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星瞬く夜空の下で約束を

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 あれから私達はアンドロイドが再び現れる事を警戒して、神殿へ向かう事を一端諦める事にした。
 一端と言った通り、神殿には何時か行くつもりだが、今回の旅では様々な情報や準備が足りない、という事になったのだ。
 多分先生方だけならば、何日でも待ってリベンジマッチとなったのだろうけど、今回は一応護衛と言う名目がある。
 護衛対象であり、少しだけ悔しい話だが足手纏いの私がいる以上、深入りは禁物という事なのだ。
 私としてもあのアンドロイドが何故か私を執拗に狙ってきた事を考えると情報が足りないと感じているし、無理は出来ないと思ったので別に反対はしなかった。
 
 水無月灯さんから譲渡された形になっている【巡り人の休憩所】の事をあのアンドロイドは見抜いた。つまり、あのアンドロイドは水無月さんと知り合いという事になるはず。……ならきっと、主ってのは土の聖獣様って事になるだろうなぁ。

 地上の生き物に嘆き悲しんでいる、とあのアンドロイドは言い怒っていた。
 それこそ、地上の生き物を殲滅する事を厭わない程に。
 強い忠誠心を持っていると分かると同時に倫理観に関しては人とは違うと考えた方がよさそうだ。
 後、推定だけど土の聖獣様に関しても、様々な可能性を考える必要がありそうだ。
 
 聖獣様の全てが私達に友好的だとは思ってなかったけど。まさか存在すら厭う程に嫌っているとはねぇ。

 私は一度思い浮かべた思考に対して首を傾げる。
 視線が宙を彷徨い、思考も同時に彷徨いだして暫く、行きついた結論に内心ため息をつく。

 違うか。正確には地上の生き物がした何かに対して土の聖獣様が嘆き悲しみ、それを長い間見守って来た従者であるアンドロイドが地上の生き物に対して憎しみを募らせた、って感じかな?
 
 理不尽と言えば理不尽だが、聖獣様が何を嘆いているかによっては此方に非がある事になる。
 ただ物語のラスボスみたいだな、と思わなくもないが。
 後、水無月さん達は一体どういう事を想定してあのアンドロイドを生み出したのだろうか、とも思った。
 
 ギミックの一つとして生み出したならあそこまでの思考や「心」を持つ必要はない。つまりあのアンドロイドはきっと従者として見守る存在として生み出された。ただその場合、あのアンドロイドを倒すとラスボスである土の聖獣様が覚醒して人類の敵になる可能性があるような? あはは……それは辞めて欲しいなぁ。

 実際、魔王誕生とか勘弁して欲しい展開である。
 しかもラスボスが聖獣様とか、勝てないし。
 現在、神々がほぼ降臨してこない以上、聖獣様方はこの世界では最強の存在だ。
 その御一方―― 一柱? ――が敵対するとか下手すると世界が滅茶苦茶になってしまう。
 幾らゲームではなく現実だからと言って、そんな方向に向かってしまうのは勘弁して欲しい所である。
 救いはあのアンドロイドには人に対して過剰攻撃を加える事が機能的に出来ない、という事だろうか?
 破壊ではなく、捕獲すれば聖獣様が何を考えているか、何に嘆き悲しんでいるかが分かるはずだ。
 砂嵐の件も含めると難易度がかなり高い事は変えられない事実だが。
 正直獣人族が人族に対してどう思っているかも含めて頭が痛い。

「まぁ土の聖獣様はともかく獣人族に関しては私が頭を悩ます事でもないと思うけど」

 あのアンドロイドは私を執拗に狙っていた事も考えれば、私も当事者と言えなくもない。
 何時かは再びあのアンドロイドと会わなければいけないのだろうという気持ちもある。
 けど、獣人族に関しては別である。
 仮に獣人族と人族の間に確執があったとしても、一貴族令嬢が考えなければいけない事ではない。
 そこまで行くと国が主導にならないといけない問題だし。
 私に出来る事なんて、今回の事をお父様に報告する程度だ。
 それすら先生方に比べれば重きもおかれる事は無い。
 
