赤い目は踊る

伊達メガネ

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第五章

意外

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 着いた先は環境省直轄の赤目の引き取り施設で、通称回収センターと呼ばれる所だ。広大な駐車場に、鉄筋コンクリート製の三階建ての建物、それに大きなプレハブ小屋が隣接されている。
 建物の一階は赤目を引き取ってもらう窓口になり、こちらで赤目の種類や、状態などを査定してもらう。
 二階は証明書などの書類を、発行する行政機関となっており、持ち込んだ赤目に関しての、駆除証明書を発行してもらい、後日それに基づいた請求を環境省に行い、政府の方から報酬を得る。
 三階は職員施設で、直接的には関係はなく、隣接するプレハブ小屋は引き取った赤目を、保管しておく倉庫となっていた。
 引き取った赤目は有用な資源や、貴重な研究材料として大学などの研究機関や、企業などに卸される。聞くところによると、希少な薬剤の原料や、レアメタルの代わりなどに使用されているらしい。
 まあ、そんなに詳しい仕組みは分からないのだが、取り敢えずそれらのおかげで、猟人の報酬は割と高額である。
 回収センターは割かし混んでいたので、順番待ちになった。
 シゲさんは顔見知りの猟人達と、タバコを吹かしながら談笑し、絹江さんは自販機から購入した、缶ジュースを飲んでいた。
それにしても、今日は疲れたなぁ。大細鹿に会うまでは、楽勝だったのに、簡単にはいかないね。
 ポーチから板チョコを取り出す。思いの外溶けていないことに、少し感動しながら、丁寧に銀紙を剥いて頬張った。
 ……チョコって、素晴らしいね。疲れている時も、そうでない時でも至福を与えてくれる。
 絹江さんが話しかけてきた。
「狛彦君、ちょっといい?」
「ハイ、何でしょうか?」
「実はちょっと、お願いがあるの」
 結構真剣な顔だな。ということは……。
「チョコ欲しかったですか?」
「違う!」
 違うのか⁉ この世の中に、チョコを欲しがらない人がいるとは……。
「では、何でしょうか?」
「実は……ね」
 絹江さんは話しづらそうに、急にモジモジとし始めた。
「えぇとね……呼び方を……変えてくれないかと……」
「………?」
 絹江さんの意図することが、よく分からなかった。
「どういうことでしょうか?」
「だから……私のことは『絹江』以外で、呼んで欲しいの」
 これはどういうことだろうか? 絹江さんを『絹江』以外で呼んでほしいとは?
 瞬時に色々と考えたのだが、答えは出なかった。
 なので、素直に聞いてみることにする。
「どうしてでしょうか?」
「何というか……『絹江』って、何か古臭い感じがしない? ちょっと変な感じで目立つし、だから、名前で呼ばれるのは、あまり好きじゃなくて、違う呼び方に変えて欲しいの」
 確かに今風の名前ではないな。今時の女子高生としては、結構な悩みごとなのだろうか? そういえば初めて会った時に、微妙な表情をしたのはこの為か、それなら今まで我慢していたことだろうし、ご期待に沿えたいところだ。
 しかし、何と呼べばいいのだろうか? 苗字の『蜂須賀』で呼ぶ手もあるが、その場合だと事務員の美咲さんと被ってしまい、区別をすることが難しくなる。シゲさんの様に『嬢ちゃん』と呼ぶ方法もあるが、同い年でこの呼び方は如何なものか。
 瞬時に色々と考えてみたが、答えは出なかった。
 もう一度、素直に聞いてみよう。
「……何とお呼びすれば、良いのでしょうか?」
「そこは色々と考えたけど、良いのが思いつかなくて、狛彦くん、何か良い名前を考えて欲しいの」
 えッ⁉ それこっちが決めるの? 今まで我慢していたのだから、呼び方を変えるのは構わないけど、それをこちらに決めて欲しいと言われても……正直、面倒くさい。疲れていることも相まって、余計に面倒くさい。
 何よりも、それが思い浮かばないから、素直に聞いてみたのに……。
 絹江さんは期待に満ちた眼差しで、こっちを見つめている。
 ちょっと視線が痛い。う~~ん、どうしよう?
「出来るだけ可愛らしい感じで、お願い」
 あッ! ハードル上げやがった。
 そう言われても……取り敢えず、可愛らしいというと、アイドルみたいな感じだよな?
 考えに考えて、出した答えは……。
「『キューティー絹江』はどうでしょう?」
「何? その安直な感じは! それにどこかで聞いた覚えがあるし」
「名プロデューサー秋〇康さんの、過去のネタを潔くパクリました」
「パクリはダメ! それに『絹江』は入れないで!」
「でしたら『暫定、絹江さん』でお願いします!」
 絹江さんにデコピンされた。
「痛い!」
「『絹江』変わってないじゃない! というか『暫定』って何よ⁉」
「世界ランキングみたいで、可愛らしいかと思って」
「そんなものが、可愛い訳ないでしょ!」
「それじゃあ『絹江・ネンダマギン・スー』で!」
 絹江さんにまたデコピンされた。
「 ouch!」
「何よ、その変な名前!」
「NFL選手みたいで、可愛らしかと思って」
「あんなゴツイ奴らの、どこに可愛らしいがあるの⁉ 『絹江』は入ったままだし、さっきの方がまだマシよ!」
「なら『暫定、絹江』さんで、お願いします!」
 またまた絹江さんにデコピンされた。
「Aua!」
「ま・じ・め、・に・か・ん・が・え・て!」
 絹江さんは今にも噛みつきそうな勢いだ。
 ただ、そうは言ったところで、思いつかないものは、思いつかない。
「ええと……じゃあ最後に……」
「なぁに?」
「ギブアップします!」
「何だと~~ッ⁉」
 絹江さんが鬼のような形相で、襟首を締め上げてきた。
「ギブ……ギブです……ギブ……アップ……」
 視界が暗くなっていくなか、必死に絹江さんの手にタップする。
 その時、救世主が現れた。
「何やってんだ? お前たち……」
 シゲさんが、不思議そうな顔をして立っていた。
「何でもないです」
 先ほどとは打って変わって、絹江さんは天使のような笑顔で返した。
 この人、二面性があるな。今の暴力的な部分が、本性だよね。
 何だよ~~結構厄介な人なのか?
「順番が来たから行くぞ」
 シゲさんは先に歩いて行った。
 絹江さんは笑顔で答える。
「分かりました。直ぐ行きます」
 絹江さんが、シゲさんを追いかけて歩いていく。だが、突然踵を返して、急に顔を近づけてきた。
「さっき私の悪いこと、考えていたよね?」
「いえ、そのようなことは……」
 ドキッとして、絹江さんから顔を背けた。
「本当に?」
 絹江さんが背けた顔を逃さないように、回り込んでくる。
「本当です! 天地神明に誓って、そのようなことは考えていません」
 絹江さんは、イマイチ納得していない顔つきだ。
「ふ~~ん、まあ、いいわ。さっきの件、ちゃんと考えておいてね」
 絹江さんはそう言うと、シゲさんの後を追いかけていった。
 ……どうしようかな? というか、どうすればいいの?
 自問自答しながら、二人の後を追いかけていった。

