赤い目は踊る

伊達メガネ

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第九章

代償

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 大分呼吸が回復したので、シュウさんに声をかけた。
「大丈夫ですか? 怪我とかはないですか?」
 シュウさんは肯定するように、コクリと頷いた。
 何か「お前の方が大丈夫か?」って思われていそうだな。
「無線で何度も呼び掛けたのですが、聞こえませんでしたか?」
 シュウさんは一瞬驚いた表情をすると、コートを捲って無線機を確認しだした。
 ベルトに着けていた無線機は、何かに引っ掛けたのか、イヤホンマイクのコードが切れかかっていた。これでは音が聞こえない。
 まあ、何にせよ、シュウさんが無事で良かったよ。
 シュウさんの無事を報告しようと思い、無線に手を掛けた。
 突然、シュウさんが、声を張り上げた。
「危ない! 後ろ!」
 突然の声に、驚きながらも後ろを振り返る。
 目に映ったのは、トンカチ頭の姿であった。
 ゲッ! まだいたのかよ。
 トンカチ頭が突進してくる。
「正面からはマズい!」
「こっち!」
 シュウさんが先導するように、走り出した。
 その後を追って、七号棟の階段を駆け上がっていく。
 そういえば景虎のやつも、階段を上って逃げていたな……トンカチ頭のデカイ図体なら、階段の折り返し付近で引っ掛かるか?
 それなら好都合だ! その時は、遠慮なく撃たせてもらおう!
 後ろを振り返って確認する。
 トンカチ頭は、こちらを追って階段を上ってきた。
 だが、ここで予想外の光景が目に映った。
 トンカチ頭はピンボールの弾の様に、壁に反射しながら無理やり曲がってきた。
 マジで⁉ そりゃあないぜ!
 迫りくるトンカチ頭から逃れる為に、シュウさんと一緒に階段を駆け上がっていく。
 幸いにもトンカチ頭の、階段を上がるスピードは遅い。
 階段を駆け上がりながら、シュウさんに声をかけた。
「上がってから、下がりましょう!」
 自分で言っておきながら、意味不明だと思った。
 だが、シュウさんがハスキーな声で返した。
「了解!」
 良かった~~通じてくれて。
 この建物は真ん中と、端に階段が設置されている。
 一度最上階まで上がって、端から下まで降りれば、階段の出口付近で、有利な位置からトンカチ頭を、迎え撃つことが出来る。
 しかし、階を上がる毎に段々と呼吸が荒くなり、疲労が蓄積され足が重くなっていく。
 対照的にトンカチ頭は、一向に衰える気配がない。
 そうこうしているうちに、どうにか最上階の七階に辿り着いた。
 シュウさんと一緒に、左に曲がって進んだ。
 重い足取りながらも、懸命に走る。
 廊下を走り抜け、階段を降りようとして、角を曲がった。
 次の瞬間、思わず声を上げた。
「ハァ~~ッ!」
 そこには階段が無かったのだ。正確には階段が朽ち果てて、崩落していたのだ。
 一瞬、呆然としたが、シュウさんの言葉で我に返った。
「反対側に行こう!」
 階段は真ん中と、両端に設置されているので、状態までは分からないが、反対側にもあるはずだ。
 しかし、この瞬間に、トンカチ頭が最上階に上がってきた。
 最悪だ……あ!
 手前にあった部屋の、ドアに手を掛けた。
 だが、鍵がかかっていて、ドアが開かない。
「クッソ!」
 銃で壊すか? いや、あれは確か、専用の弾丸を使っていたはずだ。
 急いで隣の部屋の、ドアに手をかけた。
 こちらの方も、ドアが開かない。
 でも、鍵が掛かっている感じがせず、ドアが少し歪んでいるようで、引っ掛かっているみたいだ。
 焦りながらも、力一杯にドアノブを引っ張る。
「ウソ!」
 ドアは開かれずに、ドアノブだけが勢い良く外れた。
 次の瞬間、銃声が鳴り響いた。
 シュウさんが、トンカチ頭に向けて、散弾銃を放ったのだ。
 トンカチ頭が間近まで、迫ってきていた。
 これ以上、他の部屋を確認するのは難しい。
 完全に、逃げ場がなくなってしまった。
 シュウさんが最後の抵抗とばかりに、トンカチ頭に向けて、散弾銃を撃ち続ける。
 残念ながら、トンカチ頭の勢いは止まらない。
 どうする? 考えろ、何か良い手は……!
 部屋の前に設置されていた鉄格子付きの窓と、高い天井が目についた。
 自分でも驚くほどに、一瞬でシミュレーションされ、答えが出される。
 上手くいくのか……? でも、やるしかない!
 鉄格子の一番上の部分に右手を掛け、廊下の柵の手摺りの部分に左足を乗せた。両方とも劣化しているが、強度は何とか持ちそうだ。
 シュウさんの背後から、左腕を脇の下から回して、胸の辺りをしっかりと掴まえた。
 シュウさんが驚いて、振り返った。
 今は細かいことを話している時間がない。簡潔に用件だけを伝える。
「一、二の、三で跳んで下さい!」
 シュウさんは何かを悟ったのか、コクリと頷いた。
 トンカチ頭の動きを見極めながら、タイミングを見計らう。
 そして、その瞬間がやってきた。
 カウントの声を張り上げる。
「一、二の、三跳んでッ‼」
 シュウさんを引っ張り上げながら、力の限り上に飛び上がる。
 シュウさんもタイミングを合わせ、大きくジャンプした。
 二人揃って、天井近くまで跳ね上がった。
 その下ギリギリを、突進してきたトンカチ頭が通過していく。
 そして、激しい地響きと、大きな衝突音が聞こえてきた。
 一瞬のフワリとした無重力の後、自由落下して、床に叩きつけられる。
 全身に衝撃と、痛みが走った。
 それでもひどく重たい物が、地面に落下したとみられる、大きな音が耳に入ってきた。
 痛みから体を動かせず、確認は出来ないが、結果は分かる。
 流石のトンカチ頭でも、七階から落ちれば、ひとたまりもないだろう。
 取り敢えずは結果オーライ、一件落着ってとこだな。
 落下のおかげで、シュウさんと、折り重なるような形になっていた。
 段々と痛みが引いていき、それに伴って感覚が戻ってきた。
 何か、シュウさん良い匂いがするな。それと、全体的に柔らかい。特に強く捕まえていた胸の辺りが、大きくて、もの凄く柔らかい。
 この柔らかい感触が気持ちよくて、ついつい揉んでしまった。
 あれ? これって、もしかして……
 気が付くと、シュウさんが険しい表情をしていた。
 そして無言で立ち上がると、左拳を捻じり込むように繰り出した。
 あッ! 左利き何ですね。