「当たり前だけどね。私はまだ学園にも入ってない子供なんだから」

 貴族だったとしても、親が宰相だったとしても、私自身は子供。
 国王陛下に独力で謁見するだけの力もなければ、意見を通す力も無い。
 それが当たり前だし、忘れちゃいけない大切な事実である。
 その事実を忘れてしまえば親の権威を自分のモノと勘違いする痛い子供の誕生である。
 『前』の記憶があるからこそ、その後、どういった人間になるかが想像できてしまうし、そうなった自分を想像するだけで恥ずかしさで顔が赤くなる。
 簡単に言ってしまえば、私が悩むには内容が壮大すぎる、の一言につきてしまうのである。

「つまり、もっと身近な問題で悩むべきなんだよねぇ」

 そう、もっと身近な問題。
 正直、それを考えたくないから、こうやって別の事を考えていたわけだけど。
 思ったよりも話が壮大になったのは想定外だけどね。
 私はぼんやりとあたりを見回す。
 皆が各々動いている中からルビーンと言い合いをしている青年を見つけ、目を細める。
 
「……あんたは“クロイツ”? それとも“フェルシュルグ”?」

 バカげた問いだ。
 彼は“フェルシュルグ”であり“クロイツ”だ。
 それを私は理解しているのだから。
 それでも晴れない胸に蔓延る霧、しこりこそが今の私にとって一番身近な問題なのである。
 悩みの元凶となっている青年を見つめ、私は小さくため息をついた。





 暫く砂嵐の前に居た私達だったが、今は昨夜と同じ場所で野宿している。
 境界線を越えればあのアンドロイドは来ないだろうとの判断だが、確証がある訳では無いので、昨夜とは違い皆何処かピリピリしているのを肌で感じる。
 今も各々準備などをしているけど、私を視界から外さないようにしているのが分かる。
 執拗に狙われたのが私であり、今回の護衛対象なのだから当然の事だろう。
 私も出来るだけ皆の視界から消えない様に座っている。
 ……本来ならば近くで護衛をしてもらうべきなのだと思う。
 けど、どうしても、少しでも良いから一人になりたかった。
 とんでもない我が儘だ。
 分かってる。
 私個人の感情なんて今は邪魔でしかないなんて。
 けど、そんな私の我が儘を皆聞いてくれて、ギリギリ譲歩されたのが今の状況だった。
 感情の制御が出来ない自分が情けないと自嘲する。
 我が儘の末一人になれた私だけど、心にあるしこりは中々取れてはくれない。
 そのしこりの原因があの青年に対しての私自身すら説明出来ない感情のせいだと、今でもそこまでしか分かっていない。
 別の事を考えても消える事は無い。
 最後には同じ所に戻り、しこりは消える事はないのだから。
 結局、私は私自身と向き合うしかないのだ。
 私は空を見上げ切り替えるために深呼吸をした。
 クロイツが嘗てフェルシュルグだったのは知っている。
 それを理解して私もクロイツと【契約】を交わしたのだから。
 フェルシュルグの事は今でも大嫌いだ。
 この感情はずっと変わらない。……変わらないはずだ。
 ならクロイツは? と言われれば「私はクロイツは嫌いじゃない」と答える。
 と、言うかクロイツは私にとって既に身内の一人なのだ。
 頭では「クロイツ=フェルシュルグ」と理解している。
 じゃあ私は何が引っかかっているのかな?
 
「フェルシュルグはこの世界を認めなかった。自分自身を認めなかった。そうして……最期は勝ち逃げした」

 自分で命を絶つなんて私にとって絶対に許せない方法でこの世界から消えた。
 口に出せば怒りが沸きあがる。
 やっぱり、結論は同じ。
 私は彼が大嫌い。

「クロイツはこの世界を受け入れている。それが諦めからだとしても。自分が『地球』の記憶を持つ今を生きる存在だと認めた」

 今でも『地球』に戻るために自死したいと思っているかは分からないけど、そんな素振りは今の所は見られない。
 だからこそ前提としてクロイツを嫌う理由がない。
 それ以上の感情を抱いたのはクロイツを過ごした結果だけど、初歩は其処からだった。

