや。どうして壊してしまいましたの?! 時計ならともかく……いえ、時計も問題ですけれど! なにより壁なんて壊したら建物に影響がでてもおかしくありませんのよ!?」
「元々扉みてぇなもんだから問題ねぇヨ。大体、もしなんかあっても主を抱えてさっさと出ればいいしナ」
「此処には先生方もいらっしゃいますのよ!」
「知らねぇナァ。マァ、自力でどうにかすんじゃねぇノ?」

 本気で言っているのが分かるからこそ頭痛が止まらない。
 私は主を持った獣人に対する認識が甘かったもしれない。
 いや、どちらかと言えば二人の性格のような気もするけど。

「シュティン先生、トーネ先生。我が従者が失礼致しました」

 頭を下げると「獣人にありがちな態度だ。思う所が無いわけではないが、君にではないから気にしなくて良い」やら「キース嬢ちゃんが謝んなくてもいいって」などと言ってくれた。
 よくよく聞くとルビーン達に対する呆れなどは募っている気がするけどね。
 仕方ない。
 自業自得だし。
 私は一切フォローする気はない。

「前の時は一体どうやって入りましたの?」

 先程まで壁は勿論時計も壊れていなかった。
 前見つけた時は一体どうやったというのだろうか?

「前は一応時計はどけた上で壁は普通にあけたナ」
「なら今回もそうしなさい!」
「めんどくセー」
「面倒」
「変な所でめんどくさがらないで下さいまし!」

 この二人の場合、面倒というよりも「この方が面白いから」でやっている気がしてならない。
 溜息を吐きつつ睨みつけると二人はニヤリという描写が似合う笑みを浮かべている。

「ルビーン! ザフィーア!」
「放棄された建物だし問題ねぇサ」

 笑って隠し部屋の中に入っていってしまう二人に私は盛大にため息をつく。
 怒るだけ時間の無駄なのは分かっているのだが、一応これでも私は公爵令嬢なのだ。
 その従者の二人には相応の礼節が必要となる。
 我が家の評判のためにも奔放過ぎるのでは困る。

 ……とは言え、時と場所を選んでやっているのが非常に困る所なんだけどねぇ。

 臨機応変をこんな事で使わない欲しい、切実に。

「<あの犬っコロ共は怒鳴っても変わらねーんじゃね?>」
「<言わないで。心が折れるから>」

 出来るのにやらない。
 けど時と場合を選んでいるから性質が悪い。
 
「<馘にする程の理由にならないのがねぇ>」
「<オマエが相応の理由も無しに馘に出来ないって分かってやってるしなー?>」

 本当に性質が悪い。
 私はもう一度盛大にため息をつくと振り返り微笑む。
 多少疲れが滲み出ている気がするが、気にしないで下さい。

「中に入っても問題はないと思います。先生方は如何致しますか?」
「行くが……大変だな」
「疲れたら言えよ? 愚痴を聞くことぐらいしか出来ないけどな」
「有難う御座います」

 先生方の何とも言えない表情に苦笑を返し振り返ると二人が隠し部屋の向こうに立っているのが見えた。
 平然としている所、取り敢えず私の身に危険はないのだろう。
 だから警告も無いし、無防備に呼ぶ。
 私は二人……【主】を得た獣人の引く一線に頭痛を感じつつ隠し部屋に足を踏み入れるのだった。

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