 シュウさんに冷たい視線を向けられ、恐縮しながら正座していた。
 うぅ~~右頬が痛いです。
 ツバメ姉さんが、呆れた様子で言った。
狛彦オマエ、シュウが女だって、分からなかったのか?」
「すみません、ちょっと気が付かなくて……」
 だって身長は同じぐらいあるし、声もハスキーだし、コートを着ていたから、体型も分からかったんだもん。しょうがないじゃん。
 絹江さんが強い口調で言う。
「だからって、揉むかね?」
「それは偶然と、不可抗力が複雑に絡まった結果でありまして、決して意図した行動ではありません」
 いや~~揉んじゃうかな~~? 健全な少年に、あの魔力に抗う術はない気がするような、しないような。
 ツバメ姉さんが、シュウさんに向いて顎をしゃくった。
「まあ、狛彦コイツもワザとじゃあねぇんだし、今回は色々と助けてもらったんだから、許してやんなぁ」
 ツバメ姉さん、アザ――スッ!
 シュウさんは渋々って感じながらも、頷いた。
 だけど、距離を置いて、引いているのがヒシヒシと伝わってくる。
 絹江さんが半眼な目つきで、疑問を口にする。
「ワザとじゃないか……そういえば私、この前着替えているところを、覗かれたなぁ」
 何故、今それを言う? 悪魔なのか?
 ツバメ姉さんの右足が、頭を踏みつけてきた。そして、グリグリしながら、ドスを利かして言う。
「オイ、本当か?」
「じ……事故です。あれは事故だったんです。決してやましい感じではなくて、鍵がかかっていなかったので、ドアを開けただけです」
「……見たことは、確かか?」
「……見たことは、確かです」
 確かに、着替えているところを見ました。胸は絹江さんより、シュウさんの方が大きかったです。
 ツバメ姉さんの右足が、ゆっくりと高く上がり、勢いよく振り下ろされた。
「ホゲェッ!」
 脳天に強烈な一撃を食らって、悶え苦しむ。
 ツバメ姉さんが声を張り上げた。
「景虎――ッ! 狛彦(コイツ)と二人で、トンカチ頭を、トラックに積み込みなッ!」
 景虎が非難の声を上げる。
「エエ――ッ! 何で俺が⁉」
「オマエ今回、何にもしてねぇだろッ!」
 ちょっと待ってくれ! トンカチ頭、どう見ても百キロ以上あるぞ! 普通ならフォークリフトを使用して回収するのに、それを人力で、しかも、二人だけで何て……。
 景虎は兎も角として、俺今回、かなり頑張ったのに……。
 激しい痛みと、やるせない憤りの中、目に映ったのは、小悪魔的な笑みを浮かべる絹江さんであった。
 因みに、やはり人力では無理だったので、トンカチ頭は後日、フォークリフトで回収することになった。
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