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砂嵐と守護者(3)
しおりを挟む【【役割を有する者を排除する。――命令コード違反・機能低下――真の守護者は我だ。――コード違反・警告――主の憂いを払う!】】
一人芝居のような挙動にクロイツが首を傾げる。
「何かおかしくねーか?」
「確かに」
まるで人としての心と機械としての機能が争っているような。
一つの体の中で二つの人格が争っているような、そんな風に見える。
心は私達を排除したい。
けど本来の役割は神殿への道案内みたいな?
そんな矛盾と争っているような、そんな感じなのだ。
ただでさえ見慣れないボディの存在だ。
先生方は完全に困惑していた。
あのルビーン達ですら訝し気だ。
「<この世界には二重人格ってあるのかな?>」
「<この場合、ちょっと違うけどな>」
「<そうなんだけどね?>」
攻撃をするべきか、退却するべきか。
困惑の中でも次の手を考えるが決定打が無い。
そんな感じで決めあぐねているとアンドロイドの動きが急に鈍くなった。
まさか緊急停止? と思ったが、眼だけは爛々を輝いている。
先程までの無機質さが嘘みたいだ。
それにより敵意を失っていない事に気づき、改めてカタナを構える。
【【排除する。……ゴーレムよ! 全てを踏みつぶせ!】】
アンドロイドの声と共に数体のゴーレムが発生する。
やっと見慣れた存在の登場に先生方も臨戦態勢に入った。
そこからは乱戦へともつれ込む。
明らかに狙いを私達に付けているゴーレムに先生方が間に入り交戦となったのだ。
「キース嬢ちゃんを護れ!」
トーネ先生の号令に私達の前で護衛の方達が陣を組む。
するといつの間にか小型のゴーレムも創り出していたのか、あっという間に激戦となる。
「主は下がってロ」
「我等が護ル」
ルビーンとザフィーアも討ち漏らしたゴーレムを破壊していく。
先生方は巨大なゴーレムの相手をしつつ牽制かアンドロイドにも魔法を放っていた。
アンドロイドはゴーレムを操りながらも旋回するように魔法を回避している。
乱戦とも言える様相に私は一歩引く。
護衛の人達とルビーン達の御蔭でここまではゴーレムは来ない。
だが、アンドロイドは魔力量が豊富なのか、別の理由か。
ゴーレムは数が減らず、むしろ増えているようだった。
このままでは消耗戦となるが、そうなると此方が不利だ。
舌打ちしてアンドロイドを睨みつける。
「大本を絶たないと駄目?」
「かもな? 死神野郎達も気づいてるな。ゴーレムの動きを削ぎつつあれを攻撃してる」
先程までとは違い先生方はゴーレムの完全破壊ではなく動きが取れなく程度まで削いだ後、アンドロイドに狙いを定めていた。
だが、相手も自身が狙われている事は分かるのだろう。
ゴーレムを増やしながらも魔法を回避している。
その動きはこの世界の人間にとって見慣れず、先生方も苦戦しているようだった。
とても加勢出来る状態じゃない事に歯噛みする。
「私達じゃ足手まといだし。そもそもアンドロイドの動きを先読みなんて出来る?」
「無理だな」
「即答しないでよ」
「じゃあオマエは出来るのか?」
「無理ね」
「即答じゃねーか」
とはいっても無理なものは無理なのだ。
いくら『前の世界』でアンドロイドの存在を認知しているとはいえ、対抗策を練れるかと言えば「No」だ。
むしろ人間では早々に勝てない相手として認識してしまい対抗策を練る邪魔にすらなっている。
分かるのは回避行動を取っているので魔法は効かない訳ではないという事ぐらいだ。
策も無く歯がゆい思いをして見ていると少しの間だがアンドロイドの動きが鈍った気がした。
「まさか」
直ぐに立て直したが、再び動きが鈍る。
しかも先程よりも時間が長い。
「機械としての側面が“心”を危険物と認識しだした?」
だからこそ「命令コード違反」として「機能が低下」しだした?
確証はない。
が、実際動きは鈍くなっている。
これは好機と言えるのでは?
