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長い冬
頼れる外の人
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経営陣との打ち合わせ後、会議室に私を呼び出した藍野さんは、疲れた顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「家族経営あるあるを全部詰め込んだような会社でした」
祖父や父の時代は知らないが、雅夫兄さんが社長になってから経営陣への社員達の評判が良くないのは肌身で感じていた。
兄嫁や義理弟の存在感は薄いが、継母と雅夫兄さんの従業員への態度はかなり横柄だと思う。最近は残業未払いまで発生しているらしい。
「経済学部を出たからといって、社長になれるわけじゃない、の典型的な経営者ですね」
藍野さんが包み隠さず本音を漏らす。
「かなり苦労して大学入ったみたいですけど」
「明日美さんは何を専攻されたんですか? 理工学部や情報処理ですか?」
自分に話を振られ、私は躊躇いながらも正直に話した。
「……私、商業科中退の中卒なんです」
「ご病気か何かで?」
「いいえ」
祖父の介護で勉強どころでは無かったと話すと、彼の眉間が深くなった。
「それは変ですよね」
向かい合わせに座っていた私は、俯き加減だった顔を上げた。
「子供に教育を受けさせないで介護を押し付け、お母様……常務は何してたんですか? その頃はまだ前社長もご存命だったでしょ?」
「私は、あの人が何をしてたのか分からないんです」
「親子なのに?」
「血は繋がってませんけど」
藍野さんが合点がいった、という顔つきになる。
「現代のシンデレラですね」
同情や慈悲の眼差しではなく、本当に滑稽なものを見るような冷めた目の色をしていた。……なぜ?
「では、明日美さんにIT担当者として最低限度こなすべき業務とこれから進めて頂きたい事をお伝えします」
家庭の事情には首を突っ込まないと判断したらしい彼は、入社時の研修で学ぶような基礎を話すだけに留まった。
……何だか拍子抜けしてしまった。
そもそも、私は外部からのコンサルに何を求めていたのだろう。
✴
藍野さんは有能で、営業面での改革は直ぐに数字に表れた。
営業面だけじゃない、竹林部長に指摘してきたように、ごちゃ混ぜの事務を分けることも直ぐに行われた。
こうして、少しずつUMENOの中が改良されていき、先月の二倍もの単月売上を叩き出した。
「計測に出すデータ、藍野くんが抽出してくれない?」
「藍野さーん、別シートのデータが勝手にコピーされるのどうしたらいいんですか?」
そんなコンサルとして有能な彼も、いつの間にか本来の提案型業務だけでなく、上役の日常業務の代行や事務員のサポートまで任されるようになった。
それもイヤな顔一つせずに綽々とこなすから、女子社員の間で藍野さんの評価は上がっているみたいだ。
彼が事務所にいると、自然と人が集まり雰囲気が華やぐ。
「藍野さん、凄いね。もう何年も社にいる人みたいだ」
竹林部長にそう話し掛けられ、私は大きく頷いた。
「そうですね。コミュ障の自分には彼は眩しいです」
「明日美さん、コミュ障だっけ?」
「間違いなく」
竹林部長が苦く笑った。
「環境が違えば、明日美さんはもっと社交的だったかもね」
それは、わからない。
持って生まれた性質もあるだろうし。そもそも、継母達を家に入れるまでの時間や環境が幸せだったのか、その記憶も曖昧になってきている。
「明日美さんは、ああいう人と深く付き合うと変われるんじゃないかな?」
「え」
……深く、とは?
竹林部長の瞳は、まるで仏様のように温かい。
しかし、片思いしてる人に言われて喜べる言葉じゃなかった。
「それ、どういう意……」
「明日美さーん! 三番に北営業所からお電話でーす!」
尋ねる私を上野さんが遮った。
「はい……」
モヤモヤしたまま電話に出ると、内容はパソコンの不具合だった。
「この前明日美さんが設定したパソコン、電源が入らなくなったんですよ? どういう事ですかね?」
知らないわよ。
と、言いたい所をぐっと抑えた。
相手はこの前電話で設定を頼んできた間宮だ。
「そちらの状態が分からないのですが、いきなり電源入らなくなったんですか?」
あれから数週間経過して、使ってる間に何か故障の前兆は無かったのだろうか? そう尋ねれば、
「知らないですよ、所長が使ってたんですから。大至急見に来て直してください」
また無茶を言う。
「保証期間内だし、購入した店に問い合わせて貰った方が……」
「社内のパソコンの不具合はIT担当者の責任でしょ? とりあえず修理に来てください」
ガチャ! と電話を切られ、私は思わず溜息をついた。
「どうしました?」
離れた所から藍野さんが声を掛けてきて、電話の内容をまんま話すと、今度は彼が溜息をついた。
「社員の教育も必要ですね」
「……教育?」
「IT担当者に一極集中させずに社員教育を進める事をお勧めします」
「でも、この会社には教える立場の人がいません」
