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理不尽な世界の片隅で友と杯を交わす(2)
しおりを挟む意外だったのか目を瞬くノギアギーツに俺は苦笑を返す。
「嫌い、ですか。苦手ではなく?」
「うん。嫌い」
「言い切りますか。……流石に驚きました。そのような素振りは見えませんでしたし」
「驚いてるようには見えないけどね」
いや、本当に。
瞬きは多くなっているけど、表情はほっとんど変わってない。
何時もの微笑のまんまだ。
「驚いてますよ。理由を聞いても?」
「ここまで来たら構わないよ」
俺は持っていたグラスを置くと視線を宙に放り投げた。
説明すると言ったとはいえ、色々絡み合ってるからなぁ。
「まずなんだけどさ。俺が平民なのは知ってるよね?」
「ええ、まあ。同僚の情報ですのである程度は」
それ、本当にある程度なのかな?
下手すると俺の初恋まで知ってるんじゃ?
訝し気なことを隠さずノギアギーツを見るけど、彼は笑みを深めるだけで何も言わない。
と、言うか、ここまで適切な対応されると本当に怖いんだけど。
え? まさか【読心】のスキルとか持ってないよね?
「ご安心ください。必要もないのに情報を探るようなことはしません」
「それって必要ならするってことだよね!?」
あっさりと何を言ってくれちゃってんの?!
あと、本当に心読んでない?!
「読めませんって。そんな便利な【スキル】習得できるならしたいくらいです。それに仲間であるうちは怖がる必要はないのでは?」
「うへぇ。はいはい。敵対しないように気を付けますぅ」
別に国家反逆とか一切考えてないし、今後も考えないから大丈夫だけどね。
俺、この国が好きだし。
後、今の所殿下達も仲が良いから継承権争いもないっぽいから大丈夫でしょ。
「話を戻すんだけどさ。貴族が平民をどういう存在だと思っているかは知らないけど、平民にとって、貴族って同じ人間扱いしてないんだよね」
「そこまでなんですか?」
「うん。いや、頭では理解してるよ? 同じ人間だって。けど、俺達平民は貴族が怖いし、人によっては憎んでさえいる」
ここまで明け透けに言うのはいけないことかもしれない。
けど、知っておくべきだとも思う。
なんかノギアギーツって「市井に調査に行ってきます」とか、あっさり言いだしそうだし。
そこで何かしでかして怪我やらなんやらして欲しくないと思う程度には俺はノギアギーツも仲間だと思っているから。
あえて俺は全部話すことにした。
俺は貧民街出身ではないけど、限りなくそちらに近い水準で生まれ育った。
子供の頃から働くのは当然のことだったし、実の所貧民街にも一緒に育った、幼馴染? って言っても良い奴が沢山いる。
たまたまそこに流れ着いた元冒険者? だと思うおっちゃんに剣の才能を見出されて、ついでに魔力も豊富とは言えないけど戦える程度にはあるってことも分かった結果、騎士なんてものになることが出来た。
近衛騎士団に上がるまでの苦労は、、ま、今言うことじゃないから言わないけどさ。
そんな生まれ育ちだからこそ一部とは言え貴族の汚い所とか見てきた。
裏表が激しくて「お前、二つ人格あるの? 気持ち悪いわ」って言いたくなるやつとか。
貧民街の人達を言葉を言葉を理解して話すことが出来る道具みたいに思っているやつとか。
色々、それこそ気が滅入るほどみてきた。
だから平民が貴族ってやつが怖いし、同じ人だと思ってないって考える気持ちは分かるし俺もそう思ってた。
「貴族の機嫌一つで命すら奪われる。そんな存在を同じ人だと思えるわけないじゃん?」
「そんな痴れ者一握りです……と言っても無駄ですよね。実際にそういった輩いる限り」
「うん、そう。だから平民である俺も貴族が嫌い」
「この際、今の貴方も貴族だと言う事実は置いておきますが、貴方はテルミーミアスを友人と思ってますし、信頼しているのでは?」
「あいつの方が特別なんだって。だってさ、あいつ、裏も表もないじゃん」
貴族特有の裏で何かを考えている、って部分がアスには無い。
ただひたすら自分にとっての理想の騎士を目指すあいつは貴族らしくない。
「真面目で頑固で真っすぐで。駆け引きなんて、することすら考えない馬鹿なやつ。けどさ、俺はきっとあいつが居なかったら、貴族なんてなってないし、近衛騎士団にも入ってないよ。努力なんて程々にしてさ、平民騎士なんかやってて貴族とつかず離れずで接していたと思う」
「彼の家は爵位こそ低いですが、代々騎士を輩出した一族ですし、軍派閥内で強い発言権を持っています。本人は一切その自覚がないようですけどね」
「やっぱりぃ? 一目置かれてもいるし、逆に妬まれてもいるのに、本人気づいてないからね。傍から見ていた俺の方が知っているってどんだけって話だよね」
実際、それが原因で絡まれたりもしてんのにさ、あいつ一切気づいてなんだよね。