 事務所に帰ってきて、銃のメンテナンスと、報告業務を終わらせると、三階の喫煙所に向った。
 無論未成年なのでタバコを吸う訳ではなく、絹江さんが先に着替えているので、時間を潰す為だ。
 更衣室は一部屋しかなく、一応カーテンで区切られているのだが、若い女性と同じ部屋で着替えるのは、ちょっと気が引けてしまう。
 だから、絹江さんとは時間をズラして、着替えるようにしていた。
 喫煙所に着くと、いつもの様に小鳥遊所長と、シゲさんがタバコを吹かしながら談笑していた。
 疲れていたこともあって、ぼんやりと外の街並みを眺める。
 数分後に二階の方から、ドアの開閉する音が聞こえた。
 下を眺めると、階段を下りていく女性の後ろ姿が見えた。
 事務員の美咲さんは、この時間は既に上がっている筈だ。となると、件の女性は絹江さんであろう。
 疲れているし、とっとと帰ろう。
 小鳥遊所長と、シゲさんにお疲れの挨拶をして、下へと向かった。
 更衣室のドアを開けて、中へと入る。
 そこには、予想外の光景が広がっていた。
 ブルーのスポーツブラと、ショーツ姿の絹江さんが立っていたのだ。
 透き通るような白い肌と、美しくくびれた腰回り、小さくキュッとしたお尻に、細く長い綺麗な足が際立っていた。因みに、胸は少々小さいかな。
 思わず、素っ頓狂な声を上げる。
「へッ……何で?」
「……………………」
 絹江さんと無言で見つめ合い、一拍ほど置いて、絹江さんは悲鳴を上げた。
「きゃぁぁーーあqwせdrft………」
 そして、右拳が飛んできた。

