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第五章
花のような君
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久々に訪れた中庭は、手入れを怠っていたというのに、そんなに荒れてはいなかった。
ところどころ雑草が茂っているものの、過ごしづらいほどではない。真加が中庭に行くと、すでに先客がいた。
「久しぶり」
「久しぶり。そっちの姿なの?」
髪の毛がボサボサで目元がよく見えない「ハル」の姿で景がいた。
なんだか急に懐かしくなる。
「うん。景のままだと棗がそばにいないといけないからね」
もうバレているのだから構わないのではと思ったが、堂々と王子をしていると、棗が控えていないといけないらしい。
真加は景の隣に座る。真加も背が低いわけではないのに、足の長さが悲しいくらいに違った。
「体調はどうかな?」
「別に…もう平気だけど。もう1ヶ月以上経ってるよ?」
真加はとっくに普通の生活に戻っていた。
「そうだね」
「気になるなら声かけてくれれば良かったじゃん」
「…声をかけても良かったのか?」
「うん。俺から話しかけにくいし」
見るだけならいくらでも困らないが、なかなか簡単に接触はできない。景の低く威厳があるが穏やかな声に、いつの間にか本心を答えていた。
「ごめんね。あの日のこと…真加がどこまで覚えているかわからなかったし、もし私にもう会いたくないって思ってたら話しかけられたくもないだろうしと思って…もしまた話せるなら来てくれるだろうとここで待っていたんだ」
「ずっと?1ヶ月も?」
「ああ。毎日は難しかったけどね」
真加は横目でハル…ではなく景の姿を窺う。首から下の体格は景そのものでしかない。
「そりゃ色々あったけど…会いたくないとか思ってない。助けてくれて本当にありがとう。それがずっと言いたかったんだ」
「そうか…それなら良かった。ありがとう」
真加は、あの日の後、月日が経ち、1ヶ月経って景に対する感謝だけがただただ残った。だから、今日自然とここに足が向かったのかもしれない。
「あの日のことはどれくらい覚えている?」
景は急に口を開いた。
「えっ!?何急に。それはお互いああいう状況だったんだしさ、いいじゃんもう…」
真加は顔から火を吹くほどあの日の景とのことは恥ずかしくてたまらないので、どうにか話を逸らそうと必死になる。
「よくないよ」
隣に座る景がグッと真加のように体を寄せた。途端に驚くほど距離が近くなる。
「真加、君が言ったことは覚えてる?」
「えっ!?」
景が真加の手をすくいとる。
「な、なに」
「あの夜…部屋で君が言ったこと、君自身は覚えている?」
真加は記憶の中を反芻した。薬のせいか、その後のキスやらなんやらが刺激的すぎたのかあまりはっきりと思い出せない。
「あ、いや……その、色々とお誘いしてしまったのは覚えてるけど…何?そういうプレイ?俺恥ずかしいんだけど」
「プレイじゃないよ」
景があまりに真剣に真加の言葉を否定する。景ってプレイとか口に出したことあるのかな。
馬鹿な真加に対して、景の態度はふざけ無しの本気そのものだった。
「…わかった。君が覚えていなくても、次に会えたら言おうと決めていた」
真加の手を自分の手の平に乗せながら、足を組み、悠然と構える様はあまりに風格がありすぎて、真加は声も出ない。
「あの日君は、ずっと一緒にいてくれる人がいい、自分の居場所がほしい。…だから私のことは無理だと言った」
「う、うそ………」
真加は己のあまりの失礼な発言に空いた口が塞がらない。
しかも、違う方面でかなり恥ずかしいことを言ってしまっている。
真加は景と触れていない空いた方の手を顔に当てた。
一緒にいてくれる人がいいとか、居場所が欲しいとか…そう思う要因に心当たりはあっても、自分がそんな甘い願いを持っているとは思っていなかった。