「フェルシュルグとクロイツは同一の存在」

 フェルシュルグも『同郷』だったけど『同胞』では無かった。
 道は違え、敵対し、忘れられない記憶だけを残して消えていった。
 そんなフェルシュルグの生まれ変わりとも言える存在がクロイツだ。
 クロイツは黒豹だ。
 普段は子猫みたいだけど、大きくなれば美しい姿になって現れる。
 けど、今のクロイツの姿は青年……フェルシュルグの姿だ。
 そして私は青年を見て大きなしこりを抱いた。

「私は同一人物だと認識していなかった? 違う。ならフェルシュルグの過去をクロイツに聞いたりしない。じゃあ一体どうして?」

 こんなに私は今のクロイツを見て困惑し、悲しく思い、恐れの様な気持ちを抱えているのだろうか?
 
「――ああ。私は“悲しんでいる”のね」

 そして何かを失いそうだと思い恐れる気持ちも抱えている。

「本当におかしな話。誰も失ってなんかいないのに」

 感情に一部に説明がついたとしても、霧は晴れない。
 一体私は“何で”困惑し、“何に”悲しみ、“何を”失ってしまうと思っているの?
 分からない。
 分からないからどうする事も出来なくて苦しい。
 抜け出す事の出来ない迷宮を彷徨っている気分だ。
 心なしか視界まで暗くなった気がする。
 
「リーノ」

 上から突然声が私にかけられた。
 悩む私は近くに人が来た事に気づかなかった。
 今一番聞きたくて、一番聞きたくはない声に体が固まる。
 ぎこちなくだが顔を上げると銀色と金色の双眸が私を見下ろしていた。
 心配そうな、不安そうな、何かを問いかけたいと言いたいと複雑な感情を宿した眸。
 何故か、とても見覚えのある眸だった。
 
 これは……ああ、そうだ。帝国への道中、初めてクロイツの黒豹の姿を見た時、あの時もこんな目をしていた。

 既視感の正体に行き当たり、腑に落ちる。
 だと言うのに、私の抱くしこりは大きくなった気がした。

「そろそろいーか?」
「……少し聞いても良い?」

 青年の問いかけを無視して、私はゆっくりと口を開く。
 彼は最初答えが得られない事に眼を細めたが、尋常ならぬ私の態度に眉を顰めた。
 けど、断る事無く私の前にドカリと座った。

「なんだよ?」
「あなた……あなたは誰?」
「はぁ?」

 何を馬鹿気た事を、という顔をした彼が何かを言う前に再び口を開く。

「あなたは“フェルシュルグ”? それとも“クロイツ”?」
「あのなー。んなこと分かって……あー」

 何か言おうとした彼は私の表情を見ると口を閉ざし、頭をガシガシと音がする勢いで掻いたかと思うと膝に肘を置き此方を見た。
 その座った目と態度に私は“クロイツ”を感じた。

「オレは“フェルシュルグ”であり“クロイツ”だ」
「そうね」
「前はお坊ちゃんに嫌々付き添ってた平民の付き人。身代わり人形みてーなもんだった。あの坊ちゃんが何か問題を起こした時に身代わりになるようにな」
「そんな所じゃないかと思ってた」

 実際、問題を起こしたのはフェルシュルグだったけど、あの家はフェルシュルグを最初からいない存在とした。
 きっと問題を起こしたのが令息だったとしても同じ事が起こったのだろう。
 あの家はそういう家だったから。

「オレ自身もこんなクソったれな世界に嫌気がさしてたからな。別に扱いに対して思う所はねーよ。まー、まさか敵対した相手が『同郷』だとは思いもしなかったがな」
「あんな捻くれた『同郷』と会うなんて私も思わなかったわ」
「そりゃそうだ。何の因果か敵対するなんて状況でオレとオマエは出逢った。もっと穏やかな状況で別の奴と会う可能性だってあったのにな?」
「相手によっては私よりも余程穏やかな関係を築けていたでしょうね」

 その方が彼にとってはよかったのでは? とすら思う。
 けど、彼は私を見ると苦笑した。

「けどな、オレにとって『同胞』はオマエだ」

 意味のねー「IF」だが、会った『同郷』がオマエじゃなければ、オレは『同胞』とまでは思わなかった、なんて軽く言ってのける彼に私は言葉を失う。
 あんな結末を招き、紆余曲折の末落ち着いたとは言え、決して楽しい道のりを歩んだとは言いづらいのに。
 簡単に言ってのける彼には驚きしかない。

