赤い目は踊る

伊達メガネ

文字の大きさ
4 / 9
第四章

細鹿

しおりを挟む
 放課後になり、帰宅しようとして、校舎の玄関口に差し掛かった。
 校舎の奥から流れてくる冷気と、開かれたドアから入ってくる熱い外気が乱雑に混ざり合い、少し不快な気持ちにさせる。
 ふと「生徒会長」という言葉が、聞こえてきた。
 声のした方を見ると、下級生と思しき二人の女の子と、会話する女性が目についた。細かいとこまでは聞き取れないが、生徒会について何やら話をしている。
 あれが、幸太郎が話していた生徒会長なのか?
 位置的に女性の後ろ姿しか、確認出来なかった。
 噂通りなのか気になるけど……わざわざ見に行くのも変だしなぁ。
 しかし、そうは思わない人もいるようで、女性を遠巻きに眺める人を、チラホラと見受けられた。
 へ~~やっぱり、他にも気になる人はいるんだな。
 ここで、女性と話をしていた女の子の一人が、遠巻きに眺める一人の男子生徒の方へ、ツカツカと歩いていった。そして、何やら強い口調で注意している。
 朧げに聞こえてくる内容から察するに、どうやら女性のことを、隠し撮りしていたようだ。
 ……マジで、凄い人気があるんだな。
 後ろからだけではなく、正面からも拝見したいところだが、流石にこの騒動の後だと、なかなか行きづらい。
 まあ、生徒会長何だし、何かの行事で、拝見する機会があるだろう。その時まで楽しみにしておくか。
 この場を、そのまま後にすることにした。
 が、しかし、そもそもそういう行事を、率先的にサボってきていたから、今まで生徒会長を拝見する機会がなかったことに、後で気が付いて、少しだけ後悔した。

 目的地に隣接する駐車場に、トラックを止めた。
 他に停車している車両は一切なく、アスファルトは所々ひび割れて陥没していて、周りでは草花が、好き放題に生い茂っていた。
 辺りを警戒して窺いながら、駐車場に降り立った。今の所、特に異常は見られない。
 トラックの荷台から、荷物を取り出して準備を始める。散弾銃を取り出して銃弾を装填し、タクティカルベストや、ポーチに予備の弾薬を詰めこみ、無線機などを装備していく。今回は絹江さんも同じく散弾銃を使用する。
 最初から腰に吊り下げていた、サイドアームの45口径のオートと、357マグナムのリボルバーを、念のため確認していたところで、シゲさんが声をかけてきた。
「そろそろ、いいか?」
 絹江さんと揃って、シゲさんに返事を返した。
「OKです」
「ハイ、大丈夫です」
「ホイじゃあ、行くとするか」
 俺が先頭に立ち、続いて絹江さん、後ろにシゲさんの順に隊列を組み、歩き始めた。
 微かに残っていた小道を、生い茂る草花が隠している。それを慎重にかき分けながら進んでいく。
 進んでいくと、周りの視界が開け、少し小高い丘に出た。
 進行方向には、草むらの中にウォーキングコースが見え隠れし、右側には滑り台や、はん登棒などの複合遊具が、これまた草花に囲まれて並び立っていて、左側の少し離れた位置に、三階建ての多目的施設が建っていた。
 元は綺麗な公園であったろうに、今では誰にも整備されずに、荒れ放題となっている。
 絹江さんが、少し硬い声色で指差した。
「狛彦君、あそこに……!」
 何回か狩りをこなしてきた絹江さんは、幾分か慣れてきた感じがする。俺を呼ぶ名前が「柏木さん」から「狛彦君」に代わっているのも、その表れだろう。それでも、赤目を目にした際の、張り詰めた様子は変わらない。
 絹江さんが、指差した方を確認する。そこには、見覚えのある奴らがいた。
 細鹿さいろくと呼ばれる赤目で、全長は二メートル程、全体的に鹿に似た姿形をしており、細長い二本の角に、鋭角な体つきをしている。
 細鹿が公園内に点々と、草むらの茂みに隠れるように、膝を折って蹲っているのが、見て取れた。
 いつも思うけど、ちょっとファンタジーな光景だよな……。
 シゲさんが細鹿を確認しながら、指折り数える。
「ひい、ふう、みい……んっと、見る限り十二匹って、とこか?」
「そんなとこですね。ここから見えない細鹿やつもいると思うので、実際はもう少しいるかと思いますけど……」
 絹江さんが、不安げな表情で言った。
「想定より多い……よね?」
「う~~ん、そうですね。まあ、でも、これぐらいの細鹿なら、問題ないかと思いますよ」
 細鹿は細長い角や、鋭利な体は脅威だが、動きはそれほど機敏ではなく、線が細くて耐久力も低くいので、中型のサイズの赤目にしては、割と与しやすい相手だ。
 シゲさんも同調した。
「だな。確かに普段と比べると数は多いが、許容範囲ってとこだろ」
 それでも絹江さんの表情は、硬いままであった。