あの時の意識が胡乱な間で思わず自分でもわかっていなかった本音が出たのかもしれない。
「確かに私はこんな身だから、それを全て叶えられるとは言い難い」
「そ、そんな俺の言ったことで自分を卑下するなよ…」
「でも逆に言えば、それをどうにか出来れば私にもチャンスがあるということだろう?」
前言撤回。ちゃんと王としての自負的なものは損なわれていない。
それにしても景がすごく近い。見つめられ続けて、顔がとても赤くなっている自信がある。
少し荒れているとはいえ、雰囲気のある中庭で、景がいて、相手が自分でなければこんなにも絵になるシチュエーションだというのに。真加は思った。
「…真加?聞いている?」
「ご、ごめん」
少し遠いところに意識を飛ばしていた真加を咎めるように景が言った。
「私は真加が好きだ。自覚したばかりなせいかわからないけど、どうしようもなく好きだ。真加がこの気持ちに応えてくれるまで、私は君に証明し続ける」
「……」
「私が真加の居場所になる。心は常に君のそばにいる。必ず」
あまりの愛の言葉に頭がぐらりとした。
「おま、景、恥ずかしくないのか…!」
「ちっとも」
「そんなに、俺のどこが、そんな、景おかしいよ」
真加は頭が混乱して、ただ単語を紡ぐことしか出来ない。
「どうして?真加が私の気持ちを否定するのはおかしくないか?」
「だって…心当たりもないし」
いったいどこがこの王子様の琴線に触れてしまったのだろう。
お世辞にもこの学園では「普通」でしかない真加のどこがいいかわからない。
秋らしい風が吹く。2人以外の声がしない空間で、真加はぐるぐると今の状況に追いつけずにいた。
「こんな見た目の不審者に話しかけてくれたのは君だけだった。私にとってはそれだけで十分なんだ」
確かに、目元がわからないくらいのボサボサの髪、眼鏡、ネクタイもしてない不詳の男に扮していれば誰も声なんてかけないだろう。
たまにマスクなんかしてくると本当に怪しさしかなかった。
別に、あの日真加がハルを引き止めたのはただの気まぐれだし、危害がありそうな人物には見えなかっただけだ。(内側のロイヤルが溢れていたのか?)
「そ、そっか」
これ以上聞いても結局「どうして」という混乱の気持ちは消えないだろうから、言及するのはやめた。
とりあえず景が本気らしいというのは深く強く頭に記憶された。
「わかってくれた?あっ、ついでに言うと顔も好きだよ」
「うおっ…ありがとう…。なんとなくわかった。あと顔は恥ずかしい」
真加が納得するまで離さないつもりだっただろう手がようやく真加の元に帰ってきた。
「今日はこれぐらいにしておくよ」
「敵が負け惜しみ言う時のセリフじゃん」
「いいのか?まだいくらでも言いたいことはあるよ」
「今日は大丈夫」
基本的に勝てるわけがない相手なのだが、気を許しているのか軽薄な言動が出てしまう。
近くにいると落ち着かないので、少し横に真加がずれると、固いものに当たった。
「あっ、これ忘れてた」
「ん?」
真加は本を景に差し出す。ハルのいつかの忘れ物だ。
「これ、前にハルが忘れてったやつ」
「持っていてくれたの?ありがとう。中は見た?」
「全く。興味あるように見える?」
「あったら嬉しいけど無さそうだね。私は最初、これを見たからハルが私だと分かったのかと思ったんだ」
景が背表紙をめくる。真加は覗き込む。
「王室の蔵書印だよ」
クラウンのマークと五鳳院家の紋様。仰々しいくらい大きなスタンプが押されていた。
「ぱらぱらとは見たかもだけど気付かなかった」
あの日、ハルがうっかり置いていってしまった本に景への手かがりがあったのか。
割と致命的なミスのように感じるが、ちっともそんな気がしないのは人間としての余裕の差だろうか。真加が同じように育ってもこうはならない気がする。
「じゃあ、時間もあるし私はそろそろ行くよ」
本を受け取った景が立ち上がった。
「あ、うん」
なぜか名残惜しく感じてしまったので薄い返事になる。