 クロイツを身内とカウントしている私が思って良い事でもないか。

 自分を棚に上げた考えに内心苦笑する。
 すると私の思考を読んだわけでもないのに、彼はとても悪い笑みを浮かべた。
 
「ま、オマエを『同胞』だと思っていたからこそ、あんな風な結末になったわけだが」
「悪趣味」
「承知の上だっての、ばーか」
「本当にムカつく。やっぱり、私は“フェルシュルグ”の事が嫌い」
「そうじゃなきゃ困んな。あそこまでやったんだからな」
「けど、私は“クロイツ”の事は嫌いじゃないの」

 矛盾している。
 それ自体は今更だった。
 けど、彼と話していて少しずつ分かってきた事があった。
 私は怖い。
 “クロイツ”が“フェルシュルグ”に食われてしまう事が。
 延長線上にあるし、同一人物な事は理解している。
 けど、嫌いな“フェルシュルグ”の部分が大きくなって“クロイツ”の部分が小さくなる事が怖い。
 きっと失う恐怖はここからきている。
 じゃあ他の感情は?
 彼について考えればその答えは出るだろうか?

「フェルシュルグは自身をこの世界の“異物”と定めてしまっていた」
「そうだな」
「この世界をまるで幻みたいに、全部を夢みたいに思ってた。とても地に足がついているようには見えなかった」
「間違っちゃいねーよ。“オレ”にとってこの世界は現実味の無いモンだったからな。何時だって“オレ”の気持ちは『前の世界』にあった」
「この世界にとって私達が異質である事は事実だけど、それでもこの世界で生きているの。私達は“彼”の夢なんかじゃない」
「ああ」

 フェルシュルグに対する罵倒の言葉が、嫌いな理由がポロポロと零れていく。
 言葉にする事で私はフェルシュルグが嫌いだった理由が段々明確な形になっていく。
 
 私は……私はあんな死に方をする前からフェルシュルグが嫌いだった。多分、初めて話をしたあの時から。

 顔を上げると彼が私を見ていた。

「敵対していた事は関係無い。だってそれだけなら私はもうフェルシュルグの事なんて忘れていた」
「オマエの場合、無関心どころか記憶から削除してるみてーに興味が無くなるからな」

 それが分かったから“オレ”は最期にあの方法を取ったんだ、と言われる。
 的確に私の一番嫌な部分を付いてきた彼の方法に苦笑する。
 性格も生きて来た環境も違う。
 話した事だって殆どないと言うのに。
 なのに、あそこまでピンポイントを突けたのだと分かれば、もはや呆れるしかない。

「最期には私の一番嫌いな方法で死んだ上、勝ち逃げしていった」

 本当に腹が立ってしょうがない。

「私はあなたが……フェルシュルグが嫌い。大嫌い」
「おう。“オレ”も“オレ”の事なんざ気にしもしない、道が違えればあっさりと忘れちまうお前の薄情さが嫌いだよ」

 ニヤっと笑う顔は最期の時の“フェルシュルグ”の表情であり、“クロイツ”が良くする表情でもあった。
 
「良かったな? 両想いだぜ?」
「良くない。こんな最悪の両想いってあり?」
「ありなんじゃねーの?」

 ニヤニヤと笑う彼に溜息をつく。
 彼と話していく中で段々心の整理はつき、自分の抱く霧の内容は分かっていくが、素直に喜べない。
 何とも言えない気分である。

「クロイツはこの世界を受け入れているでしょう? 諦めからか、生まれ変わったからかは知らないけど」
「そうだな。クソったれな世界って言う認識は変わりねーけど、まぁ面白れぇやつもいるし、仕方ねーかと思ってなー」
「ちゃんとこの世界に執着している」
「まーなー」
「だからあんな方法では死のうとは思わない?」