「相手は段々動きが低下しています! 今なら魔法を回避しきれないのでは!?」
私の叫びに先生方が顔を見合わせアンドロイドを見やると力強く頷いた。
逆にアンドロイドは顔を顰めた。
まるで人のような表情に技術の高さを感じる。
本当に“心”があるのかもしれない。
そんな場合ではないが、少しだけ感心してしまった。
「今が好機だ! たたみかけるぞ!」
トーネ先生の号令に全員が動き出す。
魔法の一斉砲撃がアンドロイドに降り注がれる。
脅威のスピードで避けるアンドロイドだったけど、やっぱり機能が低下している。
止まらない魔法攻撃が遂にアンドロイドに魔法が着弾した。
掠っただけだったけど、更に動きが鈍ったのが分かった。
このまま押せば勝てる。
誰もがそう思った。
それは此方側の士気が上がる要因になった。
再びトーネ先生の上げた声に呼応するように魔法が雨のように降り注ぐ。
誰もがアンドロイドを叩くのに必死だった。
だからだろう。
攻撃に参加していなかった私だけが見えたのは。
アンドロイドの視線が私を見ていて、口が動いていた。
“―”“―”“―”“―”“―”“―”“―”
「“き”“さ”“ま”“だ”“け”“で”“も”――――きさまだけでも? は!?」
解読出来た瞬間アンドロイドの腕が此方を向き、光球が生まれた。
「ちょ!? 『ビーム』とか色々アウトでしょう!?」
中級以上の防御魔法は詠唱が間に合わない!
なら回避しないと!
頭で考えるのと同時に体が動き、その場を飛びのこうとした。
けど、瞬間足首を何か捕まれ失敗する。
足元を見ると壊れたゴーレムの手首だけが私の足を物凄い力で掴んでいた。
「ホラー?!」
まさかこれもアンドロイドが? と思い視線を戻すとアンドロイドの口元が僅かに上がっている。
「くっ。殺意が高すぎる!」
私は悪態をつくと【Schild-シルト-】と叫び初級の防御魔法を発動させた。
何重かにする事は出来たが、無属性であるからこそ耐久性はいまいちなのだ。
これで相手の攻撃に耐えられるだろうか?
分の悪い賭けに唇を噛みしめる。
アンドロイドはそんな私を見てあざ笑うかのように光球をもう一つ生み出した。
この時には全員がアンドロイドの目的に気づいていた。
私の方に来る人もいたし、アンドロイドの攻撃をキャンセルさせるために攻撃をしかける人もいた。
けど、ゴーレムに阻まれ、誰も私の元にもアンドロイドの元にも辿り着く事が出来ないでいる。
【【重大な違反を犯してします。だたちに機能を停止しますか? ――五月蠅い! ――機能を低下――我は間違っていない。……消えろ!!】】
光球が光の筋となり放たれる。
光の筋が襲ってくるのがやけにゆっくりに見えた。
足を切り落とせば回避できるかな??
今から防御魔法を重ねれば大丈夫?
攻撃魔法を使い相殺できるかな?
思考が空回りしている。
色々な案が思い浮かんでは有効ではないと消えていく。
この期に及んで恐怖を感じない自分のイカレ具合に苦笑いが浮かぶ。
恐怖心が死滅しているわけじゃない。
死にたい訳じゃない。
私はただ、どれだけ醜くとも生き残る決意をしているだけだ。
たとえそれが貴族としてあるまじき思考だとしても。
たとえ今後の貴族としての生活に支障が出たとしても。
私は死ぬわけにはいかない。悲しませたくない人達がいるのだから。
私は迫りくる光の筋を睨みつけると足を切り落とすためにカタナを強く握った。
今から足を切り落とせば回避に間に合う。
歯を食いしばり、ゴーレムの手を睨みつけるとカタナを振り上げた。
けど、その刃が私を切りつける事は無かった。
だって、その前に足を掴んでいたゴーレムの手が粉々に砕けたから。
「――え?」
其処からの出来事を私はとても他人事のように感じていたように思う。
私の腰に回る大人の腕。
次の瞬間お腹の圧迫感と共に光の筋が遠ざかる。
後ろに倒れ込むけど、地面の固さは無く、柔らかいモノを下敷きにしたのが分かった。
パリンと言う音と共に私の張った結界はあっさりと破られ、先程まで私がいた場所に光の筋が着弾し、爆音と共に煙埃が舞い上がる。
咄嗟に腕で目を覆ったせいか視界から光が消える。
暗闇の中、肌に砂粒が当たっている感触だけでまだ土埃が待っている事を認識する。
そうやって土埃に襲われる中、突然時が止まったかのように音が消える。
そんな中でも自分の心臓の音だけが耳朶を打っていた。
「あっぶねー」
まず音が戻って来た。
沈黙を破ったのは聞き慣れない、けれど聞き慣れた声だった。
砂粒が当たる感触が無くなった事に気づき腕を下ろす。
今度は光が戻ってくる。
ようやく現実に戻って来た感じだった。
粉塵が晴れた先には地面に落ちたアンドロイドの驚いた顔と此方に掛けてくる先生方が見える。
私はそこではたと思い出す。
護衛の人達は皆ゴーレムに阻まれていた。
そもそも私の後ろに“人”なんて居なかった。
じゃあこの腕の持ち主は誰?