振り返った景はそんな真加のこともお見通しなのか、口を開く。
「今度は私の部屋でサッカーの試合でも見ない?」
「えっ……?!あ、あの部屋?」
「そうだよ。本当は母や妹に会わせたいんだけど…」
「あっ部屋でいいです」
とんでもない代替案を出されてあっさりサッカー案を受け入れた。
「そう。じゃあ大きなスクリーンを置いてもらおう」
景は軽く微笑んで去っていった。
そこらへんの芸能人が吹き飛びそうなくらいの美形なもんだから、軽く眩暈がした。
彼の姿が見えなくなるのを見届ける。背筋の伸びた、堂々とした後ろ姿だった。
完全に見えなくなると、真加は頭を抱えた。
「あああっ……まじで…なにこれ…」
現実に体と頭が追いつかない。
真加は景のことなんか好きじゃない。そんなはずなのに、好きだのなんだの言われて、頭がくらくらした。
…いや、あれに言われてときめかない人間はいないよな。よっぽどのロボット人間か天邪鬼だけだ。
自分がちょろいわけでは決してない。
真加は頭をガシガシとかきむしる。
どんだけ真加が「景じゃだめな理由」を突きつけようが、それを丁寧に取り除かれて、いつかは生身と生身で向き合わされる日が来る。そんな気がした。
何もかも取り捨ててただの五鳳院景と向き合った時、真加はその手を取ってしまうんじゃないか。
「あー、いやだめだろ……そもそも王様だよ…」
よっぽどでもない限り、次の王は景しかありえない。
そしたら真加は?妃になるとでもいうのか?
「いやっ!有り得ないから!」
うっかり国民に手を振る自分を想像して恐れ多いと打ち消した。
有り得ない、おかしいはずなのに、景のことを思い出すとどうしようもなく心臓がドキドキする。
そもそも、国のために生きる景が真加のために尽くせるはずがない。そんな時は絶対来ないはず。だから、今こんな悩むのは全部無駄じゃないか?
真加はとにかく逡巡して頭が沸騰するくらい考えた上で、出した結論は「考えない」だった。
ただ問題を先送りしただけだが、まさか自分の未来と王室が繋がるはずもないとたかを括る。
景の手のあたたかい感触をうっかり思い出して、真加はまた頭を掻きむしり、苦いものを食べたような表情を浮かべるしかなかった。
ところどころ雑草が茂っているものの、過ごしづらいほどではない。真加が中庭に行くと、すでに先客がいた。
「久しぶり」
「久しぶり。そっちの姿なの?」
髪の毛がボサボサで目元がよく見えない「ハル」の姿で景がいた。
なんだか急に懐かしくなる。
「うん。景のままだと棗がそばにいないといけないからね」
もうバレているのだから構わないのではと思ったが、堂々と王子をしていると、棗が控えていないといけないらしい。
真加は景の隣に座る。真加も背が低いわけではないのに、足の長さが悲しいくらいに違った。
「体調はどうかな?」
「別に…もう平気だけど。もう1ヶ月以上経ってるよ?」
真加はとっくに普通の生活に戻っていた。
「そうだね」
「気になるなら声かけてくれれば良かったじゃん」
「…声をかけても良かったのか?」
「うん。俺から話しかけにくいし」
見るだけならいくらでも困らないが、なかなか簡単に接触はできない。景の低く威厳があるが穏やかな声に、いつの間にか本心を答えていた。
「ごめんね。あの日のこと…真加がどこまで覚えているかわからなかったし、もし私にもう会いたくないって思ってたら話しかけられたくもないだろうしと思って…もしまた話せるなら来てくれるだろうとここで待っていたんだ」
「ずっと?1ヶ月も?」
「ああ。毎日は難しかったけどね」
真加は横目でハル…ではなく景の姿を窺う。首から下の体格は景そのものでしかない。
「そりゃ色々あったけど…会いたくないとか思ってない。助けてくれて本当にありがとう。それがずっと言いたかったんだ」
「そうか…それなら良かった。ありがとう」
真加は、あの日の後、月日が経ち、1ヶ月経って景に対する感謝だけがただただ残った。だから、今日自然とここに足が向かったのかもしれない。
