【虐げヒロインはドSエリートに翻弄される】〜囚える鎖を放すか否か(仮)

光月海愛(こうつきみあ)

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契約

付き合ってみない?

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 M&Aコンサルが何なのか分からない。

「いずれ、ファームからは離れて事業拡大するつもりなんだ」
「凄い」

 自分の意志で切り拓いていく強さが羨ましい。

「とりあえず飯食いながら話そうか」
「近くに店あるんですか?」

 このビルには無かったようだけど。

「フードデリバリーは良く使うんだ。時間が勿体ないから」
「ウーバーイーツみたいな?」
「そう」

 促され、会議室のような所に入る。
 アプリでランチメニューを見ている間に、藍野さんが珈琲を淹れてくれた。

「ありがとうございます」
「その店が嫌なら他の所でもいいよ」
「全然、何でも食べれるので」

 色々食べたくなったけど、彼が頼んだのと同じ物をカゴに入れた。

「それでいいの?」
「同じの方が時間早いかな、と思って」
「辛いの平気ならいいけど」
「これ、辛いんですか?」
「チリソースから変えられるよ」

 使い慣れないアプリだし、藍野さんが美味しいと思うのならハズレがない気がして、「大丈夫です」と変えなかった。

「今から四十分位かかるみたいだね」

 珈琲を啜り、藍野さんが腕時計を見る。高級そうだけど、スイスのハイブランドじゃない所が、彼のイメージとピッタリだと思った。

「仕事振り分けて良かったね。今までなら休憩まともに取れなかったでしょ?」

「……はい」

 白とグレーで統一された、洗練された事務所の雰囲気も相まって、部屋で二人きりだとソワソワしてしまう。

「明日美さんは」
「は、はい」
「ずっと、UMENOで働くつもり?」

 突然投げかけられた問いに、珈琲をむせそうになる。

「え?」

「出世もないし、今のままじゃ出会いもないだろうから結婚も遠のくんじゃないかな」

 痛い所を突く。
 結婚なんて私に出来るだろうか? そもそも出世なんてはなから望んでいない。
 
「他の社員の多くは、昇進を期待して在職してるものですか?」
「希望くらい持つんじゃない? ″就職出来て良かった″の時代はもう終わって、今は人材不足で優秀でなくても大手に入社しやすいし大事にされる」
「そうなんですか」

 それでも、高校くらい出てないとダメだよね。やはり自分には関係のない話だ。

「明日美さんだってまだ若い。高卒の資格くらい取ろうと思えば取れる。なんなら大卒だって。通信制っていう手もあるし」

 私は首を横に振った。

「時間がありません」
「帰宅後、いつも何してる?」
「家事、全般です」
「家政婦さんは居ないの? 常務は? あと兄夫婦も同居でしょ?」

「家事をするのは私だけです」

 キッパリ言うと、藍野さんが笑った。

「本当にシンデレラだった」

 インターホンが鳴り、デリバリーフードが事務所に届いた。

「いつもありがとう」

 藍野さんが配達員にチップを渡している。そういった所もやっぱり紳士だ。

 食後にも珈琲を淹れてくれた。今度はアイスだ。

「話、続きがあってね」

「……続き?」

 どの話の?

「俺が事業拡大する話、それとUMENOの将来について」
「……はい?」

 その二つは関連性あるの?  
 辛さで疲労した舌に、アイスカフェオレの冷たさが染み入る。

「実は、UMENOを買収したがってる会社と取引があってね。俺はその話を進めようと思ってる」

「買収?」

 寝耳に水だ。
 うちの会社を立て直す為にコンサルで入ってるのに、よそに売ろうと考えてるって事?完全な裏切り者じゃないの。

「どうしてそんな話に?」
「この数年、UMENOは赤字だった。そんな会社を買収すれば節税対策になるし、デメリットを上回る販路拡大に繋がるからね。俺もどのくらい伸びしろがあるか分かったし」
「始めから、そのつもりで?」

 今のUMENOに愛着などないが、祖父が始めた会社を誰かに乗っ取られるのは嫌だ。

「とりあえず経営陣には去ってもらい、優秀な人材だけは残すようにするらしい」
「経営陣って」

 それに、一応兄と血の繋がる私は含まれる?
 優秀な人材の中には竹林部長は入っている?

「明日美さんは、どうしたい?」
「え?」

 私を眺める藍野さんは、推し量るような、ちょっと悪戯な目をしていた。

「会社からあの家族がいなくなれば、あなたは自由になれるかもしれない。いや、むしろ何もなくなった金の亡者は、あなたが引き継いだ家だけでも奪い取ろうと、あなたを追い出すかもしれない」
「法律的に可能なんですか?」 
「法的な事でなくても、物理的に追い出すなんて難なく出来るだろ? 明日美さんに力が無いと分かっていれば」

 心の何処かで、それでもいいやと思ってしまっている。それで自由になれるなら、と。

「俺ならこんな会社も家も家族も見限って飛び出すけど、明日美さんがそうしないのは被虐性愛だから。さっき否定しなかったよね?」

 話が戻った。
 藍野さんがしたかったのはやっぱり、コッチ?

「自分では、よく分かりません」
「自覚のない人は多いからね。とりあえず俺と付き合ってみない?」
「は……い?」

 脈略なさ過ぎ。何で、そういう話に? 
 こんな世の勝ち組みたいな男の人が自分みたいな女と付き合いたいって?

「明日美さんが、俺の言う事聞いてくれたら、UMENOの買収後でも、梅野家の人間で明日美さんだけは残すように取り計らってもいい」
「……それ、脅迫ですか?」
「契約だよ」

 藍野さんがゆっくりと腰を上げ、萎縮する私の真横に立った。
 白い指先が頬に掛かっていた私の髪を掬い上げる。
 感情のない人形が私を見下ろしている。

「どうせ支配されるなら、困窮や肉体的苦痛とは違うものが良くない?」

 それが何なのか。

 未知の色香を撒き散らすこの人が、自分の味方なのか敵なのかもわからない。
 だた、操られるように、私は頷いてしまった。


























 




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