跳ね上がる様に顔を上げると金色と銀色の双眸とかち合う。
何故だが、此方を見る眼差しに凄く既視感を感じた。
「オマエもなー。行き成り足切ろうとすんなよ。他にする事あんだろ。まずゴーレムの手を破壊することを考えろよ」
「カタナじゃ一瞬で破壊するのは無理だって判断したから……じゃなくて!」
「そりゃ分かるが、だからって思い切りよすぎだろ」
「一番生き残れる可能性が高かった、し」
「そりゃーそうなんだがなー。……本当にとんでもねーな、リーノは」
私が返す言葉を失っている中、近づいてきた先生方が青年を見て驚いていた。
「……もしかして使い魔、か?」
「おー。よく分かったな」
青年……“フェルシュルグ”はニヤリとクロイツと同じ笑い方で笑った。
纏う色彩はクロイツのモノだ。――とはいっても私は“フェルシュルグ”の本当の色彩を知らないのだけれど。
姿形は完全に“フェルシュルグ”と同じ。
なのに笑い方は“クロイツ”のモノ。
まさか“フェルシュルグ”に再び会う日が来るとは思わなかった私は完全に言葉を失った。
胸の中に不可解な感情が巡っている事実に私は少しだけ顔を顰めた。
「子猫ダァ?」
「おう、犬っコロ共。遅かったな」
「あ゛ア゛?!」
険悪なやり取りもクロイツとルビーンの何時の光景だ。
何も変わらないのに。
表情も纏う雰囲気も纏う色彩も全てクロイツなのに。
私は突然現れた“クロイツ”なのに大嫌いな“フェルシュルグ”の存在に困惑を隠せない。
黙り込んでしまった私を“フェルシュルグ”が覗き込む。
眸の中に映る私はまるで迷子の子供のようだった。
“フェルシュルグ”は私には何も言わなかった。
代わりなのか顔を上げてメンドクサそうに手を振った。
「それよりも敵さんはいいのかよ?」
全員がよくやく思い出したのかはっと振り返る。
私も視線が自然とアンドロイドに向かう。
ゴーレムは完全に動きが停止し、アンドロイドは呆然としていた。
多分アンドロイドからの指示が途切れたのだろう。
そしてアンドロイド自体も機能が低下しているのか、此方に再度攻撃してくる様子は無かった。
「隙だらけだな」
「今なら一掃できるか」
シュティン先生が広範囲魔法の詠唱を始め、トーネ先生が剣を構えると駆け出した。
シュティン先生の魔法がゴーレムを一掃する中、トーネ先生が風のように駆け、あっという間にアンドロイドの正面に切り込む。
そのままアンドロイドを一閃するかと思った、その時。
突如アンドロイドを膜のようなモノが覆った。
「はっ!?」
【【過剰攻撃を確認。自動でシールドを発動。……ノイズを一時的に封印。よって違反コードによる能力低下を解除。オート機能作動。自動で帰還致します】】
何処までも無機質な音が響き渡る。
そしてアンドロイドの眸から光が消える。
ガラスのような目には何の感情も浮かんでいなかった。
膜を破壊しようとしていたトーネ先生も気味の悪さを感じたのか、その場を飛びのく。
次の瞬間アンドロイドの翼が光輝き、エンジンの噴射のように炎を発生させた。
その浮力によって浮かび上がったアンドロイドはそのまま砂嵐の中に消えていった。
無言で去っていくアンドロイドを見送ってしまった私もまた無言だった。
あれだけの戦闘を行った幕引きとしては何とも言えない呆気ないとも言える幕引きだった。
ゴーレムを片付けたシュティン先生がトーネ先生に並ぶと同じ方向を見つめる。
だが、アンドロイドが再び現れる事は無く、さりとて砂嵐が消える事も無かった。
「一体あれは何だったんだろうな?」
トーネ先生の困惑に満ちた声に答えられる人は誰もいなかった。
応援ありがとうございます!
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