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【運命】に翻弄されるであろうこの子が少しでも幸福だと思える道を歩めますように【リキューンハント】

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「お父様、酷いです。薄情です」
「まー笑顔で見送ってたもんなー。爽やかに見捨ててたし? 非道なオキゾクサマだなー」
「いえ、そこまで言わなくてよくないですか、クロイツ? お父様は貴族の中では愛情深い方ですし! 私にとって優しい父親ですのよ!?」
「いや、オマエが言ったんだろーが」
「人に言われると反論したくなるものなのです」
「なんじゃそりゃ」

 可愛い可愛い姪っ子と、その使い魔の会話に私は緩む頬を必死に引き締めることになっている。
 ああ、両隣にいる獣人達が羨ましいですわ。
 私も姪っ子を思う存分愛でたい。
 あ、そこの青い獣人、姪っ子の額を弾くなんて!
 玉の肌が傷ついたらどうしますの!?
 そんなことになったら私は全力で貴方を攻撃いたしますわよ?
 狭い馬車の中ですけれど、私と姪御に結界を張った上で馬車を爆発させることくらい出来るのですからね?
 それに私、分かってますのよ?
 貴方、私が姪御のダーリエちゃんから少しだけ、そう少し! だけ! 距離をおかれている現状を見て鼻で笑っていることを。
 全く以て高位の冒険者であり裏社会では名の通った暗殺者はこれだから厄介ですわ。
 獣人であり実力者、挙句ダーリエちゃんと【契約】していなかったら、こんな相手どうとでもしていたというのに。
 ダーリエちゃんの盾を私が無暗に減らすことはできませんものね。

 ……けれど、一度くらい“お話”をしてもいいかしら?

 内にて荒ぶる魔力を宥めながらも護衛の獣人二人をねめつける。
 だと言うのに私から向ける剣呑な視線を歯牙にもかけない青髪と赤髪の獣人二人。
 全く、典型的な獣人属の者達だと呆れまで感じてしまう。
 【主】を最上の地位に置き、それ以外を有象無象と言い切ってしまう、狂気すら感じる忠心とそれをなすだけの力によって裏付けられた傲慢なまでの自信。
 敵対するならどこまでも厄介な種族。
 それが獣人という種族。
 その中でも目の前の二人は相当癖が強そうだわ。
 
 ダーリエちゃんを護るためには、そのくらいの実力は必要かもしれないけれど、何もこの二人じゃなくてもいいじゃない。

 裏社会での評判を知る私としては癖が強すぎる【従者】に零れそうな溜息をかみ殺すことしか出来ない。
 
 癖があると言えば使い魔の猫ちゃんもですけれど。

 未だにダーリエちゃんとじゃれ合う使い魔に内心ため息をつく。
 弟から使い魔になった経緯は聞きました。
 ええ、聞きました友。
 元は人間であり、よりにもよってダーリエちゃんと敵対していた存在であったというとんでもない経歴を。
 一体、どんな交流をしてきたのか、ダーリエちゃんと使い魔の仲が良好そうなのが救いなのでしょう。
 一応安心できると言えば出来ますけれど。
 曲者ばかりがダーリエちゃんの周囲に集まることに溜息を隠せませんわね。
 ダーリエちゃんの苦労を考えれば姪っ子の不運を嘆きたい気分なりますわ。
 
