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しおりを挟むナノが急に殺意を向けてきたのでユウは身構えた。
しかしナノはユウに急な殺害予告をしたっきり階段を登りあっという間に姿が見えなくなった。
「なんなんだ…?…いや、早く行かないと」
ユウが呆気に取られていると、すぐさまピンクを先に行かせたことを思い出し、階段を駆け降りていった。
車が見えてくると、車の影に隠れて小さくなっているピンクの姿が見えた。
エンジンもかかっておりしっかり準備をしてくれていたようだ。
ピンクはこちらに気がつくと、ぱっと表情が明るくなって、ユウも安心する。
「待たせてごめんな。もう大丈夫だ。」
「うん、……なんか、これ。」
ピンクは1枚の紙を差し出した。地図のようだ。
「車に着いたら、貼ってあった。」
地図は片手で持てるくらいの大きさで、左端に今いる研究施設がありマル印がついている。
そしてそこからしばらく離れた、海沿いの小さな建物にバツ印がついている。
ユウとピンクはマリーの仕事でそこそこ遠くの場所まで行ったことがあるが、海方面へは行ったことがなかった。
そしてユウがなんとなく紙を裏返すと、
「最後の安息の部屋 K」
と書かれていた。
ーー罠かもしれない。
先ほどのナノのこともある。この場所が安全なことなんて何も保証されていない。しかし、頼るものもない…。
そこで再び施設の方から爆発音が聞こえ、銃声も鳴り止まない。
ともかくこの場所を離れることが最優先だ。
「とりあえず向かってみよう。」
ピンクもこくんと頷くと、2人は車に乗り込み急発進と共に研究施設を後にした。
ーーーーーー
2人が目指すバツ印の部屋は、車でも半日はかかる場所にある。
ーー『最後の安息の部屋』か。
ユウは地図に書かれた文字を思い出していた。最後の、という文字が不安を煽る。これを貼った人物は何を意図して自分たちに地図をよこしたのだろう?
思い当たるとしたら、今朝電話をしてきた人物くらいだ。電話の最中も敵意は感じられなかったし、本当に自分たちを助けようとしているのならいくらか辻褄は合う。
しかし一体どこの誰なのだろう。そして、何のために…?今まで出会ってきた人達のように、ピンクを自分のものにしたいと考える人物である可能性もある。
ユウとピンクの関係性を知っている人物は限られる。研究施設の人間は、マリーに絶対服従を貫く者たちとしか関わったことがない。
先ほどのナノという男…。彼も元々ユウの存在を知っていたというような口ぶりだった。あの場にいたということは、宗教施設の人間なのだろうか?だとすれば、2人のことを知っている人物は宗教施設側にも存在していても不思議ではないか…ただ、それだとしても信用はできない。
考えを巡らせれば巡らせるほど、疑念は増すばかりで、答えなど到底見つかるはずもなかった。
ピンクは何か思い当たる節はないだろうか…?
「ユウ、大丈夫?険しい顔してる…。」
色々考えていたせいで、眉間に力が入っていたようだ。
「あ、ご、ごめん。大丈夫だ。地図のこととか、色々考えてて。」
「地図…。僕が車に着いたときはもう誰の気配もなかった。」
そりゃ見知らぬ紙が貼ってあったら警戒するよな。
ピンクは仕事のこともあって、周りの気配とかには敏感なんだろう。
「そっか。…あのさ、実は今朝お前を送り出したあと、非通知で電話がかかってきて…」
ピンクは不審な電話の話を聞き終わると、
「そうだったんだ。…でも、思い当たる人はいない。
マリーは僕と関わる人間をごく一部に限定していたから。」
と言った。そして、ごめん。と続けた。
「なんでお前が謝るんだよ?俺だってお手上げなんだ。
とりあえず、あそこから離れることだけ考えよう。」
ピンクがうん、と返事をしたあと、車内には沈黙が流れた。沈黙の時間というのは色々と考えを巡らせてしまうもので、ユウは忘れていた頭痛がまたぶり返してきた。
なんでここにきてまた、とユウは顔を顰めた。
気づけばもう日付が変わりそうな時間になっていたし、このまま半日以上も運転を続けていたら危険だ。ピンクに運転を任せるという手もあるが、彼も無表情なだけで薬の副作用が無いとは言い切れない。
研究所のあの騒ぎの中、すぐに自分たちに追っ手が来るとも考えにくい。そして、マリーの意図的に自分達を見逃したような謎の視線…。
ーーとりあえず、2人で身体を休められる場所が必要だ。
