【虐げヒロインはドSエリートに翻弄される】〜囚える鎖を放すか否か(仮)

光月海愛(こうつきみあ)

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S(藍野視点

侵食

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「……戸籍謄本?」

 俺は不愉快さをもろに顔に出した。

「ええ」

「そんなもの出す義務もないし、自分のファームからも求められてませんよ」

 個人番号や住民票の提出強要は個人情報保護法に引っ掛かる可能性がある。

「では、住民票記載事項証明書でもいいです」

「竹林さんが必要なんですか? そもそも俺の何が知りたいんですか?」

 竹林さんが、少し言い淀んだ。

「実は、藍野さんをファームから引き抜いてうちだけのコンサルタントに従事してもらえないか、と常務が打診してきたんですよ」

「常務が?」

 社長の母であり、明日美の継母。
 きつい顔立ちがアニメ映画の魔女みたいな女だ。女子社員からの情報によると男性には優しく女性社員には不愛想な、男好きのクセ者らしい。

「はい。常務は藍野さんの仕事ぶりを買っています」

「コンサル外注費が惜しいのでしょう。社員として雇用した方が安く上がると思ってるんですか?」

「それもあるかもしれません」

 俺が出張中にそんな話をしていたのか。

「申し訳ないが、UMENOに入社する気はありませんよ」

 竹林さんは、それ以上引き抜きの話はしなかった。
 俺の素性を知りたい理由は他にあるんじゃないかと思ったが、短い付き合いだ。とっとと買収の話を進めよう。

 コンサル兼雑用係のように動きながら、そっちの方も動く。


 そんな時、埼玉営業所から戻ると、明日美は風邪を引いていた。
 お金も自由にならない彼女に、常務は外へ泊まれと指示を出したらしい。
 普段なら、風邪引いた女と一時も同じ空気を吸いたくないものなのに、放っておけなかった。

「行こうか、俺の家」

 俺よりも関係を契約と割り切っているのか、″彼氏″なら当然の提言も、明日美は、珍しく大きな声を出して驚いていた。

「何? それとも違うの? 俺」

 明日美の目が熱のせいなのか、潤んで見えた。
 母親を慕う子鹿みたいで愛らしかった。

「いいえ」

 俺は彼女の小さな手を引いて、車に乗せた。



 明日美を寝かせ、一旦会社に戻り終わって帰ると、彼女はうわ言(それとも寝言?)を言っていた。


「いや、だ……私の、とらないで」


 子供のような言い草だった。

 閉じた瞼から涙をこぼし、それが彼女の長い睫毛を濡らしていく。
 思わず額を撫でると、明日美が俺の手を掴んで目を開けた。

 悪い夢を見たらしい。

 氷嚢の氷がすっかり溶けてしまっていた。

 楽しい団欒からの暗転だったと呟く彼女は、まだ夢現状態なのかもしれない。

 ギュッと俺の首にしがみつく。

 祖父も夢に出てきたと、声を震わせた明日美の背中を擦った。
 こんなの、俺らしくない。
 俺は、この女を支配したいだけなんだ。

 そう心で言い聞かせ、明日美が寝落ちるまで髪と背中を撫でた。

 ベッドに寝かせ、寒そうにしていたら布団を重ね、熱で汗をかいたら、中の肌着を脱がせる。

 看病をしているのに、抱きたくなる衝動を、理性でどうにか抑えたのだった。





 

 

















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