 そもそも【運命】に選ばれてしまった時点で不運なのですけれど。

 ダーリエちゃんに今後降りかかる様々な困難を思い手を握る。
 魔力と共に様々な不満不平が内を渦巻くのを必死に宥めすかせる。

 どうしてこの子なの?
 別の子でもいいでしょう?
 この子は私にとって大切な家族なのに。

 いけないこと分かっていても神々を恨みそうになってしまいますわ。
 弟や弟の友人達も過酷な道を歩んできました。
 傍観者でしかなかった私でも分かる程に。
 けれど、それでも弟達には選ぶ余地がありました。
 あの子達は自分達の意志で過酷な道を選んだのです。
 それは時に救いにもなりましょう。
 なのに、ダーリエちゃんにはその選択すら許されないなんて。
 なんて理不尽なんでしょう。
 ダーリエちゃん自身には功名心も無く、大切な人達の平穏が一番である心優しい娘であるからこそ余計に考えてしまう。
 目先の欲にかられ、英雄であることを、聖女であることを望む者達なんてあちこちにいるのに、どうしてあの子なの? と。
 この子が大衆から向けられる、自分勝手な願いを跳ねのけることが出来る程強いことだけが救いですわね。
 共感し流される優しさでは搾取されるだけですもの。
 私にとって何よりも可愛く愛おしい家族ですけれど、ダーリエちゃんは誰にでも優しい子ではないわ。
 それは短い期間とは言え、見ていた私でも言い切れます。
 この子は人として当然の欲を過剰に抑え込むことなく、表に出すことが出来る子ですわ。
 本来ならば貴族として義務として民衆に尽くすように導くべきなのでしょう。
 時には身を削ろうとも領民に尽くすのが美徳であり貴族の在り方なのだと。
 自分の欲のままに民を食い物にしてしまうような愚鈍な輩に堕ちてしまわないように厳しくするべきなのでしょう。
 【運命】を背負っているならばなおのこと。
 ええ、そう。
 【運命の子】として誰にでも手を差し伸べ無私で行動する聖人のように導く。
 それこそが貴族として産まれ【運命】の過酷さを知る者としては模範的な導き手と言えるのでしょう。
 けれど、私はあえて、その道を跳ねのけましょう。
 この子にはそんな導きは必要ありません。
 だってダーリエちゃんは人を思いやる心を既に持っているもの。
 大切な人だけを護りたいと願っていて、実際に行動していたとしても、関心の無い私に優しさを向けたように。
 天秤が大切な人に傾くだけで、万人を疎んでいるわけでも嫌っているわけではありません。
 大切な人が絡まなければ、人並みに他者を心配し、手を差し伸べる。
 それが出来ている子に自己犠牲的な思想を教え込む必要などありませんわ。
 
 むしろ自己を貫けるほど強い方が安心ですわね。表として出ているだけの憐憫に流されることなく、考えることが出来る。そんな娘でなければ【運命】に翻弄されてしまうのだから。

 翻弄され、流され続けた結果は決して良いものではありません。
 それを私は“知っている”います。
 知ってしまっているのです。
 だからこそ、この子の性格に安堵すら感じていますの。
 私は最良の地位に居ながら模範的な導き手になることは出来ません。
 むしろ背く行為をこれから行います。
 だとしても私はダーリエちゃんを護りたいのです。
 
 これで神から罰があるのならば私は喜んで受けましょう。どんな責め苦も甘んじましょう。けれど決して私は後悔いたしませんわ。

 この選択で大事な大事な家族が幸福になれると信じているのですから。

「叔母様。ワタクシ達は何処に向かっているのでしょうか?」

 首を傾げて問いかけてくるダーリエちゃんに、今まで考えていたことを悟られないように心に秘めると私は微笑む。

「まずは王都に行きますけれど、その後は秘密です」
「王都に?」

 目を瞬くダーリエちゃんに頷く。

「ええ。陛下が何やらお話があるとのことですので、そのお話を聞いた後、目的地に向かいましょう」
「え?! 陛下の招集を寄り道扱いしてよろしいのですか?!」
「大丈夫ですよ。陛下のお話も内容は予測できますし、この程度で怒る方でもございませんしね。むしろそれを面白がるような方でしょう?」

 それはダーリエちゃんも知っているでしょう? と聞くと暫し目を泳がし、その後小さく頷いた。
 ダーリエちゃんの大人のような対応に苦笑してしまう。
 陛下……アスト様は一言で言えば、破天荒な方です。
 同時にとても聡明で勘の良い方でもありますが。
 最近は復讐の感情に振り回され、弟達共々、少々その勘に陰りが見られていたようですが、今はかつての姿に戻っていることでしょう。
 その切欠となったダーリエちゃんであり、本人は気づいていませんが、アスト様はそのことに大きな恩義を感じていると弟が言っておりました。
 視野が狭くなっていたこともようやく自覚が出来たらしく、落ち込み気味とも言っておりましたが。
 ならば少しは落ち着いた方のように振る舞っていたかとも思いましたが、きっとそう言ったことはダーリエちゃんにはそのことを一切表に出さず“普段のアスト様”として接したことでしょう。
 ですからダーリエちゃんが言葉に迷う気持ちはよく分かるというものです。
 国の頂点に対して「破天荒ですし、愉快犯の気質がある」なんて言えませんものね。
 
 あの方も実際の所、繊細な方ですが、それを誰かに知られることを嫌う方でもありましたからね。よくリートやラーヤと「殿方は見栄っ張りで困るわ」なんて笑っていたものですけど。……本当に殿方は見栄っ張りが多いこと。

