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しおりを挟む“pink”を服用してすぐ、ユウは激しい眩暈と吐き気に襲われた。思わず前屈みに倒れ込みそうになり、手で頭を支えた。
そんな姿を見てピンクは、彼の肩を抱き心配そうに何かを言っているが、眩暈が強すぎて何を言っているのか理解できなかった。
ユウは朦朧とする中、必死にその意識を手放すまいと耐えた。
マリーは何も言わずにその様子を興味深そうに眺めている。
少しすると症状がおさまってきた。頭を上げると、ピンクがユウの肩をぐっと押して自分の方を向かせ、
「ユウ!……だ、大丈夫なの??」
ユウはまだ視点が定まらず虚な目をしていたが、何度かまばたきをして、ピントが合いピンクが心配そうにこちらを見ている顔を認識すると、彼の中に異変が生じた。
ーー触れたい。
頭がピンクのことでいっぱいになった。
色々な表情、状況のピンクの顔や声が雪崩のような勢いで押し寄せ、胸の苦しさと高揚感、そして身体が熱くなるのを感じた。ユウはそんな状況に心の片隅では戸惑いながらも、次第に息が荒くなっていった。
ピンクはそんなユウを見て不安になったのか軽く涙を浮かべ、
「ねえ、ユウってば!」
と、肩を叩く。
「はっ、だ、大丈夫…」
ユウは何とか心配させまいとぎこちなく微笑む。
ピンクは、初めて反応が返ってきたことに安堵しユウの胸に抱きつく。彼の胸は荒い呼吸運動をしており、苦しそうだ。
ピンクに触れている場所が激しく熱い。ユウは、ぐ…と、溢れそうになる言葉を飲み込んだ。
「本当に平気?どこか痛い?苦しいの?」
ーー痛いわけではない。むしろもっとピンクを感じたい。触れたい。でも、自分が手を出してしまったら、彼を壊してしまうかもしれない。
ユウは手に力が入りそうになるのを必死に抑えて、震えた手をピンクの肩に置いた。
「平気だ。少し眩暈がきつかっただけだよ。大丈夫だから離してくれ。」
しかしピンクは心配そうに首を振り、その場から動こうとしない。ユウは耐えきれず、無意識に手を伸ばしピンクの頬に触れる。
ピンクは一瞬驚いたようだが、美しい瞳を丸くして、力を緩めユウの方を見た。
しかしその触れた手がその柔らかな頬に火傷のように熱を伝えた気がして、ユウは驚いて手を引っ込めた。
ーーダメだ。これ以上は制御ができなくなる…ピンクを守るって決めたのに…!
必死に堪えるユウの姿に痺れを切らしたかのように、マリーが突然声を発した。
「いいじゃない、ユウ。その本能のまま行動すれば?ピンクだって嫌がらないわよ。むしろ、喜ぶかもね?」
ピンクは、怒りのこもった表情でマリーの方を向いた。それを見たマリーが、全てわかっていると言わんばかり鼻で笑った。
「そんな、俺は…!!」
ユウは必死に抗うようにきつく目を閉じた。ピンクに触れたいと叫ぶ心を必死に押さえつけた。
それが自分がずっと隠してきた本心なのか、ただこのよくわからない薬のせいなのか、考える余裕もなかった。
マリーはこれ以上の進展は見られないと踏んだのか、ふうん、と言ったのちそばにいた研究員に何か声をかけた。
「分かったわ。じゃあ、次ね。」
そう言うと、再び研究員が近づいてきて、ユウに寄り添うピンクの腕を引っ張り強引に剥がし、例の錠剤を無理矢理口の中に押し込んだ。そして口を強く押さえつけた。
ユウはやめろ、と反発したかったが身体が言うことを聞かずただ荒い呼吸をしながらその状況を見つめた。
そしてピンクは薬を飲みこみ、喉を押さえて俯き、むせ込んだ。
しばらくして次にピンクが顔を上げた時、その表情は明らかにいつもとは違う、無感情ながらにもどこか恍惚としたような表情を浮かべていた。
ピンクは何も言わずゆっくりとユウの方を向いて、再び身体を擦り寄せた。
ほんのり赤く染まった頬とその表情に、ユウは理性が飛んでしまいそうになる。
必死に堪えていると、そんなのはお構いなしにピンクはユウに顔を近づけてきた。
ピンクの瞳と目が合った瞬間。
引き込まれるような、先ほどよりも強く、頭がとれてしまうのではないかというほどの激しい眩暈を感じた。そのまま頭を支えていることができず、がくんと上を向く形になり、目を開けているのも辛くて、きつく閉じた。
閉じたはずの視界が濃いピンク色に染まる。
急にピンクがユウの首に腕をまわして抱きつくような形になり、より身体と身体が密着する。
ユウが驚いて再びピンクの方を見ると、ピンクの美しい瞳は、その奥に熱を宿しているかのようにうるうると光り輝いていた。
