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第四章
愛を尋ねた人
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自らの身じろぎで真加が睡眠の淵から少し這い上がった。
「真加……?」
真加の左手を両手で握りしめていた景は語りかける。
真加が緩やかに瞼を上げた。
「起きたかな?」
「け、い……おれ…」
まだ夢半分という心地で、真加は一体どういう状況なのかよくわかっていない。
目はまだ焦点が定まっておらず、熱が引いていないことも見てとれた。
あのあと、景はこの洋館の部屋に真加を連れてきた。普段は使われていないものだが、所有している資産家が手入れをしてくれていて助かった。
「先ほどまで点滴を入れていた。緊急抑制剤だからそのうち効いてくるよ」
そう景が言うと、真加が右腕の点滴後のテープの跡を見た。少しずつ意識が覚醒してきているようだ。
「それと…本当にすまなかった。Sクラスの者たちが君に取り返しのつかないことをした。本当に申し訳ない…」
「じゃあ、やっぱり……」
「ああ、雨沢くんに薬を飲ませようとしていたらしい」
「そう…」
真加は静かに答えた。ネクタイを外し緩められた首筋がのぞき、すぐに目を逸らした。
景は普段よりオメガのフェロモンに誘発されないよう薬を飲んでいるが、それでも強烈な匂いが部屋に満ちていた。
しかし、景は強い違法な薬を飲まされた真加が心配で必死に耐えながらそばにいた。
「夏理は…?」
「違う部屋にいるよ。あとで来てもらおう」
「…うん」
だんだんと真加の受け答えがはっきりとしてくる。また色々検査が必要になるが、数時間眠ったことと点滴で何とか回復してくれて本当によかった。
思わず握りしめた真加の左手に頭を擦り付けた。
「っ…!」
真加がびくりと反応した。
「ごめっ…、まだ薬が……あと景が近くにいて……」
「はっ…」
真加がたちまち顔を真っ赤にした。景もつられて目を見開く。
「ねえ景………」
「真加…?」
途端に真加は妖しく目を細めて起き上がった。
「景、触って」
そういうとベッドの脇の椅子に腰掛けた景に抱きついた。
「おねがい」
甘い吐息で囁かれ、景も脳が溶けたような心地がした。
一度眠って落ち着いたはずが、景もたまらず不用意に触るからまたぶり返してしまったのだ。
「景、さわって俺のこと」
抱きしめられながら言われ、景は頭がくらくらした。
「だめだ。君は薬でそう言う気分になっているだけだ」
景は真加の方を掴んで引き離した。
「どうしてっ…!」
真加は涙を滲ませる。普段とは違って喋り方も拙く、完全に理性が飛んでしまっているのが見てとれた。
「どうしてだめなの!俺のこと好きなんでしょ!」
真加が悲痛に叫ぶので、景の胸がひどく痛んだ。
「…私は真加のことが好きだよ。とても大事にしたい。だから、なし崩しに一晩相手するなんてことはできない」
「……」
真加は好きだと言う言葉に反応して押し黙った。中庭で、思わず気持ちをぶつけてしまったときの真加の苦痛に満ちた表情が浮かんだ。
景の王子という肩書きだけでなく、もっと何か景の気持ちを受け入れられない何かがある。
いつも明朗に振る舞っている彼だが、余計に静かにしていると内に秘めた孤独が見え隠れしていた。
そして景はそれが何か知りたくて仕方がなかった。
「真加が私の番になってくれるなら、今ここで君を抱く」
景は低く囁いた。
「はっ……!?それはだめだ!」
景の言葉を理解すると、真加は弾かれたように首を振って叫んだ。瞳にほんのわずかだけ理性の線が浮かぶ。
「どうして?君が望む通りに触れてあげるのに」
景は畳み掛ける。番に、というのはなまじ嘘では無かったが、何故あの日真加があんなに頑なだったのか知りたくてけしかけた。
「いや、だって……」
「番はいや?」
真加の手を取って首筋に唇を寄せた。景自身も、真加に触れたくてたまらなかった。
「ぁっ…!まって、けい」
「じゃあ教えて?」
すりすりと額を寄せたり、首輪の近くに軽く口づけるだけで真加は甘い吐息を漏らした。
「ん…!ぁ…、景みたいな、ずっと一緒にいられない人…俺は嫌だ」
真加はぼそぼそと泣きながらこぼしはじめた。景はそれを邪魔しないように口を挟まない。
「ずっと…さみしいのは嫌だから。景には無理だ」
「さみしくなんかさせないよ。ずっと君のそばにいる」
「そんなの、できる訳ない……」
景は言葉に詰まる。「そばにいる」というのは文字通り四六時中自分といてほしいという意味なのかもしれない。それだと、景は安易に答えられない。
「…………弟がアルファで」
「うん」
「弟…朝陽はまだちっちゃいから、会社を継ぐのはまだまだ先で…」
確か笠間の家は飲食チェーンの経営をしていた。
「俺はオメガだけど…朝陽が会社を継ぐまで中継ぎで社長になるんだ。それしかやれることがないから」
それは悲痛な告白だった。熱に浮かされた頭で真加は吐き出す。
「そんなことないでしょう…。ご両親はそんなふうに言っているの?」
「そうじゃないけど…朝陽はアルファだし、父さんと母さんも朝陽のことばっかり……!俺は中学から全寮制なのに、朝陽は天風には行かせない。家から出さないんだ」
「……」
「小さいころはもっと……今は引っ越しちゃって家に帰っても自分の家じゃないみたい…俺は自分の居場所が欲しい」
真加には歳の離れた弟がいた。両親も優劣など決してつけているわけではないだろうが、弟はまだまだ手のかかる年齢だろう。親元を離れた思春期の真加はそれにどれだけ傷ついたのだろう。
「居場所?」
「寮の部屋の方がしっくり来るけどあれは所詮寮だから…。居場所がほしい。誰かの一番になりたい…」
「君はとっくに私の一番だ」
「景は俺だけのものになってくれるの……?違うよね…?オメガでもアルファでもベータでも、男でも女でもいいんだ…でも…」
景は真加の熱とフェロモンも闘いながらも、冷静に考えた。
真加の切実な願いを叶えてあげたい。人生で、はじめて現れたこの特別に居場所を作りたい。2人だけの。
あの日。真加とはじめて会った日。ふと自分に嫌気がさした。そんなことは今までなかった。将来の王として育てられ、それに疑問を持たなかった。
しかし、たまらなくなり変装をして人気のない場所を探していると、真加に出会った。
前髪が顔を覆い尽くし、眼鏡をかけ身元もわからない男に対して真加は声をかけてくれた。真加は「皇太子」である景でない「ハル」を見つめていた。
そんな人は人生で真加だけだった。この広い地球で、探せばいくらでもいたかもしれないが、少なくとも景がこの瞬間、出会って好きになったのが真加だった。
そこに明確な理由はなかった。
景は真加を見つめた。目が開き切っておらず、眠たげにさまよいはじめる。
真加は景が王位を捨てることを望んでいるわけではないだろう。悪い意味で真加が国民から注目を集める可能性もあり、景自身もこの選択は考えていない。
それであれば、景は証明し続けるしかない。必ず真加のそばにいる。ただ唯一の人になる。真加の居場所を2人で作ると。
何の肩書きもない人間でも出来るようなことを、将来の王が出来なくてどうする?
今日はこんなことに巻き込んでしまったが、これからは必ず真加を危険な目には合わせない。彼がこんな、捨て身の行為をしないよう愛を伝えていかなければならない。景は心に誓った。
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