とはいえ都市部から離れたこの場所ではホテルなどももちろん無いし、所持金も車に積んである分でいくらかあるが、この先何があるかわからないのでなるべく取っておきたい。
となれば、雨風を凌げるだけの空き家か…あるいは手狭ではあるがこの車の中でも良い。そして一応、なるべく目立たない場所が良いだろう。
それでもなんとか1時間ほど運転すると、小道を行った先に小さめの家を見つけた。森のそばにあるだけでなく家の周りに植えられた草木はその家を覆い隠すように伸びきっており、おそらく長く使われていない空き家だろう。
その隣に車を停めれば車も目立たず置いておける。
「悪い、ちょっとここで休もう。」
2人が車を降りてその家に入ろうとすると、思った通りその家は空き家で、幸い鍵もかかっていなかった。
家の中にはキッチンやテーブル、ソファなどの家具がそのままだったが全て色褪せ、朽ち果てていた。
家という空間に入っただけでなんだか肩の力が抜けてきて、ソファの状態なんかお構いなしにユウは大きなため息をついてソファ寝転がった。
ぼふっ!という音とソファの軋む音がしたと同時に、大量の埃が巻き上がりユウはもちろん近くにいたピンクはむせ込んだ。
「げほっ!げほっ!!はは、すごいなこの埃!」
安心したのだろうか、なぜだか急に笑えてきた。
ピンクもふふ、と少しだけ笑って、横になるユウの頭側の床に座った。
「すごい埃。」
そう言ってピンクはユウの頭や胸元の埃を払った。
ユウは不意にピンクと目を合わせると、急に先ほどのpinkを使われた時のことを思い出す。全て覚えているわけでは無いが、なんだか妙な気持ちになってきた。
ピンクも同じだったようで、焦ったように顔を赤くして目を逸らした。
今までずっと一緒に暮らしてきたのに、こんな空気になったことはもちろんないので、変な空気が漂った。
「………あのさ、…その……、薬の時……見たよね……。」
珍しくピンクの方がその空気に耐えきれなくなったようで、言葉を詰まらせながら、顔を赤くしながら聞いた。
「…見たよ。」
「どうだった…?」
「どうって…、……正直、ショックだったよ。」
その言葉を聞いた瞬間、ピンクの表情が微かに動いた。わずかに口元が硬くなり、瞳の輝きが少しだけ曇る。
一瞬の変化だったが、ユウにははっきりと分かった。
ピンクは小さく息を飲んだように見えたが、すぐに視線を逸らし、床を見つめた。
ユウはそのピンクの反応の意図がわからなかったが、続けた。
「だってあんな薬、お前はずっと使われて…そんなことを1人で抱え込ませてたって思ったら…。
俺はずっとそばにいたのに、やっぱり何もできなかったんだって、ショックだった。」
「き、嫌いになった………?僕の、こと……。」
ピンクは床を見ながらそう言った。細い肩はわずかに震えていた。
ユウは驚き、すぐに穏やかな口調で続けた。
「嫌いになるわけないだろ。」
それは、ピンクにとってほっとする言葉のはずだった。
しかし、ユウの声にはまるで兄が弟を諭すような、優しすぎる温かさが混じっていた。
「たとえお前がどんなお前でも、俺のことを嫌いになったとしても。俺は絶対にお前を嫌いになったりしないよ。
だってお前は、大切な家族みたいな存在だからな。」
その言葉を聞いたピンクは、少しの間のあと、微かな笑みを浮かべて言った。
「…ありがとう。」
その間と表情、ユウを見つめる瞳には何かが隠されているような気がしたが、それを問いただすことはできなかった。
「ユウ、さっきも辛そうだったし、すこし眠った方がいいよ。」
ピンクはすぐに話を変えた。
「じゃあ、ちょっと狭いけど一緒に寝るか?」
ピンクは驚いたように瞳を瞬かせたが、すぐに口を引き結んでそっぽを向いた。
「…僕は床でいい。」
「何言ってんだよ。俺の方が背が高いんだから、床で寝るなら俺がーー」
「そうじゃなくて…。」
ピンクがぽつりと漏らした言葉に、ユウは首を傾げた。
その表情を見たピンクは、観念したかのように小さなため息を吐いてソファに足をかけた。
ユウは身体を端に寄せ、ん、と腕枕するように腕を差し出した。
ピンクはまた一瞬固まって、何も言わずにユウの胸に顔を埋めた。
「ユウってさ…」
「ん?」
「なんでもない。」
ピンクは何も言わずに寝たふりをした。ユウもそれ以上訊くことはせず、すぐに眠りに落ちた。
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