いつもの無表情ながらにも愛らしい表情は失われ、頬は僅かに赤らみ、汗が額を伝う。
薬の作用なのか、彼の呼吸も浅く早い。
身体全体から熱を伝えてこようとしているかのようだ。
ユウはそんな今まで見たことがないピンクの姿に言葉を失う。
するとゆっくりと訴えかけるようにピンクが口を開いた。
「…ユウ、僕のこと、必要として……。」
縋るような声に、ユウは息をのむ。ユウを必死に押さえている理性をなぞり、その下の感情を抉り取られそうになる。
そしてゆっくりピンクは唇をユウの耳元に近づけた。
「僕……嫌じゃないよ。」
耳元でやっと聞こえるくらいの小さく囁く声。吐息が耳朶を掠め、熱い電流が首筋から背中にかけて駆け抜けるようで、ユウの心臓は大きく跳ねた。
その予期せぬ近さと、その声の柔らかさに喉が勝手に反応する。
ピンクはユウの理性をさらに壊したいかのように、ユウの首に回していた片方の腕を、彼の背中の表面をなぞるようにゆっくりと這わせた。
「っ……!!」
ーーもう、本能に身を任せてしまいたい…。
ユウが一瞬だけ押さえつけていた何かを許してしまいそうになったその瞬間、彼の中で理性と本能が激しく混ざり合うような感覚になり、心が完璧に満たされるような、凄まじい、救済感に似た何かを感じた。
力が抜けるようだった。
ユウは優しくピンクの両肩に手を置き、密着する身体と身体をゆっくりと剥がすように押して、対面する形になった。
「……俺は、お前が必要だよ……じゃないと俺は……生きていられない…。お前が全てなんだ……お前が苦しんでいる時、何もできない俺を……許してくれ……。」
言葉が涙と共に勝手に口からこぼれ落ちる。
ピンクを自分のせいで困らせるわけにはいかないと日々無意識に押さえ込んでいた想いが、ユウの手には負えないほど大きくなっていた。
ピンクの赤く染まった柔らかい頬に手を添える。ピンクもユウの手を上から握り、頬擦りをした。
2人はゆっくりと顔を近づける。唇が触れそうになった、
ーーーその瞬間。
ぱん!と手を叩く大きな音がした。
「へえ!面白いわね!」
マリーが大きな声を出した。
その音にユウは、はっと意識がはっきりしたのと同時に頭を強く殴られたかのような激しい頭痛に襲われた。
頬に添えていた手を離して、ユウは唸り声をあげ頭を抱えた。
ピンクもその急な動作に驚いて意識を取り戻したのか、焦るような表情を浮かべて両手で口を押さえた。
「ピンクとの精神的な結びつきがこう作用するのね。興味深いわ。
ふふ、その気持ちは、また次に取っておいてもらえる?」
ユウは激しい頭痛に襲われながら、先ほどの自分の行動を反芻して強い後悔に苛まれていた。
一方でピンクも、薬を使われた時の自分をユウに見せてしまったことに気がつき、ショックを受けていた。
2人はマリーの言葉を飲み込む余裕なくそのまま固まっている。
マリーはそれを見て面白くなさそうな顔をしていた。
突然、大きなバチッという音と共に視界が真っ暗になった。
ユウは、これも薬の副作用か、と思ったが研究員たちのざわめきが聞こえる。どうやら研究所が停電してしまったらしい。
「慌てるな。…どうしたのかしら。」
マリーは若干苛ついた様子で言った。その後、耳打ちするような囁き声が聞こえる。
「チッ…あのクソ狸め。」
彼女が今度は苛立ちを露わにすると、チカチカと点滅したのち部屋が明るくなった。緊急用電源が作動したと研究員が言う。
すると今度は足元の方から爆発音がして、地響きがした。マリーの周囲にある電子機器が落ちたり方々から色々な音がする。音が鳴り止んだかと思えば、今度はユウたちがいる部屋のドアが爆破され、銃を持ち顔を隠した人間が大量に押し寄せてきた。部屋内部にいる人間が皆手を挙げた。
「なるほどこんなやり方で来るとはね。退屈はしないじゃない。」
ユウはまだ頭が割れるほど痛かったが、なんとか力を振り絞って庇うようにピンクの側に寄った。
ーーーまさかこれが今朝の電話の…
しかしこの緊迫した状況で何か行動を起こすことは不可能だ。ユウは必死に思考を巡らせた。何かきっかけがなければ。
マリーは研究員たちに目配せをした。
すると侵入者の1人が銃口をマリーに向け威嚇するように叫んだ。
「動くな!この施設は破壊する。お前たちも捕らえるつもりだ。大人しく従えば発砲はしない。」
マリーはその言葉に動じることなく答える。
「紛い物でも神を信じている貴方たちがこんなことして良いのかしら?
