王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷

文字の大きさ
22 / 44
第五章

花のような君

しおりを挟む
久々に訪れた中庭は、手入れを怠っていたというのに、そんなに荒れてはいなかった。
ところどころ雑草が茂っているものの、過ごしづらいほどではない。真加が中庭に行くと、すでに先客がいた。
「久しぶり」
「久しぶり。そっちの姿なの?」
髪の毛がボサボサで目元がよく見えない「ハル」の姿で景がいた。
なんだか急に懐かしくなる。
「うん。景のままだと棗がそばにいないといけないからね」
もうバレているのだから構わないのではと思ったが、堂々と王子をしていると、棗が控えていないといけないらしい。
真加は景の隣に座る。真加も背が低いわけではないのに、足の長さが悲しいくらいに違った。
「体調はどうかな?」
「別に…もう平気だけど。もう1ヶ月以上経ってるよ?」
真加はとっくに普通の生活に戻っていた。
「そうだね」
「気になるなら声かけてくれれば良かったじゃん」
「…声をかけても良かったのか?」
「うん。俺から話しかけにくいし」
見るだけならいくらでも困らないが、なかなか簡単に接触はできない。景の低く威厳があるが穏やかな声に、いつの間にか本心を答えていた。
「ごめんね。あの日のこと…真加がどこまで覚えているかわからなかったし、もし私にもう会いたくないって思ってたら話しかけられたくもないだろうしと思って…もしまた話せるなら来てくれるだろうとここで待っていたんだ」
「ずっと?1ヶ月も?」
「ああ。毎日は難しかったけどね」
真加は横目でハル…ではなく景の姿を窺う。首から下の体格は景そのものでしかない。
「そりゃ色々あったけど…会いたくないとか思ってない。助けてくれて本当にありがとう。それがずっと言いたかったんだ」
「そうか…それなら良かった。ありがとう」
真加は、あの日の後、月日が経ち、1ヶ月経って景に対する感謝だけがただただ残った。だから、今日自然とここに足が向かったのかもしれない。
「あの日のことはどれくらい覚えている?」
景は急に口を開いた。
「えっ!?何急に。それはお互いああいう状況だったんだしさ、いいじゃんもう…」
真加は顔から火を吹くほどあの日の景とのことは恥ずかしくてたまらないので、どうにか話を逸らそうと必死になる。
「よくないよ」
隣に座る景がグッと真加のように体を寄せた。途端に驚くほど距離が近くなる。
「真加、君が言ったことは覚えてる?」
「えっ!?」
景が真加の手をすくいとる。
「な、なに」
「あの夜…部屋で君が言ったこと、君自身は覚えている?」
真加は記憶の中を反芻した。薬のせいか、その後のキスやらなんやらが刺激的すぎたのかあまりはっきりと思い出せない。
「あ、いや……その、色々とお誘いしてしまったのは覚えてるけど…何?そういうプレイ?俺恥ずかしいんだけど」
「プレイじゃないよ」
景があまりに真剣に真加の言葉を否定する。景ってプレイとか口に出したことあるのかな。
馬鹿な真加に対して、景の態度はふざけ無しの本気そのものだった。
「…わかった。君が覚えていなくても、次に会えたら言おうと決めていた」
真加の手を自分の手の平に乗せながら、足を組み、悠然と構える様はあまりに風格がありすぎて、真加は声も出ない。
「あの日君は、ずっと一緒にいてくれる人がいい、自分の居場所がほしい。…だから私のことは無理だと言った」
「う、うそ………」
真加は己のあまりの失礼な発言に空いた口が塞がらない。
しかも、違う方面でかなり恥ずかしいことを言ってしまっている。
真加は景と触れていない空いた方の手を顔に当てた。
一緒にいてくれる人がいいとか、居場所が欲しいとか…そう思う要因に心当たりはあっても、自分がそんな甘い願いを持っているとは思っていなかった。
あの時の意識が胡乱な間で思わず自分でもわかっていなかった本音が出たのかもしれない。
「確かに私はこんな身だから、それを全て叶えられるとは言い難い」
「そ、そんな俺の言ったことで自分を卑下するなよ…」
「でも逆に言えば、それをどうにか出来れば私にもチャンスがあるということだろう?」
前言撤回。ちゃんと王としての自負的なものは損なわれていない。
それにしても景がすごく近い。見つめられ続けて、顔がとても赤くなっている自信がある。
少し荒れているとはいえ、雰囲気のある中庭で、景がいて、相手が自分でなければこんなにも絵になるシチュエーションだというのに。真加は思った。
「…真加?聞いている?」
「ご、ごめん」
少し遠いところに意識を飛ばしていた真加を咎めるように景が言った。
「私は真加が好きだ。自覚したばかりなせいかわからないけど、どうしようもなく好きだ。真加がこの気持ちに応えてくれるまで、私は君に証明し続ける」
「……」
「私が真加の居場所になる。心は常に君のそばにいる。必ず」
あまりの愛の言葉に頭がぐらりとした。
「おま、景、恥ずかしくないのか…!」
「ちっとも」
「そんなに、俺のどこが、そんな、景おかしいよ」
