PiNK

莇 未麻

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 「どういう意味だ?」

 研究所で出会ったナノという男は、pinkの被害者であるという。
 pinkに関してはユウですらも自分が使われるまで詳しく知らなかったので、ヴェルへミアの側の人間に被害者がいるとは思いもしなかった。

 「まず、pinkはずっと前から極秘裏にヴェルへミア側へ流出していた。あれの薬効は、教祖にとっても都合が良かったからね。」

 キマは先ほどまでの柔らかい笑顔ではなく、真剣な表情で語り始めた。
 
 pinkの薬効は、それをピンク以外に使用すると、精神的な興奮状態や陶酔感が一時的に生じ、脳内の「欲望」を増幅させる効果を持つという。特に服用後にピンクの瞳を見ると、その効果は最大化され、全てが満たされる感覚、凄まじい救済感が得られる。しかし同時にピンクへの従属欲や依存欲が過剰に高まり、やがて自我の損失を引き起こすーー。
 人間の尊厳を失わせる恐ろしい薬だという。

 「教祖は、この、ピンク以外の人間に与える影響に目をつけた。ピンクの瞳を崇めるヴェルへミアの信者を増やすのに最適だからね。それも妄信的な信者を…。
 でも最初は、薬の存在自体、ヴェルへミアは知らなかった。ピンクをどうしても自分たちのものにしたい教祖と幹部が、マリーのところに潜入者を送って、存在を初めて知ったんだ。
 ただ、潜入者を送れても外部からの研究員はピンクには近づけないし、pinkの薬効も判らなかった。それで、薬だけ色々な方法で横流しして、教祖はその薬効を探ろうとした…。

 その対象が、僕たち双子というわけさ。」

 教祖は自分の息子が双子というのを利用して、兄のキマにはpinkを使用せず、弟のナノにpinkを使用するという比較実験をしていたという。
 時にはヴェルへミアに不利となる行動をした信者をも実験台にし、自我と損失をキマは何度も目の当たりにした。

 ナノはpinkの長期服用により、感情のバランスがおかしくなったり、依存症のような、身体への影響も出ていった。
 そして同時にピンクへの執着心を募らせ、ピンクのことばかり考えるようになっていった。
 しかしどういうわけか、ナノの自我が失われることは無かったという。

 「毎回苦しそうにする弟のことを見るのは…本当に辛かった。何度も助けたいと思ったけど、何も出来なかった。
 ……結局、自我の損失についてはこちらでは詳しくはわからなかった。遺伝的な要素なのか、薬の量や期間の違いかもしれない。」

 ユウも薬を使われて、その薬効はキマが言った通りのものを感じた。しかしユウも自我を損失することは無かった。

 「長い年月を経て教祖は、pinkの薬効がヴェルへミアの利益になるのを確信して、pinkを大量に確保しようと今回の研究所への攻撃を実行したんだ。君たちがあの場所にいて、逃げるなんてことは予想もしていなかったようだからきっと今頃ピンクがいなくなって大騒ぎさ。」

 キマはユウとピンクを真剣な眼差しで見つめて続けた。

 「僕は、どうしてもナノを助けたい。そのためには、ピンクの存在を、彼の中から消すしかないと思ったんだ。」

 「そっちの状況は大体わかった。でも、ピンクの存在をナノの中から消すなんて…記憶の操作でもできるのか?」

 「いや…。でも君たちが今までのままだったらヴェルへミアとは関係を切れず、僕たちの状況も変わらなかっただろう。 
 だから君たちを逃がして、もう会えないようにすればいいんじゃないかって思ったんだ。本当自分でも浅はかで馬鹿げてるなって思うよ。

 キマは自身を嘲るかのような渇いた笑みを浮かべた。
 そしてピンクの方をみて続けた。

 「それに…、僕が言うのもなんだけど、ピンクには、普通の生活を送れる人生を歩んでほしかったんだ。」

 キマが自分達に手を貸す動機は、概ね矛盾していないように感じる。しかしユウにとって引っかかる点がある。

 「お前は本当にピンクと会ったことがあるのか?」

 ここにいる中で自分だけが知らない事実があるようでずっともやもやしていた。
 しかも、自分が知らないピンクがいるようで、なんか悔しい。

 「ああ、あるよ。本当にずっと昔の、幼い時だけどね。
 僕が迷子になった彼をマリーのところまで連れて行ったんだ。」

 「……あ」

 ずっと黙って静かに話を聞いていたピンクが、口を開いた。

 「僕が、まだユウと出会う前、儀式に参加させられて間もない時…儀式が嫌で逃げ出したことがあって、知らない森で迷子になって泣いてた。その時少し年上の子に、助けてもらった…かも。」

 ピンクは記憶の欠片を繋ぎ合わせて言葉を紡いでいるようだ。
 ユウと出会う前だから、ピンクは言葉もちゃんと喋れないくらい幼い頃だろう。

 「ああ、覚えていてくれてうれしいよ!あの時は儀式の依代にされている子だとは知らなかったんだけど…。今にも消えてしまいそうな君を見て、助けなきゃって思ったんだ。」

 キマは蘇ってきた記憶を丁寧に辿るように穏やかな表情を浮かべた。
 そして真っ直ぐな瞳で続けた。

 「僕はあんな儀式、反対だ。教祖の息子が何をって思うかもしれないけれど。美しい瞳を持っているだけで、その精神を削られ続けるなんて、もう見ていられない。
 ナノのことも…。教祖は、自分の子供であっても関係ない。残酷で利己的なんだ。僕はそんなの間違っていると思う。
 ピンク…君も幸せになっていいんだよ。」