…破壊、捕らえる?いいえ。貴方たちが、ここで終わるのよ。」
彼女の足元がすっと動いたかと思えば、侵入者たちの背後から銃声が聞こえ、うっ!という呻き声と共に後ろから次々に人が倒れていった。
どうやら研究所側の戦闘要員が到着したようで、その動揺に乗じて部屋の中にいるマリーや研究員たちも銃を構え、銃撃戦が始まった。
研究所内は一瞬にして混乱に包まれ、煙と銃声、物が壊れる音が鳴り響く。
ユウとピンクは急いでソファの後ろに隠れた。
2人は研究所に入る際、武器を没収されたため丸腰だ。
「っ…逃げるしかない。」
ユウは満身創痍ながらにも、ピンクを連れてここから逃げ出す覚悟を決めた。
手を引き、床に伏せながら少しずつ出口に向かって進む。
部屋の中は煙が立ち込め、視界はほとんどゼロだったがそれがかえって2人の姿を隠してくれた。
ユウは部屋を出る際一瞬だけマリーの方を確認した。
彼女の冷徹な瞳は、確実に2人を捉えており、しっかり目が合い背筋が凍る。
しかし彼女はそれを見なかったかのように応戦を続けた。
ユウはその意図がわからなかったが、ピンクと共に非常階段に向かって走った。
エレベーターで来た時にしばらく登ったこともあり、階段は果てしなく長く続いていた。
ユウはまだ頭痛が完全には消えておらず、息も絶え絶えと言った様子だった。ピンクも疲れた様子だったが、ユウよりは平気そうだった。
降りていくとかなり下の方に外に通じる出口が見える。最初の爆破はここだったようで、誰かいる気配もないので無事外に出られそうだ。
それをみて少し力が抜けたのか、ユウはどうしても頭痛がひどく、歩くことができなくなってしまった。
「う……悪い。すぐ追いかけるから、先に車に行っててくれないか?」
ユウはピンクに車の鍵を差し出す。
「えっ?!大丈夫…?僕が担げば…!」
ーーどうしてもピンクを逃がしたい…。
「大丈夫だ。すぐに追いかけるから。な?準備しておいてくれ。」
ピンクも一応運転ができる。
ーーいざとなれば1人で逃げて…。
一瞬そんな考えがよぎったが、今はただ逃げるきっかけを掴めただけで何も解決していない。まだ彼を孤独にするわけにはいかない。
なんとかピンクを説得して先に行かせた。
ユウはふう…と深い息をはいて階段の柵にもたれかかった。ひどい頭痛だ。
すると、
「おい。」
聞いたことのない声がした。ユウは驚いて声の方向を見る。確実に誰もいないと思ったのだが…。
階段が上に折り返した先に人影がある。柵を挟んでユウとその男は対峙した。
ファウンテンブルーの髪が独特な輝きを放っている。前髪が目にかかる長さで表情を隠しながらも切れ長の目が覗いていおり、手にはハンドガンを持っている。
「逃げられたんだ。」
男の瞳は真っ直ぐにユウを捉えているが、それは猛毒を含んだ鋭い刃のようで、確実な敵意とじわじわと広がる嫌悪感が入り混じっており、その威圧感にユウは思わず息を呑んだ。
「君、ユウだよね。」
男は短く息を吐きながら続ける。
「……はあ。さっき撃たれればかよかったのに。」
ーーなぜ俺のことを知っているんだ。
ユウは混乱しながらも警戒を強める。
「君さあ、ピンクの何なの?まるで守護者気取りでさ…本当むかつく。」
男の瞳は嫌悪感を通り越し憎悪に染まった。
「ピンクはそのうち俺のものになるから。彼だって、俺のことを選ぶよ。俺は意気地なしな君とは違うから。」
「は…何を言っている?お前は誰だ。」
ユウが訊くと、男は手元のハンドガンを軽く振りながら、もう片方の手で髪を無造作にかきあげた。そして口元には貼りついたような笑みを浮かべた。
「俺はナノ。」
ナノというらしいその男は銃口をユウに向けた。
「俺はね、ピンクの全部を自分のものにしたいんだよ。でも誰も見てないところで手に入れても面白くないし…。
せっかくだからお前が見ている前でピンクを俺のものにすることにする。
だから今は、逃がしてあげる。」
ナノはハンドガンを下ろし、背を向ける前に吐き捨てるようにこう言った。
「でも次に会ったらーーーお前を殺す。」
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