真加は頭が混乱して、ただ単語を紡ぐことしか出来ない。
「どうして?真加が私の気持ちを否定するのはおかしくないか?」
「だって…心当たりもないし」
いったいどこがこの王子様の琴線に触れてしまったのだろう。
お世辞にもこの学園では「普通」でしかない真加のどこがいいかわからない。
秋らしい風が吹く。2人以外の声がしない空間で、真加はぐるぐると今の状況に追いつけずにいた。
「こんな見た目の不審者に話しかけてくれたのは君だけだった。私にとってはそれだけで十分なんだ」
確かに、目元がわからないくらいのボサボサの髪、眼鏡、ネクタイもしてない不詳の男に扮していれば誰も声なんてかけないだろう。
たまにマスクなんかしてくると本当に怪しさしかなかった。
別に、あの日真加がハルを引き止めたのはただの気まぐれだし、危害がありそうな人物には見えなかっただけだ。(内側のロイヤルが溢れていたのか?)
「そ、そっか」
これ以上聞いても結局「どうして」という混乱の気持ちは消えないだろうから、言及するのはやめた。
とりあえず景が本気らしいというのは深く強く頭に記憶された。
「わかってくれた?あっ、ついでに言うと顔も好きだよ」
「うおっ…ありがとう…。なんとなくわかった。あと顔は恥ずかしい」
真加が納得するまで離さないつもりだっただろう手がようやく真加の元に帰ってきた。
「今日はこれぐらいにしておくよ」
「敵が負け惜しみ言う時のセリフじゃん」
「いいのか?まだいくらでも言いたいことはあるよ」
「今日は大丈夫」
基本的に勝てるわけがない相手なのだが、気を許しているのか軽薄な言動が出てしまう。
近くにいると落ち着かないので、少し横に真加がずれると、固いものに当たった。
「あっ、これ忘れてた」
「ん?」
真加は本を景に差し出す。ハルのいつかの忘れ物だ。
「これ、前にハルが忘れてったやつ」
「持っていてくれたの?ありがとう。中は見た?」
「全く。興味あるように見える?」
「あったら嬉しいけど無さそうだね。私は最初、これを見たからハルが私だと分かったのかと思ったんだ」
景が背表紙をめくる。真加は覗き込む。
「王室の蔵書印だよ」
クラウンのマークと五鳳院家の紋様。仰々しいくらい大きなスタンプが押されていた。
「ぱらぱらとは見たかもだけど気付かなかった」
あの日、ハルがうっかり置いていってしまった本に景への手かがりがあったのか。
割と致命的なミスのように感じるが、ちっともそんな気がしないのは人間としての余裕の差だろうか。真加が同じように育ってもこうはならない気がする。
「じゃあ、時間もあるし私はそろそろ行くよ」
本を受け取った景が立ち上がった。
「あ、うん」
なぜか名残惜しく感じてしまったので薄い返事になる。
振り返った景はそんな真加のこともお見通しなのか、口を開く。
「今度は私の部屋でサッカーの試合でも見ない?」
「えっ……?!あ、あの部屋?」
「そうだよ。本当は母や妹に会わせたいんだけど…」
「あっ部屋でいいです」
とんでもない代替案を出されてあっさりサッカー案を受け入れた。
「そう。じゃあ大きなスクリーンを置いてもらおう」
景は軽く微笑んで去っていった。
そこらへんの芸能人が吹き飛びそうなくらいの美形なもんだから、軽く眩暈がした。
彼の姿が見えなくなるのを見届ける。背筋の伸びた、堂々とした後ろ姿だった。
完全に見えなくなると、真加は頭を抱えた。
「あああっ……まじで…なにこれ…」
現実に体と頭が追いつかない。
真加は景のことなんか好きじゃない。そんなはずなのに、好きだのなんだの言われて、頭がくらくらした。
…いや、あれに言われてときめかない人間はいないよな。よっぽどのロボット人間か天邪鬼だけだ。
自分がちょろいわけでは決してない。
真加は頭をガシガシとかきむしる。
どんだけ真加が「景じゃだめな理由」を突きつけようが、それを丁寧に取り除かれて、いつかは生身と生身で向き合わされる日が来る。そんな気がした。
何もかも取り捨ててただの五鳳院景と向き合った時、真加はその手を取ってしまうんじゃないか。
「あー、いやだめだろ……そもそも王様だよ…」
よっぽどでもない限り、次の王は景しかありえない。
そしたら真加は?妃になるとでもいうのか?
「いやっ!有り得ないから!」
うっかり国民に手を振る自分を想像して恐れ多いと打ち消した。
有り得ない、おかしいはずなのに、景のことを思い出すとどうしようもなく心臓がドキドキする。
そもそも、国のために生きる景が真加のために尽くせるはずがない。そんな時は絶対来ないはず。だから、今こんな悩むのは全部無駄じゃないか?
真加はとにかく逡巡して頭が沸騰するくらい考えた上で、出した結論は「考えない」だった。
ただ問題を先送りしただけだが、まさか自分の未来と王室が繋がるはずもないとたかを括る。
景の手のあたたかい感触をうっかり思い出して、真加はまた頭を掻きむしり、苦いものを食べたような表情を浮かべるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...