 ウォーキングコースの、外縁部分まで歩を進めた。
 この時間帯の赤目は休眠中だ。細鹿に、こちらを気付いている様子は見られない。
 シゲさんが声をかけてきた。
「この辺で、いいんじゃねぇか?」
「ええ、そうですね。絹江さんもいいですよね?」
 絹江さんの表情が、より険しくなった。
「うん……大丈夫」
「それじゃあ、いきます」
 草むらの中に蹲る細鹿に向けて、散弾銃を構えた。
 散弾銃には、バックショットが装填されていた。文字通り鹿撃ち用の散弾で、錆烏の狩りの際に使用した物と、同様の物だ。まあ、厳密にいうと異なるのだが、錆烏の時はOOOBで、今回のはOOBになる。内包する弾丸の数が異なり、OOBの方が数は少ないが、その分一粒当たりの威力が上がる。
 一番近くに居た細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
 銃声が辺りに響き、強い反動が掛かってきた。
 散弾が草むらを引き裂き、細鹿に命中する。
 速やかにハンドグリップを操作して排出し、次弾を装填して射撃準備を整えると、再度細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
 銃声が響き、散弾が細鹿に命中する。
 細鹿の細い体が砕け、そのまま横に倒れた。
 細鹿に動く気配は、一切見られない。断末魔を上げることさえなく、息絶えたようだ。
 相手は休眠中だったから、こんなもんだろう。最も勝負はこれからだけど……。
 周りを見渡して、確認する。
 草むらの中の赤い眼が、次々と動き出す。
 その光景は、何とも言えない異様なものだ。
 これまたいつも思うけど、ホラーな光景だよなぁ。
 シゲさんが、声をかけてきた。
「先手取っていくぞ。起きたばかりの赤目やつは、当てやすいからな」
 そう言ってシゲさんは、細鹿に向けて散弾銃を放った。
『キュイィィンッ!』
 起き上がってきた細鹿が、散弾を受けて倒れる。
 絹江さんが、硬い表情で頷いた。
「ハイ……!」
 絹江さんが散弾銃を構え、細鹿に向けて撃った。
『ギィィ!』
 細鹿の臀部付近に、散弾が命中した。
 絹江さんは反動を少し持て余しながらも、続けて散弾銃を放っていく。
『ギイィィ……』
 細鹿は二発、三発と散弾を食らい、鮮血をまき散らせながら倒れた。
 こっちも負けてられないな。
 目に付いた細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
 散弾が命中し、細鹿はバランスを崩してフラフラとした。
『ギィギィィ……』
 細鹿に、容赦なく追撃の散弾を撃ち込んで、とどめを刺した。
 細鹿たちの動き出す前を狙って、次々と散弾を撃ち込んでいく。
 時折跳ねながら草むらをかき分けて、突撃してくる細鹿やつもいたが、それにも難なく、散弾を浴びせていった。
 そのまま細鹿を迎撃しながら、ウォーキングコースに沿って、周りを確認しながら、ゆっくりと歩を進める。
 細鹿が草むらの中や、木の陰からちょこちょこと、赤い眼を光らせて顔を出してきた。
 それらを片っ端から駆除していく。絹江さんも段々とコツを掴み、手際よく細鹿に、散弾を撃ち込んでいった。
 結構隠れていたな……細鹿おまえらそんなに暇なのか? 全く何をすき好んで、そんなに隠れているのか?
 細鹿の数は想定よりもかなり多く、ウォーキングコースを一回り終えたころには、駆除した数が優に三十匹を超えていた。
 シゲさんが周囲を見渡していった。
「大分多かったけど、もう見当たらねぇよな? これで全部ってところか?」
 こちらも周辺を見渡しながら、シゲさんに返す。
「見る限り……そうでうね。この辺には見えないので、残りは建物内だけってとこですね」
 絹江さんが、左側にある建物を指差した。
「向こうの建物? まだ何か赤目が潜んでいるの?」
「多分細鹿が、何匹か潜んでいると、思うんですよね」
「だな。まあ、変な奴はいないと思うが……」
 シゲさんは少し悩ましげに、頭をかいた。