 キマの真摯な態度で、ピンクやナノを想う気持ちに偽りはないように感じる。
 ピンクのことを真剣に考えてくれているというならば、ユウはキマのことを信用してもいいのではないかと思った。
 しかしまだ一つ気になる点がある。

 「…わかった。お前を信用するよ。でもナノは、ピンクを自分のものにするために俺らを追ってくるんじゃないか?実際、俺も殺害予告されたし…。」

 「うん。きっとナノはまだピンクを諦めていないしユウくんのことを疎ましく思っているだろう。
 ナノはきっとピンクに近づけたら、念願のそれを最大限味わおうとしてpinkを服用すると思う。
 その時、ピンクが薬効による従属欲の高まりを利用してナノを拒めば、そのショックでピンクを諦められると思うんだ。」

 「ピンクに危険を冒せと?」

 「…っ…そう、なっちゃうんだよね…。」

 キマはバツが悪そうに下を向いた。

 「大丈夫。やってみるよ。」

 ピンクが突然口を開いた。その瞳は覚悟を宿しているように見えた。そして続けた。

 「pinkも、元はと言えば僕のせいで生まれたものだし。僕にできることがあるなら、やってみる。」
 
 ユウはピンクが自分の意思をこんなにはっきり表現するのを初めて見たので驚いた。

 「pinkはお前のせいで作られたわけじゃない。危険なんだぞ?」

 「大丈夫。」

 ピンクが何を考えているのかはっきりとはわからないが、彼がそこまで言うならユウがもう言うことはない。

 「…わかった。俺はピンクに従う。ただしこれだけは言っておく。
 ピンクの命の危険があると判断したら、俺はナノを殺す。」

 その言葉を聞いてキマは一瞬目を見開き、不安そうに顔を曇らせた。しかしすぐに表情を引き締め、覚悟を決めたようにユウとピンクを見つめ直す。

 「……不安はないと言ったら、嘘になるかな。
 でも、僕もナノを助けるにはこの方法しかないと思ってる。君たちを信じるよ、そして任せる。」

 キマは優しい笑みを浮かべてピンクを見つめた。

 「ピンク、危険な目に合わせることになってしまって本当にごめん。でも、了承してくれて、ありがとう。」

 ピンクは真剣な面持ちで頷いた。
 ユウも、弟を想う兄の気持ちは自分もわからなくもないと、その光景を横で見つめていた。

ーーーーーー

 「さて、すっかり話し込んでしまったね。」
 
 キマがそう言ったので窓の外を見ると、夕方の空が広がっていた。
 この建物に着いたのが昼頃だったので、かなり時間が経過したようだ。

 「僕はそろそろ帰るよ。ここの家具は好きに使っていいし、いつまでいてもいいよ。」

 キマは席から立ち上がりそう言った。

 「ああ、そうそう。ここの近くの比較的治安が良い場所に、小さな教会があってね。とっても綺麗で落ち着くから、ぜひ行ってみてほしいな。」

 ーーヴェルへミアの教祖の息子に教会を勧められてもな…。
 ユウは一瞬そんな考えがよぎったが、先ほどの会話から触れられたくない点だろうと思い口をつぐんだ。

 「綺麗な教会…ユウ、今度行こう。」
 「…そうだな。」

 一方でピンクはこちらを見つめて瞳を輝かせていたので、ユウはこれ以上何も言わないのが正解なんだな、と思った。
 
 キマはそんな2人を温かな瞳で見つめ、優しい笑みを浮かべていた。

 「じゃあ、また。今度は普通に電話かけるね。」

 ひらひらと手を振ってキマは部屋を後にした。ユウとピンクは再び2人きりになった。

 「本当に良かったのか?ナノのこと。」

 ユウが訊くと、ピンクは頷いて続けた。

 「…僕がやらないといけない気がした。キマは、僕を助けてくれたし、ナノのことも、助けたい。」

 ーーなんか、成長したな。
 今まで無表情でマリーの言うことを文句も言わずに聞いていたピンクとは別人みたいだ。この環境が一変した短い期間で、彼は確実に成長している。

 「お前がそう言うなら、俺は協力するだけだよ。」

 ユウはピンクの頭を優しく撫でた。
 ピンクは嬉しそうに表情を緩ませたが、すぐに瞳を泳がせてそわそわし始めた。

 「……じゃあ」

 ピンクの耳が真っ赤になっている。何か言いたそうに言葉を詰まらせる。ユウが、ん?と訊くと更にリンゴのように赤くなった。

 「そ、その…また、ぎゅって…してほしい…。」
 「へ?」

 想像もしていなかった言葉が飛んできてユウは情けない声をあげてしまった。

 ーーなんだかよくわからない方向に大胆にもなったか?

 今までもピンクを抱きしめたことは何度もあったが、自分から求めてくることはなかったように思う。
 ユウは確実に照れているピンクを愛おしく思った。そして同時に、彼が自分の要望を伝えてくれるようになったという成長を嬉しくも思った。

 「…ほら」

 ピンクを優しく抱き寄せ、頭を撫でた。ピンクは満足そうにふふ、と少し笑って、ユウの背中に腕を回した。

ーーーーーー



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