あいつの視界に入るのって、簡単そうで実は凄い難しい。
興味がなければ、あいつは騎士団にいるって言う事実だけで終わらせて、それ以上は覚える気もない。
「ま、あれもある種、貴族の傲慢ってやつかもね」
「ああ、そうともとれますか。確かに、彼は無意識で取るに足らないと判断したら存在ごと切り捨ててますからね」
「あ。やっぱり気づいてたんだ」
言いがかりをつけてきた奴等はみんな、あいつの中で切り捨てる対象になってるから、覚えてすらいないかも。
逆に言えば、騎士として真っ当にしている、又は努力しているやつはどれだけその時点で能力が低くても視界に入ってるけどね。
「あいつの基準は貴族とか平民なんて言う身分じゃなく実力。後は一応努力しているやつ? こっちは視界には入ってるけど、それだけなんだけどね」
「真の意味で彼が認識している存在がどれだけいることやら」
「あいつの場合、下手すると王族だとしても努力とかしてなかったら切り捨てる対象に入るから。そこん所は厄介だよねぇ」
「現在の王族の方々は皆、そのようなことはないので問題になっていないだけですからね」
「危いといえば危いんだよね、あいつ」
心が強いのは良いことなんだけど、あいつの場合、我が強いせいか、場合によっては俺よりも貴族の社会制度に馴染んでない。
あれで近衛騎士団まで登りつめることが出来たのは実力が抜きんでていることと家の力なんだと思う。
ま、威張り散らしているのに実力もないやつなんかとは比べ物にならないくらいまともなんだけどさ。
……比べるのも気分が悪くなる程だね、うん。
「俺の中で貴族にも色々いるんだなぁって思った原因はあいつだから。あいつは例外」
「成程。……話を戻しましょうか。それでキースダーリエ嬢は貴族だから嫌い、ということですか?」
「んー。いや、キースダーリエ嬢が一握りの奴等と一緒って思ってるわけじゃないよ? ただねぇ」
平民のことなんて知らないって侮っているかと言えば悩む。
多分だけど、キースダーリエ嬢は平民のことを知らない貴族じゃない。
むしろ貴族の中で珍しいくらい平民と貴族を平等に見ていると思うことすらある。
だから、そう言う意味では俺等平民が考える貴族らしくない、のは確か。
そうじゃなくて……。
「なにかあった時、彼女の中に貴族や平民の括りはない。ただ自分にとって大事かそうじゃないか、それだけ。けど、あの年でそれだけの割り切りが出来る所が怖いんだよね。しかもそうやって切り捨てた相手に対して後ろめたく感じることもなければ、後悔もしない。そんな性格の子がさ、権力も持ってるんだよ? 怖いし、近づきたくもないよね?」
「つまり恐怖からの嫌悪ってことですか?」
「それ、だけじゃないんだよねぇ」
それだけなら、まぁ仕事だと割り切ることができたと思う。
本当に、それだけならね。
「他にも?」
「まぁ? うーん。ああ、そっか。これだな。……えーと、キースダーリエ嬢って、あいつのことを抱え込む気が無いのに、中途半端に手を差し伸べたじゃん。あの行為が気に障る、かな。正直、善意からだとしても自分じゃ処理できない程抱え込むお人よしなんてのも大嫌いなんだけどさ。実は抱え込む余地があるのにしないで中途半端で放り投げる人間も嫌いだったみたい」
度量と言う意味ではキースダーリエ嬢はかなり広い。
内に抱え込んだ存在のためなら命を投げ出すことすら出来るその姿は気高く見えるかもしれない。
けどさ、そんな余裕のある人間が最後まで抱え込むこともせずに中途半端に手を出すのって見てて気分悪くない?
「あいつが遊ばれてるみたいで嫌なんだよね。しかも完全に手放すんじゃなくて、時折餌をやるみたいにあいつを翻弄してくれちゃってさ。あの半端さ、俺、嫌い」
「そういった面があるかどうかは私には分かりませんが、過剰反応のような気もしますね。ああ、もしかして、それは貴方にとって大切な親友であるテルミーミアスがそうなっているからこその反応なのでは?」
「え? そ、れは……あれ? えぇと。あー、否定できないかなぁ」
指摘されて初めて気づいたけど、確かに過剰反応と言われると否定できないかも?
貴族の気紛れさ、なんて今更だし。
確かにアスが相手じゃなければ「お好きにどうぞ」とか思って何も思わない?
「あれ? じゃあ俺ってアスを翻弄しているからキースダーリエ嬢が嫌いってこと? え? そんな単純な話だったわけ!?」
色々渦巻いている嫌いの内容が凄く簡単になったんだけど。
しかも、これって俺が餓鬼臭いだけじゃんね!
「しかも友情拗らせてる!? あれ?! アスが寝ててよかった! じゃなくて、本当にそういうことなの!?」
「ふふ。僕に聞かれても分かりませんよ? 多分些細な積み重ねの上での“嫌い”になるのでしょうけれど、根本はそうなのでは?」
「えぇ。俺、餓鬼すぎてでしょう、それ」
納得できるような、納得したくないような。
何と言うか、羞恥で転げ回りたい。
えぇ、だってさ、俺幾つだよ?