 弟やアスト様、それにその友人達も皆、自力で出来ることが多すぎるが故に他者に頼ることを苦手としている節が御座います。
 全く、私達女性は辛い時に寄りかかられる程度では倒れたりしませんのに。
 けれど、そんな方だからこそ支えたいと思うのかもしれませんわね。
 とは言え、弟達は私に負い目があり、決して頼ろうとしないでしょうけれど。
 私はダーリエちゃんを私に託した時の弟の表情を思い出し、小さくため息をつく。
 自分ではダーリエちゃんを護るために助力出来ない悔しさ。
 自身の無力さに対して嫌悪し嘆く気持ち。
 そして私に掛かる負担を思い不甲斐なさを噛みしめる気持ち。
 様々な感情が渦巻き、それでも最善のために全てを押し込めて笑う弟の姿は見ていて悲しさしか感じませんでしたわ。
 リート達を失い、復讐を糧に歩む道を定めた弟達。
 各々が様々な思惑を抱き動く中、弟は私から当主の座を奪いました。
 まぁ、私自身継ぐのは私でも弟でも構わないと思っておりましたので、そのことに対して思う所は御座いませんし、正確には「奪われた」とも言えませんけれど。
 今、好きなことをし、更に家族とも会えることを考えれば怒りや悔しさなど一切沸くはずもありませんのに。

 いえ、それだけならば違ったのでしょうね。あの子達は私とあの方を引き裂いてしまったと。きっと、そのことを一番気に病んでいるのでしょうし。

 あの子達が気に病むことなどありませんのに。
 私はあの方を脳裏に思い浮かべると心の中で苦笑する。

 私は長い間公爵家の次期当主に必要な教育を受けてまいりました。
 私は長子ではありましたが、女です。
 比べて次子ではありましたが、男である弟が当主になる可能性もございました。
 とは言え、この国は基本的に長子相続ですので、私が女当主としてラーズシュタイン家を継ぐだろうと言われていましたし、私もそのつもりおりました。
 女公爵として伴侶は婿入りは必然。
 ですので次男、三男の優秀な方と縁を結ぶことこそ求められていました。
 様々な方と交流した末、私はあの方と出逢い婚約を結ぶこととなったのです。
 飄々としていて、当主になりたいという欲を持ったことのないという貴族としては珍しい方。
 けれど家の方針で領地経営など学ばされていた結果、ラーズシュタイン家に婿入りが決まったのですから「運命など分からないものだよね」と笑って言い放つような方でした。
 公爵家に婿入りすることには然程興味なく、ただ私と共にいれることが嬉しいなどと、くすぐったいことを軽く言ってしまえる方でもありましたね。
 そんなあの方に私も惹かれ、あの方も真心を私に下さった。
 婚約は恙なく結ばれ、このまま共にラーズシュタイン領を護っていくのだとあの頃は思っておりました。
 ですが、まぁ色々あり、当主は弟がなり、私はどこかに嫁ぐことに。
 ……えぇ、まぁ、結果としては好きなことをするためにお父様と交渉し、その道を勝ち取ったのですから令嬢としてどこかに嫁ぐことはありませんでしたけれどね。
 当時、おおよその推測では私はどこかに嫁ぐことになると思われていました。
 私がこのような道を選ぶなど誰もが想像もしませんでしたし、それも当然のことです。
 だからこそ、あの方の家族も私がラーズシュタイン家を継ぐからこそ婚約を結ぶのであって、分家では約束が違うと言い出すのも予測通りでした。
 あの方の意志を聞くことも無く解消を申し出て来たのには呆れましたが。
 この申し出は家格はあちらが下でしたので無礼な行為ではありましたが、私に瑕疵が無い上で、突然、弟を次期当主だと宣言するという不義理とも言えることをしてしまったわけですし、こちらも中々難しい対応を迫られました。
 何度も行われた我が家と相手側の家との話し合いの結果、表面上は円満に解消となりました。
 私はあの方と別れ、研究者の道へ。
 あの方は私ではないどなかと縁組をし、分家の当主となるか婿入りするかを選ぶことに。
 つまり、私とあの方の縁は完全に切れてしまったのです。