 最後だけは確証が無い。
 けど、先程の言葉を信じるならば、自死しようとは思わないだろうとは思っていた。
 案の定彼は意地悪気な笑みを浮かべた。

「死ぬ理由もねーし。何だかんだ、ここはそれなりに面白れぇ世界だからな。今更、自分から死のうは思ってねーよ」
「だから……私に“クロイツ”を嫌う理由はないの」

 むしろクロイツは私にとって身内なのだ。
 フェルシュルグならごめんだけどクロイツなら『同胞』と呼んで良いくらいには私はクロイツに心を許している。
 はっきり言ったりはしないけど。
 同一の存在でありながら真逆の思想と行動を取っているフェルシュルグとクロイツ。
 多分……それが私が困惑した理由だ。

「何もかもがこの世界に馴染んでいなかったフェルシュルグとこの世界を認め馴染むように生きているクロイツ」
「けど、どっちもオレだ」
「ええ。フェルシュルグの地続きにクロイツはいる」
「とは言え、オレが言うのも何だが、フェルシュルグとクロイツは同一人物と言い切るには心情に変化があり過ぎる。オレ自身がそう感じてんだ。オマエが混乱する気持ちも分からなくもねーよ」
「そうね」

 これで喪失への恐怖と困惑の理由は分かった。
 後は悲しみだけ。
 けど、流石に此処までくれば私も自身の感情が何処に起因するが分かって来た。
 彼は意地悪気に笑いながらも、決して私のいう事を否定しなかった。
 席を立ちもしなかった。
 態度とは裏腹に私の愚痴とも質問とも言える言葉に真摯に対応してくれた。
 ……私はふと、彼になら言っていいかもしれないと思った。

「……ねぇ。私も今の私になるまでに別人のような時代があったって言ったら驚く?」
「あん?」
「嘗て【わたくし】は『わたし』と言う存在をお話する事の出来る見えないお友達だと思ってたの」

 この事を話すのは初めてだった。
 けど、何だか、彼には話すべきだと思った。

「そうなのか? 確かに最終的に混ざり合ったとは聞いてたが、生まれてすぐになったのかと思ってたぜ」
「違うのよ。混ざり合ったのはもっと後。その期間は【わたくし】と『わたし』は共存していた形になるかな? その後混ざり合った。切欠は……そうね。ある意味、あなたの御蔭で同一の存在になったわけだけど?」

 あの時、死にかけなければ私は「私」にはなれなかったかもしれない。
 だからと言ってフェルシュルグの所業を許す事はできないけれど。
 詳しくは言わなかったが、彼はそれが何時か分かったようだ。

「おいおい。あん時かよ? ――けど、そうか。オマエも、そうなのか」

 彼は何かにとても驚いていた。
 銀と金の眸が私を見据えた。

「思ったよりも共通点は多いが、全く違う結論に達していたってことか。……そりゃフェルシュルグを嫌うわけだ」

 無意識ってこえーなー、と言う彼に私は眉を顰める。
 けど、彼はそれ以上説明する事はなかった。
 手を振ると再び何時もの笑みを浮かべた。

「ま、どうでも良いだろ? 嫌いなやつの過去語りなんぞ」
「まぁそれはそうね」
「ブレねーこった――んで? 心の整理はついたのか?」

 彼に問われて私は瞼を閉じると自分の内に問いかける。
 悲しみの原因ももう分かっている。
 私の中にある感情に名前が付き、原因が分かり、スルスルと糸が解けるようにある所へ収まっていく。
 私は怖かった。――フェルシュルグがクロイツを塗りつぶす事が。
 私は悲しかった。――もうクロイツである時と同じように接する事ができないのかと。
 私は混乱した。――クロイツは嫌いじゃない。けどフェルシュルグは嫌い。なのに彼を嫌いでいてはいけないの? と。

 多分、私が一番困惑していたのは最後だ。
 そう。
 私はフェルシュルグが嫌い。
 私はクロイツが嫌いじゃない。
 とても矛盾している感情を私は今まで制御し整理できていると思っていた。
 その考えが甘かったのだ。
 今回の件でクロイツは人化出来るのだと判明した。
 そしてその姿は当たり前だがフェルシュルグのものだ。
 つまり、視覚情報は彼がフェルシュルグと示している。
 だから混乱した。
 私はフェルシュルグを嫌っていてはいけないの? と。
 クロイツが嫌いじゃないからってフェルシュルグを嫌いでいる事はいけない事? とも考えた。
 それはいけない事だと心の何処かで言っていた気がしたのだ。
 だって、フェルシュルグとクロイツは同一の存在なのだから!