「あの日のことはどれくらい覚えている?」
景は急に口を開いた。
「えっ!?何急に。それはお互いああいう状況だったんだしさ、いいじゃんもう…」
真加は顔から火を吹くほどあの日の景とのことは恥ずかしくてたまらないので、どうにか話を逸らそうと必死になる。
「よくないよ」
隣に座る景がグッと真加のように体を寄せた。途端に驚くほど距離が近くなる。
「真加、君が言ったことは覚えてる?」
「えっ!?」
景が真加の手をすくいとる。
「な、なに」
「あの夜…部屋で君が言ったこと、君自身は覚えている?」
真加は記憶の中を反芻した。薬のせいか、その後のキスやらなんやらが刺激的すぎたのかあまりはっきりと思い出せない。
「あ、いや……その、色々とお誘いしてしまったのは覚えてるけど…何?そういうプレイ?俺恥ずかしいんだけど」
「プレイじゃないよ」
景があまりに真剣に真加の言葉を否定する。景ってプレイとか口に出したことあるのかな。
馬鹿な真加に対して、景の態度はふざけ無しの本気そのものだった。
「…わかった。君が覚えていなくても、次に会えたら言おうと決めていた」
真加の手を自分の手の平に乗せながら、足を組み、悠然と構える様はあまりに風格がありすぎて、真加は声も出ない。
「あの日君は、ずっと一緒にいてくれる人がいい、自分の居場所がほしい。…だから私のことは無理だと言った」
「う、うそ………」
真加は己のあまりの失礼な発言に空いた口が塞がらない。
しかも、違う方面でかなり恥ずかしいことを言ってしまっている。
真加は景と触れていない空いた方の手を顔に当てた。
一緒にいてくれる人がいいとか、居場所が欲しいとか…そう思う要因に心当たりはあっても、自分がそんな甘い願いを持っているとは思っていなかった。
あの時の意識が胡乱な間で思わず自分でもわかっていなかった本音が出たのかもしれない。
「確かに私はこんな身だから、それを全て叶えられるとは言い難い」
「そ、そんな俺の言ったことで自分を卑下するなよ…」
「でも逆に言えば、それをどうにか出来れば私にもチャンスがあるということだろう?」
前言撤回。ちゃんと王としての自負的なものは損なわれていない。
それにしても景がすごく近い。見つめられ続けて、顔がとても赤くなっている自信がある。
少し荒れているとはいえ、雰囲気のある中庭で、景がいて、相手が自分でなければこんなにも絵になるシチュエーションだというのに。真加は思った。
「…真加?聞いている?」
「ご、ごめん」
少し遠いところに意識を飛ばしていた真加を咎めるように景が言った。
「私は真加が好きだ。自覚したばかりなせいかわからないけど、どうしようもなく好きだ。真加がこの気持ちに応えてくれるまで、私は君に証明し続ける」
「……」
「私が真加の居場所になる。心は常に君のそばにいる。必ず」
あまりの愛の言葉に頭がぐらりとした。
「おま、景、恥ずかしくないのか…!」
「ちっとも」
「そんなに、俺のどこが、そんな、景おかしいよ」
真加は頭が混乱して、ただ単語を紡ぐことしか出来ない。
「どうして?真加が私の気持ちを否定するのはおかしくないか?」
「だって…心当たりもないし」
いったいどこがこの王子様の琴線に触れてしまったのだろう。
お世辞にもこの学園では「普通」でしかない真加のどこがいいかわからない。
秋らしい風が吹く。2人以外の声がしない空間で、真加はぐるぐると今の状況に追いつけずにいた。
「こんな見た目の不審者に話しかけてくれたのは君だけだった。私にとってはそれだけで十分なんだ」
確かに、目元がわからないくらいのボサボサの髪、眼鏡、ネクタイもしてない不詳の男に扮していれば誰も声なんてかけないだろう。
たまにマスクなんかしてくると本当に怪しさしかなかった。
別に、あの日真加がハルを引き止めたのはただの気まぐれだし、危害がありそうな人物には見えなかっただけだ。(内側のロイヤルが溢れていたのか?)