「和風キノコパスタを、一つ下さい」
 絹江さんがメニュー表を指しながら、パスタを追加注文していた。
 その前にはハンバーグステーキと、ドリアの空き皿が広がっている。
 痛む左頬を擦りながら尋ねた。
「……よく食べますね」
 絹江さんがスマホの画面を覗きながら、すました顔で呟いた。
「へぇ~~覗きって、軽犯罪法違反何だ……知らなかったなぁ」
「うッ………」
 左頬が更に痛んできた。
 ここは雑居ビルの三階に入っているファミレス。
 現在の状況を説明すると。
 忘れ物を取りに来た美咲さんが、絹江さんと世間話をした後で帰る。
 それを見た俺が、絹江さんと勘違いする。
 更衣室を開けて、下着姿の絹江さんを発見。
 絹江さんによる鉄拳制裁が発動。
 食事を奢ることで示談が成立。
 ファミレスで食事。← 今ここ。
 食事をしながらも絹江さんは、チクリチクリと攻めてくる。
「普通ノックもせずに、ドアを開けるかなぁ?」
 ノックをせずに、ドアを開けた非は認めますけど、カーテンを閉めていなかった絹江さんにも、責任はあると思いますけどね。
 一切口には出しませんけど、取り敢えず、思うだけは思っておきます。
 ふと、メニューに載っている、デザートが目についた。
 最近やたらとCMでよく流れている、イチゴのサンデーだ。
 鮮やかな赤と白の断面のアイスに、フワリとした雲のようなソフトクリームがかかっていて、その上に瑞々しいイチゴの群れが咲き乱れ、煌びやかなシロップが掛かっている。
 見た目もすごく美味しそうだし、なにより『サンデー』って響きが、これまた良いよなぁ。CMを見た時から気になっていたし、頼んじゃおっかな~~?
 タイミング良く食器を下げに、女性の店員さんがやって来た。
「あ、すみません。この『極上イチゴのフロマージュサンデー』を一つお願いします」
 絹江さんが便乗してきた。
「私にもそれ一つ」
「ええッ⁉ まだ入るの?」
 絹江さんがニッコリ笑った。
「成長期なので」
 成長期って自分で言うなら、そうなんだろうけど、少々存在感の薄い胸も、これから成長していくのだろうか?
 ていうか、人の奢りだと思って~~!
「……それ本当に、全部食べられますよね? 嫌がらせに、無理やりに無茶苦茶な、注文していないですよね?」
 絹江さんが、半ギレ気味に答えた。
「そんなことない! これぐらい余裕よ! 嫌がらせだなんて、失礼しちゃうわね!」
「……本当に?」
 絹江さんに疑惑の眼差しを向けると、何故か、女性の店員さんが代わりに答えた。
「こちらのお客様、一見華奢な体つきでございますが、内臓がすこぶる健康で丈夫ときており、成長期なのも相まって、無尽蔵の胃袋となっております。お客様の懸念もご理解出来ますが、特に問題なく完食されるでしょう」
「急に何を言っているんですか⁉ というか何でそんなこと分かるんですか? それにイマイチ褒めているのか、けなしているのか分かんないですけど?」
 これまた何故か、絹江さんが誇らしげに答えた。
「ホラね!」
「『ホラ』の意味が分かんないですよ! 『ホラ』の意味が!」
「因みに、こちら『極上イチゴのフロマージュサンデー』につきまして、メニュー表では小ぶりに見えますが、お客様からよく逆掲載詐欺と言われておりまして、実際には二人前程度の量があると、ご理解下さいませ」
「それは萌えますね! 全然大丈夫なので、お願いします!」
「何で萌えるの⁉」
「それでしたら『マシマシ』で注文していただけましたら、更に1.5倍増しに、萌えることも可能でございます」
「えッ⁉ ラーメン屋さんなの? っていうか、更に1.5倍に萌えるって、何ですか?」
「その挑戦受けるわ! 1.5倍萌えで、お願いします」
「挑戦って何? そもそも萌えるって、一般的なの?」
「かしこまりました。狛彦お客様の方は、いかがいたしますか?」
 急に振られたおかげで、ドギマギした。
「ええ⁉ えぇっと……つ……通常サイズで、お願いします」
「かしこまりました」
 女性の店員さんは、キビキビとした動きで注文を受け付け、空いたお皿を片付けていった。
 妙な感じで、思わず流されてしまったけど……何だろう? 何かもの凄い敗北感があるんですけど……。