 ああ、なんて悲劇的なんでしょう。
 愛し合う恋人はこうやって運命に引き裂かれてしまったのです。
 
 ――と、弟達は思っているのでしょう。

 事実ならば私に対して負い目を感じるのも仕方ないかもしれません。
 ですが事実は違います。
 実際、私は自由に遺跡を探索し研究を行っておりますし、あの方はご自身の家にはおりません。
 ですが、私をあの方は交流を持っており……いいえ、はっきりいいましょう。
 私とあの方は未だに恋人なのです。
 嘗て思い描いた未来では決してありませんが、私は幸せなのです。
 私「あの方と別れた」とは一言もいっておりませんのにね?
 いいえ、いいえ。
 違いますわね。
 弟達の考えは間違っておりません。
 常識的に考えれば考えるほど、私とあの方の婚約は解消され、自立の道を選んだ私と貴族の三男として生きなければいけないあの方の道が分かたれたと思ってしまうのは仕方の無いこと。
 自分達のせいで悲劇的な結末になってしまったと苦い思いを抱えてしまうのも無理のないことなのでしょう。
 弟達も貴族の中では革新的ではありますが、周囲はそうではないのですから、そういった結論に帰結してしまったことを責めることは出来ませんし、周囲に言われて弟達もそうだと思い込んでしまうのは致し方のないことです。
 ただ、弟達が考えるよりも私は欲張りであり、あの方は変わり者であった……それだけなのです。
 弟達がどこまで掴んでいるかは定かではありませんが、あの方は今、私と共におります。
 あの方は家を出た後冒険者となり、今では私の護衛となり共に遺跡を探索しているのです。
 家を出ることに微塵の後悔もなければ葛藤すら無かった、とあの方は笑って言っておられました。
 むしろ口実が出来て良かったとまで言っていたのですから、変わり者だと呆れても仕方のないことだとは思いませんか?
 まぁ、あの方も私を変わり者と言うのですから、私とあの方は似た者同士というものなのでしょうね。
 そんな方と出逢い思いあうことが出来たのだから、私は幸運です。
 好きなことをする権利を得て、家族との確執も無く、なにより愛しい方と共に歩むことが出来る。
 なんて私は幸せなのでしょう。
 この幸福を誰かにおすそ分けしたいと思ってしまうほどに私は今が幸せなのです。

 本当は弟達にあの方を会わせた上で説明した方が良いとは思うのですけれど、ね。

 今回、家に帰る時に、そういった方法を取ることも考えました。
 けれど、結局私は一人で家に帰るという選択をしました。
 悩みました。
 けれど、私とあの方を引き裂いたということすら糧にし復讐に燃えていた弟達に水を差すことも出来ず。
 手紙で説明しようとしたというのに、見ずもせず。
 そのことに関してだけは頑なに話を聞こうとしない弟達。
 話すことも出来ず、結局「気にしていません」ということしか出来ないと判断しました。

 ……なんて言い訳なのでしょうね。

 負い目を感じて欲しくはないというのは本心です。
 次期当主の座を奪われる形になったことも本当に気にしていません。
 ですが、弟達に少しでいいから復讐以外に眼を向けて欲しいと思っておりました。
 私にはそれが出来たはずですのに。
 私は何もせず“傍観者”となりました。
 そう、私は逃げたのです。
 目的に盲目となりなりふり構わず、周囲を信頼せず、ただ突き進む姿がまるで破滅への道を進んでいるように思えて。
 それを間近で見続けることに疲れ、恐れた。
 そして、私は自分に色々言い訳をして逃げてしまった。
 
 むしろ弟達に謝らなければいけないのは私の方。そしてこの子に誰よりも感謝しなければいけないのも。

 ダーリエちゃんは自身の従者や使い魔と戯れているのを見て目を細める。
 無邪気な姿は可愛い、ただの子供でしかありません。
 その姿からは話に聞いたような大胆な行動が出来るようにも、【運命】が定められているようにも見えません。
 けれど、私はこの子の片鱗を自身の身で体験いたしました。
 【腕輪】すら糧にすると不敵に微笑み言い放つ姿を。
 大切な方達のためならば【運命】すら利用すると宣言した姿は年不相応な強かさと傲慢さが垣間見えました。
 その姿を見た時、私の心も決まりました。
 私はそんなこの子を肯定することにしたのです。
 【運命】に翻弄されようとも自身を貫くことが出来る強さに安心し。
 優先順位あれど他者への優しさを忘れない心に喜び。
 この子ならば【運命】に巻き込まれながらも自分らしく生きていけると安堵したのです。
 私は貴族として世界の真理の一片を知る者として失格かもしれません。
 ですが、後悔は致しません。
 今後この身に何が起ころうとも決して後悔だけはしないと言い切れます。
 その証としてこの子の糧になるように道筋を作りましょう。

「ダーリエちゃん」
「何ですか、叔母様?」

 小首をかしげて見上げるこの子に私は微笑みかけると抱き寄せる。
 この子が少しでも楽な道を歩めますように、と。

「貴女が少しでも多くの幸福に逢いますように」

 私は万感の思いを込めて小さな額に口付けを落とすと強く抱きしめるのでした。


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