いたら、私に押しつけなくても良かったはず。
とりあえず、外出する準備を始めると、
「僕はITコンサルティングでもあるんです」
藍野さんも上着を纏って言った。
「一緒に北営業所に行きます」
「大丈夫ですか?」
「家族経営あるあるを全部詰め込んだような会社でした」
祖父や父の時代は知らないが、雅夫兄さんが社長になってから経営陣への社員達の評判が良くないのは肌身で感じていた。
兄嫁や義理弟の存在感は薄いが、継母と雅夫兄さんの従業員への態度はかなり横柄だと思う。最近は残業未払いまで発生しているらしい。
「経済学部を出たからといって、社長になれるわけじゃない、の典型的な経営者ですね」
藍野さんが包み隠さず本音を漏らす。
「かなり苦労して大学入ったみたいですけど」
「明日美さんは何を専攻されたんですか? 理工学部や情報処理ですか?」
自分に話を振られ、私は躊躇いながらも正直に話した。
「……私、商業科中退の中卒なんです」
「ご病気か何かで?」
「いいえ」
祖父の介護で勉強どころでは無かったと話すと、彼の眉間が深くなった。
「それは変ですよね」
向かい合わせに座っていた私は、俯き加減だった顔を上げた。
「子供に教育を受けさせないで介護を押し付け、お母様……常務は何してたんですか? その頃はまだ前社長もご存命だったでしょ?」
「私は、あの人が何をしてたのか分からないんです」
「親子なのに?」
「血は繋がってませんけど」
藍野さんが合点がいった、という顔つきになる。
「現代のシンデレラですね」
同情や慈悲の眼差しではなく、本当に滑稽なものを見るような冷めた目の色をしていた。……なぜ?
「では、明日美さんにIT担当者として最低限度こなすべき業務とこれから進めて頂きたい事をお伝えします」
家庭の事情には首を突っ込まないと判断したらしい彼は、入社時の研修で学ぶような基礎を話すだけに留まった。
……何だか拍子抜けしてしまった。
そもそも、私は外部からのコンサルに何を求めていたのだろう。
✴
藍野さんは有能で、営業面での改革は直ぐに数字に表れた。
営業面だけじゃない、竹林部長に指摘してきたように、ごちゃ混ぜの事務を分けることも直ぐに行われた。
こうして、少しずつUMENOの中が改良されていき、先月の二倍もの単月売上を叩き出した。
「計測に出すデータ、藍野くんが抽出してくれない?」
「藍野さーん、別シートのデータが勝手にコピーされるのどうしたらいいんですか?」
そんなコンサルとして有能な彼も、いつの間にか本来の提案型業務だけでなく、上役の日常業務の代行や事務員のサポートまで任されるようになった。
それもイヤな顔一つせずに綽々とこなすから、女子社員の間で藍野さんの評価は上がっているみたいだ。
彼が事務所にいると、自然と人が集まり雰囲気が華やぐ。
「藍野さん、凄いね。もう何年も社にいる人みたいだ」
竹林部長にそう話し掛けられ、私は大きく頷いた。
「そうですね。コミュ障の自分には彼は眩しいです」
「明日美さん、コミュ障だっけ?」
「間違いなく」
竹林部長が苦く笑った。
「環境が違えば、明日美さんはもっと社交的だったかもね」
それは、わからない。
持って生まれた性質もあるだろうし。そもそも、継母達を家に入れるまでの時間や環境が幸せだったのか、その記憶も曖昧になってきている。
「明日美さんは、ああいう人と深く付き合うと変われるんじゃないかな?」
「え」
……深く、とは?
竹林部長の瞳は、まるで仏様のように温かい。
しかし、片思いしてる人に言われて喜べる言葉じゃなかった。
「それ、どういう意……」
「明日美さーん! 三番に北営業所からお電話でーす!」
尋ねる私を上野さんが遮った。
「はい……」
モヤモヤしたまま電話に出ると、内容はパソコンの不具合だった。
「この前明日美さんが設定したパソコン、電源が入らなくなったんですよ? どういう事ですかね?」
知らないわよ。
と、言いたい所をぐっと抑えた。
相手はこの前電話で設定を頼んできた間宮だ。
「そちらの状態が分からないのですが、いきなり電源入らなくなったんですか?」
あれから数週間経過して、使ってる間に何か故障の前兆は無かったのだろうか? そう尋ねれば、
「知らないですよ、所長が使ってたんですから。大至急見に来て直してください」
また無茶を言う。
「保証期間内だし、購入した店に問い合わせて貰った方が……」
「社内のパソコンの不具合はIT担当者の責任でしょ? とりあえず修理に来てください」
ガチャ! と電話を切られ、私は思わず溜息をついた。
「どうしました?」
離れた所から藍野さんが声を掛けてきて、電話の内容をまんま話すと、今度は彼が溜息をついた。
「社員の教育も必要ですね」
「……教育?」
「IT担当者に一極集中させずに社員教育を進める事をお勧めします」
「でも、この会社には教える立場の人がいません」
いたら、私に押しつけなくても良かったはず。
とりあえず、外出する準備を始めると、
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