 今まで割り切れていたのはクロイツが黒豹の姿だったからかもしれないと思いついてしまった。しかも事前情報無く突然フェルシュルグの姿で現れたから、混乱して、今まで私は割り切れていないと気づいてしまった。つまり私は今までのツケを払わされたって事になる。情けない事に此処まで悩んだのは今まで割り切れていたと思っていた私の過信から。

 全てを理解していなかったとは思う。
 そこまで自分が愚かだとは思いたくない。
 けど、確実に考えないといけない事を考えていなかった。
 だからこそ私は此処まで原因にたどり着かず悩んでいた。

 けど、もう悩む事はない。だってクロイツ自身が別人のようだと感じるくらい「彼」は変わったのだから。

 自分の浅慮は恥じるばかりだけど、悩み過ぎるのも良くはない。
 ある程度で納得すべきだろう。
 こればっかりは自身を甘やかしていないはずだ。
 
 それに、たとえ私が自身を必要以上に甘やかしても、その姿を鼻で笑って正してくれる存在はいる。その事に私は感謝すべきなのかもしれない。

 まぁ、自分を過度に甘やかすのは良くないし、何処かで違和感に襲われそうだけど。
 ストッパーがいたとしても、頼りにしすぎるのは性に合わないし。
 私は私の道を決意と覚悟を持って歩みたいのだ。
 今回の事は良き教訓として、先に進むべきだ。
 感謝はしている。
 それも口にだしていう事はないだろうけど。
 全ての感情に整理がつき、これからすべき事も分かった。
 迷いは晴れた。
 ゆっくりと瞼を開ける。
 私の答えを待つ銀色と金色の双眸が少しだけくすぐったい気がした。

「あなたはフェルシュルグ?」
「ああ」
「アンタはクロイツ?」
「ああ」
「私はフェルシュルグが嫌い」
「だな。“オレ”もオマエが嫌いだったな」
「私はクロイツが嫌いじゃないわ」
「おー。オレもオマエは嫌いじゃないぞ」

 まるでなぞかけのような問答に二人して吹き出す。

「私はフェルシュルグが嫌いでいいのね?」
「おう。そうじゃないと“オレ”が死んだ意味がねーだろーが」
「クロイツの事は嫌いじゃないけどいいのかしら?」
「【契約】までしたアルジサマに疎まれるのはキツイぜー」
「もっと深刻そうに言ったら?」

 “フェルシュルグ”の最期の姿が薄れていき、今の彼に重なっていく。
 彼はニヤリと笑った。

「別に犬っコロ共と違って魂まで捧げちゃいないしな」
「アンタにそこまでされたら私が困るから」
「これ以上盲目的なやつは困るってか?」
「本当にね」

 溜息をつく私に「ごしーしょーさま」と棒読みで行ってくる彼の額を弾く。

「ねぇ――あなたはだぁれ?」

 痛そうに額をさすっていた彼は再びニヤリと笑った。

「オレは嘗てフェルシュルグと名乗っていた。んで死んだが何の因果か黒豹に生まれ変わっちまった。んで今の名前はクロイツ。オマエの使い魔様だよ」

 彼――クロイツは声高々に宣言した。
 その答えに私も微笑む。

「ええ、そうね。アンタはクロイツ。私の使い魔で相棒。嘗ての名はフェルシュルグ。彼は多分私にとって最初で最後の大嫌いな人。生涯忘れる事ができない人」
「それこそ“オレ”の願いだからな。むしろ忘れてくれるなよ」

 “フェルシュルグ”の言葉に私も笑う。
 何処までも悪辣に、そして何処までもふてぶてしく。
 だって大嫌いな人の事を話しているのだから。

「ええ、約束するわ。私は一生涯忘れない。フェルシュルグという『同郷』の人間が居た事を。そして私はその人が大嫌いな事を」

 昨夜と同じく星が輝いている。
 その夜空の下で私は不敵に笑った。

「この星空に誓ってね!」

 私達は星空の下で最高で最低な約束を交わした。
 それを私達に以外に知る人もいないし、知らせる事も生涯ないのだけれどね。


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