「そ、そっか」
これ以上聞いても結局「どうして」という混乱の気持ちは消えないだろうから、言及するのはやめた。
とりあえず景が本気らしいというのは深く強く頭に記憶された。
「わかってくれた?あっ、ついでに言うと顔も好きだよ」
「うおっ…ありがとう…。なんとなくわかった。あと顔は恥ずかしい」
真加が納得するまで離さないつもりだっただろう手がようやく真加の元に帰ってきた。
「今日はこれぐらいにしておくよ」
「敵が負け惜しみ言う時のセリフじゃん」
「いいのか?まだいくらでも言いたいことはあるよ」
「今日は大丈夫」
基本的に勝てるわけがない相手なのだが、気を許しているのか軽薄な言動が出てしまう。
近くにいると落ち着かないので、少し横に真加がずれると、固いものに当たった。
「あっ、これ忘れてた」
「ん?」
真加は本を景に差し出す。ハルのいつかの忘れ物だ。
「これ、前にハルが忘れてったやつ」
「持っていてくれたの?ありがとう。中は見た?」
「全く。興味あるように見える?」
「あったら嬉しいけど無さそうだね。私は最初、これを見たからハルが私だと分かったのかと思ったんだ」
景が背表紙をめくる。真加は覗き込む。
「王室の蔵書印だよ」
クラウンのマークと五鳳院家の紋様。仰々しいくらい大きなスタンプが押されていた。
「ぱらぱらとは見たかもだけど気付かなかった」
あの日、ハルがうっかり置いていってしまった本に景への手かがりがあったのか。
割と致命的なミスのように感じるが、ちっともそんな気がしないのは人間としての余裕の差だろうか。真加が同じように育ってもこうはならない気がする。
「じゃあ、時間もあるし私はそろそろ行くよ」
本を受け取った景が立ち上がった。
「あ、うん」
なぜか名残惜しく感じてしまったので薄い返事になる。
振り返った景はそんな真加のこともお見通しなのか、口を開く。
「今度は私の部屋でサッカーの試合でも見ない?」
「えっ……?!あ、あの部屋?」
「そうだよ。本当は母や妹に会わせたいんだけど…」
「あっ部屋でいいです」
とんでもない代替案を出されてあっさりサッカー案を受け入れた。
「そう。じゃあ大きなスクリーンを置いてもらおう」
景は軽く微笑んで去っていった。
そこらへんの芸能人が吹き飛びそうなくらいの美形なもんだから、軽く眩暈がした。
彼の姿が見えなくなるのを見届ける。背筋の伸びた、堂々とした後ろ姿だった。
完全に見えなくなると、真加は頭を抱えた。
「あああっ……まじで…なにこれ…」
現実に体と頭が追いつかない。
真加は景のことなんか好きじゃない。そんなはずなのに、好きだのなんだの言われて、頭がくらくらした。
…いや、あれに言われてときめかない人間はいないよな。よっぽどのロボット人間か天邪鬼だけだ。
自分がちょろいわけでは決してない。
真加は頭をガシガシとかきむしる。
どんだけ真加が「景じゃだめな理由」を突きつけようが、それを丁寧に取り除かれて、いつかは生身と生身で向き合わされる日が来る。そんな気がした。
何もかも取り捨ててただの五鳳院景と向き合った時、真加はその手を取ってしまうんじゃないか。
「あー、いやだめだろ……そもそも王様だよ…」
よっぽどでもない限り、次の王は景しかありえない。
そしたら真加は?妃になるとでもいうのか?
「いやっ!有り得ないから!」
うっかり国民に手を振る自分を想像して恐れ多いと打ち消した。
有り得ない、おかしいはずなのに、景のことを思い出すとどうしようもなく心臓がドキドキする。
そもそも、国のために生きる景が真加のために尽くせるはずがない。そんな時は絶対来ないはず。だから、今こんな悩むのは全部無駄じゃないか?
真加はとにかく逡巡して頭が沸騰するくらい考えた上で、出した結論は「考えない」だった。
ただ問題を先送りしただけだが、まさか自分の未来と王室が繋がるはずもないとたかを括る。
景の手のあたたかい感触をうっかり思い出して、真加はまた頭を掻きむしり、苦いものを食べたような表情を浮かべるしかなかった。
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