 そこはコンクリート製の三階建ての建物で、一階はコンサートや、演劇などが行われる演芸場で、二階は会議や、講習などに使用されるミーティングルーム、三階は一面フローリング仕立ての、レッスン場になっていた。
 建物の扉は開いていた。正確には両開きのドアの片方が、壊れて外れて落ちていた。
 中の様子を窺うが、特に異常は見られない。
 シゲさんが静かに言った。
「……気をつけろよ」
 シゲさんは先程までとは変わって、真剣な表情だ。
 屋外では遮蔽物も少なく、スペースもあることから、十分に距離を取ることが出来るので、細鹿を比較的迎撃しやすい。しかし、屋内では障害物も多く、スペースも限られる為、物陰から一気に距離を詰められてしまうと、リスクは急激に増大する。
 たとえ細鹿が与しやすい相手でも、屋内では多大な注意が必要だ。
「ええ、分かりました」
 散弾銃を構え、周りに気を配りながら、ゆっくりと建物の中に入った。
 窓が大きく、自然光が良く入る為、エントランス近辺は明るかった。
 正面には埃の積もった受付カウンターと、右側には演芸場への扉が見え、左側には上階へと続く階段と、トイレへの案内板が見える。
「コマ……」
 シゲさんが右側を指差した。
 シゲさんの指示に従って、演芸場へ歩を進めた。
 演芸場の扉は、全開に開いていた。そこから自然光がうっすらと射しているが、内部に窓はなく、薄暗くて外からでは、正確な様子を窺うことが出来なかった。
 入口に立ち、目を慣らしながら、暫く内部を観察する。
 今の所、赤目らしきモノは見当たらない。
「行きます……」
 一声発して、演芸場に足を踏み入れた。
 ひんやりとした空気が肌に触れ、かび臭い臭いが鼻についてきた。
 四方八方に目を凝らして、細心の注意を払う。
 薄暗い中、足元を確かめながら、座席の間をゆっくりと歩を進めた。
 演芸場内はそれほど大きくなく、直ぐに端に辿り着いた。小規模な演芸場なので、ここで行き止まりとなる。
 設置されていた小さな階段を使って、壇上に上がった。
 壇上から周りを見渡して確認するが、特に異常は見当たらない。
 う~~ん、ちょっと予想外だな。屋外の感じから、何匹かいると思ったけど……。
 絹江さんが周りを見ながら、尋ねてきた。
「居ない……よね?」
「そうですね。居ませんね」
 赤目アイツら暗闇でも眼が赤く光るからな。見落としはないだろう。
 これにシゲさんも同意した。
「だな。上の階に、行くとしよう」

 エントランスに戻り、トイレの中も確認してから、二階へと上がった。
 二階に上がって正面には、壁に提示版が据え付けられていた。そこには色あせたポスターや、ヨレヨレのスケジュール表が貼られている。
 右手側は行き止まりで、左手側には受付カウンターと、その手前に奥へと続く通路があった。
 周りに警戒を払いながら、通路に入った。
 通路の両側には、幾つかの部屋があった。ドアはスライで式になっていて、全て開いている。
 一番手前の部屋の中を覗き見る。
 壁にホワイトボードが据え付けられていて、破損した長机と、パイプ椅子が幾つか転がっていた。
 そのまま進んで他の部屋も確認してみるが、同じような状況で、特に異常は見られなかった。
 想定外の展開に、思わず絹江さんと顔を見合わせた。
「居ませんね……」
「居ないね……」
 シゲさんが上を指差した。
「まだ上も残っている。ここは気を抜かずにいこうや」
 シゲさんの言葉に、絹江さんと一緒に頷いた。

