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第三章 紫都と恋の風

再び、トラブルの予兆

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   ″ 僕の部屋 ″
    
 「……え……」
     
   それって。
 
 「できたら、夜の方がいいんだけど」
     
    続く三宅くんの誘いの言葉に、さっきまで開いていた ″ 腐 ″ の花が急激に萎《しぼ》んでいくのが分かった。
   
   この人、ノーマル……。
   やっぱり、岡田の片思い。
   というか、
 
 「いえ、お気遣いなく。自分の部屋でないとゆっくりもできないので!」
     
   この状況はマズイ。
     
   私は立ち上がって、三宅くんの抱擁からすり抜けた。
  
    一つのツアー中に、複数のお客様からこんな風に求められるなんて、隙だらけな証拠だ。


「じゃあ、宴会場でお待ちしてますね」
  
   岡田のシャツを乾燥機にかけたまま、逃げるようにランドリールームを出た。
  
   三宅くんの顔は見なかった。
     
   抱擁の余韻を打ち消すかのように、部屋に戻って顔を洗う。
    
   三宅くんも本気じゃない。若気の至り。
    
  そして、旅のせいで気持ちが開放的になっているせい。
     
   私も、 どんなに素敵な人でも、もう二度とお客様との恋愛はしない。

   そう決心したんだから。






 「本日は、席は分別しておりますが、他の団体様と仕切りなく宴の間をお借りしてますので、席のお間違いのないようにお願いいたします」
    
   集まったお客様に、あえて中国のツアー団体だとは言わなかった。
 
   高齢者の中には、外国人というだけで差別的に捉える方もいるからだ。
   
 「年寄りはバイキングは苦手なんだよなぁ……よっこらしょっと」
     
   最高齢の木下さんが、不自由な足で人混みを掻き分けて料理を取っている様子は、見ていて申し訳なく思った。
   
   息子さんの方は、自分の分で手一杯のようだ。

 「昨日の会席料理の方が良かったわ」
     
  赤石さんも、洋食メインのバイキング料理には不満気。
 
 「ていうか、あっちの団体、中国人じゃね?」
     
   昼間、韓国の客と揉めた南條さんは、険しい顔をして向こうの宴会を見ていた。
     
   気になった私も、席を回りながら、 あちらの客層をチェック。
     
   個人で銀座等を訪れるような沿岸都市の客ではなく、内陸部からの参加者ではないかと思われた。
    
  それでも、お金は持っているので贅沢には慣れている。

   失礼ながら、このホテルのバイキング料理は一流ではない。
   メインは豚肉と鶏肉。刺身はあるけれど、寿司もないし、唐揚げも衣が厚そうで、食欲をそそられない。
    
  サラダも、今朝の鹿児島のホテルの方がおしゃれで鮮やかだった。
    
  それをあっちの方々が満足するだろうか?
    
  と、余計なお世話な事を考えていたら……、
 
 「ーー个招待?(これがおもてなし?)」
  
   案の定、 一番近くの席の中国人が、従業員に不満を漏らしていた。






 


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