いい年したさ、男がさ、友情拗らせて、子供を嫌うって。
「嘘だろ。いや、勘弁して。凄く恥ずかしい。そこら辺走り回りたい」
「流石にそのような奇行は止めないといけませんね。個人的には見てみたい気もしますが、騎士としての評判に関わりますし」
「いや、個人的にも止めて?」
今、確信した。
ノギアギーツは故意犯で愉快犯だ。
すごーく良い性格してるよ、こいつ。
何とも言えないじと目で見ているとノギアギーツは小首を傾げた。
「そもそも大丈夫ですか? 飲み過ぎでは?」
「え?」
「いえ。貴方はここまで明け透けに話す方のようには見えませんでしたので」
「……は? え? あれ? ――あぁぁぁぁ。いや、本当に転げ回りたい。俺、何やってんの?! 何言ってんの!?」
指摘されて初めて顧みるってどういうこと?
俺、酒そんなに弱くないはずだよね?
だってのに、ここまで話すか、普通?
そりゃノギアギーツ誰彼構わず、言いふらす奴だとは思ってない。
同僚として信用もしてる。
けどさぁ、ここまで明け透けに全部話すほど? って聞かれると答えられない。
だって、悪いけど、こいつも貴族だし。
しかも生粋の。
なのに、俺ってば、何言ってんの?!
「うわぁ。酒怖い。今気づいたけど、口調も崩れまくってるし。ちょっと待って。今直すから」
「僕は気にしませんよ? 私生活でどのような口調でも。酒の席は無礼講ですしね。口調程度では弱みにすらなりませんからご安心下さい」
「いや、別に弱みを握られたら問題とか思っているわけじゃなくて、崩れ過ぎた自分が信じられないだけだから。……うん。俺ちょっと酔ってるんだと思う」
「案外顔に出ないみたいですね。思考もしっかりしているようですし。見た目からは然程酔ってないように見えますよ?」
「その代わり口がかなり軽くなってるけどね!」
ある意味性質の悪い酒癖だな、これ。
気を付けよう。
殿下達の前で飲むことはないだろうけど、同僚の前でここまで嵌め外すのはまずい。
今回みたいなことを言ったら問題。
アスに聞かれたくない。
あいつはキースダーリエ嬢に心酔しているし。
アスとキースダーリエ嬢が脳裏をよぎり、顔を顰める。
「はぁ……何が虚しいって。キースダーリエ嬢は俺のこんな悩みを知っていて放置してそうってところなんだよね」
「ああ、それは確かにありそうです。関係ないの一言で黙っていていそうですし。あくまで僕達は殿下の護衛であってキースダーリエ嬢の身内ではありませんからね。対応的には間違っていない所がなんとも」
「そうそう。だから俺がどんだけ自分を嫌ってても「仕事に支障がないならよいのでは?」とか思ってそうだし。つまり完全に相手にされてない。しかも軋轢とか考えて黙っててくれてるっておまけ。遥か年下に良かれで見ない振りされてるって現状が辛い」
アスの悩みを見抜いて助言したみたいだし、懐も深い。
つまり俺のちっぽけな悩みも嫌いって感情もとっくに知っていて放置されてる。
別に自分には何ら関係ないから。
口出す権利はない、とか思ってるのかもね。
それならましかな?
だって、多分、滅茶苦茶気を使われてる。
「居たたまれない」
「こればかりはどうしようもありませんね。一度芽生えた“嫌い”と感情は簡単には消えないでしょうし」
「多分ね。根本が分かったし、相当くだらないのも分かったから前よりは大丈夫だろうけど、キースダーリエ嬢のアスに対しての対応が変わるわけじゃないから、沸く感情は変わらないってことでしょ? 結局変われないってことになんだよね」
「仕事に支障が出ないほどに収める、と割り切るしかないのかもしれませんね」
「それが出来たらいいんだけどねぇ」
暫くは難しいと思う。
嫌いって感情は昇華できても居たたまれないって感情は昇華出来ないし。
「はぁ」
酒を一気に煽ると、もう一度机に懐く。
勢いが付きすぎていたのかちょっと痛かったけど、酔い覚ましには丁度良い。
「本気でここだけの話にしてもらいたいんだけど」
「構いませんよ。と、言っても信じがたいですよね……ふむ。では僕も何か話しましょうか?」
「口外無用の何かを話してもらわないとね! けど、難しいな、それ。うーん、じゃあノギアギーツはキースダーリエ嬢のことどう思ってんの?」
「ふむ。妥当な所かもしれませんね」
酒を傾ける姿すら優雅って、貴族様ってやつは。
こういう所が育ちの差なのかな?
考えてみればアスもあんなで所作に無駄がないもんね。
取り留めのないことを考えつつ見ていると、ノギアギーツは視線を俺から外して空中を彷徨わせた。
「僕がキースダーリエ嬢に抱く感情は……羨望、でしょうか」
応援ありがとうございます!
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