 少し手狭な階段を上がって、三階にたどり着いた。
 三階は、これまでの階とは様相が違っていた。壁などの仕切りは一切なく、全面フローリング仕立てになっている。
 その中央に、何かがあった。
 んん⁉
 それは一瞬、彫刻とかの置物と思った。微動だにしないし、何よりも生命の息吹みたいなものを感じない。
 だが、その思いは直ぐに吹き飛び、新たな疑問が口から漏れた。
「……細鹿?」
 その姿形は、紛れもなく細鹿と同じであった。しかし、明らかに違う点が一つある。
 絹江さんが、驚き交じりの声で言った。
「大きい……」
 そいつは、これまで見てきた細鹿と比べると、二回りぐらい大きかった。鹿というより、馬という感じだ。
 時間帯から休眠中のせいか、大細鹿は微動だにせず、眼だけを赤く光らせている。
 絹江さんが問う。
「……本物よね?」
「……だと思います」
 あまりにも動かないから、置物かと思ったけど……。
 ちょいとばかり色んな意味を込めて、シゲさんの名を呼んだ。
「シゲさん……」
 シゲさんが、どこか懐かしそうに語った。
「最初のころに、出くわしたことがあるなぁ。最近はトンと見かけなかったが……」
 こんな細鹿やつ初めて見たが、流石にシゲさんは経験豊富だ。
「何にせよ、動かねぇのは好都合だ。この隙に――」
 しかし、シゲさんの目論見は、そのセリフよりも先に崩れ落ちた。
「あッ⁉」
 不意に、大細鹿の顔だけが不自然な姿勢で、こちらに向き直った。
 大細鹿に向けて散弾銃を構え、狙いを定める。
 大細鹿は、それに対して激怒するかのように、雄叫びを上げた。
『ギギュュイイィィィ――ンッ!』
 甲高い雄叫びが、ガタガタと窓を震わせ、鼓膜を痺れさせる。
「クゥ……ッ」
 その時、大細鹿が動いた。
 ヤバいッ!
 咄嗟に、引き金を引いた。銃声とともに、反動が掛かってくる。
 散弾が、大細鹿の臀部付近をかすめた。
「チィッ!」
 痺れる鼓膜に、続けて銃声が聞こえた。
 シゲさんだ。
 シゲさんの放った散弾が、大細鹿の胴体に命中した。
 しかし、大細鹿の動きは止まらない。
 大細鹿は暴れ馬のように大きく跳ねながら、床を激しく打ち鳴らして、こちらに襲い掛かってきた。
 シゲさんが声を張り上げた。
「散会して、距離を取れッ!」
「了解!」
「分かりました!」
 サイドステップで軽快に移動しながら、散弾銃のハンドグリップを操作し、排莢して次弾を装填させる。
 シゲさんや、絹江さんも横や、後ろに広がって、大細鹿から離れていく。
 激しく飛び跳ねる大細鹿に、銃口を向けた。
 頭は難しいか……。
 比較的ブレの少ない、大細鹿の胴体に狙いを定め、引き金を引いた。
 散弾が狙い通り、大細鹿の胴体に命中した。
 だが、依然として大細鹿の動きは変わらない。
 硬い……? 大きい分、分厚いせいか?
 めげずに続けて散弾を撃ち込んでいく。それにシゲさんや、絹江さんも加わった。
 流石の大細鹿も、三者から集中砲火を浴びて、動きが弱くなっていく。
 いい感じだ……このまま押し切れそうだな。
 ハンドグリップを操作して、次弾を装填しようとした瞬間、突如として大細鹿が動きを変えた。
 んん⁉
 大細鹿は強引にバックステップをして、急速に距離を詰めてきた。そして、雄叫びを上げて、後ろ脚を大きくかち上げた。
『キュイィィ――ンッ!』
 それをすんでのところで、身を捩って躱した。
「おわぁッ!」
 どうにか躱すことは出来たが、バランスを崩して、思わず膝をついてしまった。
『キュイィンッ!』
 叫び声に見上げると、高く前足を掲げる大細鹿が、目に映った。
 ゲェッ!
 慌てて海老のような姿勢で、力一杯大きく横に跳んだ。
 今まで居た場所に、大細鹿の前足が力強く振り下ろされ、激しい衝撃と、音が響き渡った。
 背筋が一気に冷たくなるのを感じる。
 なおも大細鹿が、追撃をかけてくる。大細鹿は大きく地団駄するように、床を激しく踏み鳴らしてきた。