 んん……何だ?
 何やら外の方が騒がしく、サイレンの音とかが鳴っている気がする。
 何かあったのかな? ちょっと気になる。
 だが、その疑問は、直ぐに吹き飛んでしまった。
 絹江さんが、和風キノコパスタを食べ終わると同時に、お目当てのデザート運ばれてきたからだ。
 イチゴのソフトサンデーは、噂に違わぬ味であった。
 イチゴはその名が示す通り極上に甘く、その中に程よい酸味があるからさっぱりともしていて、フロマージュは滑らかで、舌触りの良いチーズクリームになっており、かかっているシロップがアクセントになっていて、良い仕事をしている。土台部分のアイスクリームは非常に濃厚で、これが更に美味しさを、引き出している気がする。
 これ……マジで滅茶苦茶、美味しいのですけど!
 絹江さんには殴られたが、ちょっと幸せな気分であった。
「……何かしら?」
「……?」
 絹江さんに促されて見ると、窓際に人が集まっていた。
「……何でしょうね」
 少し気になったが、それ以上に気になることがあった。
 絹江さんの目の前にある『マシマシの極上イチゴのフロマージュサンデー』が、既に三分の二はなくなっていた。
 あの細い体のどこに、こんなに入るのだろうか? 本当に成長期だからなのか? というか成長期って、そんな万能な言葉だったか?
 そんなことを考えていると、聞きなれた言葉が、耳に入ってきた。
「……赤目?」
 絹江さんも頷く。
「私もそう聞こえた」
 流石にそれは気になったので、席を立ち、声のした窓際に向かった。絹江さんも、後ろからついて来る。
 何事かと思って窓から外を眺めると、数台のパトカーと、野次馬と思しき人たちがいた。
 警察官たちが、野次馬を押さえる先の方には、見慣れた奴がいた。
 赤目だ。しかも、この前出くわした強敵、黒狼が居る。
 それを取り囲むように、専用の防護服と、ヘルメットに身を包み、腰から象徴的な手斧をぶら下げ、自動小銃と、ライオットシールドを構えた、三人の武装警察が対峙していた。
 武装警察の隊員たちは、遠目でも分かるほどの屈強なガタイで、特に真ん中にいる隊員が、やけに体格が大きくて、ちょっと目立っていた。
 マジか……全然気づかなかった。これも極上イチゴのフロマージュサンデーによる、魔性のなせる業なのか……。
 黒狼は周りを、激しく威嚇していた。
 遠目ながらも、張り詰めた空気を感じる。
 黒狼と、武装警察は睨み合ったまま動かない。
 その後方では一般の警察官が、懸命に野次馬を抑えようとして、頑張っていた。だが、普段滅多に見ることのない、赤目に興奮しているのか、これがなかなか、下がっていかない。
 武装警察は、一向に発砲しなかった。
 本来であれば三人で取り囲んでいる現状、自動小銃による十字砲火で、有利にことを進めることが出来る。だが、周りに野次馬がいるおかげで、跳弾や流れ弾を恐れて、発砲出来ないのであろう。
 そんな中、黒狼が気をそらして、野次馬の方を向いた。
 野次馬の方から、何か物が投げられたみたいだ。
 次の瞬間、真ん中の大柄な男が、手斧で切り込んでいった。
 黒狼は俊敏にそれを避けると、逆に襲い掛かった。
 大柄な男がライオットシールドで、何とかそれを防ぐ。
 すると、その隙に他の二人も、続けて切り込んでいった。
 激しく抵抗する黒狼に、少々持て余しながらも、武装警察が必死に、肉参戦で応戦する。
 流石の黒狼も多勢に無勢で、段々と弱まり、最後には力尽きた。
 その光景を目にして、思わず絹江さんと目を見合わせた。
 仕事柄、赤目の怖さは知っているし、黒狼の強さも、身をもって知っている。この前黒狼に抑え込まれた時なんか、簡単に動けなくなるくらい、もの凄く強い力であった。
 それを肉弾戦で倒すなんて、到底考えきれない。
 武装警察が持つ手斧が、街中での戦闘の際に、市民への被害を考慮して、実戦で使用するとは聞いていたが、眉唾物だと思っていた。
 そんな自分たちをしり目に、武装警察は悠々と引き上げて行く。
 それにしても、最近多い気がするな。絹江さんに鉄拳を貰ったことも含めて、何か嫌な感じがした。
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