 それを、床を転がるようにして、どうにか避ける。
「ヒィ~~~~」
 シゲさんの怒鳴り声のような叫びが、聞こえてきた。
「コマもっと離れろッ! それじゃあ撃てねぇ!」
 そんなこと言われても~~!
 こっちは避けるだけで、精一杯だ。
 クッソ……こうなったら!
 それでもどうにかしようとして、強引に横に大きく跳んだ。
 次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。
「おッがぁッ!」
 いつの間にか窓際まで来ていて、壁に背中から当たったのだ。
 ……ってヤバいじゃん、これッ!
 グロッキー状態で、コーナーポストに追い込まれたボクサーの心境の中、目に映ったのは、それをリングに沈めようと、血気にはやるボクサーのように、猛然と駆けてくる大細鹿の姿であった。
「ちょッちょっと待ってッ!」
 そんなこと言われても、大細鹿が待つはずもなく、突進しながら頭を下げて、角を突き出してきた。
 ――‼
 咄嗟に、狙いもなおざりに、大細鹿に向けて引き金を引いた。
『ギュィイィィンッ!』
 大細鹿が頭を下げていたおかげで、散弾が上手い具合に、その頭部に命中した。
 ナイス! 狙い通り……あッ⁉
 大細鹿は散弾を頭部に食らって、一瞬怯むような様子を見せた。
 だが、直ぐに持ち直し、前足を大きく掲げて、強蹴体勢に入った。
『キュイィィンッ!』
 マジでッ⁉
 慌ててこの場から離れようとして、思わず溺れまいと、必死に犬掻きするような動きなる。
「おおおぉぅぅ――ッ」
 その瞬間、銃声が聞こえた。
『ギュイィン!』
 大細鹿の背中に、散弾が着弾した。
 シゲさんか⁉
 大細鹿がバランスを崩し、勢い余って窓ガラスに突っ込んだ。
 窓ガラスが激しく割れ、その破片が降り注いできた。
「わぁ……ッ!」
 転がりながら、急いでその場から離れる。
 大細鹿は窓枠に、不安定な感じで腹部が引っ掛かり、慌てふためくように、四つ足をジタバタさせていた。
 チャンス!
 急いで立ち上がりながら、散弾銃のハンドグリップを操作して排莢し、次弾を装填させる。
 大細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
 銃声が鳴り、大細鹿の後頭部に散弾が命中する。
 更に銃声が聞こえてきた。シゲさんと、絹江さんだ。
 大細鹿はまるで非難するかのように、叫び声を上げた。
『ギイェエェィィ――ッ!』
 それでも三人がかりで、大細鹿に容赦なく追撃をかけていく。銃声が鳴る毎に、黒い鮮血が辺りに飛び散った。
 大細鹿のジタバタしていた四つ足が、段々と弱くなり、ゆっくりと前に滑っていった。
 そして、重たい落下音が聞こえてきた。
 窓際に駆け寄り、階下を確認する。
 不自然な姿勢で地面に横たわる、大細鹿が目に映った。

 幸か不幸か、大細鹿は勝手に落ちてくれた。
 馬並みに巨体な大細鹿を、人力で三階から下まで下ろすのは、出来る限り御免被りたいので、そこは良かった。
 だが、かなりのレアな赤目だ。破損が少なければ少ないほど、その分実入りは良い筈だ。
 シゲさんがあきらめた顔で言った。
「こればっかりはしょうがねぇな。まあ、通常の細鹿と、大きさ以外変わんねぇんだし、破損ぐらい、大目に見て欲しいよな」
 そういうものか? それを言ったら、元も子もない気がするけど……。
 大細鹿はトラックを横づけにして、無理やり押し込むことが出来たので、思っていたよりも、苦労はしなかった……あくまでも思っていたよりも、初夏の季節も相まって、かなり汗だくになったけど。
 通常の細鹿は、想定よりも数が多かったので、こちらは思っていたよりも、苦労することになった。
 兎にも角にも、駆除した細鹿の回収作業を終えると、トラックに乗り込み、次の目的地に向けて走らせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...